最近の「iPhone」が私たちを癒やそうとしていることはご存じだろうか。ポケットに収まるこの小さいガジェットは、スケジュールや連絡先、支払い、健康状態など、日常生活のさまざまな面を追跡している。デバイスを使ううえで最適な時間の使い方を提案したり、音楽の再生音が大きすぎると警告してくれたり、あるいは「TikTok」を漫然と見ていた時間を教えてくれたりもする。
そこに、Appleは大きなセールスポイントを加えてきた。iPhoneが、私たちをもっと良い自分にしてくれる機能。それが、日々の出来事について振り返り、感謝の気持ちを表せるように作られた、「ジャーナル」という新しいアプリだ。1カ月間使ってみて、筆者が予期していたのとは違う面も見えてきた。
ジャーナルは、去る6月にAppleが開催した年次開発者会議「Worldwide Developers Conference(WWDC)」で発表された。「iOS 17」の一部だが、他の機能とは違って実装に今しばらく時間がかかるとされ、9月のリリース時点ではまだ搭載されていなかった。
筆者はこれまで1カ月間、「iOS 17.2」のパブリックベータ版でこの機能を試用してきたが、ジャーナルはただ単に、思ったことを空白のページにさっと書きとめるだけのアプリではない。筆者は、何も書き込んでいない空白の日記帳をたくさん持っている(それでも、どうしてか買い続けてしまう)。言うまでもなく、長い1日が終わって疲れ切っているときに、ペイズリー柄で撥水加工が施されたMoleskineを開く気にはならない。
代わりに、筆者も普通の人がするようなことをしている。ベッドでiPhoneの画面をスクロールするのだ。すると突然、夜中にiPhoneで日記でもつけてみようかという気になる。ジャーナルアプリを開き、タップして新しい日記を作る。パーソナライズされた提案をしてくる「モーメント」という機能があり、書く内容を提案してくれる。パーソナライズと述べたが、iPhoneからの提案はかなりの詳細にまで及ぶ。
ジャーナルは、筆者の最近の行動から情報を引き出し、撮影した写真、メッセージを送った相手、足を運んだ場所のマップ、聴いた楽曲などを示すほか、「Apple Watch」でワークアウトを記録した場合には、それも提示してくれる。何年か前の思い出の写真も挟み込んでくる。「振り返り」という機能では、振り返るためのアイデア、質問を提示する記録プロンプトが表示される。プロンプトはありきたりなものではなく、興味深いと思った。もちろん、そう思わせることがこのアプリの狙いだ。いわば思考訓練として、物事を大局的に見る機会になる。
提案をスクロールしていくと、週末の夜に友だちと集まったある日のこと、息子がまだ小さかった3年前の写真、質問プロンプト、先週末に家族でクリスマスツリーを選んでいるときの写真などが表示された。2018年に父親がニューヨークを訪れたときの写真もあるし、先週、ファーストフードレストランの「ウェンディーズ」で食事をしたことも思い出させてくれる。モーメントに上がってくる内容は、すべてが記録に値するわけではないが、こうした提案によって少しずつ過去の出来事が呼び覚まされると、脳が刺激されて記憶が再生されるものだ。
中には少し不気味に感じられる提案もあった。ウェンディーズの特定の店舗に行ったことも知られていて、それについて日記を書いてはどうかと言ってきたりする。筆者の生活とハンバーガーを食べる習慣について、明らかにiPhoneの方が詳しいのだ。Appleによると、こうした機能はすべて、プライバシーを保護したうえで処理されているという。ユーザーの活動に基づいた提案はiPhoneの内部にとどまり、Appleに知られることはない。この制限は、Appleのジャーナルアプリの提案ツールAPIを利用するサードパーティー製のジャーナルアプリにも適用される。
Appleによると、ジャーナルにアクセスできるのはユーザー本人だけだという。iPhoneをロック解除して人に手渡したとしても、アプリは開けない。ジャーナル自体をロックできるからだ。筆者は、「Face ID」でロックが解除されるように設定している。「iCloud」と同期している場合、データはエンドツーエンドで暗号化される。
筆者のジャーナルは、いつも決まって、子どもたちの過去の写真を推してくる。懐かしさの気持ちに訴えてドーパミンを分泌させようとしているのか、「ねえ、かわいかったこの頃のこと、覚えてる?」と言わんばかりだ。過去の良かった出来事を思い出せば、今抱えている問題は大したことではないかもしれないと感じる。なんだか、ものの見方をリセットするようセラピストから指導を受けているような気分になる。
完璧ではない点もある。例えば、朝早くにネイルの手入れを済ませたら、隣のレストランで朝食をとっているところかとジャーナルアプリが推測したこともあった。だが完璧でなくても構わないと思う。ジャーナルはあくまでも、ちょっとした日記をつけるきっかけになるよう想定されているからだ。すべての提案に対して日記を書かなければいけないわけではない。
ジャーナルアプリでは、写真や音声、動画をエントリーに追加することもできるが、制限もある。一例として、動画ファイルは500MB未満でなければならない。筆者も、4Kで撮った2分間の動画は追加できなかった。ジャーナルのエントリーはiPhone本体に保存されるので、追加するメディアファイルのサイズを制限するのは、容量を節約するためだろう。
表面的には、すべて筋が通っているように思える。「すてきなデジタル日記ができたね」で終わる話だ。だから、これから筆者が言うことは、少し矛盾しているかもしれない。ジャーナルの日記は、共有する手段がないのだ。共有できないだけではない。検索方法もないので、「そういえば、確かハロウィンのときにいい日記を書いたから、あの写真を引っ張り出してきて、共有しよう」というわけにはいかない。全く何も共有できないのである。昔ながらの「Facebook」の投稿のつもりでいても、見るのは自分ひとりだけ。誰に知られることもない。
iPhoneを使いながらSNSを活用する生活が長く続き、今ではそれが当たり前になってしまったので、誰にも見られないコンテンツを作って自分だけで抱え込むことなど、想像できない。自分の思い出について書くということの価値について、改めて考えるべきなのかもしれない。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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