Bill Gates氏は、人工知能(AI)が未来の仕事や社会活動に与える影響について、技術の専門家があらゆる疑問に答えられるとは考えていない。しかし、この技術が向かう先を考えれば、誰もがすぐにでもAIツールを使い始めるべきだと考えている。
Gates氏は、「AIを使いこなし、上手に活用する能力は、今やExcelやインターネットを理解することよりも重要だ」と語った。これは、Netflixが9月18日に配信を始める新作ドキュメンタリーシリーズ「What's Next?ビル・ゲイツと考える未来の展望」について、筆者が同氏にインタビューした際の発言だ。
Microsoftの共同創業者であるGates氏は、この5話構成のシリーズの初回エピソードで、このシリーズは「未来を語る番組」だと述べている。AI、偽情報、所得格差、気候危機、グローバルヘルスといった問題を扱ったこのドキュメンタリーでは、Gates氏の視点だけでなく、医師や教育者、科学者、活動家、起業家、レディー・ガガさんや映画監督のJames Cameron氏などのアーティスト、Gates氏の家族など、さまざまな人々の視点が紹介される。IT分野のパイオニアである同氏は、こうした異なる視点や意見からさまざまなことを考えさせられたという。
Netflixは、5年前のドキュメンタリーシリーズ「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」で、 同氏の問題解決型のマインドセットに迫った。Davis Guggenheim氏が監督を務めたこのシリーズは、Microsoftの黎明期やGates氏の幼少期、グローバルヘルス、気候変動、発展途上国のトイレ衛生などの分野における同氏の慈善活動などを扱ったものだった。Gates氏は今でも、技術や慈善活動を通じてこれらの問題の多くを解決しようとしているが、昨今では新たな問題が登場している。それがAIだ。
最初のエピソードでは、作家のTim Urban氏とOpenAIのGreg Brockman氏が「ChatGPT」やAIの超知性の進化について考えを語っているほか、他の専門家も登場し、AIの倫理や恩恵、欠点などについて説明している。またある部分では、The New York TimesのジャーナリストであるKevin Roose氏が、AIが雇用に与える影響について取り上げる。
またCameron氏は、テクノロジーの進歩が速くなったことでSFを書くのが難しくなっていると述べつつ、AIに対する懸念について語る。番組ではCameron氏とGates氏がAIが人間の目的意識に与える影響について議論しているが、Gates氏が楽観的なのに対して、Cameron氏がAIに対して「ディストピア的」な意見を持っている。
筆者は2人の議論を踏まえた上で、Gates氏にAI時代の人間と仕事の関係についてどう考えているかを尋ねた。すると同氏は、AIは教師や医師、メンタルヘルス専門家の不足に役立つと主張する一方で、プロセスに人間を関与させるべきであるのに加えて、おそらく制限を設ける必要があるとも語った。
Gates氏は、「ロボットが野球をするのを見たがる人はいない。では、『ここまでは十分機械に任せられる』と言える境界線はどこなのか。また、それに当てはまらないことには社交的な活動や親密な人間関係が含まれるだろうが、そういった引き続き人間が担い続けるべき仕事は何なのか」と問い掛けた上で、こうした議論はAIによって仕事の性格が変わっていく今後10年から20年は続くだろうが、今まさに議論が行われていることは素晴らしいことだと話した。それはなぜか。
同氏は続けて、「なぜなら、技術者がその問題を誰よりも理解しているわけではないからだ。この問題は、宗教的価値観や哲学的価値観の核心、つまり、ある種の涅槃にも関わるものだが、われわれはそれをうまく管理できるのか、どのくらいでそれが実現するのかはまだ分からない」と語り、このエピソードでは、今後20年間でAIのどのような利点が議論の中心になるかだけでなく、AIによって働き方が変わったときに、時間の使い方をどう見直せばいいのかについても議論していると説明した。
もちろん、現在のAIの使われ方についても無視するわけにはいかない。Microsoftの元CEOであるGates氏は、すべての人に「AIをツールとして使う」ことを勧めている。同氏は、「イラストレーターか、コーダーか、サポート担当者か、医療システムに携わる人間かに関わらず、AIを使いこなし、上手に活用する能力は、今や『Excel』やインターネットを理解することよりも重要になっている」と考えているという。
実際問題として、デジタルの世界で信頼に足る情報を見つけるのは、どのくらい難しいのだろうか。Gates氏を支えている技術チームにとってさえ、これは困難な問題だ。Gates氏は、自身に関する陰謀論やディープフェイクの画像、虚偽情報などのオンラインに投稿された情報をチェックするチームを抱えている。Gates氏は公人であり、詮索されるのには慣れているが、陰謀説を鵜呑みにして、パンデミックが発生したのは同氏のせいだと決めつける人や、人々の行動を追跡するために同氏がワクチンにマイクロチップを埋め込んだと主張する人が登場したことには面食らったという。
Gates氏は、ネット上で自分の名前がどう扱われているかを監視するのは面倒だと感じているものの、実際にはそれほどこの状況を気に病んでいるわけではなく、チップを使って人々を監視しているといった偽情報には、面白味さえ感じている。同氏はそのことで路上で女性から非難されたことさえあり、その女性に「私には特にあなたを追跡する必要はない」と言い返したという。
このNetflixのドキュメンタリーでは、偽情報の話題について触れるにあたって、ソーシャルメディアやその他のプラットフォームが、真実や、虚偽や、純粋なエンターテインメントを広げる役割を果たしていることにも触れている。番組では、スタンフォード大学の学生と専門家からなるあるグループが、政府、企業、個人が誤情報の作成と発信にどう関与しているかについて議論している。
また、Gates氏の21歳になる娘であるPhoebe Gatesさんも、この話題に色を添えている。Phoebeさんは、Gates氏が数年前にRedditのAMAで行った発言が陰謀論を誘発したことを振り返って、同氏の発言や投稿は、その名前や公的なペルソナのせいで炎上しがちだと警告した。Gates氏は、Phoebeさんが自分が重要だと考える医療の問題について発言した際に、オンラインハラスメントを受けたと聞いて驚いた。その反発が起きた原因には、Phoebeさんのフォロワー数が増加していたこと以外に、「Gates」という苗字も関係していた。
ただしGates氏は、偽情報の問題に対して確たる解決策を持っているわけではない。筆者は同氏に、どうすれば偽情報に対抗できるのかと尋ねてみた。同氏は、誰がどのような情報を作成したのかを認識しやすくなる「システムや行動」が整備されること理想だと述べたものの、ほとんどの国では、偽情報の問題を解決するための適切な境界線を見つけるのが難しい状況だという。
Gates氏は、「米国はそれが難しい国の1つだ。米国では憲法修正第1条で表現の自由が保障されている一方で、劇場で『火事だ』と叫ぶような行為はその例外だとされている」と説明し、「ディープフェイクのような技術が登場したことで、いずれ多くの人が、ネットを使っているほとんど時間は、誰もが好き勝手なことを言っているような環境ではなく、発言者の身元がしっかりと特定され、現実世界の信頼できる存在に結びついているような環境にいたいと考えるようになるだろう」と続けた。
この番組の視聴者やインターネットのヘビーユーザーの中には、偽情報対策の監督責任はどこにあるのかという疑問を持つ人もいるだろう。それは政府機関なのか、IT企業なのか、あるいはその両方なのか。Gates氏はその疑問には答えていないが、このドキュメンタリーで扱われている、多少なりとも解決への道のりが明確な他の話題と比べると、偽情報の取り扱いにはある程度の柔軟性が必要だと考えている。
地球温暖化に関するエピソードでは、存在はするが実用化には至っていない技術と、懐疑的な意見を持っている若い環境活動家の意見の2つが特に大きく扱われている。Gates氏はこのエピソードで、科学者だけでなくそうした人々からも学んでいると述べている。
クリーンテックに関する取り組みが盛り上がっている一方で、対策は十分なペースで進展していないという懸念もある。対策を前進させるためには、公共政策と規模が重要だ。では、現時点で使える技術にはどのようなものがあるのだろうか。
Gates氏は筆者のインタビューに対して、鉄鋼業界やセメント製造業界などの業界には新たなイノベーションが必要であり、同氏が立ち上げたBreakthrough Energyは、そうした取り組みに必要な資金の一部を提供していると述べた。また、「食品製造などの、認識を高めるだけで済むような二酸化炭素排出量の少ない業界もある」という。同氏は、人々の需要が高まれば、電気ヒートポンプや電気自動車、ソーラーパネルなどの購入に伴う余分なコスト(いわゆるグリーンプレミアム)を減らしながら、技術革新を促進することができると述べた。
先進国である米国や同国の消費者は、需要や技術革新を拡大する努力を後押しすることができる。Gates氏は、「豊かな国々が市場をけん引しなければならない。そうすることで、最終的には世界人口の65%が住む中所得国が購入できる価格になり、それらの国々の消費者でも手が届くものになる」と主張した。世界的に普及させるには、取り組みに賛同する、より裕福な消費者にそうした製品を購入してもらうことも必要だと同氏は言う。
Breakthrough Energyはまた、もう1つの要因である政策の面でも影響力を行使している。Breakthrough Energyは、米国の2022年インフレ削減法の制定にあたって助言を行った。この法律では、気候変動対策が大きな柱になっており、「既存の技術や新しい技術の導入を加速するための税額控除」が設けられた。
ドキュメンタリーでは、Breakthrough Energyの現在の投資先や、原子力発電、食品廃棄物、建設などの分野での取り組みを紹介している。ではその取り組みは、気候変動に関してGates氏に異を唱える若い活動家たちを納得させられるのだろうか。また同氏は、2050年までの二酸化炭素排出量削減目標を達成できると考えているのだろうか。できるかもしれないし、できないかもしれないと同氏は言う。
Gates氏は、地球の気温上昇を抑えるための目標である、上昇幅を1.5度以下に止めるといった、活動家たちの高い期待には応えられていないとしながらも、「私たちは十分に前進しており、絶望する必要はない。ただし、この努力は続けて行く必要がある」と述べた。
シリーズをすべて視聴すれば、これまでに取り上げた問題やその他の課題について、Gates氏や専門家、著名人、一般の人々の多様な意見を聞くことができ、残るエピソードでは所得格差や感染症などの問題にも踏み込んでいる。Gates財団は、特に最後のエピソードで取り上げるグローバルヘルスの問題を重視しており、Gates氏は、視聴者にこの問題を真剣に受け止めて欲しいと考えているという。
同氏は、「グローバルヘルスのエピソードが高い視聴率を得られなかったら、私は残念に思うだろう」と微笑みながら述べた。「私の時間やリソースの多くは、グローバルヘルスと気候変動の問題に割かれている。それが、私が最も重視しており、広く伝えようと努力している問題だ。例えば番組ではマラリアに焦点を当てているが、年間50万人の子供たちがこの病気で命を落としている。私は知恵を絞って、どうすれば多くの人にその問題に関心を持ってもらえるか、豊かな国々に援助に参加し続けてもらえるかを考えている」
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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