ヒトへの脳インプラントに成功したマスク氏のNeuralink--実用化への遠い道のり

Stephen Shankland (CNET News) 翻訳校正: 編集部2024年02月06日 07時30分

 Elon Musk氏は1月、自身が出資するスタートアップ企業Neuralinkが人間への脳インプラントに成功したと発表した。現在、被験者の脳から電気信号を検出できているという。しかし、この手術は6年間の臨床研究の始まりにすぎず、この技術の安全性と有用性を確保するための長い道のりはまだ一歩を踏み出したところだ。

Neuralinkのインプラント「Telepathy」
Neuralinkのインプラント「Telepathy」
提供:Neuralink

 「昨日、初めて人間がNeuralinkによる脳インプラントを受け、順調に回復中だ」と、Musk氏は「X」への投稿で述べた。初期の結果は、Musk氏が「Telepathy」(テレパシー)と名付けたこのインプラントが脳細胞の活動を捉えていることを示している。

 今回の脳インプラント手術は、Neuralinkが2023年に発表した臨床試験に含まれるもので、脊髄損傷や、ルー・ゲーリッグ病としても知られる筋萎縮性側索硬化症(ALS)によって四肢麻痺の状態にある患者の脳内に装置を埋め込み、その効果を検証する。手足を動かすために脳が発信する神経信号を捉え、その信号を体内の別の場所に再送信することで、患者が再び手足を制御できるようにすることを目指すという。

 Neuralinkは2023年に米食品医薬品局(FDA)から臨床試験の認可を取得した。しかし、Musk氏が長期的に目指しているのは、「人間の脳のあらゆる側面とやり取りできる、汎用的な入出力装置」の開発だ。言い換えれば、脳とデジタル領域を直越結ぶために誰もが使える装置だ。

 現在のコンピューティングテクノロジーの基準からすれば、これは過激なSFにすぎない。Musk氏は2017年にNeuralinkの設立を発表したとき、相手の脳に直接メッセージを伝達する「共感性テレパシー(consensual telepathy)」のアイデアについて語った。最終的な目標は「AIとの共生のような状態を達成できる、完全なブレイン・マシン・インターフェースだ」としていた。

 Neuralinkの脳インプラント手術に関するMusk氏の投稿が大きな注目を集めるなか、英サセックス大学の認知・計算神経科学教授のAnil Seth氏は冷静な意見を述べる。

 Seth氏はXへの投稿で、Neuralinkの手術について「少なくとも現時点では、特に斬新なものではない」と指摘し、こう続けた。「脳インプラントは、すでに数十年前から複数のグループが開発を進めており、今日の極めて予備的な発表よりもはるかに素晴らしい成果を上げている」

 Seth氏は、Neuralinkの手術ロボットを高く評価する一方で、ブレイン・インターフェースには工学的な精度だけでなく、多くの科学的研究が必要だと述べた。「自分の脳内で『予定外の急速分解』が起きることを喜ぶ人はいない」とSeth氏は言う。「予定外の急速分解」とは、SpaceXの航空宇宙エンジニアたちが、2023年に起きた宇宙船「Starship」の爆発のような事故を遠回しに表現する際に使う言葉だ。

Neuralinkの成功を阻む障壁

 Musk氏の野望はすぐには実現しそうにない。健康状態が改善する見込みのない患者を対象とした限定的な医学的研究への承認を得ることは、非医療製品を体内に埋め込むよう人々を説得するよりも簡単だ。技術の有効性を証明し、医療認可を得ることに加えて、倫理や社会の面でも大きな障壁を乗り越えなければならない。

 論争を巻き起こしがちなMusk氏の存在自体が、技術の採用を阻む障壁になる可能性もある。Musk氏は、Teslaのリーダーとして数々の魅力的な電気自動車(EV)を生み出し、SpaceXのリーダーとして安価な宇宙船と衛星インターネットを構築することで、多くの人からテクノロジー界のヒーローと目された。しかし、Twitter(現X)の買収は混乱を呼び、同氏を反ユダヤ主義者または人種差別主義者とみなす多くの人を遠ざけることになった。

 もう1つの障害は、人々の恐怖心だ。「テレパシー」といえば聞こえはいいが、Neuralinkの脳インプラントは頭蓋骨の一部を置き換えるもので、歯医者で虫歯を削るのとはわけが違う。過去にサルを使った実験では、Neuralinkは感染症やインプラント固定ネジの緩みといった問題を起こし、動物愛護団体から批判を浴びた。

 Neuralinkは、現在開発中のアプリを使って、患者が考えるだけでコンピューター機器を操作できるようにしたいと考えている。「スティーブン・ホーキング博士がタイピストや競売人よりも速くコミュニケーションが取れるようになると想像してほしい。それが目標だ」とMusk氏は述べる

Neuralinkが開発中のアプリ
Neuralinkが開発中のアプリ
提供:Neuralink

脳インプラントの開発競争

 臨床試験は何年も遅れている。Neuralinkは当初、2020年に臨床試験を開始したいと考えていた。

 ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)、あるいはブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)と呼ばれるこの技術分野では、Neuralink以外にも多くのチームが研究に取り組み、成果を上げている。ある臨床試験では、麻痺の男性が再び歩行できるようになった。2022年の別の臨床試験では、身体が麻痺し、発語できなくなった女性の頭部に250個の電極を接続し、女性が特定の単語を思い浮かべた時の神経活動をコンピューターに学習させることで、女性が考えた文章を1分間に78語の速度でテキストに変換できるようになった。これは著名な物理学者ホーキング博士の例でMusk氏が語ったことに近い。博士はALSと診断され、ほぼすべての身体能力が阻害されていた。

 BlackRock Neurotechインプラントの臨床研究を何年も続けているParadomicsもインプラントを開発中だ。Synchron Medicalは2023年にコミュニケーション用インプラントの臨床試験結果を発表した。Precision Neuroscienceは侵襲性の低いインプラントの開発に取り組んでおり、Nuroは手術を一切必要としない非侵襲的アプローチの実用化を目指している。

 この分野では学術研究も盛んであり、研究論文が次々と発表されている

Neuralinkの現在

 Neuralinkのアプローチは、現代の電子工学とコンピューティング技術を使えば、ニューロンと呼ばれる脳細胞の電気信号を記録し、解釈できるという考えに基づいている。このコンピューティング技術は、独自の信号を生成することで、身体にフィードバックを返すこともできる。これを利用して、人間の脳とコンピューターを接続し、例えばカメラからの信号を視覚障害者の視覚野に送ることで視力を回復できると期待されている。

 Neuralinkのインプラントは、脳に合計1024個の極小電極を付けた64本の糸を挿入する。それぞれの電極は、脳の電気信号を感知できる。Neuralinkの売りの1つは、こうした糸を脳の血液細胞を損傷せずに挿入できる精密な手術ロボット「R1」だ。

 Telepathyユニット自体は、硬貨程度の大きさだが、硬貨よりもはるかに厚みがあり、患者の頭蓋骨に開けた穴の中に埋め込まれる。このユニットには、脳と外界とのコミュニケーションを監督するプロセッサーが搭載されており、通信と充電はワイヤレスで行われる。

 Neuralinkの臨床試験は、説明資料によれば約6年間続く予定だ

この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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