2023年のワーケーションと2024年の動向を探る--ワーケーションは「オワコン」か

 「ワーケーション」という言葉がそれほど取り沙汰されることのなかった2023年。オフィス回帰の流れや米シェアオフィス大手WeWorkの経営破綻などのニュースを見て、ワーケーションが“オワコン”化したと考える人は多いかもしれない。

 しかし、企業や地域、海外の動向をつぶさにチェックすれば、無自覚ワーケターの存在や多様化した各地の施策など、ワーケーションが”オワコン”ではなくライフスタイルとして浸透し始めていることが見て取れる。2024年は子育て世代のワーケーションや日本に対する海外デジタルノマドの期待など、さまざまな面で「多様性」が問われる一年となりそうだ。

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ワーケーションは“オワコン”なのか

 ワーケーションを語る上で、よく「テレワーク実施率」が指標として挙げられる。満員電車の復活とともに、実施率減少を伝えるニュースを耳にするようになった方も多いだろう。ここからワーケーション“オワコン”の雰囲気を感じている方もいるかもしれない。

 実際に、完全テレワークからオフィス通勤への揺り戻しは増えている。2023年8月に公開されたパーソル総合研究所の調査によると、2023年のテレワーク実施率は22.2%だった。これは、初めて緊急事態宣言が出された2020年4月以降に同社が調べた中では、最低の数字である。

 テレワークの調査はほかにも、モバイル社会研究所日本生産性本部といったさまざまな機関が調査を行っているが、だいたい15〜20%前半という結果が多く見られる。

 一方で、パーソル総合研究所の調査でコロナ禍前の数値と比べると、全体の実施率は2020年3月の第1回から9%増加している。また、東京都の「テレワーク実施率調査結果 9月」によると、2020年4月に24.0%だったテレワーク実施率は、2023年9月に45.2%に増加。この水準は同年5月から大きく変わっていない。

東京都「テレワーク実施率調査結果 9月」より引用 東京都「テレワーク実施率調査結果 9月」より引用
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 これらの結果からいえるのは、実施頻度や個人での実施判断可否などにばらつきは見られるものの、コロナ禍前と比べてテレワークが働き方の一つの選択肢として定着したということだろう。

 実はその中で、ワーケーションは静かに人々の働き方に浸透しつつある。パーソル総合研究所が2023年9月に公開した「ワーケーションに関する定量調査」によると、約10万人への調査の結果、ワーケーションを経験した割合は17.4%にのぼった。そのうち、ワーケーションだと自覚して実施した人の割合は25.9%に留まることがわかったのだ。つまり実施者の4分の3が「無自覚ワーケター」だったのだ。

 ここでいうワーケーションとは「普段の職場や自宅とは異なる日常生活圏外の場所で、仕事(テレワーク)をしながら自分の時間も過ごすこと」を指しており、有給休暇の取得により出張先の滞在を延長する「ブレジャー」も含まれている。

 また、ワーケーションしていることをほかのメンバーに伝えなかった人の割合は、14.1%にのぼっている。ワーケーションはWorkとVacationが組み合わさった造語ゆえに「休暇中に仕事をする」といったニュアンスで捉えられがちだ。そのため企業が許可を出さないことを懸念し、密かにワーケーションを行う「隠れワーケター」の存在は以前から示唆されていた。

 ここから読み取れるのは、快適な働き方を求めた結果、結果的にワーケーションに行き着く人が増えているということだろう。実際に日本ワーケーション協会が全国各地で行っている「ワーケーションMEET UP」には、これまでワーケーションをしたことがない初心者層が、東京以外の地域からも多く参加するようになったという。

ワーケーションMEET UP in 仙台に集まった参加者たち(提供:日本ワーケーション協会)
ワーケーションMEET UP in 仙台に集まった参加者たち(提供:日本ワーケーション協会)

 ワーケーションの定義が多様であることも踏まえると、ワーケーションは“オワコン”化したのではなく、地域を問わず個人のライフスタイルに溶け込み始めたからこそ言葉として聞かれなくなった、というのが正しいのかもしれない。

立派な“ハコモノ”ではなく何ができるかが問われる時代に

 こうした流れの中で、ワーケーションに求められるものもまた変化してきた。

 コロナウイルスが猛威をふるい始めてしばらくの2020年頃は、立派なコワーキングスペースやサテライトオフィスなど、いわゆる“ハコモノ”事業に力を入れる自治体が多く見られた。

 大都市政策研究機構が「コワーキング.com」の登録施設情報を元に2023年3月に発表した「日本のコワーキングスペースの拡大(2022年12月版)」によると、2019年6月に799だった施設数は、2021年に2042まで増加している。

大都市政策研究機構 ウェブサイトより 大都市政策研究機構 ウェブサイトより
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 しかし、実践者の話を聞くと、ハコモノではなくその地域ならではの体験や、ワーケーションを通しての交流を求める声が多く聞かれる。実際に立派なハコモノがワーケーションの目的になり得ることは少ないと象徴するかのように、2022年12月の施設数は2129と、増加率が大幅に減少している。

 一方で、コンテンツ造成や地域との関わりに重きを置くワーケーション施策が多く見られるようになった。例えば、以前から地域ごとに多様なワーケーションを展開していた長野県では、各地に自然と人が集まる流れが生まれている。千曲市で生まれたコミュニティ発のプロジェクト「温泉MaaS」の発展など、ワーケーションを起点としたさまざまな効果が現れているのだ。こうした成功事例もあり、2023年はコンテンツの掘り起こしや磨き上げの方に力を入れる自治体が増えた印象だ。

2024年のワーケーションを読み解く4つの視点

 では、2024年のワーケーションはどのような変遷をたどるのだろうか。筆者はキーワードとして「実践者の多様化」を挙げたい。その根拠を大別すると、(1)子育て世代のワーケーションコンテンツの増加、(2)ワーケーション“入り口”の明確化が継続の鍵に、(3)企業はワーケーションの議論を迫られる年に、(4)海外の動きと海外デジタルノマドの熱視線――の4つがある。順を追って説明していこう。

(1)子育て世代のワーケーションコンテンツの増加

 観光庁では「新たな交流市場・観光資源の創出事業」として、2024年度に6億1500万円の予算を計上しており、その中にテレワークの普及や働き方の多様化を踏まえた「ワーケーション」の普及・定着が含まれている。中でも注目したいのは、子育て世代を対象にしたワーケーションのモデル実証が明記されている点だ。

令和6年度 観光庁関係予算決定概要(令和5年12月)より引用 令和6年度 観光庁関係予算決定概要(令和5年12月)より引用
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 以前から「単身でワーケーションに行くと家族に申し訳ない」「子どもとともにワーケーションしたい」という声は多く挙がっていた。特に2023年は長期休みを中心に親子ワーケーション関連のコンテンツが各地で多数見られたほか、実践者の裾野も広がりを見せており、募集数の5倍、10倍の応募が寄せられた地域も見られた。

親子ワーケーション中の筆者の子どもたちの様子
親子ワーケーション中の筆者の子どもたちの様子

 一方で、交通費や滞在費などが単身でのワーケーションに比べて高くなりがちなこと、小学生以上だと長期休みに集中すること、親がワーク中の子どもの預かり場所がないことなど、さまざまな問題から足踏みしている人も多い。子連れのワーケーションを認めなかったり明文化していなかったりする企業も多いため、テレワークできる仕事でも難しいという実態がある。

 今回予算が組まれたことにより、親子ワーケーションのコンテンツ造成に取り組む自治体や企業が増えると予想される。子連れのワーケーションに関しては、親が仕事の合間に子どもが体験コンテンツに参加するといった形式のほかに、体験入学や区域外就学制度を利用して旅先の小中学校に通えたり、保育園に期間限定で入園できたりといったサービスも知られている。いずれにしてもモデル事業によって先に示した課題を解決できるかどうかが、今後の個人および企業ワーケーションの広がりにおいてポイントになりそうだ。

(2)ワーケーション“入り口”の明確化が継続の鍵に

 2023年はテレワークを通して、生活圏内以外の場所で自分の時間を持ちながら働くことの価値に気づいた、いわゆる「ワーケーション初心者」が多く生まれた年でもある。

 一方で、当該の層に話を聞くと「やってみたいけどどこに行けばいいかわからなかった」「どこでどんなことができるのかわからない」という声が多く聞かれることにも注目したい。

 これまでワーケーション実践者たちは、口コミや知り合いづてで情報を得ている人が多かった。裏を返せば、こうした情報を得づらい環境にある人にとってワーケーションの敷居は相当高かったことがうかがえる。

 なぜか。理由はいくつかある。そもそもワーケーション人口および力を入れている地域が少なかったことや、地域コミュニティが結果的にワーケーションの受け皿になっていたため積極的に呼び込まなくてもある程度の流入が見込めたこと、場所や目的選びの基準は人によってかなりばらつきがあるため、同じ感度を持つ知り合いに聞いたほうが自分にあった場所を探しやすいことなどが挙げられるだろう。

 しかし、ワーケーション人口の増加に伴い、こうした前提は変わりつつある。初心者が“入り口”にたどり着きづらい状況が続けば、市場の広がりは鈍化するだろう。2024年にワーケーションの入り口が明確化できるかどうかが、今後のワーケーション文化の広がりに影響するだろう。

(3)企業はワーケーションの議論を迫られる年に

 ここまで個人に目を向けてきたが、一方で企業は人材確保や働き方充実の側面からワーケーションについて何かしらの検討を迫られる年となるだろう。

 プラス ファニチャーカンパニーが2023年10月に公表した「職場の居心地ウェブ調査」では、公共機関を使った通勤を苦痛と感じている人の割合が76.8%にのぼったことがわかった。また、苦痛と感じる人は仕事へのモチベーションや会社への貢献意欲も低くなるという。

 実際に筆者の周りでも、優秀な人材ほどオフィス回帰の会社から去っていくという話は出てきている。ワーケーション人口の増加や優秀な人材確保の困難さから、ワーケーション導入が俎上(そじょう)に上がる可能性は、2023年よりも高いと言える。

 また、観光庁のワーケーション推進事業のアドバイザーなどを兼任するパソナの湯田健一郎氏が本誌で語っている通り、企業のワーケーション導入に関してはその効果と導入時の対応を正しく把握した上での検討が不可欠だ。無意識ワーケターや隠れワーケターの存在が明るみになった今、企業はワーケーションを導入しなくとも、常にセキュリティや労災上のリスクにさらされている状況であることを認識する必要があるだろう。

(4)海外の動きと海外デジタルノマドの熱視線

 忘れてはならないのが、ワーケーションに関する諸外国の動きと、海外デジタルノマドの存在だ。

 比較的高収入な層が多く、一度の滞在期間も長いデジタルノマドの存在は、以前から注目されてきた。日本では2023年、デジタルノマドビザについて検討の方針であることが明らかにされたが、お隣の韓国では少子高齢化や地方衰退の観点からワーケーション事業を推進しており、2024年1月1日からの制度導入が発表されている。2023年10月には韓国観光公社が日本ワーケーション協会と連携協定を締結した。

 日本でも、観光庁が2023年度補正予算として「地方誘客促進によるインバウンド拡大」に約184億円、そして2024年度においても地方を中心としたインバウンド誘客の戦略的取組として多額の予算編成を行っている。海外デジタルノマドに詳しい有識者からは「特にヨーロッパのデジタルノマドにとって、日本は訪れたいがなかなか行けない場所だった」と聞く。2024年は円安の影響やデジタルノマドビザの導入といった観点から、海外のデジタルノマドが注目される年となるだろう。

2024年をワーケーション実践のきっかけに

 さまざまな観点から市場の広がりを予感させる2024年。しかし、時代が変わっても不変であるのは「ワーケーションは体験しないと効果がわからない」ということだ。

 実践者とそうでない人とでは、議論の基準がそもそも異なることが多い。ワーケーションなんてできない、という考えでは進まないことも多いだろう。

 ワーケーションはライフスタイルの一つでしかなく、全員が選ぶ必要はない。またワーケーションの「Work」と「cation」が何を指すのかは人によって実に多様だ。ライフスタイルや働き方の充実を目指す上でワーケーションが検討要素に挙がったなら、経営者と担当者自身がまず体験してほしい。初心者や海外デジタルノマドの流入によって、こうした議論や考えが深化することを願ってやまない。

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