Z世代が求める新しいエンタメ体験--「BUMP」と語るWebtoonとショートドラマの可能性

中川元太 (Minto)2024年09月30日 12時00分

 本連載の第1回ではWebtoonの成り立ちと漫画との違いについて、第2回では国内市場の動向について、第3回では今後のWebtoonの未来について、第4回では日本と韓国のWebtoon業界についてまとめました。

 第5回では「俺だけレベルアップな件」を手掛けたレッドセブン代表のイ・ヒョンソクさん、第6回では「ジャンプTOON」をローンチに携わった統括編集長の浅田貴典さん、編集部・編集長の三輪宏康さん、第7回では、NTTドコモのコンシューマサービスカンパニー コンテンツサービス部を統括する宮原さおりさん、第8回ではWebtoonマンガ「おデブ悪女に転生したら、なぜかラスボス王子様に執着されています」を手掛けるクリエイターの琴子さん、花宮かなめさんに話を伺いました。

 第9回では、emole株式会社で代表取締役を務める澤村直道さんをお招きします。総ダウンロード数140万回を超える人気アプリ「BUMP」を運営する澤村さんが考えるショートドラマの魅力やWebtoonとの親和性などについてお伺いします。

emole 代表取締役の澤村直道氏
emole 代表取締役の澤村直道氏
  1. BUMPローンチ直後の絶望と希望
  2. 「エンタメで失敗したくない」というZ世代のインサイト
  3. アートとサイエンスの掛け算で、カルチャーをつくる

BUMPローンチ直後の絶望と希望

中川: まずは澤村さんの経歴をお伺いしてもよろしいですか?

澤村: emole株式会社で代表取締役を務めている澤村と申します。大学卒業後に独立し、UI/UXデザイナーとして受託制作などを行っていました。その傍ら、自主的にYouTubeのプロデュースやミュージックビデオの制作に携わっていて、エンタメ業界で生計を立てていくことの大変さを痛感しました。その一方で、短尺コンテンツとストーリーを掛け合わせたエンタメ作品の可能性を強く感じました。作り手と事業それぞれの課題を解決できると思い、「BUMP」というショートドラマ配信アプリを立ち上げ、今に至ります。

中川: BUMPのサービス内容やビジネスモデルについて教えてください。

澤村: BUMPは1話3分で楽しめるショートドラマの配信アプリです。ラブコメディから復讐系、アクションまで様々なジャンルのショートドラマを配信しています。マンガアプリのドラマ版というと分かりやすいと思います。

 最初の数話は完全無料で視聴できます。「待つと無料」という1日1話無料で視聴できるチケットや、「CMで無料」という広告を視聴することで得られるチケットもあります。有料で視聴したいユーザーは、1話97円のコインを消費することでコンテンツを視聴いただけます。

中川: BUMPの事業は当初から順調だったのでしょうか?

澤村: 最初は苦労しました。私たちのようなスタートアップのサービスは、「初速が命」といわれています。ローンチ時のダウンロード数が話題を呼び、サービスもスケールしていくという青写真を描いていたんです。実際、会社のキャッシュもギリギリで、「アプリの評判が悪ければ資金調達も難しいだろう」とプレッシャーも感じていました。

 にもかかわらず、初日のダウンロード数は数千程度。立ち上げメンバーも絶望感でいっぱいでしたね。ただ一方で、希望もありました。

中川: どんな希望ですか?

澤村: 具体的な数字はいえませんが、課金率が高かったんです。「将来的にはこれくらいの課金率を目指そう」と想定していた数字に、ローンチ時点で到達していました。そもそもBtoCのエンタメサービスにおいて、課金してもらうことは難易度が高いものです。それが初期から実現できたのは大きな希望でしたし、あとはいかにサービスへの流入(アクセス)を増やすかが課題でした。

中川: 流入経路をつくるという課題も、なかなか大変ですよね。

澤村: 実はこの課題も早期に解決しました。BUMPの企画・編集・分析を手掛けている妹が、「BUMPは切り抜き動画で伸びる」と言っていたんです。2022年の年末に切り抜き動画を出したところ、元旦の朝5時にインプレッションが伸び、再生回数が100万回を突破しました。

 「切り抜き動画の再生回数に応じてダウンロード数も上がる」というロジックが明らかになり、マーケティングもそこに集中することにしました。BUMPを伸ばせた要因のひとつです。

「エンタメで失敗したくない」というZ世代のインサイト

中川: BUMPで配信しているショートドラマで、ヒットしているコンテンツの特徴があれば教えてください。

澤村: ジャンルでいうと、不倫などを扱ったインモラル系が人気ですね。不倫した夫に対して、「主人公はやり返すことができるのか?」という展開を楽しんでもらっています。

 不倫というテーマは、これまでもテレビや映画でも扱われてきたテーマです。夫婦という関係性は感情移入しやすいし、「夫婦生活という幸せの絶頂の中、パートナーが不倫しているのではないか」という落差のある展開でユーザーの心に揺さぶりをつくることができる。その疑いが深まっていくところで1話が終わるという流れになっています。

中川: 先が気になりますね。

澤村: ショートドラマは離脱との戦いです。1話を視聴して、「つまらない」と思われれば、その先の視聴はありません。だからこそ作品の作り手は、離脱されないための工夫を常に考えています。

 ショートドラマを多く展開していくなかで、「作品の方向性をある程度予測できる」ことがポイントだと気付きました。テレビドラマ「水戸黄門」に代表される勧善懲悪ジャンルも、「悪を退治する」という結論が見えているからこそ安心して視聴できます。ユーザーが無意識に抱く期待感に沿うことで、視聴モチベーションを維持できるのです。

中川: 私はスマホで楽しみたいエンタメに求められているものを「解決が保証されているストレスの提供」だと考えています。映画館やNetflixでは、サスペンスのような先がどうなるか全く分からない展開は求められていますが、ただ、スマホにおいてはストレスはあっても最後には爽快感があることが必要とされていることを、Webtoonなどでの「転生モノ」等の人気からも強く感じています。

澤村: 実は、BUMPを立ち上げる際に参考にしていたのは、InstagramやXなどでバズっていたマンガでした。4コママンガのように1話で読み切れるもので、ショートドラマとの相性の良さを確信していました。各話に分かれ、終盤には読者が「気になる」状態になっている。それで何十話、何百話と展開されているという。ちなみに、そのとき流行っていたのが「サレ妻」ものです。

中川: なるほど。ユーザーの動向なども把握されている中で、現代のエンタメとして求められているのは、どんなものだと感じていますか?

澤村: 時間対効果を意識し、有意義に時間を使いたいという「タイパ至上主義」という考え方がZ世代を中心に広がっています。ただ私は、「数ある選択肢の中で、失敗したくない」という思いが強い人が増えているように感じています。

 スマホで大量のエンタメ作品を視聴できる環境なので、「ちょっと違う」と感じたら切り替えることができます。そして、出会った数十秒?数分で刺激を得たいというユーザーが増えています。ショートドラマを視聴していた時間は、有意義だったり幸せだったりしないかもしれない。ただ「何もしたくない」というときに、重くないけれどちょっと刺激がほしかったり、何も考えずに視聴し続けられるコンテンツが求められたりしているのではないでしょうか。

アートとサイエンスの掛け算で、カルチャーをつくる

中川: 澤村さんはWebtoonで参考にしたポイントはありますか?

澤村: ベンチマークとして置いていましたね。BUMPの立ち上げ時にふたつの点で参考にしました。ひとつはマンガアプリとしての販売モデル。Webtoonも話売り(1話ごとに個別に販売する方法)を取り入れており、しかも話売りに最適化された設計になっていると感じました。短いストーリーで、気になる展開をいかに作るのか。特に、脚本の考え方や作品構成は参考にしましたね。

 もうひとつは、Webtoonのコンテンツフォーマットです。縦型に最適化した上で、かなりリッチなコンテンツとして提供しています。それでいて大きな収益を得ている。制作費の内訳を見てみると、ショートドラマも同じくらいでいけそうだという感覚がありました。そのため、コスト効率・費用対効果をみたときにショートドラマも収益化が可能だと思いました。

中川: 確かにそうですね。コストとリターンのバランスはどう考えていますか?

澤村: コストが上がり過ぎると当然リターンに見合わなくなります。適正価格があり、そのラインを超えるべきではないと考えています。そのラインを超えない形で、クリエイティブの質を高めたり、制作現場の健全性を保つ努力をしたりする工夫が必要でしょう。

中川: Webtoonとショートドラマの相性についても、澤村さんの考えを教えてください。

澤村: 相性はとても良いと思います。Webtoonもショートドラマも話売りを前提につくられているので、Webtoonでヒットしていれば、実写化が成功する可能性も高いでしょう。すでにストーリーの市場検証ができている状態ですから。

中川: 逆の可能性もありますよね。ショートドラマのコミカライズというケースも増えていくと思います。

 従来、IPというのはマンガや小説が「種」で、アニメやドラマ、映画が「出口」になっていました。コストとスピードを鑑みると、今後はショートドラマがIPの「種」になるケースも増えていくのではと思っています。

澤村: まさに、出版社から声が掛かっている作品がいくつかあります。異なるフォーマット同士で送客し合えるとベストですね。

中川: では最後に、ショートドラマの展望について伺えますか?

澤村: 現在、ショートドラマ市場規模は5年後に8.7兆円と算出されています。魅力的なマーケットなので、近年でもさまざまなプレイヤーが参入しており、マーケットにとってプラスに進んでいると感じています。

 一方で、ショートドラマが単なるトレンドで終わるか、カルチャーとして残り続けるかの分岐点はあると思います。私たちは「カルチャーとして残る」と確信しているので、引き続きBUMPを成長できるよう力を尽くしていきたいですね。インモラル系だけでなく、他のジャンルでもヒットの柱をつくりたいです。ショートドラマはクリエイティブでありつつ、各話ごとに離脱率が見えるなどデータドリブンで進められる側面もあります。アートとサイエンスの掛け算で、いろいろな試行錯誤を続けていきます。

中川: マンガがアニメの下位互換ではないように、ショートドラマもテレビや映画の下位互換ではありませんよね。今やYouTuberを、テレビタレントより下位の存在だと考えている人がいないように、ショートドラマを新しいジャンルの一つとして、私たちも業界内でのプレゼンスも上げていく努力が必要だと思います。

澤村: いろいろなプレイヤーが知恵を絞って、健全に競争していくことが、市場の拡大にもつながっていくと思います。ショートドラマは制作費が比較的安価で、参入障壁が低い市場です。つまり、キャストも制作スタッフもチャレンジしやすい業界なんです。

 コンテンツがヒットしたら、その収益がかかわったクリエイター全員に戻るような環境もつくりたいと考えています。クリエイターにとって夢のある場所をつくることで、挑戦する人も増やしていきたい。emoleがそんな役割を担っていきたいと考えています。

中川元太

中川元太

株式会社Minto 取締役

2010年に大手インターネット広告代理店に新卒入社。札幌営業所長を経て、2013年より漫画アプリ「GANMA!」の運営会社の創業メンバーとして漫画編集チームとアプリマーケチーム等を立ち上げる。2016年にSNSクリエイターのマネジメント会社・株式会社wwwaapを創業。2022年に株式会社クオンと経営統合し、株式会社Mintoの取締役に就任。

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