五輪、コロナ禍、GDPRにウクライナ侵攻--欧州のキャッシュレス決済に差がある背景

森岡剛 (インフキュリオン コンサルティング) 森本颯太 (インフキュリオン コンサルティング)2024年07月22日 08時00分

 第1回第2回では、日本のキャッシュレス決済市場の特徴を、グローバル市場と対比させながら解説した。第3回からは世界に目を向けて、各国でのキャッシュレス比率や決済手段に注目し、日本との違いを考えてみたい。

 欧州、アジア、米国のキャッシュレスの普及状況には大きな違いが見られる。欧州・米国ではカード決済が主軸であり、特に欧州ではデビットカードが圧倒的なシェアを占めている。一方で、アジアは中国・インドを中心とした爆発的なQRコード決済の拡大や国を跨いだQRコードの統合の動きが特徴だ。詳細に見ていこう。

  1. デビットカードとタッチ決済でキャッシュレスを推進する欧州
  2. GDPRにウクライナ侵攻--欧州の人々が現金を利用する理由
  3. 五輪・コロナ禍で加速したタッチ決済

デビットカードとタッチ決済でキャッシュレスを推進する欧州

 欧州では、デビットカードを中心としたカード決済によるキャッシュレス化が急速に進展しており、特にタッチ決済の普及が顕著である。

 ECB(欧州中央銀行)のデータでは、カード決済額は増加傾向にあり、2017年から2021年の間で35%の成長を果たしている。カード決済のうち、デビットカードの比率が約70%であり、EUではデビットカードがキャッシュレス決済の主要手段として利用されている。

 第2回で述べたように、海外のクレジットカードは一般的にリボ払いで利用者に手数料がかかるため、手数料がかからないデビットカードの利用が一般的だ。

 では、キャッシュレス比率はどうだろうか。ユーロ圏全体では、対面での決済件数のうち59%が現金、残り41%がカードやモバイルアプリなどのキャッシュレス手段が使われている。しかし、ユーロ圏内でも国によってキャッシュレス比率に格差がある。 

 フィンランドやオランダでは、約80%がキャッシュレス決済と驚異的な数字を誇っている。

 オランダでは2004年に、小売業界がデビットカード決済システムの独占と過剰な手数料について訴訟し銀行と対立していた。しかし翌年、双方に利益がある決済システム構築を目的とする決済効率化推進財団(SBEB)を設立。当財団主導で現金使用に伴う隠れたコストの明確化により、小売店がカード決済手数料を受け入れやすくしたこと、さらにキャッシュレス手段をデビットカードに集約することでお店側の負担を軽減させるなど、銀行とお店がお互いに歩み寄り、共にキャッシュレスを推進させるような文化の醸成に成功した。

 また、フィンランドやスウェーデンなど北欧でキャッシュレスが進んだ一つの要因としては、「人口密度が低い」ことが挙げられる。広い国土の中で人が点在し、さらに冬が長く降雪量も多い気候条件ということもあり、現金の運搬などの運用に伴うコストが高くなるのだ。そのコスト削減の策がキャッシュレスサービスの増加であり、銀行なども積極的にキャッシュレス決済を広めていった。

GDPRにウクライナ侵攻--欧州の人々が現金を利用する理由

 一方で、ドイツや南欧諸国のイタリア・スペインはキャッシュレス比率が約30%程度であり、ユーロ圏内ではキャッシュレス後進国となっている。筆者(森本)が2018年にドイツに訪れた際に地元の友人・知人と話した際には、国民(特に年配者)のプライバシーに対する価値観によるものが大きいと感じた。キャッシュレス決済では個人情報を入力し、データ利用に同意しなければ利用できないサービスが多いが、現金は匿名で使える。GDPRによって個人情報の利用が厳格にルール化されている欧州にとっては、現金のほうが安心といった声が挙がるのは納得できる。

 先述したスウェーデンでは、現金利用者が急速に減速する一方で、現金利用の減少を否定的に捉える人も、2022年の36%に対して2023年は44%と増加傾向にある。これは、ウクライナ侵攻による危機意識の高まりによって、デジタル決済手段が使えなくなった際に対処できないこと、また現金の方がお金の管理が容易であり、特に高齢者は現金なしでやりくりすることがかなり難しいと感じているなどの理由が挙げられている。インフキュリオンが定期的に行っている国内の「決済動向調査」でも、月々の予算管理や使えるお金を把握する場面では、現金が便利という意見が多数派になっている。

五輪・コロナ禍で加速したタッチ決済

 欧州の特徴として、タッチ決済が広く普及していることが挙げられる。

 ECBのデータによれば、ユーロ圏における2022年の対面でのタッチ決済比率はなんと約62%に達し、2019年の41%から21ポイントも増加している。大きな要因としては、パンデミックによる衛生上の理由から、現金のやり取りや決済端末への物理的な接触を必要とせずに取引を決済できることが挙げられる。

 タッチ決済の普及は、2012年のロンドン五輪が一つの契機だったと言われている。ロンドン五輪では、国際ブランドが公式スポンサーとして各地にタッチ決済対応端末の設置を支援。その後、地下鉄などの公共交通機関や主要な観光地に設置されたことで、多くの利用者がその利便性を実感する機会を得ることに成功。これにより、日常生活においてタッチ決済が広く受け入れられるようになった。

 2024年のパリ五輪では、2021年の東京五輪同様に、Visaによるキャッシュレス・タッチ決済推進に向けた取り組みが発表されている。また、2025年の大阪万博では会場内の買い物はキャッシュレス決済に限定されるとのことだ。このように大規模な国際イベントを契機にキャッシュレス決済の推進が加速されるだろう。

 今回は、欧州のキャッシュレス決済市場の特徴をご紹介した。次回は、日本と距離の近いアジア、「BNPL」が急拡大する米国の特徴を解説する。

森岡剛

株式会社インフキュリオン コンサルティング マネジャー

大手システムインテグレーター(SIer)を経て2014年より現職。メディア&ラボ研究員として決済動向の国内・グローバル研究を行う。インフキュリオンの「決済動向調査」の主担当として調査設計からデータ分析を担う。社内外の各種メディアへの寄稿や社外講演など情報発信にも取り組む。博士(コンピューターサイエンス、トロント大学)。

森本颯太

株式会社インフキュリオン コンサルティング シニアマネジャー

東京大学工学部物理工学科卒業後、2019年にインフキュリオン コンサルティングに参画。入社前インターンとして現金を使わず各国のキャッシュレス事情を調査するキャッシュレス世界旅行を実施。 入社後は、BtoB決済事業、マーチャント事業の次期戦略、新サービス企画などに従事。資金移動業取得支援やペイロール/金融サービス仲介業によるサービス検討など、法令周りを含めた商品性検討の経験が豊富。

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