前回は経営層や上司から「メタバースを活用したプロダクトを作り、新たな収益を生み出せ」と命じられたケースを想定し、既存のプロダクトが失敗した理由について解説した。今回はメタバースビジネスの成功に向け、押さえておくべきポイントを解説しよう。
経営学者デービッド・アーカー氏は、著書において顧客に提供される便益を「機能的便益」「情緒的便益」「自己表現便益」「社会的便益」の4つに分類した。この概念を顧客価値の観点から捉え直すと、(1)機能的価値、(2)情緒的価値、(3)自己表現価値、(4)社会的価値として理解できる。
メタバースを活用した既存のプロダクトもこの価値分類のいずれか、または組み合わせた価値を提供している。しかしながらほとんどのプロダクトはユーザー獲得に苦戦し、ビジネスとしての成功を収めていない状況にある。
そこで以降ではメタバースビジネスの成功に向けて、これら4つの顧客価値を提供するプロダクトごとに押さえるべき重要なポイントを解説していきたい。
多種多様な商品、サービスが供給されている現代社会において、あったら嬉しい(Nice to have)程度のプロダクトでは顧客の心を掴むことは難しい。いかに、“なくては困る(Must have)”と思わせる顧客価値を生み出せるかが成功への鍵となる。
では、「なくては困るような顧客価値」をどうしたら作れるのか、そのポイントを解説する。
機能的価値は顧客が抱える課題を解決することで生まれる。そのため、「なくては困るような顧客価値」には、相当の大きな課題を見つける必要がある。そのような課題を見つけるためには、「ターゲットセグメントの絞り込み」と「潜在的な課題の探索」「課題の大きさの評価」を行うことが重要だ。
ターゲットセグメントを決める際、上層部から求められる事業規模を鑑みて、より大きな市場を狙えるよう広範に設定されるケースが散見される。この場合、ターゲットの特性が曖昧になってしまい、筋の良い課題が見つかりづらい。「少し絞りすぎではないか」と思うほどのセグメントで検討を始めるぐらいで丁度よい。
課題の探索に関しては、商品、サービスがありふれている現代社会において課題のほとんどは解決できてしまっているため、顕在化している課題を探そうとしても徒労に終わる。重要なのは、潜在的な課題を探すことだ。
その際の切り口はさまざまあるが、クニエでは顧客の“当たり前の中に潜む不便はないか”という切り口で検討することが多い。ただし、メタバースの活用が前提となった企画だからといって手あたり次第に課題を探すのではなく、メタバースと親和性がありそうな領域をある程度意識した検討を行う必要がある。
また、課題の大きさを評価するには、以下のような軸で行うことが多い。
ここでの評価が甘いと、“あると嬉しい”程度の売れないプロダクトを生み出してしまうため、シビアな評価を心掛けたい。
課題に対して、“適切な解決手段”を提供できてこそ「なくては困るような顧客価値」は生まれる。上層部からの指示ゆえに、メタバースありきの検討となってしまっているからこそ、メタバース活用の妥当性を客観的に確認することが重要だ。
課題解決に必要な機能をメタバースが有していることは大前提として、前回で述べたように既存手段の「10倍以上」の価値が出せるかがポイントとなる。
それらの検討には、そもそもメタバースで何ができるか、つまり「メタバースの機能」を洗い出す必要がある。インターネット検索やわれわれのような専門家にヒアリングするのも結構だが、まずは自身でメタバースを体験し、考察することを推奨したい。複数のプロダクトを綿密に体験すれば、メタバースの機能に対する洞察が自然と得られるはずだ。
社内検討の末に導出された深い課題に基づく顧客価値は、あくまで「初期仮説」にすぎない。
新規事業開発において、初期仮説が正しい(なくては困ると思われる)ことは極めて稀であり、メタバースが絡んだものにおいては、99%間違っていると言っても過言ではないだろう。
したがって、仮説の精緻化に時間を費やすよりも、クイックに仮説検証を行うべきだ。
なお、検証と聞くとプロトタイプを顧客に利用してもらい反応を見る方法を思い浮かべる方が多いかもしれないが、初期仮説の検証時においては、プロトタイプの開発は必要ない。まずは、コンセプトを表した一枚紙の資料を基に顧客と対話するだけで十分だ。顧客との対話を重ね、得られたフィードバックを基に仮説を継続的に再構築し軌道修正していくことが重要だ。
また、当初の構想とは大きくかけ離れた方向性が浮上することも十分あり得る。その際は、あまり固執せずに柔軟に軌道修正(ピボット)していくことが成功の近道となる。
このような仮説構築・検証・軌道修正を忍耐強く反復していけば、真の顧客価値が徐々に浮き彫りになってくるはずだ。
現代社会は娯楽サービスに溢れており、消費者の可処分所得、時間の奪い合っている状況だ。このような環境下で自社のプロダクトを成功に導くには、PU(Paid Users:課金ユーザー数)もしくはDAU(Daily Active Users:1日あたりのアクティブユーザー数)を増やすことが重要になる。その方法は「新規の(課金)ユーザーを増やす」「リテンション率(再訪する割合)を高める」、この2つが基本的なアプローチだ。
だが、あくまで筆者の体感ベースではあるが、前者に対して練られているプロダクトは一定あるものの、後者においてはゲームプロダクト以外ではあまり見かけない。そのため本章では、リテンション率を高めるためにどのような仕掛けを考えればよいのか、そのポイントを3つ紹介したい。
現代の消費者は多くの選択肢を持っており、同じ体験を繰り返すことに飽きやすい。消費者が飽きてしまうと、他の魅力的なプロダクトに移ってしまう。
現実世界のテーマパークが常に新しいアトラクションやショーを提供するように、プロダクトも常に新鮮な体験を提供し続けることが重要だ。これには、既存コンテンツの更新や新規コンテンツの追加を定期的に行うことが不可欠である。
ただし、更新・追加することが目的となってしまい、価値のないコンテンツが出されているケースがよくあるため注意が必要だ。価値がないコンテンツの提供は消費者の“飽き”を加速させてしまう。
更新・追加するコンテンツは必ず消費者が満足できる価値を提供する必要がある。惰性で続けるのは避け、企画当初と同じ熱量でプロダクトに取り組む姿勢が求められる。
プロダクトが消費者にとって日常の一部として定着すれば、消費者の継続的な利用が期待できる。メタバースのプロダクトで習慣化に向けた仕掛けを行っているケースを紹介しよう。
「VRChat」では毎日深夜0時~0時5分の間に養命酒を飲むイベントが有志によって開催されており、これが参加者のルーチンの1つになっていると聞く。また「Fortnite」では報酬が獲得できるデイリークエストを設定することで毎日ログインする動機付けを行っており、多大なDAUの維持に貢献している。
その他の仕掛けとしては、連続ログインや連続タスク達成に対して徐々に価値が高くなる報酬の提供や、ユーザー間の競争心を刺激するランキングシステムなどが考えられる。
なお重要なのは、これらの仕掛けが消費者にとって価値があり、強制的ではなく自然に受け入れられるものであることだ。
消費者に過度なストレスを与える強制的な仕掛けは反発を招き、むしろプロダクトからの離脱を引き起こす可能性がある点に注意が必要である。
飽きていたゲームでも、友人と一緒にプレイすると意外と楽しめたという経験がある方は多いと思う。「何をするかよりも誰とするか」という言葉が示すように、複数人での体験は個人の体験以上に満足度を高める効果がある。
この効果を活用するための具体的な仕掛けとしては、まずは紹介キャンペーンの実施が挙げられる。既存ユーザーが新規ユーザーを招待した際、双方に特典を付与する仕組みを導入することで、新たな顧客の獲得と既存顧客の継続利用を同時に達成できる。
また、グループイベントの開催も効果的だ。複数人で参加することで特別な報酬が得られるチャレンジやミッションを定期的に実施することにより、ユーザー間の協力と競争を促進し、複数人で体験するからこその価値を享受することができる。
ただし、これらの施策を実施する際は、一人でも楽しめるコンテンツのバランスを保つことが重要である。全てのユーザーが常に複数人での体験を望んでいるわけではないため、多様な利用形態を支援する柔軟性が求められる。
今回は「(1)機能的価値」および「(2)情緒的価値」を提供するプロダクトが成功するためのポイントを紹介した。次回は「(3)自己表現価値」および「(4)社会的価値」を提供するプロダクトのポイントについて解説する。
小林拓人
大手日系コンサルティングファームを経て、クニエに入社。新規事業戦略担当として、メタバース含む新たなテクノロジーを活用した新規事業開発、製品・サービス開発、事業グロースを支援。 調査レポートの発行・取材対応など、メタバースに関する実績多数。子どもの第3の居場所づくりを行うNPO法人AKTOの理事としても活動。
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