清水建設のイノベーション最前線--新拠点「NOVARE」が育む新規事業と人財

 テクノロジーを活用して、ビジネスを加速させているプロジェクトや企業の新規事業にフォーカスを当て、ビジネスに役立つ情報をお届けする連載「BTW(Business Transformation Wave)」。スペックホルダー 代表取締役社長である大野泰敬氏が、最新ビジネステクノロジーで課題解決に取り組む企業、人、サービスを紹介する。

 今回ゲストとしてご登場いただいたのは、清水建設 イノベーション担当 副社長執行役員の大西正修氏。5月に開催されたイベント「SusHi Tech Tokyo 2024」で、大気中のCO2をコンクリートに吸収固定化させる新技術「DACコート」でイノベーションを感じる取り組みを披露した清水建設は、2023年9月にイノベーション拠点「温故創新の森 NOVARE(ノヴァーレ)」(NOVARE)の運用を開始。設立意図から、拠点としての役割、清水建設が求めるイノベーションとは何かなどについて聞いた。

清水建設 イノベーション担当 副社長執行役員の大西正修氏(左)、スペックホルダー 代表取締役社長の大野泰敬氏(右)
清水建設 イノベーション担当 副社長執行役員の大西正修氏(左)、スペックホルダー 代表取締役社長の大野泰敬氏(右)
  1. 建設業における20年後、30年後に対する危機感
  2. 220年間言い続けてきたのは「お客様を大切にする」こと
  3. シリコンバレー、ロンドン、シンガポールに拠点、海外展開も
  4. スタートアップとの共創は、社内の人財育成にもつながってくる

建設業における20年後、30年後に対する危機感

大野氏:今まで多くのイノベーション施設を見てきましたが、規模感、充実度ともにNOVAREはすごいですね。

大西氏:東京都江東区の潮見に約3万2000平方メートルの敷地面積を使って建設しました。イノベーションを推進する情報発信と交流の拠点「NOVARE Hub」(ハブ)、生産革新を担う研究施設「NOVARE Lab」(技術研究所潮見ラボ)、体験型研究施設「NOVARE Academy」(ものづくり至誠塾)、清水建設の歴史資料館「NOVARE Archives」に加え、二代清水喜助の作品である「旧渋沢邸」という、5つの施設から成ります。

 イノベーション拠点というと、研修センターやコワーキングスペース、会議室を用意したものが多いかと思いますが、NOVAREはロボットや3DプリンターなどがあるLabや、歴史資料館を併設するなど、「本気」のイノベーション施設を目指しました。

「温故創新の森 NOVARE(ノヴァーレ)」
「温故創新の森 NOVARE(ノヴァーレ)」

 先日も海外のお客様が視察にいらっしゃいましたが、5つの施設が同じ敷地内があるところや、Labの充実度などを評価いただきました。

大野氏:潮見駅からNOVAREまで徒歩3分という近さですが、ガラス張りのAcademyの内部を見ながらエントランスまで歩けるところもいいですね。建設現場で作っているものの実寸大モックアップなどが見られるのも非常に興味深いです。

大西氏:NOVAREのコンセプトの1つは「オープン」なので、施設に来ていただく方はもちろん、近くに住む人々にも見ていただけるような施設にしたいと考えていました。工事現場は皆さんの身近にあるものだと思いますが、高い仮囲いで覆われていて、音は聞こえても中で何が起こっているのかはわからない。普段は見られない建設現場をここに再現することで、興味を持っていただければと思っています。

大野氏:ここまで大規模なイノベーション施設を造るには、清水建設として「イノベーションを起こしていく」というかなり強い意志がなければ難しいと思いました。経営層の方に意識の変化などがあったのでしょうか。

大西氏:清水建設では、2019年に長期ビジョン「SHIMZ VISION 2030」を策定しました。シミズグループが2030年に目指す姿などを示しているのですが、人口減少が加速化する日本において、建設業は厳しい状況にあります。国内建設投資がバブル期以上に回復することは考えにくく、技能労働者の数はどんどん減っていく。これは何か手を打たなければならない。ここから数年はよいとしても、20年後、30年後に対する危機感はかなり強く感じていました。

 そんな中、目指すべき企業像として掲げたのが「スマートイノベーションカンパニー」です。そこからイノベーションに取り組んできましたが、なかなか思うようには進まない。技術などのイノベーションはたくさんあっても、まず従業員にイノベーションマインドがないと、推進していけないことに気づきました。

 建設業に長く携わってきた私たちはどうしても、建設業自体をどう伸ばしていこうかという発想になってしまうのですが、それだけではだめで、別の発想をする必要があります。そのためには、何らかの場が必要と考えました。

 もう1つは、旧渋沢邸の存在です。二代清水喜助の作品で、建てられたのは約140年前。建物自体も3回ほど移築され、直近は青森県にありました。その旧渋沢邸が清水建設の元に戻ってきました。

旧渋沢邸
旧渋沢邸

 清水建設は、2024年に創業220年を迎えましたが、渋沢邸はいわば当社のDNAと言えるような存在。DNAをNOVAREに移築することで、原点からイノベーションを考えるきっかけになると思いました。

220年間言い続けてきたのは「お客様を大切にする」こと

大野氏:イノベーション施設内に、シンボル的な建物があること自体も非常にめずらしいですね。未来の人財を育成していくことも打ち出されていますが、このあたりは清水建設の中に文化として構築されているものなのでしょうか。

大西氏:どの業態も同じだと思いますが、やはり「人」なんですよね。技術があってもデータが蓄積されても、それで「モノ」ができるわけではない。建設業は造るものが一つひとつ違いますし、お客様の要望も建物ごとに異なる。ということは、従業員がお客様の要望に応えるために何をするか、一生懸命に考えなければいけません。それを考えられる従業員を育てていきたい。一番伝えているのは「お客様を大切にする」こと。それこそ220年くらい言い続けています(笑)。

大野氏:大西さんご自身がこのNOVAREで特にやりたかったことは何ですか。

大西氏:Hubだけ作るのだったらこの形にはしていません。NOVAREは5つの施設から成り、さらに地域ともコミュニケーションを図れる施設でありたいと思っています。イノベーション施設は業務や研究施設エリアにあることが多いですよね。しかし、NOVAREは運河側に公園があり、ホテルがあり、さらに人々が暮らす住宅もある中に立地している。地域に溶け込むような施設にしたいと考えていました。

 5つの施設はコンセプトも違います。Archivesは当社の歴史を紡ぎ、今後も発展していくという意志を込めていますし、Academyはどんどん中身を進化させていきたい。Labはこんな巨大な空間は見たことないというくらいの規模ですので、大型の実験設備の導入にも対応できます。

大野氏:確かに人々が暮らす空間にあるイノベーション施設というのは面白いですね。どんな施設に育てていきたいですか。

大西氏:ここに来れば何か発見がある施設にしていきたいと思います。基本的にオープンな施設なので、多くの方に利用していただきたい。施設内には外部の方が気軽に入ってこられる「ディスカバーエリア」も用意しています。NOVAREであれば、ハードな実験が伴う事業の検証も可能ですし、事業化できそうなアイデアを突き詰めていくこともできます。活気があふれている場にしたいと思っています。

大野氏:私自身多くのオープンイノベーション施設を見学させていただき、中には失敗事例もありました。参入しても人が集まらない、アウトプットが少ないなどの理由から5~7年程度でクロージングする例もあります。

大西氏:NOVAREは4月にオープンしましたが、施設が完成する前から企画自体は走り始めていて、仲間集めも進んでいます。具体的には、米国のシリコンバレーに拠点を置き、海外の情報収集をしています。また、社内に横断型組織を設置し、イノベーションの種を探しています。建設、土木の部門はもちろん、建設以外の部門でもネタ探しは始まっていて、すでにいくつかが実証段階に入ってきています。やはりイノベーション施設は人に集まってもらわなければなりません。その準備はすでに整っています。

 NOVAREにかかわるメンバーは、自治体や大学に積極的に出向いていますし、間口は非常に広く取っています。ただ、なんでもいいわけではなくて、やはり事業化を見据えてほしい。社会実装に向けた実験も社外のみなさんと組んで取り組めると思いますし、そういうサポートをしていきたいと考えています。

シリコンバレー、ロンドン、シンガポールに拠点、海外展開も

大野氏:清水建設というと建設事業、土木事業が浮かびますが、オープンイノベーションを進めていく上で注目しているジャンルはありますか。

大西氏:建設業の枠を広げるため、現在の業務に近しいところはもちろん考えています。加えて、建設業だけでは解決できないジャンルにも挑戦していきたいですね。例えば、大雨が降ると河川の氾濫が心配になりますが、河川の変化を把握できるシステムを作る方と組めば、降雨量が何ミリを超えたら河川の水量がどのくらい上がるのかがわかる。避難誘導などにも役立てられる。そうした社会全体で解決しなければならない課題に取り組んでいきたいです。

大野氏:清水建設では、国内外のスタートアップやスタートアップファンド向けに100億円規模の出資枠も設けていらっしゃいますよね。NOVAREの取り組みとあわせて実績は出始めていますか。

大西氏:「SHIMZ NEXT プログラム」として、スタートアップ企業への出資を2020年にスタートしました。すでに1社が事業化に向けて動き出しており、5社がPoCへ進捗、15社以上と協業に向けたMVP(Minimum Viable Product)の検討を進めています。NOVAREでは、どのステージからでも共創が検討できるような環境を整えています。

大野氏:オープンイノベーションを進めるためには海外を含め多くの人と知り合うことが不可欠だと思います。海外展開などはいかがでしょうか。

大西氏:先ほども申し上げた通り、シリコンバレーに拠点を構えていますし、欧州ではロンドンに駐在員がいます。加えて、長く事業を展開しているシンガポールでも、地域のスタートアップと知り合えるようにしています。

 日本を起点とするだけではなく、シンガポールとロンドンがつながることもあるでしょうし、先日はNOVAREのスタッフがロンドンに2週間ほど滞在してきました。海外との関係が今以上に密になれば、このつながりはさらに強固になり、大きな輪になってくると思います。

スタートアップとの共創は、社内の人財育成にもつながってくる

大野氏:今後オープンイノベーションを推進していく上での戦略は。

大西氏:繰り返しになりますが、建設業は厳しい状況にあります。建設業自体が大きく伸びることはないでしょうし、技能労働者の高齢化が進み、働き手も減ってくる。この現実から逃れることはできません。今までの企業間競争のような考えを方向転換し、一緒に創る、共創へと舵を切らなければなりません。

 実際に建設現場ではロボットを活用する動きが出てきています。今までは、各社が似たようなロボットを別々に作っていましたが、これからはそうではない。手を取り合ってロボットを作っていくべきです。手を取り合う先として、スタートアップはもちろん、もう少し大きな枠組みまで見据えて取り組んで行きたいと思っています。

大野氏:社外の方はもちろんですが、NOVAREの活動は社内の多くの方に知ってもらいたいですね。

大西氏:いろいろな方法で広げていますが、効果的なのは、アンバサダーを作ることですね。清水建設は国内外に支店がありますが、支店から一人、NOVAREに来てもらって、その人が帰ってから良さを周りの人に伝えてもらうと、支店と支店のお客様にも広がります。先日は九州支店から体験にきてもらったところ、その後、九州のお客様に大変多く来ていただきました。

 NOVAREを設計する時に意識したことは、本社など従来の組織とは隔離された場所を作ることでした。本社の影響が及ばない場所で、イノベーションを生み出す環境を作り出したかった。社内で働く人はどうしても組織のピラミッドの中に入っていて、その中から抜け出すのは難しいですよね。少しでも抜け出す手伝いをしたいと思っています。

大野氏:最後に、あえてNOVAREの課題を挙げるとしたらどのあたりですか。

大西氏:私は、オープンイノベーションの中から生み出したものを立ち上げ、社会に実装し、最後まで見届けたい。ですから課題というか目標にしているのは、実証実験から社会実装に移るプロジェクトが何件も出てくるようにすることです。スタートアップとの共創は、社内人財の育成にもつながってくると思います。NOVAREは人財のイノベーションという大きな課題を持ってスタートしていますので、清水建設のあらゆる従業員がイノベ―ティブなマインドを持つこと、そこが大事だと思っています。

 日々の業務は忙しいですし、現場にいる人は時間が取れないという現実もありますが、なんとか時間を作り、イノベーティブなチャレンジをする社員を増やしていきたいです。






大野泰敬氏


スペックホルダー 代表取締役社長
朝日インタラクティブ 戦略アドバイザー


事業家兼投資家。ソフトバンクで新規事業などを担当した後、CCCで新規事業に従事。2008年にソフトバンクに復帰し、当時日本初上陸のiPhoneのマーケティングを担当。独立後は、企業の事業戦略、戦術策定、M&A、資金調達などを手がけ、大手企業14社をサポート。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ITアドバイザー、農林水産省農林水産研究所客員研究員のほか、省庁、自治体などの外部コンサルタントとしても活躍する。著書は「ひとり会社で6億稼ぐ仕事術」「予算獲得率100%の企画のプロが教える必ず通る資料作成」など。



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