アクセラレータープログラムの運営からサービスへの実装まで、仲間とともに「やりきる」--セブン銀行山方大輝氏【後編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。引き続き、セブン銀行 セブン・ラボ 調査役 山方大輝さんとの対談の様子をお届けします。

 後編では、山方さんが手掛けてきたオープンイノベーションによって生まれた新規事業と、セブン銀行がこれまでに培ってきた新規事業開発の考え方、さらにそれを受けて山方さんが抱く思いについて伺いました。

セブン銀行 セブン・ラボ 調査役の山方大輝氏(左)とフィラメントCEOの角勝氏(右)
セブン銀行 セブン・ラボ 調査役の山方大輝氏(左)とフィラメントCEOの角勝氏(右)
  1. 最初のアクセラプログラムを起点に複数の新規事業が動く
  2. オープンイノベーションを実装まで漕ぎ付けるセブン銀行のDNA
  3. 手あげしてサービス立ち上げに参加
  4. たくさんのやりたいことを仲間の力を借りて実現していく

最初のアクセラプログラムを起点に複数の新規事業が動く

角氏:山方さんが手掛けられたアクセラレータープログラムから、これまでどのような成果が出ているのでしょうか。

山方氏:まず私が担当した最初のアクセラレータープログラムからは、自治体からの給付金をATMを通じて住民の方に届けるサービスが実現しました。元々我々のセブン銀行ATMには口座不要でB2Cの現金受渡が可能な「ATM受取」というサービスがあります。それが自治体とつながり、2023年には渋谷区の「ハッピーマザー出産助成金」の受取方法として正式に採用されました。

 ATMにクラウドファンディングの入金をしたいという応募企画から、附番された番号とワンタイムパスワードを入力していただくと、法人口座に入金が可能となる「番号取引」という機能があるのですが、それもアクセラレータープログラムがきっかけとなっています。

 採択されなかった企業とも、協業関係は続いています。当社では入出金にしばられないATMの使い方をしていくという大方針がありまして、2023年9月に銀行窓口に行かなくてもATMから口座開設などのさまざまな手続きが可能な「ATM窓口」サービスを開始しました。サービスインの前段階にあたる実証実験の際、2021年のセブン銀行アクセラレータープログラムにご応募いただき、私が担当したガレージバンクとスマートホテルソリューションズに参加してもらいました。現在は、実証実験の知見を踏まえて、ATM窓口の機能を古物商取引やホテルのチェックインなどのシーンで利活用することを担当部に入り込んで進めているところです。

角氏:なるほど。アクセラレータープログラムを実施しても成果が出なかいことが多いですが、採択されていない会社とのつながりができて、付き合いを続けるうちに芽吹いていくものも結構あるんですね。ちなみに今アクセラで手掛けられているのは?

山方氏:現在は、2023年の5月まで行っていたアクセラレータープログラムで採択させていただいた2社と、それぞれチームアップし、会社として事業化に向けた取り組みをさせてもらっています。1つは結婚式場のリーディングカンパニーであるテイクアンドギヴ・ニーズさん。ブライダルのシーンでセブン銀行ATM等を使ってもらえるようなサービスが立ち上げられるように目下、主担当のラボ部メンバーと私が協力しながら推進をしています。もう1つがデジタルで相続手続き支援を行うスタートアップのAGE technologiesさんで、相続手続き関連での「不便・不満」の解消につながるサービスの開発を目指しています。

オープンイノベーションを実装まで漕ぎ付けるセブン銀行のDNA

角氏:山方さんの仕事は、オープンイノベーションを進めていくことに加えて、そこで成果物を生み出し、それを事業として実装していくまでを全部担っている訳ですか?

山方氏:そうですね。かたちにするまではやると。

角氏:他社の場合だと、結局自社の機能として実装するところまでいかないパターンが多いと思うんですよね。それをかなり山方さん、そしてセブン銀行さんではされている感じがする。

山方氏:たまたま私が入社したタイミングで、いくつかが運よくうまくいっただけだとは思います。ただ担当についた以上、どういう形であれ最後までやり切ることは意識していますね。オープンイノベーションに取り組み始めた頃からセブン・ラボ部には「オープンイノベーションは共感を大事に、自分で決めてやりきる」というポリシーがあるので、私自身もそれを大切に引き継いでいる形です。

角氏:オープンイノベーションのアクセラレータープログラムでは、まあ新規事業全般でもそうですが、PoC地獄という言葉がありますよね。PoCをして、何もせずにビジネス化もせず終わるケースが多発していて、何ならPoCをやるというプレスリリースを出すというところがゴール化していることもある。それはよくないことだと思うのですが、そこから抜け出すことが難しいのが実情です。セブン銀行はその谷を越えているとしたら、何が理由ですか?さっきのポリシーもそうですが、ポリシーだけでは乗り越えられないと思うんです。何かこれがあるからというものはありますか?

山方氏:何でしょうね。理由を挙げるとすると、当社はまだ23年目で創業時を経験している経営陣と一緒に働けること、それがありがたいと感じています。経営陣のみなさんが、「新しい挑戦をするんだ」「第2創業を実現するんだ」「会社を成長させるんだ」という思いを強く思っていて、そばで体感できること。それが素地としてあることと、もう1つは、「PoCはやらない」という考え方です。もちろん場面によってPoCを行うケースはあるのですが、あくまでそれはサービスインを見据えてやるものと教えられています。当社の看板となるアセットはコンビニ中心のセブン銀行のATMですが、それを使うという時点ですでに世の中にサービスとして実装されており、PoCとはいえどお客さまに使ってもらっています。お客様が触る以上はちゃんと作りこむ、お客様のことを思って取り組むというマインドも連綿と受け継がれていて、そういった無形の資産は確かにあるのかもしれませんね。

角氏:PoCをやらないと断言しているのはいいですね。そのカルチャーがあるから、PoCが目的化していないという事なんでしょうね。

手あげしてサービス立ち上げに参加

角氏:アクセラ以外ではどんな事業の立ち上げにかかわったのですか?

山方氏:直近では入社3年目の若手社員と、セブン銀行ATMから対象団体へ募金をしていただくと、デジタルアート作品が紐づくNFTをノベルティとして提供する「NFT募金」を立ち上げました。あとは、元証券マンというバックグラウンドを生かして、2022年11月にFinatext HD傘下のスマートプラスさんと一緒に立ち上げた「お買い物投資コレカブ」という株式投資サービスの開発にも参画させてもらっています。

角氏:コレカブとはどのようなサービスなのでしょう。

山方氏:小売り店で売られている商品のバーコードをスマホアプリで読み取ると、上場企業の製品であれば販売企業がアプリ画面に表示されて、そのまま株が買える機能を実装した株式取引のサービスです。投資以外にもバーコードで読み取った結果は銘柄図鑑として登録され、コレクションできる機能が備わっていて、お買い物の感覚で楽しめると。

角氏:なるほど、セブン&アイグループならではのサービスですね。

山方氏:戦略事業部でサービスを立ち上げるという話を聞いたときに、元々証券会社でリサーチ畑にいた人間が手を挙げない理由はないと思い立って、プロジェクトリーダーに直接志願してチームに入れてもらいました。プロジェクト期間中は若手の勉強会のほか、先ほどのバーコード検索は裏側ではバーコードと銘柄の紐づけが必要で、企業の資本関係と個々の商品の両面に明るそうな人がやる方がいいだろういうことで、私が地道に1つひとつ手作業で行いました。

角氏:結局、オープンイノベーションって格好いい言葉ですけど、その後にすごく地道に実装や事業化の部分があって、その地道な部分を担える人が少ないんですよね。そこが全部できるというのが、山方さんの強みになっていると感じます。

山方氏:ありがとうございます。今取り組んでいる案件ではプロジェクトの業務オペレーションを自分で図示して運用したり、NFT募金の際はリーガル面から事業モデルの検討を行い、若手のリーダーを支える役割もしました。事業開発は、毎回チームが違い、メンバー構成の中で不足している役割もその都度違うので、できない部分は自分が埋められるようになりたいという思いがあるんです。上司や経営陣と比べて判断のスピードや経験はまだまだと痛感させられますが、一方で近頃ではそうした経験が、少しずつ実践知として血肉になってきている感じもしています。

たくさんのやりたいことを仲間の力を借りて実現していく

角氏:最後に、これからこんなことをやりたいという思いを聞かせてください。

山方氏:やりたいことはたくさんあります。ホテルのチェックインもそうですし、ほかに提案をいただいている案件でやりたいものもあります。NFT募金の次を見据えた取り組みもスタートしていて、当社の新しい領域としてWeb3周りも追いかけていきたいです。新しい情報は多くは社外の方が持っているので、積極的に外に出て、人と人をつないで会社に価値を還元していくことも、ライフワーク的にできるようになりたいです。

 それから、入社した際にセブン銀行新型ATMの「ATM+(プラス)」のコンセプトに共感しました。ATM+には、「イノベーションをみんなのものにするプラットフォームにする」という思いが込められているので、現金の入出金だけでなく、利用者の心理的なハードルを下げて、人々の暮らしがもっと豊かになるサービスを使うためのタッチポイントの1つになって欲しいと考えています。ATM+のコンセプトでもある「誰も取り残さない」が私自身のテーマで、幅広い方に使っていただける、デジタルとリアルの間のよさを活かしたサービス開発にこれからも携わっていきたいです。

角氏:そのたくさんのやりたいことを、自分ひとりではなくオープンイノベーションというツールを使って、たくさんの人と一緒にチャレンジするからこそできるようになっていくのだと思います。

山方氏:やりたいことはすべて、仲間がいることが前提です。社内では、所属部署に囚われすぎずに動いていきます。みんなが得意ではないことは自分がやるから、逆に助けてもらいたいところはしっかりと助けてもらうという感じですね。夢はたくさんあります。あとは頑張って能力を付けるだけです。

セブン銀行

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】






角 勝


株式会社フィラメント代表取締役CEO。


関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。



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