テクノロジーを活用して、ビジネスを加速させているプロジェクトや企業の新規事業にフォーカスを当て、ビジネスに役立つ情報をお届けする連載「BTW(Business Transformation Wave)」。スペックホルダー 代表取締役社長である大野泰敬氏が、最新ビジネステクノロジーで課題解決に取り組む企業、人、サービスを紹介する。
今回ゲストとしてご登場いただいたのは、ソニー イメージングエンタテインメント事業部 ゼネラルマネージャーの町谷康文氏とレンズテクノロジー&システム事業部 シニアマネジャーの須崎光博氏。プロ向け機材となっている「α1」から、初心者にも使いやすい「α6700」、ブイロガーをターゲットに据えた「VLOGCAM(ブイログカム)」など、幅広い層をカバーするソニーのミラーレスカメラ戦略について聞いた。
大野氏:多くのラインアップを持つソニーのカメラですが、商品企画はどのように進めているのでしょうか。お二人のご担当も含めて教えて下さい。
町谷氏:私は主にカメラボディのビジネスを手掛けています。須崎の所属するレンズビジネスチームの隣にいて、ボディとレンズが一体となって商品戦略を検討しています。
須崎氏:私はレンズとカメラアクセサリーのビジネスを手掛ける所属していますが、事業部全体で方向性を議論した上で商品開発を進めています。ボディにどんな進化があり、それに応えるにはどんなレンズが必要か。それによってお客様にはどんな価値を提供できるかを全員で話し合って、開発を進めています。
ただ、各事業体のテクノロジーをできるだけシナジーが出るようにプラットフォーム化するという動きはここ数年強まっていて、連携する体制は今まで以上に高まっていると思います。
町谷氏:商品カテゴリー間の区分けが溶け合うように融合されてきたことも、連携を強める要因の1つだと考えています。例えば、少し前は放送用のカメラやシネマ用の専用カメラを使っていた領域でも、ミラーレスカメラで撮影するケースが出てくるなど、カメラの使い方は多様化してきていると思います。技術を共通化して、いろいろなお客様のニーズに対応できる組織体制が求められていると考えています。
大野氏:それぞれの分野の専門性を高め、開発に集中しつつ、技術を共有しあえるとても良い仕組みだと思います。ラインアップ戦略はどう考えてらっしゃいますか。
町谷氏:カメラボディもレンズも共に、トッププロからアマチュアまで、あらゆるクリエーターのニーズに応えられるよう、幅広いラインアップを目指しています。
例えばα1や「α9 III」などトッププロ向けのカメラから、ハイアマチュアユーザーに愛用されている「α7R V」「α7S III」、初めての人にも使いやすいVLOGCAMシリーズやα6700など、幅広くバリエーションを持つことで、高解像、高感度、スピード、手軽さとユーザーが求めるものを提供できるようなラインアップにしています。
大野氏:昨今、スマートフォンはカメラ機能が高性能化され、スマホで事足りるという世界もでてきています。この変化はカメラのラインアップ戦略に影響を与えていますか。
町谷氏:影響はあると思います。ただ、スマートフォンにしろ、カメラにしろ、映像を撮る機会は増えていますよね。以前は静止画だけでしたが、動画もコミュニケーションの手段として確立されてきている。映像を撮る楽しさに触れていただく機会が増える中、自分の考えや表現をリアルに伝えたい、よいものを撮影したいというニーズに向けて、私たちはカメラを作っています。
大野氏:そうした戦略の中から生まれた1つがVLOGCAMシリーズでしょうか。
町谷氏:若者のなりたい職業としてYouTuberの人気が高いこともあり、動画市場は拡大していくと見込んでいます。SNSを使って自分の考えや思いを動画で発信する行為がスタンダードになる中で、映像表現にこだわった動画を投稿したいというニーズが増えてきている。その状況を受け、動画撮影に特化したカメラのラインアップを充実させようと企画したのがVLOGCAMです。
大野氏:VLOGCAM、私にもドンピシャで、発表された瞬間に予約しました。ピントが合うのが早く、動画もとても美しい。スマートフォンだとあそこまでのスピード感は出せないと思います。自撮りがしやすいのもポイントでした。
町谷氏:ありがとうございます。見せたいものにすぐにピントが合うことで、伝えたいことがよりダイレクトに伝わると考え、意識してスピード感を重視しました。
大野氏:レンズでのこだわりはどのあたりですか。
須崎氏:VLOGCAMに限りませんが、レンズを交換することで、表現の幅を広げられると思っています。そのため、商品ラインアップの拡充は大きな使命と捉えています。ソニーではワンマウントという思想を基に、さまざまな商品にすべてのレンズを使っていただけるよう取り組んでいます。フルサイズからAPS-C、アマチュアからプロ、静止画から動画と、αからCinema Lineにいたるまで、どのカメラにおいてもEマウントを搭載しています。
2016年に導入した、Eマウントレンズの最高峰であるシリーズとなる「G マスター」から、VLOGCAMに適した小型、軽量なレンズまで、幅広くカバーすることで、多くのお客様のクリエイティビティを発揮できるようにしていきたい。現在、レンズとしては70本以上のラインアップを持ち、これはミラーレスカメラとしては最多になっています。
大野氏:モデルチェンジのスパンが長い印象です。
須崎氏:レンズはお客様に長期間安心して使っていただくことを想定して開発しています。実際、2010年に発売して、現在も生産を続けるレンズもありますので、非常に息が長い商品だと思っています。各モデルの更新時期に関しては、技術の進化により、お客様に新しい価値を提供できるか、お客様からのご要望も聞きながら、引き続き検討をしてまいります。
大野氏:αはアマチュアからプロユースまで幅広い方が使用されています。技術進化はどのように組み込んでいますか。
町谷氏:カメラ、レンズ共に、基本性能を大事にしていて、レンズ、画質、スピード、バッテリーライフ、小型軽量の5つを「ファイブファンダメンタルズ」と呼び、常に高めるよう技術開発を続けています。この5つは非常にベーシックで、あらゆるカメラに求められる、いわば基礎体力的な部分なので特に重視にしています。
技術的に大きな転機になったのは2017年に登場した「α9」と2019年の「α9 II」でした。ここを機に報道などプロフェッショナルな現場でミラーレスカメラが使われるようになり、自社内でも実際の現場を理解し、それに合った商品を作ろうという意識がより高まりました。
エンジニア自身が現場に実際の声を聞きに行き、どういうカメラが良いのかというやりとりをさせていただきました。プロカメラマンの方とつながりが強まったのもこの辺りですね。
大野氏:ユーザーの意見が商品にかなり反映されていますね。ユーザーとの接点はどのように増やしていますか。
町谷氏:実際に撮影に同行させていただきフィードバックをいただくこともありますし、後日お話をお聞きすることもあります。もちろんスポーツ大会などでサポートブースも設けていますので、そこでお客様の声をお聞きする機会も多いです。
大野氏:そうしたユーザーの声を具現化する形で3月にはポータブルデータトランスミッター「PDT-FP1」を発売されましたね。
町谷氏:PDT-FP1は、ソニー製のカメラと接続すると、撮影した静止画や動画を自動転送できるポータブルデータトランスミッターです。5Gを使ってFTPサーバーやクラウドなどに転送でき、ライブストリーミングサービスにも対応しています。
撮影したデータの受け渡し作業は、みなさん苦労されていた部分で、ここを自動化することで、コンテンツの制作から配信までの時間が一気に短縮され、制作ワークフローの効率化が実現できると思っています。
大野氏:これは便利ですよね。撮影した映像や静止画を瞬時に送れる。熱対策なども施されていますか。
町谷氏:専用の冷却ファンを新規に開発して搭載しています。摂氏40度程度の環境でもサーマルシャットダウンを防げますし、5Gの安定した通信でデータ転送ができます。
プロカメラマンの方とお話させていただくと、報道やスポーツ中継の撮影現場では1秒でも早く撮った映像、静止画を届けたいという要望があるのと同時に、制作リードタイムを短くしたいというニーズも強い。PCとカメラをLANケーブルでつなぐなどの方法もありますが、それだとカメラマンが動ける場所が制限されてしまいますよね。またデータトランスミッター自体はすでに世の中にありますが、スピードが遅い、長時間運用ができない、熱対策が弱いなどの課題がありました。
そうした多くの声をいただき、現場で必要なソリューションを提供したいという思いからPDT-FP1を開発しました。
大野氏:PDT-FP1が現場の課題を解決するソリューションだったのに対し、αならではの最新技術開発にも積極的ですね。
町谷氏:技術革新という観点では「α9 III」に、民生用として世界初のフルフレームでの「グローバルシャッター」方式を搭載しました。ミラーレスカメラは読み出しに時間がかかるローリングシャッター方式が一般的でしたが、動きの早い被写体を撮影すると、どうしても歪みが生じてしまいます。
これに対しグローバルシャッターは全画素を同時に露光、読み出しを行うため、歪みのない撮影が可能になります。これまで撮れなかったものが撮影できる、革新的なカメラになっていると思います。
グローバルシャッター自体は、今まで産業用途など小さなイメージセンサーで使われていたケースはありますが、民生用かつフルサイズのものに採用することは非常に難易度が高いチャレンジでした。そうした高性能を実現させつつ、クリエーターの方に納得してもらう画質も両立しないといけない。読み出しスピードと画質を両立するのは非常に難しく、苦心したところもありますが、α9 IIIで実現できました。
大野氏:ミラーレスカメラは他社も力を入れています。ソニーならではの強みはどのあたりとみていますか。
町谷氏:カメラを構成する要素の中で非常に重要なイメージセンサー、レンズ、画像処理エンジンなどをソニーグループ内で開発設計できる点、そして繰り返しになりますが、トップクリエーターから一般のお客様まで、幅広いラインアップを構築できていることだと思います。静止画、動画の両方に強みがあると感じていますし、単なる撮影機材だけではなく、撮影、編集、コンテンツ管理、配信までトータルのソリューションを持っているのもソニーならではと考えています。
大野氏:昨今AIがものすごいスピードで進化しています。ハードウエアとAIが融合する動きも広がっていますが、カメラとAIの関係性はどう見ていらっしゃいますか。
町谷氏:AIはものすごい勢いで広がっていますが、一方で、何が真実で、何が作り上げられたものなのかという真正性の問題が課題として上がってきていると思っています。
すでにいくつかの報道機関とやりとりをして、画像の真正性を検証するカメラソリューションを提供しています。これによってクリエーターや社会全体をフェイク画像から守るような取り組みを始めています。
具体的には撮影した画像に、来歴情報や、カメラで撮影されたことの真正性の情報をカメラ内デジタル署名として埋め込み、検証サイトを使うことで、撮影されたものか作られたものかを検証できるようにしています。
大野氏:すでにAIの対応策も取られていると。今後の戦略について教えて下さい。
町谷氏:トップクリエーターから一般のお客様まで、多様なクリエーターと共にコンテンツ制作の未来を作りたいと思っています。これからも多くのお客様の声を聞きながら、クリエーターの裾野を広げていけるような商品開発を続けていきます。
須崎氏:レンズも同様に、クリエーター のクリエイティビティを最大化し、クリエーターを支えるために開発をしていきたいと思います。誰もが自由にクリエイションを楽しめる世界を作るのが目的なので、それを実現するための商品やサービスの開発に引き続き取り組みます。
大野泰敬氏
スペックホルダー 代表取締役社長
朝日インタラクティブ 戦略アドバイザー
事業家兼投資家。ソフトバンクで新規事業などを担当した後、CCCで新規事業に従事。2008年にソフトバンクに復帰し、当時日本初上陸のiPhoneのマーケティングを担当。独立後は、企業の事業戦略、戦術策定、M&A、資金調達などを手がけ、大手企業14社をサポート。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ITアドバイザー、農林水産省農林水産研究所客員研究員のほか、省庁、自治体などの外部コンサルタントとしても活躍する。著書は「ひとり会社で6億稼ぐ仕事術」「予算獲得率100%の企画のプロが教える必ず通る資料作成」など。
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