バルセロナで開催されたMobile World Congressでは、人型ロボットやコンセプトカーなどをはじめとする未来的な展示がひしめく中、あるブースに数十人もの来場者が群がっていた。それは遠目には、よくある新型スマートフォンの展示ブースの1つに見えた。しかし近づいてみると、来場者が手に取ってみたがっていたのは、これまで見たこともないほど極薄のスマートフォンだった。
そこに展示されていたのは、Tecnoのコンセプトスマートフォン「TECNO SPARK Slim」だ。同社によれば、このモデルの厚みはわずか5.75mm(鉛筆よりも薄い)で、重さはたった146gだという。15分ほど順番を待って、いよいよそのスマートフォンを手に取ってみると、驚かざるを得なかった。それは羽のように軽かったにもかかわらず、すぐに折れてしまいそうな華奢な感じはなかった。バックパックからペンを出して自分の目で厚みを比べてみると、TECNO SPARK Slimは実際にペンの太さよりもかなり薄かった。
薄さに力を入れているとみられる企業はTecnoだけではなかった。数ホール先では、サムスンが「Galaxy S25 Edge」を柵の向こうのギリギリ手が届かないくらいの場所に展示していたのだが、やはり熱心な来場者の人だかりができていた。Galaxy S25 Edgeの仕様や発売日などに関する詳しい情報はあまりないが、さまざまな報道からみて、2025年中には発売される見込みだ。
またOPPOも、「世界最薄のブック型折りたたみスマートフォン」と銘打ったモデル「OPPO Find N5」を発売している。このモデルは閉じている時でも厚みはわずか8.93mmで、開いた時の厚みは4.21mmだ。筆者が試した時にはそのサイズと形に感動させられたし、ほかの折りたたみスマートフォンの実用性やかさばりに対する不安もある程度和らいだ。また、今後発売予定の「iPhone 17」シリーズに関しても、さらに薄い(その上、おそらくさらに軽い)モデルであるiPhone「Air」が発売される可能性があることが大きな話題になっている。
薄いスマートフォンはクールではあるものの、それには代償が伴う可能性がある。サイズが小さければバッテリーも小さくなることが多く、バッテリー持続時間が短くなるかもしれない。また、カメラのハードウェアも小型化されざるを得ないため画像品質が低下する可能性があり、ストレージのサイズにも悪影響が出る恐れがある。多くのスマートフォンユーザーが、バッテリーやカメラの画質、ストレージ容量を重視していることを考えれば、これらはいずれも大きなマイナス要因だ。
また、あまりにも限界を攻めすぎると致命的な問題が起きる場合もある。サムスンは「Galaxy Note7」のデザインをスリム化したが、発火事故が相次ぎ、最後には製品をリコールするに至った(編集部注:サムスンはバッテリーの欠陥が発火の原因だと発表している)。また価格の高さから、ユーザーがデバイスに長持ちを期待しているため、スマートフォンメーカーは今後も耐久性を重視せざるを得ない。
IDCのデータおよびアナリティクス担当シニアディレクターを務めるNabila Popal氏は、Mobile World Congressで取材に応じてくれた際に、「ただ薄ければいいわけではなく、高級スマートフォンに期待されている特徴をすべて備えている必要がある」と述べている。「問題は、OEM(ここではスマートフォンメーカー)が、バッテリーやカメラなどのそれ以上に重要なほかの機能で妥協することなく、どうやって薄さを実現するかだ」
薄型スマートフォンのトレンドに傾倒しているメーカーが増えており、これは今後1つの課題になるだろう。しかし、消費者が必ずしもそれを求めていないとすれば、なぜメーカーはデバイスを薄型化しようとするのだろうか。
「一番大きな理由は、差別化を図るためだ」とPopal氏は言う。2024年のMWCで最大の脚光を浴びたのは明らかに生成AIだったが、2025年は生成AIがあまりにも一般的になってしまい。焦点はAIの戦略や実装に移った。このため、各メーカーは、関心を集めるための新たな手段を見つける必要に迫られている。目に見えて薄く、軽量なデバイスを作ることは、その手段の1つだ。
このアプローチは中国などの市場ではうまく行っているようで、栄耀(HONOR)や小米科技(シャオミ)、華為技術(ファーウェイ)などの中国メーカーは、すべて高級な薄型スマートフォンを発売している(それらの多くは折りたたみ型でもある)。しかしPopal氏は、中国でうまく行ったものがほかの地域でもうまく行くとは限らないと言う。中国では、米国よりも尖ったスマートフォンが受け入れられやすい傾向があるからだ。しかしこれは、少なくとも、すでに薄型スマートフォンが支持されている市場が存在することを示している。
GlobalDataの消費者向けプラットフォームおよびデバイス担当シニアアナリストAnisha Bhatia氏は、特にAppleは、薄型スマートフォンの発売から恩恵を受けられる可能性があると述べている。同社はiPhone同士の差別化に苦しんでいるためだ。
「例えば『iPhone 15 Plus』はAppleのラインアップの中で、ベースモデルとより機能が豊富なProやPro Maxの間で不安定な位置づけにある」とBhatia氏は言う。「その中途半端さが消費者を戸惑わせており、Plusの安さを評価すべきなのか、機能の豊富さを評価するべきなのか、判断に苦しんでいる。販売データは、PlusがiPhoneのほかのモデルよりも苦戦していることを示している」
その一方で、薄型iPhoneのような目を引く製品は差別化が容易で、買い手の注目(や予算)を獲得できるチャンスは大きい。
はたして、MWC 2025で来場者の群れに取り囲まれていた薄型スマートフォンは、次のイノベーションの姿を捉えたものであり、数年後には実際に彼らのポケットや手に収まることになるのだろうか。今後は薄型スマートフォンが当たり前になり、勝ち組になるのだろうか。
「薄さは必要不可欠な要素ではないが、スマートフォンに高級感を与える要素であり、あった方がいいことは確かだ」とPopal氏は言う。
かつては革命的だったことが普通になるのはよくあることだ。わずか数年前には画面が大きいスマートフォンは特別だと思われていたが、今では当たり前になった。その一方で、折りたたみスマートフォンは、サムスンの「Galaxy Fold」の発売から5年経っても、概ねニッチな存在に止まっている。薄型スマートフォンはどちらの路線に進んでも不思議はなく、今はまだ、それを予想するには時期尚早だとPopal氏は言う。
また、古い流行が新しい流行になることもある。薄型化のトレンドは、Motorolaの初代「razr」の人気を思い起こさせる。このモデルは、2004年に発売されると、その薄さや、特徴的な形や、トレンディさでポップカルチャー現象になった。当時はパリス・ヒルトンのようなホットピンクの携帯電話を誰もが欲しがったものだ。Motorolaは、razrを折りたたみスマートフォンとして復活させることで、再び時代の流れを掴もうと試みている。
現代に話を戻すと、仮に薄型スマートフォンが結局は主流にならなかったとしても、それ自体は悪いことではないかもしれないとPopal氏は言う。
「必ずしも当たり前になる必要などなく、ニッチでプレミアムな存在のままで構わない」と同氏は主張した。「一般的なものになるのが早いほど、収益性も早く落ちる」
そして、ユーザーが次の流行に目移りするのも早まってしまうだろう。
この記事は海外Ziff Davis発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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