夏休みの宿題といえば自由研究ですが、テーマ決めから材料集めまで、頭を悩ませた人も多いのではないでしょうか。最近では、私が子どもの頃とは違い、自作のコンピューターゲームなどの提出が認められる学校もあるそうで、羨ましいと思う反面、読書感想文などがAIによって書かれる可能性があるなど、近年のデジタル技術が教育に及ぼす影響は、ポジティブなものからネガティブなものまで、さまざまなものがあるのではないかと思います。
今回は変わりゆくデジタル技術の中でも、新しいWeb3をテーマとして夏休みの特別イベントを行った様子や、立体造形技術の未来について書いてみたいと思います。
8月の終わりに、愛媛県のデジタル施策の一つとして、愛媛県総合科学博物館で3Dプリンターを用いた親子体験イベントを開催しました。Web3人材育成という仕組みの中で、デジタルとフィジカルの相互運用を体験してみようというコンセプトによって実施しました。
分散型技術によって、希少性、いわゆる一点ものがデジタルで表現できるようになるなど、デジタルはフィジカル(リアル)の要素を持つことができるようになりました。デジタルとフィジカルが連動する製品を「フィジタル」と表現することもありますが、このような性質に目を向けているWeb3企業も少なくなく、最近ではRWA(リアルワールドアセット)と呼ばれる現実世界のさまざまなものをトークン化する話題もあり注目されているテーマでもあります。
こうした事例については、以前掲載しました「リアルとデジタル、さまざまな世界を繋ぐメタバース--そこでのブロックチェーン技術の役割」にも書いておりますので、ぜひご覧ください。
さて、このイベントは愛媛のマスコットであるみきゃん(博士)が「みかん」を材料に、さまざまな生物を生み出す様子をイメージして「みきゃん博士のクリチャーズファイル」と名付けました。子どもたちが3Dソフトを使って、粘土をこねるようにしてさまざまな生物を生み出していく様子は、博士の助手としてクリーチャーを生み出しているイメージそのものです。
完成した生物(作品)は3Dプリンターを使って出力を行い、ガチャガチャのカプセルに入れてお持ち帰りいただきました。自分の作品がカプセルトイになった時の喜びは、想像に難しくなく、嬉しいほどの反応で、子どもたちにとっては一夏の思い出になったと思います。
今回の目玉となったのは3Dプリンターです。「Creality K1」という発売されたばかりの機種で、造形速度最大600mm/sという高速な印刷が特徴となっています。多くの参加者は初めて見る3Dプリンターの制作工程に興味津々の様子で、「ずっとみていられる!」とプリンターの前に陣取って、長時間眺めているお子さんもいらっしゃいました。YouTubeなどで「3d print timelapse」と検索すると製造過程の早回しの動画がでてきますが、大人でも延々と眺めることができるような気がします。ゲームや映画など、日頃から3Dのクリエイティブ自体は珍しくないと思いますが、自分の手で3Dのキャラクターを作り、手に取れるという体験はとても新鮮だったのではないかと思います。
企画段階で、愛媛県のデジタルシフト推進課の泉さんから、県内の継続的な学習に繋がるようにしたいという要望があったため、いろいろな工夫をしました。例えば、子どもたちが3Dコンテンツを生み出すソフトは、ブラウザで使えるソフトを採用したり、YouTubeを通じて自宅学習ができる教材も作りました。
また、イベントで作った作品を自宅に帰ってからも再び触れるように、データと紐づけたIDを書き込んだNFC(Near Field Communication:非接触ICチップを使って通信できる通信規格のこと)カードも一緒にお渡ししました。例えば、ダニエル・アーシャム × ポケモンでは作品の内側にチップが埋め込まれていて、モバイルアプリを使用することでアート作品所有者の資産を保護する仕組みが入れられているそうですが、こうした真贋認証の仕組みにも活用されます。
以前から、こうしたNFCとブロックチェーンを活用したトレーサビリティの仕組みは検討していましたが、製造ラインに仕組みを入れるハードルの高さ、譲渡や売買された時点でオーナー情報を書き換える必要があること、万が一偽造された場合の補償リスクなど、難しさがありました。そのため、こうしたイベントなどで個人情報を受け取ることなく、データを渡し持続的な家庭学習に繋げるような活用方法はメリットがあるのではないかと考えており、今後もこのようなテクノロジーを使いながら、持続的な学習につながる仕組みを作っていきたいと考えています。
GIGAスクール構想によって子どもたちは今、一人に一台PCを手にしているなかで、教育の現場では試行錯誤が行われています。DeNA会長の南場が以前、プログラミング教育についての解釈として「全員をエンジニアにしたいわけではなく、大人が当たり前にハサミやノリを使えるように、全員がプログラミングを知っていて、それぞれの進む道で何ができるのかを考えられることが大事」(※「DeNA ENGINEERRING」内ブログ「げんなま『小学1年生へのプログラミング教育』版開催レポート」より)と話していましたが、こうした3Dソフトによる創作活動もまた特別なものではなく、一つの表現の形として子どもたちに知ってもらえることが重要なことだと思います。
今回のイベントでは、愛媛県デジタルシフト推進課の皆さんには、みきゃんはっぴを着て総出で運営いただきましたが、会場は夏祭りの雰囲気が漂っていました。こうしたデジタルエンタメが、特別なものではなく、未来の縁日のスーパーボールや金魚すくいのようなものとして、子どもたちにとって身近なものになるといいなと思います。
Web3と3Dプリンターにおける作品は、ダニット・ペレグ氏のNFTコレクション などがあり、TEDトークでの「ショッピングなんて忘れましょう ― 新しい服をダウンロードする時代がすぐにやってきます」では3Dプリンターによるファッション活用の可能性について触れられてます。
アバターなどと連動したメタバースとの相性の良さから、ファッション分野ではこれまでも多くのWeb3事例が作られてきており、最近でもRFIDによる証明書が付けられたDIORによるB33スニーカーや、3Dプリンターで作られたスニーカーMLLNなどが報じられています。1点ものをつくるオーダーメイドと3Dプリンターとの相性は良く、これまでもジュエリー、アクセサリーなどの分野での活用事例がありましたが、Animoca BrandsとArevoの事例では、カーボンファイバーの自転車にも3Dプリント技術が使われているそうで、今後はもっといろいろなものに活用されるのではないかと思います。
仮想現実に世界を作り出すメタバースに対して、VRゴーグルを使わず、XRなどを活用しながら、現実をベース構築されたメタバースのことを「リアルメタバース」と表現するそうですが、ARフィルタを活用した試着や試乗、NFTでデジタルデータを取得、その後、実物をプリントするなどの一連の流れによって、得られる体験は今後も増えていくことでしょう。日本でも「Non-Fungible HAKUBA」と呼ばれる、地形データから3Dオブジェを制作するWeb3やNFTの取り組みが報じられていますが、実データをミニチュア化するような試みも、メタバース的な発想が絡み合っていて、面白いと思います。
さて、Web3は自律分散的にプロダクトが生まれていく世界観ですが、3Dプリンターにおける造形技術も、さまざまな関わりのなかで生まれてきた歴史があります。今回、愛媛で利用したのは、フィラメントと呼ばれる材料を溶かして積み重ねることによって立体的な構造を作成する熱溶解積層法とよばれる仕組みですが、これらは、ストランタシス社が保有していた技術特許が失効するのを見越して、2005年に英国パース大学のエイドリアンボイヤー氏によって、デスクトップサイズの3Dプリンターをオープンソースで開発する「RepRap」に由来します。このプロジェクトは、制作方法を含めて全てが公開されており、さらに3Dプリンター自体が必要な部品の多くを「自己増殖性」という形で出力できるとされています。つまり、一つのプリンターがあれば、子供のプリンターを増やしていくことができるわけです。
最初のプリンターは進化論を提唱した生物学者のダーウィン、2台目は遺伝法則で有名なメンデルと名付けられているそうですが、長い歴史の中で、生物が新しい環境に適応し続け、遺伝子を少しずつ変化させて進化してきたように、オープンソースのプリンターもまた、さまざまな関わり合いによって、増殖、進化してきた点はとても面白く、Web3の自律分散的な世界観とマッチするような気がします。
今回、科学博物館で使用したのは、PLAと呼ばれる材料でしたが、金属や木材、陶器、食品などの材料を活用することで、さまざまな用途が期待されています。宇宙開発や軍などにおいても3Dプリンターを活用して建物や橋を構築しているとの報道もあり、こうした技術は徐々に、家庭用の住宅などにも使われ始めています。材料から大きなパーツを作ることができるため、輸送コストなどを減らすことができることがメリットであると言われていますが、防災にも利用可能で、例えばダンボールのベッドのように、材料をコンパクトに保管し、必要な時に組み立てることができるようなユースケースが考えられます。
実際に、新型コロナウイルスの流行時には、Cultsという3Dデータ販売サイトで、フェイスシールドのパーツ、聴診器、手のひらを使わずに扉を開け閉めするパーツ、ハンドジェルディスペンサーなどが公開されていました。ウクライナでも医療機器や学校再建のために3Dプリンターが活用されているそうで、材料を保管しておけば、支援したい内容に応じて柔軟に製品を出力できるため、強力な支援ツールとなる可能性があります。
今年の夏、広島でも、子どもたちにWeb3や新しいデジタル技術を体験してもらえる試みを行いました。夏休みのイベントとして、平本商店の協力のもと、ワタナベミュージックラボが運営する放課後児童クラブ「I Love Kids」にて3Dソフトを用いたデジタル制作体験と、3Dプリンターを活用したデジタルをリアルに取り出すイベントを行いました。
3Dプリンターを用いた体験会は子どもたちにとても好評で、iPadに電源を入れる準備段階から子どもたちがかけ寄ってきて、イベントをスタートする頃には、すでに多くの作品が出来上がっていたことには驚かされました。
今回のイベントはGIGAスクール端末の有効活用なども視野に入れ、学校の現場で使えるように、ブラウザで動作するツールとYouTube教材を用意していました。 残念ながら、愛媛と広島の両イベントでは、夏休みで端末を学校に保管していたり、学校以外の利用にはあらかじめ学校の許可を得る必要があるなど、 さまざまな事情によって活用できませんでしたが、Wi-Fiの整備をはじめ、GIGAスクール端末の有効活用については少しずつ見直しがされているそうです。 YouTubeなどの利用についても自治体によっては制限があると聞きますが、今後は、こうしたレギュレーションを整理しながら端末の活用を考えたいと思っています。
3Dプリンターは、デジタルの世界をフィジカルに具現化する仕組みですが、フィジカルからデジタルにコンテンツを取り込む手法も実験的に行いました。技術的な詳細は、別の機会にお話ししたいと思いますが、例えば、「ガンダムメタバース」の中では、「ガンプラスキャン」と呼ばれる、作ったガンプラを立体造形としてメタバース空間で楽しめるようなコンテンツが研究されていると報道されており、こうした手法は将来的にはさまざまな分野で活用される可能性があります。
このイベントで利用したのは、3Dプリンターで使用する「フィラメント」と同じ素材を用いた3Dペンと、LiDARというセンサーです。VRChatなどメタバース空間では立体的にお絵描きができる機能がありますが、現実の空間で立体的な造形物を描くための仕組みとして、3Dペンを使って立体的な作品を作ってもらい、デジタル空間に取り込むことを体験しました。デジタルツインやミラーワールドなどの表現は少し難解かもしれませんが、このような遊びを通じることで、楽しみながら理解することができるかもしれません。
最近、息子のために、CMなどでも放映している「とびだせ!きゅーびっつ」というおもちゃを購入しました。デジタルペットが空間に飛び出す様子は、スターウォーズの映画さながらの未来感があります。さらに投影されたキャラクターを指でなでることでキャラクターがリアクションする様子は、本文でお話をしたデジタルとフィジカルの関わりあう体験そのものです。このようにデジタルとフィジカル双方向のミックスした体験は、これからも何か新しいワクワクするような世界観を作り出す要素になり得るのではないかと思います。
今回紹介したイベントでは、デジタルをフィジカルに取り出すためのツールとして3Dプリンターを活用しました。ハードルが高そうと思われるかもしれませんが、入門機などは1万円台から購入することができます。私自身はラジコンの修理のため、数年前から利用していますが、壊れた部品をスキャンして取り込み、修理する使い方はとても実用的です。創作活動にも活用しますが、フィラメントと呼ばれる材料も、さまざまな色や材料、夜光や温度で変わるような素材などが登場していて、飽きることがありません。
クリエイティブを作るのは苦手という人は、さまざまなデザイナーが制作したクオリティの高い3Dデータが無料配布、販売されていますので、気に入ったデータをダウンロードして印刷をするだけでも楽しむことができると思います。可動域のある「print-in-place」というシリーズがあり、印刷するだけで、可動域のあるフィギュアを作ることができますが、組み立ての必要がなくアクションフィギュアを手軽に作れるのは不思議で面白い体験です。一般的なアクションフィギュアの市場規模は今、大きく成長しているそうで、こうしたプリントデータとNFTとの連動などの話題も含めて、デジタルとも紐づけることで、真贋証明をはじめ、ARや既存のアプリケーションとの連動など、いろいろな可能性があるのではないかと思います。
自宅の棚いっぱいにあふれたガンプラを見ていると、必要な時にデジタルからフィジカルに取り出せ、飽きたらデジタルに収納できるような未来のストレージの仕組みは、私にとっては、今すぐにでも欲しい機能であるような気がします。
緒方文俊
株式会社ディー・エヌ・エー 技術統括部技術開発室
2012年から株式会社ディー・エヌ・エーでMobageのシステム開発、リアルタイムHTML5ゲームタイトル開発、Cocos2d-xやUnityによる新規ゲームタイトル開発、ゲーム実況動画配信アプリの開発などサーバーサイドからクライアントまで幅広くエンジニアとして経験。2017年、フィンテック関連の事業開発をきっかけにブロックチェーンによるシステム開発をスタート。現在は、同社の技術開発室で、ブロックチェーン技術に関する研究開発、個人として外部顧問などの活動を行いながら、エンジニア目線での、日本におけるWeb3やブロックチェーン技術の普及・促進活動を行っている。「エンジニアがみるブロックチェーンの分散化と自動化の未来」を定期的に執筆中。
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