企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。引き続き、アサヒグループ食品 企画本部 長期戦略推進室 担当副部長の畠徳望博氏との対談の様子をお届けします。
後編では、新規事業創出にあたっての社内での仕掛けづくりやビジコンの回し方、アサヒグループ食品で自らが携わっているDX系の新規事業について伺いました。
角氏:天職だと思っていた営業も6年で辞められたんですね?
畠氏:教師への夢以外にもモノを作ることも好きで、せっかくメーカーで働いているのだから商品開発もやってみたかったのです。社内公募制度にエントリーして選抜試験で通って、2009から東京本社の商品開発部門に異動になりました。そこで商品開発を5年、広告宣伝を5年経験して、現在のアサヒグループ食品に出向させてもらいました。
角氏:今度はどのような理由があったのですか?
畠氏: マーケの仕事は10年間やらせてもらったので、また社内公募に手を挙げました。「40歳になるまでに、自分が今社会でどれだけ通用するのか試すため、今までとは違う会社で全く経験がない仕事をさせて欲しい」ということを人事にお願いしたんです。その結果、今の会社に出向することになり、経営企画のIT戦略グループでDXを推進するという形になったんです。
角氏:また今までと全然違うところに(笑)。
畠氏:宣伝の時に担当していたのが、新聞・雑誌、屋外広告、スタジアムの契約更新などでした。デジタル系とは縁がなく、アナログ媒体ばかりの担当だったのですが、赴任したときに、「なんかビールからデジタルゴリゴリの人が来たらしいぜ」という一部、噂になっていたみたいで……全くの逆なんですが……(笑)。
角氏:ミスターアナログが来たと(笑)。
畠氏:営業出身の若手と2人でDXを推進することになったのですが、一緒にIT企業のセミナーに参加してプログラミングの実習をしても、後輩のプログラムは動くのに僕のはピクリとも動かない。それで自分は何ができるかと考え、展示会で情報収集をしてAIを使ったサービスを導入するなど色々試行錯誤をしたのですがしっくりこなくて、1年くらい経って何のためにDXを推進しているかとチーム2人で再考したんです。そこで我々はメーカーとして商品だけを売っておしまいというだけではなく、そこの前後にある顧客の一連の体験価値も含めて提供していく必要があるのではということに気付いて、「これを自分たちがやらねば」と思い至ったのです。
角氏:なるほど。
畠氏:モノを作って売るだけでなく、お客様からいただいたデータを、より良い顧客体験に還元して商品やサービスを提供するというビジネスモデルを会社として創らねばいけないと考えて、そこからはぶれずに、顧客中心で顧客接点を高度化して良い体験を提供できるようなマーケティングをデジタルで支援したり、アプリを開発するという形でDXを進めました。
角氏:そこでどのような成果を挙げられましたか?
畠氏:錠菓の「ミンティア」に自分のオリジナルラベルを作れる「ミンティアマイラベルメーカー」というサービスを開発しました。ラベルに顔や名前を入れてコンビニのシールプリントで印刷してオリジナルのラベルを作ることができるのですが、ケースに貼って詰め替えてずっと使う事もできますし、ゴルフコンペや結婚式の引き出物として相手にプレゼントをするという使い方もできます。人気のタレントさんをCM起用したときは、推しメンの顔を入れて個人で楽しんでもらったり。
角氏:ネスレの「キットカット」と同様に、商品をコミュニケーションツールに変えていくという戦略ですね。チョコレートは食べて終わってしまうけど、ミンティアは一回で食べきらなく持ち歩くため愛着も湧くと。これをデジタルを学びながら開発した訳ですね。
畠氏:そうです。あとは、アサヒグループ食品という会社は企業としての認知度がまだ低いんですよ。「一本満足バー」や「ディアナチュラ」とか、「和光堂」も「アマノフーズ」も含めてみなさん個々のブランドは知られているのですが。
角氏:アマノフーズもそうなんですか?フリーズドライの味噌汁おいしいですよね。
畠氏:元々合併して誕生した会社なのでブランドコミュニケーションをそれぞれで実施していたこともあり、当初は横の連携がなかったのです。そこで、アサヒグループ食品のブランドを横断的に知っていただくために、「ウキウキアサヒ島」というウェブサイトや、アサヒグループ食品公式のSNSアカウントを立ち上げました。各商品のマーケティング以外にも、通販への導線やミンティアマイラベルメーカーのようなエンタメ系、オンライン工場見学や社員たちが仕事内容を語るなど幅広いコンテンツを載せています。
角氏:グループ横断的な取り組みになりますが、言い出した当人が大変な思いをしたということになりませんでしたか?
畠氏:これは広報グループと一緒に作創って、今は広報グループのみで運用しています。僕はどちらかと言うと、ゼロイチの仕掛け人なんです。「こんなのやろうぜ」と言って火をつけて形を作ってスタートさせるところまで一緒にやって、その後安定してきたら全部お願いするというスタンスです。あとは社内でどうやったら形になるのかという、根回し的な泥臭いところもやります。
角氏:真にクリエイティビティがある人は、面白がって考えるところまでだけでなく、周りの人たちに声をかけて共感を作るところまでやらないといけない。思いつく部分と巻き込む部分はまた別な能力が必要で、畠さんは両方持っているんですね。
畠氏:DXも最初は会社の中で重要な取組みの一つの柱にするためにどうしたらいいかと思ったときに、まずは人間関係を作らないといけないと思ったので、当時の社長がトイレに立ったら後を追って「DX推進の畠です」とアピールしたり、ゴルフの社長杯が開催されたら社長と同じ組で回って話をさせてもらったり。人間関係の構築や上層部に自分のやろうと思っていることの味方になってもらうための活動は頑張りました。
角氏:畠さんはヒッチハイクの話の時も感じたのですが、使えるものは何でも使うじゃないですか。それはすごく大事なことだと思うんです。それでミッションを自分で決めて、そこにぶら下がっているやらなければならないことを全部やるんですね。
畠氏:自分の担当外でもやりますね。
角氏:担当外のことをやらない人と、そうでない人は明確に違う。以前ファミリーマート CMOの足立光氏に話を伺ったときに、「マーケティングとは、目的のためにやらなければならないことを全部やることだ」と仰っていたんです。自分で守備範囲を決めて、守備範囲外の球は取りに行かないというのはマーケティングではないと。それがめちゃくちゃ響いたんですね。今畠さんは、同じことを言っていると感じました。
畠氏:あとは公式SNSアカウントも商品ごとにバラバラで、お客様軸でのブランドを横断した取組みができていなかったので、アサヒグループ食品で1つ公式のSNSを作りました。
角氏:巻き込んでいく時に、上の人たちからかわいがられるという構図は理解できるのですが、広報の人の巻き込みはどうやったんですか?
畠氏:プラットフォームの一つに、当時大企業では珍しかったTikTokを広報グループメンバーに推したんですよ。それで若手の広報担当者に「インスタやXの運用はどこの企業もしているけど、TikTokはまだあまりやってないから、早めに成功事例を挙げたらヒーローになれるぞ」と(笑)。僕はみんなにヒーローになって欲しいんですよ。ビジコンの事務局も運営しているのですが、そこからもヒーローが出てくるといいなと思っています。
角氏:ビジコンはどんな形で進めているのですか?
畠氏:アサヒグループ食品(AGS:AsahiGroupShokuhin)にプラス「ON」の新規事業を!ということで、「AGS+ON(エジソン)」と命名し、アサヒグループとしては3年前から取り組みを開始しまして、2年目からは事業会社の取り組みもスタートし、初年度は私を含め2人で推進しています。社員の約10分の1にあたる128人に参加してもらい、66個のアイデアが出てきてその中から通過した7チームが外部の支援を受けながらビジネスアイデアを磨きました。先日ゲート2のピッチ審査を行い、会社の上層部に加えてARCHの渡瀬ひろみさんも招いて審査をしてもらいました。
角氏:ビジコンの運営は大変ですが、どんな工夫をしましたか?
畠氏:私は毎年新入社員研修を担当しているんですが、「やらせてくれ」と手を挙げて新規事業やDXのコマを作り、そこで研修の一環としてアイデアを出してもらって、スッとこちらの事業アイデアもエントリーさせてしまうと(笑)。だから128人のうち28人はかさ増しです。
角氏:社内ビジコンの“苦行あるある”の1つが「262の法則」で、だいたいアイデアを出す人は上の2割でその人たちが翌年は疲れてしまい、毎年続けていくと上の2割の部分がどんどん細っていってしまう――、これがいわゆるビジコン疲れと呼ばれるものですが、毎年新入社員にやらせていると、経験しているから中間層の6が上の2になりやすいという仕組みになっていますね。
畠氏:ほかにも参加者全員に、「ここは良かった、ここはもっと練れるかも、来年もぜひ応募してください」とフォローもしています。事務局が個々に対してきちんと向き合う事が大切で、そこは丁寧にやりましたね。でもそうやってフィードバックをするとしっかりと腹落ちしていただけますし、通過できなかった人でも「出して良かった」と言ってくれる。最も良くない運営は、人を集めようと数値目標ばかり言って、その年だけで刈り取り切ってしまうことですから。
角氏:そこは畠さんが高校生の頃に先生になりたかったという話とつながっている気がするんです。フィードバックするというのは、先生になっているという事ですからね。しかもちゃんと相手に寄り添って一緒に成長しようという熱血タイプの先生。すごい一貫性を感じました。
畠氏:ただ来年度は事務局を離れるんですよ。自分自身でアイデアを出したいと思っていて、事務局にいると審査の際の透明性がなくなってしまいますから。あと社内で「新規事業のAGS+ON(エジソン)は畠」というイメージが固定化し、属人化するのも組織として良くない。日替わりヒーローじゃないとダメなんです。
角氏:バスケの話と同じですね。みんなにスポットライトを当てないといけないという。
畠氏:そういう意味ではスタメンじゃなくて良かったのかもしれないですね。
角氏:満たされない思いがあると、それがベースになって人は成長するものですからね。英語の先生をやめて養護の先生を勉強したのも、人の痛みに敏感になっているという部分で良かったのではないかと思います。ちなみに今までの当連載の歴史の中で、今回が一番事業の話をしていないんですけど(笑)、最後に今取り組まれている事業の話を伺えますか?
畠氏:では和光堂の「わこちゃんアプリ」(iOS、Android)を。初めて離乳食を作るときにどうすればいいかわからない方が多いと思うので、その人に合ったタイミングで離乳食づくりの進め方がわかるアプリがあるといいという考えで開発しました。社内には昔から離乳食レシピはたくさんあったのですが、ウェブ上に点在していて少々探しにくかったんですね。そこでそれらを集めて個人に合ったレシピが手軽に選べるようなアプリを作ったらどうかと。機能としては、月齢に合わせた離乳食レシピやアレルギーチェックリストのほかに、和光堂の栄養士が対応する無料の「オンライン栄養相談機能」も用意しています。ユーザーにはアプリを使う際に色々な情報を登録してもらっているので、その人がどんな食べ物を食べさせているのかを分かったうえで栄養相談に乗れるんです。
角氏:それってかなりコストがかかりませんか?
畠氏:「初めての子育てで不安な時にAIチャットボットに聞いて安心できますか?」ということです。アプリ開発にも相当お金がかかっていますが、社長が「これは社会貢献だから商品の広告ばかり出てくるアプリにはしないでね。これで無理やり売上を出そうとか、強引なマネタイズは一切考えないでほしい」と言ってくれたんです。
日々の子育ての中で、時短したり息抜きしてもらったり、心のつっかえ棒を取ったりするために提供しているものであり、そこはブラさないように考えています。発案者であり、DX推進を一緒にやっている担当課長の石渡(寛基氏)がメインで開発を担当し、僕はあくまで入り口のところで会社事にするための裏側の活動を中心に担いました。
角氏:畠さんは自分の守備範囲以外のボールを取りに行くほかに、経営層とのコミュニケーションのつなぎ手でもあるんですね。
畠氏:今回もそうですが、なかなか現場の担当だけでは新規事業が形にならない部分もあるので、僕は意識的にハブ役とか、ゴールへ進むにあたっての道ならしのようなことを貢献できるよう意識しています。ただこれからはもうすでにスキルが身についた後輩にお願いして、自身は新規事業創出に力を入れます。元々モノを作るのが好きですし、DX推進で最終的に我々がやるべきことはビジネスを変革させることなので。そちらの取り組みに注力していきます。
角氏:今回は特に畠さんのお人柄が前面に出た対談になりましたが、とても面白かったです。そんな畠さんがこれから創る事業にもすごく期待できますね。
アサヒグループ食品【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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