Appleの「Vision Pro」はわずか数週間の間に、驚きから激しい怒りまで、あらゆる反応を引き起こしている。もちろん、装着者自身もそうした反応の対象となっている。公共の場、ショッピングモール、東京の繁華街、Teslaの「CYBERTRUCK」の車内といったさまざまな場所でVision Proを装着する人もいれば、ロボット犬を散歩させたり、スキーをしたり、スクーターに乗ったり、自動車を運転したりしながら使用している人もいる。そうしたユーザーは、「Vision Bro」(Visionニキ)、「New Glasshole」(新たなGlasshole)などと呼ばれている。呼び名はどうであれ、外での使用はやめるべきだ。
確かに、家以外で使うことを想定されている場合もあるかもしれない。Vision Proにはトラベルモードが用意されており、ユーザーは移動中、つまり飛行機の中でもVision Proを使うことができる。Appleも、飛行機内での使用を想定した機能であるとしている。一般的に、飛行機の動きは安定しているため、同社は現在のところ、このモードを飛行機のみに最適化している。飛行中に、ユーザーの視野に浮かんでいるアプリが所定の位置からずれてしまうことを防ぐのが狙いだ。
トラベルモードは電車内でうまく機能することもあるかもしれないが、自動車や自転車での走行中や歩行中は動きが十分に安定していなかったり、十分な一貫性がない。そうした状況では、ユーザーがある程度静止するまで、アプリが消えてしまう。アプリが消えても、安全上の理由から、パススルーカメラの映像は表示され続ける。しかし、先述したように、飛行機(もしかすると、安定して走行する電車も)に乗っている場合を別にすれば、移動中のユーザー体験はひどいものになる可能性が高い。
「Ray-Ban Metaスマートグラス」やAppleの「AirPods」「Apple Watch」、各社のスマートフォンとは異なり、高価なVision Proは耐水の等級を取得していない。動作温度範囲も摂氏0~30度と限定されている。
ヘッドセットの上部には大きな通気孔がある。文字どおり大きな穴だ。そこに雨水が入ったり、底部の穴に水蒸気が入り込んだりしたら、どうなるだろうか。筆者はそれを確かめる気はない。Appleが不適切な使用による故障とみなした場合は、「AppleCare+」の補償対象にならない。
Vision Proには、外の世界が見える透明な窓があるように見えるかもしれないが、実際はそうではない。Vision Proは、完全に空間が閉ざされた仮想現実(VR)ヘッドセットであり、パススルーカメラを使用してヘッドセットの外側を見られるようにしているにすぎない。装着者が見ているのは、外部カメラからのフィードであり、実世界ではない。頭を素早く動かすと、映像の明瞭さが下がり、被写体がブレたりする。さらに、バッテリーが切れたり、接続が切れたりした場合、あるいは、突然の再起動や何らかの障害が発生した場合、ヘッドセットの外側が全く見えない状況での飛行(または歩行や運転)を強いられる。ちなみに、このようにヘッドセットを装着したまま何かを操縦するのは、違法行為でもある。
たとえ正常に機能していても、ヘッドセットの視野は、双眼鏡を使うときのように限られている。周辺視野がないため、横から近づいてきたものが自分にぶつかったり、自分がつまずいたりする可能性もある。スタンフォード大学のバーチャル・ヒューマン・インタラクション・ラボ(VHIL)などのVR研究者が指摘しているように、パススルーカメラを通しての知覚は、自分自身の目で現実世界を見るときとは異なる。距離や空間が歪むこともあるし、手と目の協調に変化が生じる場合もある。文字どおり、自分が見ているものを完全に信頼することができなくなるのだ。
確かに、さまざまなYouTuberがVision Proを装着した状態で、歩き回ったり、自転車に乗ったり、料理をしたりしている様子を披露している。つまり、どのようなことでもできる可能性はある。だが、それは極めて危険でもある。装着した状態で料理をすることは、路上で自動車を運転することに比べると、あまり危険ではないように思えるかもしれないが、筆者なら、突然指先を切り落としたり、熱湯を手にかけて火傷をしたりすることは避けたいと思う。
Appleはそうした状況でヘッドセットを使用することを認めておらず、「マップ」などのアプリでは、自動車の運転中にVision Proを使用してはいけないと警告さえしている。Appleはこれらの機能をもっと制限すべきだったのかもしれない。
筆者は何年も前、屋外で「Oculus Go」のレビュー動画を撮影していたときに、ある教訓を学んだ。撮影後、ディスプレイに白い点が残って消えないことに気づいた。太陽光の下でVRヘッドセットを使用すると、レンズに焼き付きが発生する。直射日光が内側のレンズに当たることは、避けなければならない。3499ドル(約50万円)のVision Proがどうなるのかは、まだ試していない。読者の皆さんも試すべきではない。
筆者は、VRヘッドセットを使用していないときは、必ず布やシャツで覆ったり、収納ケースに保管したりしている。まるで吸血鬼であるかのように扱っている。皆さんもそうすべきだ。Vision Pro用の高品質なケースに投資しよう。そして、絶対にレンズを直射日光にさらしてはならない。ちなみに、直射日光や極端な光の変化は通常、VRヘッドセットのトラッキングやパススルーカメラの画像の明瞭さにも悪影響を及ぼす。
Vision Proを装着して、歩き回ったり、手を振ったりする人々の動画がソーシャルメディアに投稿されているが、それを見ただけでは分からないことがある。Vision Proは、歩きながら使用することを想定していない。装着したまま歩き回ることも可能だが、仮想の画面は、ユーザーがそれを開いた場所にとどまる。筆者が家の中でVision Proを装着したまま下の階に降りたとしても、仮想アプリは上の階にとどまり続けるのだ。
ウィンドウは、指でドラッグして動かすことができる。手動でドラッグしながら、自分と一緒に移動させることも可能だ。実際にそれをやっている人の動画も公開されている。基本的に、アプリを散歩に連れて行くような感覚だ。ドラッグしながら操作することもできるが、ドラッグし続ける必要がある。
先述したように、ユーザーが静止しているときに、アプリを近くにとどめることができるトラベルモードもあるが、Vision Proを装着したまま歩き回ると、アプリが消えてしまいう。動くのをやめると、アプリが再び表示される。Vision Proでマップアプリを使用することもできるが、前述のように、Appleはマップアプリを動きながら使用しないよう警告している。また、Vision ProにはGPSも搭載されていない。
600~650gの金属とガラスが顔に密着した状態で、転んだりして顔面から硬いものに直撃してしまったら、どうなるのだろうか。筆者はその答えを知らないし、皆さんも試すべきではない。VRヘッドセットは、激しい衝撃を受ける可能性がある状況での使用を想定して設計されてはいない。筆者は、「Meta Quest 3」を装着して、同じ立ち位置にいながらVRエクササイズをするだけでも、十分に緊張する。VR専用に作られた屋内のエンターテインメントセンターのように、適切な壁で囲まれ、他の人に監視されている環境でない限り、広い空間を走り回ることは絶対にないだろう。人間の目は繊細だ。Vision Proは、スキーゴーグルのように見えるかもしれないが、実際にはそうではない。
カフェや電車の駅などの公共の場で、3499ドルのヘッドセットを顔に装着することなど、筆者には想像できない。筆者は高級品をひけらかしたくないからだ。何千ドルもする腕時計や宝石を持っている人にとっては、つまらない心配事に思えるかもしれない。だが、自分が何かの境界線を越えようとしているように感じるのは、確かだ。
それは、筆者が公共の場でVRヘッドセットを装着することを考えたときに感じる気持ちと同じなのかもしれない(公共の場で装着することはめったにない)。しかし、少なくとも、「Meta Quest」は数百ドルの製品だ。
盗難や安全性についての懸念もある。Vision Proを装着しているときに、何者かが、こちらからは見えないと思って、何かを盗もうとしたり、嫌がらせをしてきたりする可能性はないだろうか。Vision Pro自体を盗もうとする人もいるかもしれない。カフェで4000ドルほど(約60万円)する「MacBook」を使っている人もいるだろうし、スマホはすでに1000ドル(約15万円)を超えているものも多い。だが、Vision Proの場合は、そうした状況とは違うように感じる。Vision Proで使用しているモードによっては、自分に近づいてくる人間を認識できないときもあるからだ。
Vision Proを装着しているときは、2時間で機能しなくなるメガネを使っているような感じだ。筆者は、デスクの電源アダプターに接続し、充電されている状態で、Vision Proを使用するようにしている。必要に応じて、より大容量のバッテリーパックにデイジーチェーン接続することもできるが、いずれにせよ、Vision Proは1日中使用することを想定していない。
Appleが、Vision Proを、最終的には拡張現実(AR)と現実世界を融合させて表示する高度なメガネとして具現化し、ユーザーがどこでも着用できるものにする、という野心を抱いていることは間違いない。Vision Proはまだその段階に達していない。現時点では、メガネではない。装着するのに慣れてくれば、メガネのように感じることもあるが、未来的なARメガネという印象が最も近いだろう。だが、まだ今の段階では、複合現実(MR)パススルーカメラを備えた非常に先進的なVRヘッドセットであり、普段「iPad」やMacBookなどのコンピューターを使っている空間で、融合された世界を探索できるデバイスだ。その空間は、部分的に屋外かもしれないし、旅先だったり、他の多くの場所だったりするかもしれない。だが、装着者が歩き回って、屋外でいろいろなことをするというものではない。
将来的に、屋外での使用を想定したメガネも登場するだろう。Metaを含む複数の企業が、そうした用途向けに設計されたスマートグラスをすでに提供している。現時点では、Vision Proはそこに到達するための架け橋であると考えよう。あくまでコンピューターであって、スマホのようなお手軽なものではない。お願いだから、突飛なことはしないでほしい。Vision Proがどこでも装着できそうに見えるからといって、実際にそうしろという意味ではないのだ。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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