テクノロジーを活用して、ビジネスを加速させているプロジェクトや企業の新規事業にフォーカスを当て、ビジネスに役立つ情報をお届けする連載「BTW(Business Transformation Wave)」。スペックホルダー 代表取締役社長である大野泰敬氏が、最新ビジネステクノロジーで課題解決に取り組む企業、人、サービスを紹介する。
今回ゲストとしてご登場いただいたのは、高知県庁産業政策課の主幹である鍋島真依子氏、産業振興推進仁淀川地域本部の地域支援企画員(総括)である宮地通弘氏と地域支援企画員(日高村駐在)の中平さくら氏、高知県高岡郡にある日高村役場産業環境課の係長である柏井聡氏だ。全国に先行して人口減少、高齢化社会に突入した高知県が経済を動かすために取り組んだ産業政策について聞いた。
大野氏:これまで取り組んできた「地域産業クラスタープロジェクト」について教えて下さい。
鍋島氏:若者が地域で働き続けられるよう、地域に根ざした産業を核としてその周りにさまざまな産業を集積させ、第1次産業から第3次産業までの多様な仕事を創出することを目的に、2016年度から、市町村、事業者、県が連携して取り組んできました。高知県としてはワンストップ窓口の設置や、産業振興にかかる補助金、アドバイザー派遣により、取り組みへのサポートを行ってきました。その結果、第1次産業においては一定の基盤整備が整い、生産拡大、雇用の創出などにつながっています。また、第2次、3次産業では、新たな加工品の開発や飲食店でのメニュー化が進み、観光振興につながったプロジェクトも生まれました。
現在では、プロジェクトとしての位置づけは終了していますが、引き続き、第1次産業から第3次産業までの多様な仕事を地域地域に生み出すという視点を持って、地域主体の取り組みをサポートしています。
大野氏:2016年度のスタートとなるとかなり長期間のプロジェクトですね。これだけ長く続けられたということは、一定の成果が出ていると。
鍋島氏:雇用創出や生産拡大につながったり、加工品の開発が進んだりといった成果がありました。中でも、県内有数のトマトの産地である日高村では、加工品の開発が進んだほか、「オムライス街道」と銘打って地域の食材を生かしたおいしい食べ物を使って観光客を誘致するなど、観光振興にもつながっています。
大野氏:一方で第2次、3次産業への展開の難しさもあったとのことですが。
鍋島氏:例えば、ある農業分野のプロジェクトでは、当初は規格外の農作物を使って加工品を作ろうとしていましたが、栽培技術の向上により規格外品の割合が減少したり、水産物を核としたプロジェクトでは、漁獲量が不安定だったりしたことで、原材料の確保が難しいといったケースがありました。
大野氏:確かに安定的に生産し続けるのが難しいケースはありますよね。こういった課題点を新しい取り組みに反映させていますか。
鍋島氏:例えば1次では、農業分野でさらなる生産拡大を目指す取り組みに関して、県の農業担当部局で引き続き支援を行っています。また、2次、3次部分については、地域アクションプランの取り組みの中で関係者の方々と一緒にPDCAサイクルによる検証、改善を重ねながら、支援しています。
大野氏:現在、進行している「地域アクションプラン」というのは。
鍋島氏:「地域アクションプラン」は、地域の資源や特性を生かして、雇用の創出や所得の向上を目指そうとする地域主体の取り組みです。県では現在、153の「地域アクションプラン」を産業振興計画に位置づけ、県内7つのブロックごとに設置する産業振興推進地域本部を中心として、市町村や事業者の方と連携しながら、その取り組みを推進しています。
大野氏:市町村や各関係機関、関連部署などが合わさって地域における課題解決を目指しているんですね。各地域に高知県から人材を派遣するサポートもしていますか。
宮地氏:県職員である「地域支援企画員」を各市町村に駐在させていただいており、日高村でも役場の中で一緒に席を並べ、仕事をしています。
大野氏:雇用創出や農作物の生産拡大は、各都道府県で必ず取り組んでいる施策の1つだと思います。その中でも高知県は非常にうまくいっている。成功のポイントはどの辺りにあると思いますか。
鍋島氏:地域支援企画員が各市町村に席を置き、情報共有や連携がしやすいこと、また、地域アクションプランごとに実行支援チームという推進体制ができていること等が理由として考えられます。
大野氏:私自身、ソフトバンクで新規事業をずっと担当してきましたが、その時にすごい重要だったのがチームづくり、体制づくりでした。一人だけ飛び抜けた能力を発揮する人がいても結局は回っていかない。プロジェクトをうまく回す上で気をつけたことはなんですか。
宮地氏:今、お話された組織づくりは成功のポイントの1つだと思います。あと、高知県は他県に比べて大きな産業があまりないため、県が積極的に関わり、小さな産業や芽を出しそうな産業を育て、そこから伸ばしていこうという姿勢で取り組んでいます。
県の地域支援企画員、役場、市町村が話をしながら情報を共有し、一緒に取り組んでいくことが大事です。例えば日高村の「日高村トマト産地拡大プロジェクト」では、ワーキンググループを作り、県の補助制度やアドバイザーの導入、農業関連の技術支援など、特に立ち上がり当初は頻繁に情報を共有していました。そうやって取り組みながらみんなでこのプロジェクトを伸ばしていこうと取り組んできたのが特徴の1つだと思っています。
大野氏:情報連携はみなさん取り組まれることの1つだと思いますが、ハレーションが起きたりはしなかったのでしょうか。また、プロジェクトを推進する上で、お互いの考えが一致しないということも出てくるかと思いますが、その辺りはどうやって解決されていったのですか。
宮地氏:日高村については、元々水害に見舞われる地域だったので、水害を軽減する放水路の計画が先にありました。放水路ができれば、農業適地になる見込みがあったので、事業者も支援機関の方も早い段階から同じ方向を向いていたと思います。
日高村はトマトでまちおこしをしていく、という大きな方針があり、それに向けてどうやって取り組むか、手段はどうするかを議論しながら詰めていった形になります。
大野氏:トマトに絞って取り組んでいくことで、経済的に優位性があるとみなさんで共有されていたのですか。
柏井氏:そうですね。現時点でも伸びてきていますし、特に高糖度トマトは技術支援などもあり、これからさらに伸ばしていこうと考えています。
大野氏:最初から理解があったのですね。地域農作物や水産業の方から、生産者ごとに考え方が異なり、一致団結するのが難しいという話も聞くのですが。
柏井氏:考え方の違いは多少ありますが、基本的な方向性は、みんな同じ方向を向いていました。
大野氏:目標や見える課題に向かってみんなで取り組んでいく意識が強かったということですね。
大野氏:地域産業クラスタープロジェクトは、生産拡大と雇用創出がメインテーマだと思います。この2つはプロジェクト内でどのようにサポートされていましたか。
鍋島氏:生産拡大及び雇用創出に関して、県としては、ハウス整備や新規雇用を補助金により支援したり、加工品の開発に向けてアドバイザーを派遣するといった支援などを行いました。
大野氏:日高村ではどのようにこの2つを進められたのですか。
柏井氏:生産拡大のための基盤整備や企業誘致に力を入れてきました。外部のアドバイザーにも入っていただき、スマート農業などにも力を入れています。
大野氏:企業誘致でこだわっているポイントなどありますか。
宮地氏:村や企業、高知県、地元の人が協定を結び、どのように展開していくかをあらかじめ共有しておき、その後も協定に基づき、連携する。日高村ではそういった体制ができていると思います。
大野氏:協定を結んで企業数を増やし、ある程度形になったら規模を大きくしていくという感じでしょうか。
宮地氏:そうですね。産業振興の補助金が必要であれば、私たちが支援して一緒に取り組むなどもしています。
大野氏:自治体と企業の協定は、結んだものの、なかなか計画が進まないということもありますが。
宮地氏:日高村は協定を結んだ後の支援も手厚いですし、さらに県としても地域アクションプランとして実行支援に取り組んでいます。村と県と企業が協力してできることをやって、一緒に伸びていこうという姿勢です。
大野氏:日高村では、県とともに地域アクションプランに取り組み、どんな成果がでていますか。
宮地氏:2023年度には、移住して日高村で起業しようという方がご相談にこられて、実際に創業され、地元の資源を使って事業をされたり、新たな雇用が生まれてます。その際には、村が積極的に土地の確保の支援をしましたし、その辺りの手厚い支援が日高村ならではの特徴だと考えています。
大野氏:農作物に関しての売上高はどのくらいですか。
中平氏:クラスタープロジェクトとしてのトマトやトマト加工品など農産物等の売上げは、2016年度で4億3000万円だったものが、2023年度に6億9000万円になっています。
大野氏:さらに雇用の面では2016年度から31名の新規就農者が生まれていると。大きな成果に結びついていますが、今後の取り組みについて教えて下さい。
柏井氏:日高村ではトマトにおける取り組みが伸びていますので、これを踏襲しながら、スマート農業などに取り組んでいきたいと思っています。
大野氏:それはすごいですね。デジタル技術を取り込むと生産の効率化につながると思いますが、IoTを使った栽培管理システムの導入も検討されていますか。
柏井氏:月に1度程度勉強会なども実施していますし、導入を進めています。デジタル技術を取り入れたことで、徐々にですが経営の効率化も上がってきています。
大野氏:デジタル技術の導入に関して、生産者の方のハードルはそれほど高くなかったのでしょうか。日高村はスマートフォンの普及率が全国でもトップレベルなど、デジタル化がかなり進展している印象です。
柏井氏:生産者さんによってそれぞれだと思いますが、一定の農家の方から協力を得られています。プロジェクトを進める上でもスマートフォンを活用し、情報共有やデータ収集を行っています。
大野氏:これから労働人口が減ってくる中で、デジタル化を含めて効率化はしっかり取り組むべきところですね。お話を聞いて、高知県のみなさんの意識の強さを感じました。
大野泰敬氏
スペックホルダー 代表取締役社長
朝日インタラクティブ 戦略アドバイザー
事業家兼投資家。ソフトバンクで新規事業などを担当した後、CCCで新規事業に従事。2008年にソフトバンクに復帰し、当時日本初上陸のiPhoneのマーケティングを担当。独立後は、企業の事業戦略、戦術策定、M&A、資金調達などを手がけ、大手企業14社をサポート。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会ITアドバイザー、農林水産省農林水産研究所客員研究員のほか、省庁、自治体などの外部コンサルタントとしても活躍する。著書は「ひとり会社で6億稼ぐ仕事術」「予算獲得率100%の企画のプロが教える必ず通る資料作成」など。
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