大人用おむつのフィッティング付き配送サービス「おむピタ」で排せつケア問題に挑む【前編】

 企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は、森ビルが東京・虎ノ門で展開する大企業向けインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる注目の方々を中心にご紹介しています。

 今回は、リブドゥコーポレーション(以下、リブドゥ) 新規事業本部 新規事業推進部 部長の中村剛さんにご登場いただきました。中村さんは現在、在宅で介護が必要な大人の排せつケア環境を改善するフィッティング付きおむつ配送サービス「おむピタ」の事業責任者として活躍されています。前編では、中村さんが新規事業に辿り着くまでの過程と、個々に最適な“大人用”のおむつを専門家が選んで届けるというサービスの意義についてお話いただきました。



リブドゥコーポレーション 新規事業本部 新規事業推進部部長の中村剛氏(右)、フィラメントCEOの角勝氏(左)

リブドゥコーポレーション 新規事業本部 新規事業推進部部長の中村剛氏(右)、フィラメントCEOの角勝氏(左)

  1. 2年間の自由な時間で新規事業のテーマを発掘
  2. データを分析し約60種類の中から最適なおむつを提案
  3. 身体情報より環境要因が大事と気付きサービスを確立
  4. おむつメーカーの正論は高齢者の在宅介護環境に則していない

2年間の自由な時間で新規事業のテーマを発掘

角氏:会社の事業内容と中村さんの経歴について伺えますか。

中村氏:リブドゥは介護と医療関連の製品を開発するメーカーで、病院施設用大人用おむつではトップクラスのシェアを持っています。私は30歳の時に入社し、九州のドラッグストアやホームセンター向けの大人用紙おむつの営業からスタートして、介護施設や病院向けのメディカル事業部門のプレイングマネージャー兼務した後に、本社でマーケティングを3年間経験しました。

角氏:以前も介護、医療系だったのですか?

中村氏:いいえ、百貨店業界、建設業界の会社を経て、直前は釣り具メーカーで働いていました。ところがそこが突然倒産してしまい、生まれたばかりの子どもを連れて九州の妻の実家に身を寄せることになったのです。その時、日中お義母さんはパートで働いていて、妻は息子を連れて公園や図書館に行くので、家では僕と定年退職したばかりのお義父さん2人きり。それでパソコンを借りて、就職サイトに片っ端から登録して仕事を探していたのですが、15分おきにお義父さんが覗きに来て、「どう?みつかった?」と。

角氏:それはなかなかのシチュエーションですね(笑)

中村氏:おかげで必死に仕事を探して、この会社に出会えました(笑)。

角氏:新規事業に挑まれたきっかけは?

中村氏:これからは在宅介護、医療がキーになるという思いがありまして、異動の話が出た時に、「好きなことをやらせて欲しい」と会社に訴えたんです。在宅で排せつケア以外にも提供できるものがあるはずだと。それが認められて、2年間自由な身で有名な先生や行政担当者にアポを取って会いに行き、経費を使ってうろうろしていました(笑)。最終的には徳島大学大学院との地域包括ケアの共同研究に漕ぎつけたのですが、今新規事業でその2年の経験が役に立っています。

角氏:行動力がすごいです。相手に連絡してすぐに会ってもらえましたか?

中村氏:しつこく電話するか、引いて別の手を考えるかで6~7割は会ってもらえました。徳島大学大学院は、研究室に直電して「おむつの会社なんですけど、共同研究しませんか?」「まずお前は誰だ、とりあえず明日来い」というやり取りをして、大阪から車に乗って会いに行きました。

角氏:会社の反応は?

中村氏:結構後押ししてもらいました。執行役員会をうまく利用させてもらったんです。何かを始めるとき、事前に社長や役員と会って「これをやるとこんな未来があるんです!」と根回しし、お墨付きをもらってから会議に臨むと。

角氏:なるほど、中村さんは合意形成のプロだ(笑)

中村氏:それで新規事業のアイデアが見つかり、動き始めたところで営業の立て直しの命を受け、実証実験直前で手放すことになってしまったのです。ところが今度は実証実験がうまく回らなくなり、1年で戻されまして。新規事業の最初のフェーズは俗人的で、突っ込んでいく人が必要ですからね。そこから今に至っています。

データを分析し約60種類の中から最適なおむつを提案

角氏:改めて、今取り組んでいる新規事業について教えていただけますか?

中村氏:大手商社、日本ケアサプライと協業して、大人用おむつのフィッティング付き宅配サービスの「おむピタ」を提供しています。利用者さんの状態を踏まえ、当社の約60種類のラインアップの中から最適なおむつの組み合わせを選んで提案し、ご自宅にお届けします。約1週間分のお試し品を送り、良かったらご購入いただく形で、価格には送料も含まれ再フィッティングも無料です。利用者には最適なおむつが常に手元に届き、介護事業者側にはヘルパーさんの働き方改善と収益性の向上が見込めるというメリットがあります。

角氏:何故おむピタの仕組みが必要なのでしょうか。

中村氏:ベビー用のおむつであれば、情報が多くあり、体重何キロくらいならこのタイプ、新生児なら前開き型、歩き始めたら紙パンツといった具合で、選びやすいんですよね。でも大人用のおむつは、実は使い方がわかっている人は多くないんですよ。

角氏:ああ、確かにそうかもしれない。

中村氏:ベビー用は発育度合いに併せるだけですが、大人用のおむつは、さまざまな要因を考慮して選ぶ必要があります。トイレに行ける状態であれば紙パンツ型、寝たきりの状態であれば前開き型になります。またお身体のサイズもそれぞれで、尿量や失禁頻度、薬や食べ物によっても異なります。その中で、現状では多くのご家族がドラッグストアで商品を購入しているのですが、店員さんもおむつに関しての知識があまりないんですよね。そのため価格の安さやコマーシャルで見たもの、サイズが分からないので「大は小を兼ねる」という考えで購入されるですが、店の棚には多種多様のおむつがあります。私でもどれを選んでいいかわからないレベルで、ご家族ではなおさら難しいと思います。ケアマネージャー(ケアマネ)さんやヘルパーさんも、おむつは「漏れるもの」と諦めてしまっているのが実情です。

角氏:なるほど。

中村氏:一方、市場を見ると大人用のおむつの売上はずっと伸びていて、各メーカーも注力しています。そこでふと思ったのが、「排せつやおむつのことで困っている人は、まだまだたくさんいるのではないか」ということです。我々はたくさんの商品を開発しているのに、利用者さんはサイズや吸収量が合っていないおむつを使っているため、漏れてしまっている。それはメーカーとしてどうなんだと。モノを売って利益を得ているのに、正しい選び方や使い方を啓蒙できていない。それは責任を果たせていないことではないのかと。そこにこの業界の不があることに気付き、私たちが最適なおむつを選ぶしかないと思い至ったのです。

身体情報よりと環境要因が大事だと気付きサービスを確立

角氏:そこからどうサービスを育てていったのでしょうか。

中村氏:まず、個人のセンシティブな情報を入手するにあたっては、ビジネスパートナーの大手商社が訪問介護記録アプリを作っていたので、そこに排せつケアのデータを情報連携してもらえれば個々に合ったおむつがフィッティングできると思い、協業を申し込んで実証実験に入りました。ところが、当初は身長、体重、性別、要介護度で、だいたい合うサイズがすぐに選べるかと考えたのですが、全く駄目でしたね。身体の定量的な情報だけではなく、環境要因も大事ということに気付いたんです。

角氏:環境要因とはどのようなものですか?

中村氏:利用者さんは独居、同居のケースがあり、ご家族が近くに住んでいる場合もあります。いずれの場合もご家族が排せつケアに関わっているのか、ヘルパーさんは週何回、1日何回、何時に来るか、それ以外の介護サービスをどの程度使っているのか、それらがおむつ交換のタイミングにあたると思い、こういった環境に関する情報もないと、正しい選び方ができないということに気付いたんです。

角氏:どれくらい排せつの回数に耐えられるかも含めてということですね。

中村氏:はい。例えばご家族が排せつケアに関わらない場合、ヘルパーさんが朝に1度来て、おむつ交換をし、夕方にもう一度訪問して交換となると10時間以上おむつの交換がない状況で過ごされることになります。個人に合うものを提供するためには、その人がどんな生活を普段しているかという情報が極めて重要になります。そのため情報が足りず、最初の実証実験は失敗に終わりました。そこでフェーズ2では、最初にさまざまな項目を精緻に聞き取ってその人に合ったおむつ選びをするという形に修正し、成果を得ることができました。

角氏:今の失敗の話はとてもいいですね。情報が足りなくてわからなかった部分が、情報を集める幅を広げたら、要因は環境や頻度だと気付いたと。

中村氏:それで実証実験を開始してから2年経ちましたが、サービスを終了される方は少ないんですよね。お試しから6割から7割が本契約につながり、継続購入率も非常に高い。ECやリテールだと安いところに流れていきますが、おむピタの利用者からは、メーカーがおむつを選んでくれる安心感と、自宅に届くということ、それとお身体の状態が変化する中で常に最適なおむつが使えるところが評価されて、継続利用していただけています。

角氏:データをもとにぴったりな商品が届いている証ですね。

おむつメーカーの正論は高齢者の在宅介護環境に則していない

中村氏:ほかにもこのサービスには、もう1点意識しているポイントがあります。メーカーは、適切な時間に適切な尿量を吸収するおむつを着用することが効率的でコストも下がると言いますが、在宅介護の現場ではそれが難しいんです。そこでおむピタではベストを提案するのではなく、その人たちに合ったベターを提案しています。頑張りすぎなくても介護する方も介護を受ける方も生活が継続できるサービスにしないといけないんです。そこも大きな気付きでした。

角氏:ケアする人の面倒さを省いてあげることで、ケアする側のコストが下がるということですね。

中村氏:あとは感情の部分もあります。全員が全員排せつケアを嫌がっているかというと、そうではないんです。実際にあった事例ですが、老老介護をしているご家庭から依頼をいただきました。大柄なおじいさんを、小柄なおばあさんが介護していたのですが、我々はおばあさんの負担を考えて、おむつ交換の回数が少なくなるように、吸収量が多い大きな製品を使う提案をしました。ですが、おばあさんとしては「自分もおむつ交換をしてあげたい」という気持ちがあることが分かり、大きな製品では1人でおむつ交換をするのが大変で、実際は小さい製品を使ってのおむつ交換がおばあさんのできることでした。こういった介護者の思いにも寄り添わないといけないですし、体力のない高齢者に完璧なやり方を求めるのは、メーカーのエゴです。ただしそれはオフィシャルには言えない話なので、おむピタはその辺りの解釈もかみ砕いて伝えられるサービスにしたいと思っています。

後編では、おむピタ事業を進めるにあたっての壁と、今後の展開について伺います。

リブドゥコーポレーション
おむピタ

【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】






角 勝


株式会社フィラメント代表取締役CEO。


関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。



CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画特集

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]