「合わせに行く」のではなく「引き込む」--共創型のモビリティ開発で世界に挑むソニー・ホンダモビリティ

 10月末から開催された「JAPAN MOBILITY SHOW 2023」において、ソニー・ホンダモビリティ(SHM)の新型EVブランド「AFEELA」(アフィーラ)のプロトタイプが一般公開され、ブースに長蛇の列ができた。

 顔認証によるドアの開閉、車体前面のヘッドライト間に組み込まれた「Media Bar」と呼ばれるディスプレー、ダッシュボードに広がる「パノラミックスクリーン」など、次世代モビリティの要素が十二分に散りばめられた革新的な外観と内装に期待値は高まる。

 しかし、EVメーカーとしてはあくまで後発であり、市場で真価が問われるのはこれからだ。業界のみならず日本を代表するモノづくりメーカー2社という、もはやワクワク感を通り越して「やってくれないと困る」座組みのもと、新しいモビリティの価値観を携えて世界のEV市場に挑むSHM。ツートップとなる、SHM 代表取締役 会長 兼 CEO 水野泰秀氏と、SHM 代表取締役 社長 兼 COO 川西泉氏に、事業戦略を聞いた。

(左から)ソニー・ホンダモビリティ 代表取締役 社長 兼 COO 川西泉氏、ソニー・ホンダモビリティ 代表取締役 会長 兼 CEO 水野泰秀氏
(左から)ソニー・ホンダモビリティ 代表取締役 社長 兼 COO 川西泉氏、ソニー・ホンダモビリティ 代表取締役 会長 兼 CEO 水野泰秀氏
  1. JAPAN MOBILITY SHOWで注目されたAFEELA
  2. 従来の開発体制では中国勢に勝てない
  3. 感動価値の創出で2030年までに勝負をかける
  4. 「次世代モビリティ開発は自分たちの強みを生かせる領域」
  5. インフォテイメントの開発環境を外部に公開
  6. インフォテイメント領域で日本発のSDV標準を作る

JAPAN MOBILITY SHOWで注目されたAFEELA

 SHMは、2022年9月にソニーグループと本田技研工業のジョイントベンチャーとして発足。その後2023年1月にラスベガスで行われた「CES2023」で、同社初のプロダクトとなるAFEELAのプロトタイプを発表した。

ソニー・ホンダのEV「アフィーラ」のプロトタイプ
ソニー・ホンダのEV「アフィーラ」のプロトタイプ

 JAPAN MOBILITY SHOW 2023での一般公開を前にした10月には、モビリティ開発環境のオープン化(仮称:AFEELA共創プログラム)構想を発表するなど、2026年の北米でのデリバリーとその先の国内デリバリーに向けて、一歩一歩歩みを進めている。

 事業運営は、両氏のこれまでの経験を生かして二人で担っている。従業員は両親会社が採用しているが、現在はSHMでのEV開発を希望して入社した社員も増加。両氏もお互いの部屋を行き来し、毎日会話をしながら仕事を進めているとのことだ。

 ソニーとホンダという共に際立った個性を持った企業同士の合弁であるが、風通しもよく、企業同士のマウントの取り合いや縦割り、目立った価値観の相違などの問題は特に見られない、と両氏は口を揃える。

 2社のモノづくり自体、同じ製造業でも明確な違いが存在する。ホンダは自動車メーカーとして閉じられたエコシステムの中で、安全面を含めて丁寧かつ着実なモノづくりを行ってきた。一方でソニーは、音響からゲーム、映画や音楽のエンタテインメント、半導体、金融に至るまで、品質に加え新しい価値観の提供に向けてスピード感のある商品やサービス開発を行ってきた。

 そのため、開発文化や意思決定のプロセスに違いがあって時折議論は生じつつも、お互いの領域が車体系(ハードウェア・安全制御系)とインフォテイメント系(ソフトウェア・オーディオ/ビジュアル)に分けられ、それぞれの得意分野を認識し尊重しているという。大企業同士でのありがちな軋轢(あつれき)、それに起因する開発の停滞などはなさそうだ。

従来の開発体制では中国勢に勝てない

 特に開発のスピード感に関しては、“慎重陣営”側にいた水野氏の意識面がプラスに作用している。水野氏は2020年まで10年間中国本部長として中国に赴任し、2020年帰任後からは四輪事業の本部長を務めてきた。

 EV市場は、現在従来の自動車メーカーである“自動車OEM”と、テスラをはじめとする“新興勢力”の戦いとなっており、しがらみをもたない後者の勢いが特に際立つ状況となっているが、水野氏はまさに中国においてスタートアップが次々に新しい製品を市場に投入してくる状況を目の当たりにし、危機感を覚えていたという。

 「新興勢力といわれる中国メーカーは、2018年くらいからADAS(自動運転支援)系や自動駐車に取り組み、AIを導入してSDV(Software Defined Vehicle)を実践していた。さらに2023年のCESでは、韓国やインドの会社の勢いが強く、その後の上海モーターショーを見て、海外で、特に中国を中心に自動車の概念が変わってくると強く感じた」と、水野氏は心中を明かす。

 そのような状況を横目に、新規参入組であるSHMでは現在スピード面を含めて開発体制の整備を進めつつ、新興勢力が持たない武器を作って闘いを挑んでいる状況だ。果たして勝算をどこに見出しているのか。

 水野氏は、他社と同じことをしていても意味がないとした上で、「ベースは、ホンダが持つ体力と知力。前者は走る、曲がる、止まるという車の基本性能であり、後者はADASやAD(自動運転)。まずそれらがわれわれの強みとしてあり、その上でソニーが得意とするソフトウェア技術によって感動価値、つまり感動空間を提供する。新興勢力ができていない“空間価値”を提供していくことが差異化になる」と自社の戦略を語る。

水野泰秀:1986年本田技研工業入社後、主に営業・販売領域業務に従事し1995年にタイへ赴任。一度日本に戻るも、台湾、マレーシア、オーストラリア、中国と立て続けにアジア各国に駐在。通算20年以上の海外駐在を経て、2020年の帰国後は四輪事業本部長として、電動車の導入や、課題を抱える地域及び四輪事業の立て直しに邁進した。2022年からソニー・ホンダモビリティの代表取締役会長兼CEOを務める
水野泰秀:1986年本田技研工業入社後、主に営業・販売領域業務に従事し1995年にタイへ赴任。一度日本に戻るも、台湾、マレーシア、オーストラリア、中国と立て続けにアジア各国に駐在。通算20年以上の海外駐在を経て、2020年の帰国後は四輪事業本部長として、電動車の導入や、課題を抱える地域及び四輪事業の立て直しに邁進した。2022年からソニー・ホンダモビリティの代表取締役会長兼CEOを務める

感動価値の創出で2030年までに勝負をかける

 感動価値領域では、AFEELAの上で動作するアプリケーションやコンテンツ、サービスを開発できる環境を外部のクリエイター、デベロッパー(ソフトウェア開発者)に公開し、共創型で感動空間づくりを進めていくこととなる。

 それらのコンテンツ類はダッシュボードのパノラミックスクリーンや後部座席に設置されたディスプレー上で操作や表示が可能となるが、「単に映画やゲームなどのIPコンテンツを載せるだけでなく、インタラクティブなコミュニケーションができるツールとして活用できるようにしたい。そのためにクリエイターたちとの対話を始めている」(水野氏)という。

パノラミックスクリーン パノラミックスクリーン
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 さらに共創開発のスタイルは、インフォテイメント領域にとどまらず、EVそのものや今後の自動運転車の開発にも適用していくことを視野に入れているという。それも含めて、これからは自動車開発自体のスタイルを変えていかなければならない、と水野氏は語る。

 「従来のクルマはすり合せ技術で開発をしてきたが、確実なモノづくりができる反面、開発期間が非常に長くなってしまう。開発時も従来のようなティア1との対話だけでなく、その先のサプライチェーンにつながっているメーカーが持つ技術を直接把握することや、革新的技術を持つスタートアップの状況を把握する能力も必要になるだろう。今回クリエイタープログラムを展開する狙いはまさにそういう部分。共創はいずれ車体や制御系のエンベデッドソフトウェア領域にも入ってくる可能性もある。そうしないと、今のままでは世界での競争に勝てない。スピード感をもって開発を進め、2030年までに勝負をかけたい」(水野氏)

「次世代モビリティ開発は自分たちの強みを生かせる領域」

 エンジニア出身である川西氏は、これまでソニーで「VAIO」「プレイステーション」「PSP」「FeliCa」「Xperia」「新型aibo」などの開発を担当。モビリティについても、ソニー内で自らが起点となって取り組みを進めてきており、新たな領域であるEV開発にも絶対の自信を見せる。

 「時代が変わり、現在は新しい自動車の価値観が生まれようとしているタイミング。ソニーは今まで自動車を製造・販売したことはないが、自分たちが持っている技術や強みを生かせるシチュエーションになっている。その中でわれわれは、従来の自動車の延長ではなく、新しいモビリティの価値というものを見つけに行く」と、川西氏は語る。

 そもそもモビリティの開発自体は、これまで川西氏が取り組んできた数々の製品開発と本質的に変わらない――というのが同氏の考えだ。もちろん、車体系やADAS/ADに関する部分は現状ホンダの守備範囲であるが、インフォテイメント領域についてはソニーのモノづくり手法、さらには川西氏が実践してきたプロダクト開発の成功則を踏襲できると話す。

 「コンテンツ、ソフトウェアがあってこそのハードウェアという考えを自分の中ではずっと貫いてきており、ハードは必ずネットにつながっていることを前提としてプロダクトの開発をしてきた。クラウドサービス込みで商品を盛り上げていくという意味で、モビリティもその一つ」(川西氏)

 実際にAFEELAでは、車外に配置されているエクステリアのMedia Bar、室内のダッシュボード(パノラミックスクリーン)のテーマ変更、走行中のeモーターサウンドの音源や、ナビアプリの地図上に独自の付加情報を重畳する機能など、AFEELA上で動作するアプリケーションやサービスをデジタル上で開発できる。それによりAFEELAオーナーは、タイヤやホイール、社内のカーアクセサリーといった物理面と同様に、車内空間をデジタルベースで唯一無二の形にカスタマイズできるようになる。

Media Bar Media Bar
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インフォテイメントの開発環境を外部に公開

 さらにそれらの開発環境は、オープンに公開されるという。つまり、共創型の開発である。すでに、クリエイターやデベロッパーをはじめとするパートナーとの対話を開始しており、「当然レギュレーションは必要でこれから線引きを進めていくが、なるべく広く開放していきたい」と川西氏は話す。「モビリティもプレイステーションと一緒で、愛情をこめやすい対象。自分はこんなアイデアを持っているという人はたくさんいて、そういう人たちをクリエイターとして取り込んでいきたい。ただし、スマホのアプリのように、さまざまなものをさまざまな人が作るような世界にはしない」とする。

 その中での共創対象は、プロのクリエイターやデベロッパーのみならず、広義では一般ユーザーも含まれるという。感覚としては、動画SNSでの自己発信や、プレイステーションで遊んだユーザーが、自分はこんなゲームを作りたいと思い、ゲームクリエーターになるという形に近いという。実際にJAPAN MOBILITY SHOW 2023の直前にクリエイターやデベロッパーを招待して、AFEELAプロトタイプを披露したが、その時の周囲の反応について川西氏は、「ユーザーには新鮮に見えたと思う。車の形はしているけど、やりたいことは違うという事を伝えられたのでは」と手ごたえを語る。

 つまりSHMのモノづくり戦略は、EVや自動運転車という次世代モビリティに求められるベースの要素に、運転しない時の楽しみや喜びという価値を上乗せしていくというスタンスになる。

 「まだまだ全貌は示せていないが、やりたいこと・やれることのポテンシャルは、かなり大きくとっている。ハードウェアのスペックも高い。その上で、共創の枠組みを提供する中で、逆に周りからも気付かせて欲しいとも思っている」(川西氏)

川西泉:1986年にソニー入社。FeliCa事業部長、モバイル事業の取締役などを経て、2014年に同社の執行役員に就任。2021年、ソニーグループ常務、AIロボティクスビジネス担当となり、2022年にはソニー・ホンダモビリティの代表取締役社長兼COOを務める
川西泉:1986年にソニー入社。FeliCa事業部長、モバイル事業の取締役などを経て、2014年に同社の執行役員に就任。2021年、ソニーグループ常務、AIロボティクスビジネス担当となり、2022年にはソニー・ホンダモビリティの代表取締役社長兼COOを務める

インフォテイメント領域で日本発のSDV標準を作る

 自動車製造業は、昭和の時代から日本の重要な基幹産業としてこの国の経済を支えてきた。日本のクルマはハード面を中心に、たゆまぬ品質の追求や車体製造技術、独自の摺合せ開発で確かな地位を築いてきたが、徐々に自動車の制御はコンピューターで行われるようになっていった中で、インフォテイメント領域以外の機器を制御する車載ソフトウェア開発仕様は欧州発信の「AUTOSAR」がデファクトとなり、日本の自動車メーカーや周辺メーカーも海外で販売するために、強みを捨てて「合わせに行く」必要が生じている。

 さらに車載ソフトウェアは「ECU」(Electronic Control Unit)と呼ばれる電子制御装置に組み込まれるが、新興のテスラは従来1つの自動車に100個以上搭載する事も珍しくなかったECUを、わずか3つに統合することに成功した。このようにクルマづくりのありようがどんどん変わりゆく中で、SHMは「AFEELA共創プログラム」というオープンプラットフォームで、次世代モビリティのSDV像を示せるか。ここまでAFEELAは「スマホのようなクルマ」と評されることが多いが、UIや操作性における革新性よりもむしろプラットフォーム上でのエコシステム確立の部分に期待したいところである。

 川西氏は「自動車を構成する技術的な要素は、メカニカルなハードウェアの設計からだんだんソフトに寄っているのは間違いない。日本としてどういう形で技術を確立できるかは重要で、少なからず貢献したいと考えている。IT関係は米国発信だったり、中国の台頭があったりと危機感を感じるので、AFEELAというモビリティを通じて日本からの発信ができればいい」と意気込む。

キャプション
AFEELA Prototype

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