2月19日から3月1日にかけて、本誌主催のカンファレンス「CNET Japan Live 2024」をオンラインとオフラインで開催した。テーマは「1+1=2以上の力を生み出す『コラボ力』」。官と民、企業と企業などがコラボレーションするオープンイノベーションの事例は増えてきているが、1つの組織だけではなし得ない大きな成果を実際に挙げている実例は果たしてどのようなものなのか、その中身を探る15のセッションで構成された。
ここではセッションプログラムのうち、地域の住民や企業、教育機関などと協働・共創し、住みよいまちづくりを目指している奈良県生駒市で市長を務める小紫(こむらさき)雅史氏による、ウェビナーの内容をお届けする。
小紫氏は2011年、全国公募をきっかけに生駒市副市長に就任。2015年からは市長となり、市政の旗振り役を担ってきた。かつては環境庁(現環境省)でハイブリッドカーの普及や温暖化対策などに尽力していたが、より住民に近い場所でコミュニケーションをとりながら社会をよくしていきたいという思いから、生駒市へたどり着いたという。
奈良県の北西端に位置する生駒市は、大阪府と京都府に挟まれるような形で隣接していることもあり、それら都市圏のベッドタウンとして知られる。豊富な自然に囲まれた環境である一方で、県外就業率は全国2位、小中学生の学力は全国上位で、世界レベルの技術研究基盤をもつ奈良先端科学技術大学院大学の所在地でもあるなど、就職や教育の分野でも魅力の多い地域となっている。
各種メディアの「住みよさランキング」でも上位になるなど人気の高い生駒市。まちづくりにおける一番の特徴は、行政だけでなく「市民にもたくさん汗をかいてもらう」ことだと小紫氏は話す。市民や民間事業者とともに「協力して価値を創出するまちづくりを進めていく」ことを基本としている。
自治体しかできない部分については「行政がスピード感をもって質の高いまちづくりをする」ことが大前提。しかしながら、「行政課題が複雑化、多様化するなかで、行政(の人的)資源はどんどん減っている。市民のニーズに行政だけで対応するのは困難な時代になっている」(小紫氏)ことから、市民の協力は不可欠だ。
市民でもできることは市民に任せることで、「専門性の高いニーズに対応したり、より効率的・効果的に対応していったりすることが可能になる」と小紫氏は話す。
例えば、コンサートを開催する、公園でマルシェ(市場)を開く、といったことは市民に任せ、行政は後ろから応援する形の方が、市民としても満足度の高い結果になりやすいという。市に対してただ要望したり不平不満を漏らしたりするのではなく、「自分たちで“こんなまちにしたい”という提案をいただきたい」と小紫氏。こうした考え方で市政に取り組んできた結果、生駒市の定住意向率は88.9%と9割近くに達していると語る。
市民や事業者と協働・共創するというビジョンを実現していくにあたっては、市民らからの信頼獲得が重要で、そのためには自治体自身も変わっていかなければならない。そこで小紫氏は副市長の頃から生駒市役所の改革も進めてきた。
1つは職員の採用や働き方の改革。職員採用試験は「日本一早い試験日程」をうたい、筆記試験には民間企業で採用されていることの多い「SPI3」を取り入れ、公務員以外も検討している人にとっても応募しやすい条件とした。これにより「全国トップの応募倍率になり、非常に多くの人材が集まった」(小紫氏)という。また、人材サービスのエン・ジャパンと連携し、「変革精神と専門性をもって、生駒市のまちづくりを進めていただける外部のDX推進など専門人材」の登用も開始した。
さらに副業・兼業、テレワークで働いている職員もいるという。遠方に住んでいても生駒市の職員として働くことも可能にすることで、生駒市近くに住み、毎日市役所に出勤して9時~5時で働かないといけないという「制約を取っ払った」と語る小紫氏。生駒市周辺への引っ越しが必須となってしまうと、優秀な人材がどうしても集まりにくくなってしまうことがその理由だ。
ただし、テレワークがOKであるとはいえ、市民の暮らすまちに関わる業務であることから、生駒のいろいろな人と話をしないとまちづくりができないことも確か。そのため、「全国でもトップクラスの優秀な人材が、兼業の形で生駒市で職員として働いてくれている」(小紫氏)が、そうした職員のほとんどが少なくとも月に1、2回は生駒市を訪れ、地域の方とコミュニケーションをとって、協働・共創できるネタ、できる人、テーマを探しているという。
デジタル改革も推進している。2022(令和4)年度にプロジェクトマネジメントやテクノロジーに長けたCDO(Chief Digital Officer)、2023(令和5)年度には、プロジェクトマネージャー・システムエンジニアを採用し、2024(令和6)年4月にはデジタル人材を新たに5人採用する予定となっている。市役所の各部課の担当者とデジタルとの“間をつなぐ”役割を期待しており、「さまざまデジタル化プロジェクトを各部課にどんどん実装していく」(小紫氏)ことを狙う。生駒市のスマートシティ構想におけるアクションプラン作成の原動力にもなっているようだ。
最近では「ChatGPT」の業務への活用も広がっている。若手職員から始まった動きではあるが、それを見た年配の課長も使い始めるなど「いい動きも出ている」のだそう。小紫氏自身も「(市役所公式ページの)コラムを書くときに原案を作ったり、記者発表資料を『X』で投稿するときに要約したり、議事録を作成したりするときに使っている」とのこと。
災害時についても、被害の把握や緊急対応を迅速化するため、スマートフォンアプリやSNSなどを活用して一番必要な現場に救出に行く、自衛隊・消防が一番効果的に動けるための情報を整理できる仕組みを整理する、といったことも検討している。
奈良先端科学技術大学院大学とは包括協定を締結し、防災およびまちづくりおいて協力を得ながら進めているという。ゴミ拾いするときのトングに小型カメラ取り付け、どの地域にどの種類のゴミが多いかを分析するような取り組みも企業と連携していると明かす。
市民とともにまちづくりを進めている生駒市だが、そうした協力が得られている理由の1つとして小紫氏は、これまでにワークショップをたびたび開催するなどして「丁寧に市民とコミュニケーションをし続けてきた」ことと分析。重要なポイントは、ワークショップを開催するときは必ず3回は実施することなのだとか。
1回目は参加者の自己紹介と、市への要望や不満を聞くだけでほとんど終わってしまうため、1回で終わらせないことが大事になる。続く2回目で、その要望の中で行政がすべきこと・自分たちでできること・自分たちでやった方がうまくいきそうなことを分類してもらう。3回目になると、誰が何をするのかといった役割がしっかり整理され、具体的に物事が進みやすくなるという。
そして生駒市では、さらに先を見据えた新たな取り組みの検討も始まっている。1つは「E-residencyいこま」だ。実際には居住していなくても、一定額を支払うことでその地域の電子住民になれる「E-residency」はいくつかの国・地域が取り入れているが、生駒市では電子住民票やNFTの発行などを通じてそれを実現しようとしている。
「高校生、大学生、社会人になったときに生駒市を出ていく割合が高いので、生駒市を離れても何らかの形でつながって、生駒市を応援していただきたい」と小紫氏。生駒市は教育熱心な方が多く、卒業した小学校へ寄付する、キャリア教育に関連して自分のキャリアについて講演する、東京に住みながら兼業で生駒市に関わる仕事もするなど、さまざまな関わり方があると話す。そうした発想をしてもらうためにも、E-residencyをはじめ何らかの形で緩やかにつながっておくことが必要だという。
続いて2つ目の取り組みが「地域ポイント」の発行。「市民の皆さんにはまちづくりや地域コミュニティづくり、自治会活動などをすごく熱心にやっていただいている」(小紫氏)とはいえ、現在は高齢の方がボランティアで協力しているような状況だ。将来を考えるとより若い層にそうした活動をしてもらう必要もあるが、完全ボランティアだと難しく、かといって金銭を支払うといたずらに議論の的にもなりかねない。
そのため、感謝の気持ちを示すようなポイントの付与を検討している。鎌倉市の「まちのコイン」などを参考に、「地域活動を活性化する、その活動をしてくれる人の背中を押すための地域ポイントをやっていきたい」と小紫氏は意気込みを見せる。
デジタル化、スマート化を伴うまちづくりにおいては、子どもからお年寄りまで「誰一人取り残さない」ことがキーポイントとして語られがちだが、小紫氏はそれに「誰一人100%のお客様にしてしまわない」ことも必ずセットにすべきとも訴える。
小紫氏は「(生駒市民)12万人全員の困りごとに行政だけで対応するのは絶対に無理」で、市民同士が助け合うことが不可欠になると話す。そうしたときに、お年寄りにも役割があって子どもにも役割があり、障害者にも何かの役割があり、地域共生社会を作っていかなければならない、というのが同氏の考えだ。「お年寄りや子どもたちを100%守らなきゃいけないとなれば、守られる側、支えてもらう側も居心地が悪くなってしまう」(小紫氏)と語る。
一人一人に役割がある場所にすることで胸を張っていられる状態を作り、逆に支援してもらうときも素直に受け入れることができるという。「市民、事業者、生駒市のファンの方とも一緒に共創、コラボレーションして、全員の力を最大限に活かしたまちづくりをしていきたい。デジタルというツールを使って、コラボレーションをより効果的に進めていきたいと思っている」(小紫氏)と話す。
生駒市の魅力について小紫氏は、ベッドタウンとしての立地の良さもあるが、一番は生駒に住んでいる人にあると話す。「どの地域にも人という資源があるはずだが、全然掘り起こせていない。生駒もまだまだ埋もれてる人材がたくさんいるが、他の自治体よりもそういうところに丁寧に光を当てて、輝けていない原石をしっかりと磨いていくお手伝いをしていきたい」と語った。
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