TOTOが2020年から行っているユニークな取り組みに、社内留学制度によるデータサイエンティストの育成がある。各部門から選出された社員を、データ革新活動を推進する部門で一定期間「留学生」として預かり、AIや統計解析等を駆使してビッグデータを解析できる人材を社内で育てるというものだ。
留学を終えたデータサイエンティストは、各部門へ帰任。それぞれの現場で、製造設備の予知保全、生産時の製造条件レコメンド、計画業務自動化など、さまざまなデータ革新を起こして効率化や新たな価値創出に結び付けているという。TOTO技術本部技術統括部でデータ革新推進室長を務める上田忠雄氏に、この制度について話を聞いた。
社内留学を請け負うデータ革新推進室の発端となったのは、同じ技術統括部のCAE(Computer Aided Engineering)技術グループだったと上田氏は振り返る。CAE技術グループでは、2004年頃からデータ活用を推進してテキストマイニングなどを行い、2016年にはTOTOサニテクノ滋賀工場で、衛生陶器の最適な製造条件を数値で把握するための良品条件分析を実施した。さらに2018年には滋賀工場以外に、福岡県北九州市の小倉工場、大分県中津市の中津工場などの国内拠点に対象を広げ、2019年には海外拠点でも良品条件の分析を行った。
「衛生陶器は、20種類以上の天然素材を砕いて混ぜ、圧力をかけて成形し、乾燥、焼成させて作る。ひとことで言うと大型の焼き物なので、温度調整を間違えるとすぐに割れが発生するなど、製造には経験を要する難しい商品。特に、TOTOのフラッグシップ商品である『NEOREST NX』など最近の商品は内部の流水路が非常に複雑な構造になっており、これまでの経験則がなかなか通じない形状だった」(上田氏)
製品形状の複雑化に加え、国内では団塊世代の社員の引退、国外では現地社員への教育という課題が重なった。これまで経験や暗黙知で行ってきた製造を形式知化し、技術を伝承していくために、ビッグデータの活用が求められたのだ。CAE技術グループは各拠点と協力し、原材料特性、搬送ルート、温湿度など、どういった製造条件で作ると不良率が低減するのかを分析し、結果を現場にフィードバックして検証を行った。最終的には、BIツールを導入してデータを可視化し、工場側で自走できるようにした。
この取り組みが社内で評価され、「TOTOビジネスマスターズ最優秀賞」を受賞。2020年に、データ革新プロジェクトとして活動を横展開することが決定したのだという。
活動を広げるにあたって、まずは人材の育成が必要となる。プロジェクトが組織化されたあとは、衛生陶器以外にも浴室、キッチン、セラミックなどさまざまな事業部門から選出された社員を「留学生」として2年間預かる制度が発足した。全国から北九州市の本社に集められた留学生には、データサイエンティストとして必要な基礎スキルを身につけてもらうほか、各事業部門の課題を実際にデータサイエンスで解決するOJT型の教育プログラムを実施。2022年には、製造だけでなく販売やサプライチェーンの事業部門からも留学生を募り、データサイエンスによる需要予測などができる人材を育成した。
「最初の3カ月間は基礎教育ということで、統計や多変量解析など手の動かし方を身につけてもらう。その後の21カ月間は、出身部門から持ち寄ったさまざまな課題に即して、実際にデータ分析を実践していく。勉強会を実施したり、推奨資格を取ることに挑戦してもらったり、ゼロからデータサイエンティストを育成するカリキュラムを組んでいる」
各部門から選出された留学生は、テーマは違っても、データ活用という同じアプローチで分析に挑む仲間同士だ。お互いの経験を共有しながら、メンバーで知恵を持ち寄ってディスカッションするなど、刺激的な学びの場が作れていると上田氏は語る。要因分析ひとつとっても、さまざまな商品の良品条件の分析や販売の受注要因の分析があり、これらには共通のアプローチが試せるため、知見を交換できる。また、各部門からの留学生に勉強の場を提供することで、カリキュラムを推進する技術本部自体への刺激にもなるという。
社外のアドバイザーに頼るだけでなく、各部門の出身者をデータサイエンティストとして育成することには、社員同士の刺激になる以外にさらなるメリットがあると上田氏は語る。
「各部門の出身者は、自分たちが抱えている課題をよく理解している。これまで解決できなかったことや困っていたことに、学んだ知識をすぐに活かせることはやはりメリットだと思う。また、留学を終えて帰任した卒業生たちは、自分たちの部門で学んだ知識を広げたり、後輩に教えたりしている。卒業生がDXのキーマンとして活躍しており、各部門で歓迎されている」(上田氏)
今後は、現在2年を目安にカリキュラムを組んでいる留学期間に、各人のテーマに合わせた柔軟性を持たせ、育成のスピードを上げていくことを考えているという。さらに、より育成の成果を確実なものにするために、カリキュラムやテーマ、企画などもブラッシュアップしていき、経営に貢献していきたいと上田氏は話した。
TOTOではこの社内留学制度以外にも、全社員を対象にした「Pythonもくもく会」を定期的に実施している。多いときは200人以上が参加したこともあるというこのオンライン勉強会は、技術系、販売、物流などさまざまな部門の社員が、プログラミング言語のPythonに関する知識を学んでいる。
「参加者は、部門も年齢も役職もバラバラで、多様性に溢れている。Pythonのようなプログラミング言語は、データサイエンティストでなくてもさまざまなところで活用できる。社内留学制度以外にも勉強の場を継続的に用意して、データ分析の知識を社員が仕事に活かせるようにしたい」と、上田氏は期待を込めた。
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