Twitter改め「X」(※本稿では便宜上、Twitterの名称でお話を進めていきます)の混乱によって、代替サービスを模索する動きが広がっていますが、そのような中で、「Bluesky」や「Damus」などをはじめとする分散型SNSが注目を集めています。最近、Metaがリリースした「Threads」というSNSも将来的に、「ActivityPub」という分散型のプロトコルを導入する計画があることなども分散型SNSの話題の一つです。
SNSが分散化されることでコンテンツやフォロワーなどをアプリケーション間で相互運用できるといった期待があり、アプリケーションが破壊的な変更を行った場合でも、ユーザーはデータを失うことなく乗り換えることができる可能性があります。これまで、分散型インターネットやWeb3の話題では、NFTやDeFiなどが主流であり、あまり身近に感じられない存在であったかもしれませんが、SNSの話題は誰にとってもとても身近なテーマです。今回は、分散型SNSと記事コンテンツの未来について書いてみたいと思います。
最近、話題のSNSであるBlueskyを使い始めました。このSNSは、Twitter創業者であるジャック・ドーシー氏が深く関与していることで注目されている分散型SNSです。
Blueskyは2019年にTwitter社内のインキュベーションプロジェクトとしてスタートしたそうで、見た目や使い勝手はほとんどTwitterと同じですが、大きな違いは、フィードのアルゴリズムや裏側の仕組みにあります。CEOのジェイ・グラーバー氏はブログの中で、競合サービスで主流の「マスターアルゴリズム」を「オープンで多様なアルゴリズムのマーケットプレイス」に置き換えると発表しましたが、アルゴリズムに介入できる仕組みは従来のSNSにはなかった点です。また、基盤となっている「AT Protocol」という仕組みは、このプロトコルを使う他のSNSのユーザーとも、自由に投稿データやフォロワーなどのデータを相互運用できる可能性があります。
現状ではクローズドな仕組みであるSNSに対してユーザーが不満に思ったとしても、投稿したコンテンツや友達のネットワークを他のアプリケーションに引き継ぐことは難しく、別のサービスに移行する場合には、全てをやり直す必要があります。それに対して、Blueskyは、将来的には同じプロトコルを利用するアプリケーション同士で、データを引き継ぐことで乗り換えを容易にできるかもしれません。こうした動きは、様々な開発者や企業を巻き込み、多くの関わりのなかから、新しいものづくりを行うという意思が感じられます。
初期のTwitterには同様のコンセプトが存在していたことはよく知られています。例えば、日本ではガラケーユーザーが多かったため、モバツイというサードパーティーのサービスが登場し、Twitterの普及に大きく貢献していました。しかしながら、こうした自由な関わり方は、同時に、中核的エクスペリエンスと呼ばれる中心的なサービスへの影響を及ぼすことや、bot(ボット)をはじめとするスパムなどの制御が課題となり、徐々に狭まっていきました。例えば、「Bitcoin」や「Ethereum」などのブロックチェーンネットワークの仕組みは、多くのノードによって運用されていますが、ガバナンスを担保する仕組みが導入されていることで、多くの人の関わりの中でも、不正や攻撃などを防ぎながら、協調的にネットワークを成長させています。分散型SNSといっても、ブロックチェーンの仕組みを用いたものばかりではありませんが、このようなメカニズムを活用することによって急速な成長を支えるために、サードパーティが関与しながら、強力にプラットフォームをサポートする原動力になり得る可能性もあります。
さて、分散型SNS自体の歴史は、Blueskyが初めてではなく、2017年ごろに登場した「Mastodon」があります。MastodonはGNUオープンソースのプラットフォームで、誰でも自由にサーバーを立ち上げることが可能となっており、日本では、一人の大学院生が自宅サーバーで「mstdn.jp」を立ち上げたところ、2日足らずで世界最大のインスタンスになってしまったことなどが注目を集めました。Mastodonでは異なるサーバー毎にデータが存在しているため、W3Cで策定されているActivityPubというプロトコルを採用することで、双方向に投稿を読むことが可能となっています。こうしたコンソーシアムは、「Fediverse」とも呼ばれています。
ActivityPubの仕組みは、MetaのThreadsでも将来的に導入される可能性があると発表されており、こうした世界観が広がっていく可能性が期待されます。多くのプラットフォームは、エコシステム内に留めることばかりが重要視されてきましたが、ThreadsはInstagramとのアカウントの統合によってゼロスタートではなく、既存のエコシステムからの流入を得ながら迅速に広がる可能性があります。
BlueskyのAT Protocolや、MastodonのActivityPubなどでは、バックエンドの仕組みとして、ブロックチェーンが用いられているわけではありませんが、ブロックチェーン技術やスマートコントラクトを活用したSNSも登場しています。SNSにおけるブロックチェーンの役割の一つは、行動に対するインセンティブの創出だと考えられます。これまで、素晴らしい投稿をしても、「いいね」を集めるだけで、投稿者は金銭的な報酬を得ることはありませんでした。もちろん、楽しみとしての側面もありますが、収益化の可能性があれば、持続的な創作活動や投稿に繋がる可能性があります。このような観点から、SNSには少額の寄付機能を持つものも登場しています。
先日、Damusというアプリケーションはビットコインによる小額寄付機能がガイドラインに抵触するとして、App Storeから警告を受けたことが報じられました。Damusはビットコインのライトニングネットワークの開発者が関わっていることから、少額の寄付にビットコインが利用されている点はとてもユニークなアプリケーションであるといえます。基盤にはNostrという仕組みが使われており、複数のアプリケーションからデータを読み書きすることを目的としている点で、BlueskyのAT ProtoclやMastodonのActivityPubと同じようなコンセプトを持っています。
「Phaver」というSNSのバックエンドの仕組みはスマートコントラクトで作られており、記事などのコンテンツなども分散型ファイルサーバーを活用したり、IDなどの管理にNFTが利用されていたりと、ブロックチェーンの仕組みを多く活用している分散型SNSです。このアプリケーションの大きな特徴は、ステーキングという手法を用いて人気記事のキュレーションを行い、キュレーターに報酬を返すというコンセプトです。キュレーションされた有益な記事には、元のコンテンツ作成者とキュレーターの両方に報酬が支払われる仕組みであると説明されています。
コンテンツの創造と拡散にインセンティブを与える仕組みは、最近のYouTubeなどの切り抜き動画における収益分配の仕組みとも共通点があります。まだポイントとトークンとの交換は始まっておらず、これらの仕組みがうまく機能するかはまだ分かりませんが、暗号通貨におけるステーキングはよく知られた手法であり、こうした仕組みがあらゆる分野で活用されることは興味深いものです。Phaserにも複数のアプリケーションが相互運用するための仕組みとして、LensProtocolが用意されています。私個人の感想ですが、Phaserではステーキングという行為自体がコミュニケーションを取るためのきっかけにもなっているように感じられ、全く知らない人同士が積極的な交流が生まれるなどのメリットがありそうに思います。
ユーザーの観点では、携帯電話のナンバーポータビリティ制度のように、データを自由に持ち出し、好きなプラットフォームに移行できることは非常に重要であり、ヨーロッパをはじめとしてGDPRなどで議論されています。しかしながら企業にとっては現状で、特定のアプリケーションにロックインしておくことが難しくなるため、敬遠される部分もあります。実際に、NFTマーケットでは、「バンパイアアタック」と呼ばれるマーケティング手法が確立されており、ユーザーやコンテンツが新興マーケットに引き抜かれることがあります。
これまでの企業戦略では、保有しているユーザーやコンテンツ自体が価値のある資産でした。既存のプラットフォームをウォールドガーデン(囲われた庭)と呼ぶことがありますが、LTV(Life Time Value、顧客生涯価値)を増加させるために、顧客との関係を長く維持することを目的として、データが囲い込まれることは、やむを得ないことだと考えられてきたかもしれません。
私自身も社内で分散型技術に取り組む際に苦労しますが、囲い込みよりも相互運用におけるメリットを見出すことが、分散型技術を促進することに繋がると思います。このような事例は多くないなか、ゲームにおけるクロスプラットフォームの話題はこうした相互運用におけるプロダクト開発の希望の光にみえるかもしれません。「クロスプラットフォーム」とは、様々なゲーム機を超えてゲームを遊べる仕組みのことで、PC、iPhone、Android、家庭用ゲーム機など、どのプラットフォームで遊んでいる友達でも一緒に遊ぶことができる世界観のことです。
現在、Epic Gamesの「Fortnite」というゲームでは、様々なプラットフォームで遊ぶことが可能となっていますが、発売当初からこうした世界観が実現されていたわけではありません。Sonyのプレイステーションでは、一時期クロスプラットフォームを拒んでいたと報じられており、プレイステーションのユーザーは他のプラットフォームのユーザーと一緒に遊ぶことができませんでした。しかし、多くのゲーマーの期待やマネタイズへの可能性などから、現在ではクロスプレイが解禁されており、こうした動きは企業にとっても様々なプラットフォームの垣根を超えることによって得られるメリットの大きさを示唆しているのではないかと考えられます。
従来のプラットフォーム戦略では、こうした動きは理解しにくい部分も多いのは事実です。最初から全ての出口戦略を想定することはできず、状況に応じて変化させながら進める柔軟さが求められますが、複数の仕組みが組み合わさることで、顧客にとって魅力的なサービスや体験を提供できるとしたら素晴らしいことです。第1回の記事のなかでも紹介したTimBernersLee氏のTEDでの登壇で、会場に「Raw Data Now!」と復唱させるシーンがあります。彼は問題点として挙げているのは、皆がデータを抱え込み、そのデータをウェブサイトが完成するまで抱え込んでいることが問題で、いますぐに、RawData(生のデータ)を提供して活用すべきだと主張していますが、このことは現状の相互運用のためにデータを自社だけに留めおく企業やサービスにも当てはまることがあるように思います。
データが複数のアプリケーションで相互運用する際に重要になってくるのは、そのコンテンツのオリジナルがどこにあるのかという観点です。例えば、我々が普段、友人と一緒に撮影した写真をアプリケーションを通じて送る場合、データは自身の端末と、アプリケーションサーバーにコピーされることになります。普通は、写真のオリジナルはどこにあるのか気にすることはあまりないかもしれません。しかし、相互運用が当たり前の世界観では、自身のコンテンツが様々なアプリケーションで活用されることが想定されるため、どこで誰が投稿したデータなのかを明確に追跡できるトレーサビリティの観点が必要となります。暗号通貨を利用するケースで、様々なウォレットを通した時、残高と所有者が一致していることで、我々は安心して横断的にアプリケーションを利用できるように、複数のアプリケーションからみたときにコンテンツが一貫性をもつことは重要です。
2016年の後半、私は「Find Travel」という旅行関連のキュレーションのシステム開発を担当するなかで、データの改ざんや追跡に関する研究を行っていました。例えば、二つ全く同じ記事があった時に、どちらが先に書かれたかを示すためには、その記事を示すハッシュと呼ばれる文字列と、時刻を示すタイムスタンプをペアにしておくことで、証明を行うこと自体は可能です。実際にこうした仕組みは古く、1990年にスチュアート・ヘイバー氏とスコット・ストルネッタ氏によって発表された”How to Time Stamp a Digital Document”の中で既に書かれており、デジタル文書にタイムスタンプを押して、過去にさかのぼったり改ざんされたりしないように検証できるプロトコルが提案されています。
しかしながら、データが複数のシステムやネットワークにまたがっている場合、既存の仕組みでは整合性を担保することは難しく、当時は、誰が記事のオリジナルかを証明する上で、エンジニアが主体的にできることは限られているように感じられました。そのような中、ブロックチェーンを活用して、コンテンツの管理やマネタイズを行うメディアがあることを知り、こうした問題を解決できる可能性があると興味を持ったことが、今、私がWeb3やブロックチェーン技術に取り組むきっかけともなっています。
サトシ・ナカモトが書いたとされるビットコインが書かれた有名なホワイトペーパーのイントロダクションには、ビットコインについて説明する仕組みとして「A solution to the double-spending problem using a peer-to-peer distributed timestamp server.」(P2P分散タイムスタンプサーバーを用いた二重支払い問題の解決方法)と書かれており、タイムスタンプがいかに重要な役割を果たすのかが理解できます。ホワイトペーパーの中で参考にされた文献も、スチュアート・ヘイバー氏とスコット・ストルネッタ氏によって書かれたものが引用されていますが、こうした技術は、暗号通貨のために作られたものではなく、文書や音楽、写真、動画などのデジタル化を見越した仕組みでもある点で、1990年代から現在のWeb3のような相互運用が可能なデジタル技術の登場を予想していたとも考えられ、非常に興味深いと思います。
先日、友人と映画「Winny」を鑑賞してきました。暗号資産(仮想通貨)の基幹技術であるブロックチェーンの先駆けとなった「P2P(Peer to Peer)技術」を取り入れた「Winny(ウィニー)」は、ビットコインが生み出される6年も前に開発されているソフトです。天才開発者と言われた金子勇氏は、未だにビットコインの生みの親であるサトシ・ナカモトではないかという憶測もあります。物語のなかで、分散型技術のメリットについては、不正の暴露を例にして、データ提供者の匿名性が守られるという観点で説明されていますが、P2Pの利点は様々なものがあります。例えば、我々が日頃利用しているコミュニケーションアプリや、ゲームなどにおいても利用されるケースがありますが、中央サーバーを経由せずに、近い距離にいる人同士で直接接続できるため、中央のサーバーやネットワークに負荷をかけずに通信できるというメリットなどもあります。本日の記事で、分散化の利点は、データが様々な企業によって接続されることによって、新しい世界が作られていくという話題でしたが、こうしたこともデータが分散的に管理されることで生まれるメリットでしょう。
最近、私が愛用しているレシピ機能付きの調理家電がありますが、インターネットに接続することで、最新のレシピを取得することができとても便利です。海外では、ボッシュなどをはじめとしてキッチンOSという共通の仕組みによってこうしたハードやソフトが絡み合う仕組みが提供されているそうです。調理家電などのハードウェアが、インターネットに接続される場合、これまでハードウェアを得意としてきた企業にとっては全く異なる技術領域が必要になる可能性がありますし、逆もまた然りです。
以前、私があるハードウェアに強い企業と一緒に仕事をした時に、通常のソフトウェア開発では考えにくい消費電力にまで注意を払いながらコードを書いていたことは、私の経験になく、このことは様々な企業が、コアコンピタンスを生かしながらよりものづくりを行うことの重要性を考えさせられました。今後、AI、ブロックチェーンなど、技術領域はより広く深くなっていくなか、企業が関わり合って、多くの人にとって意味のあるプロダクトを提供することが、我々の生活をより豊かにしてくれるのではないかと思います。
緒方文俊
株式会社ディー・エヌ・エー 技術統括部技術開発室
2012年から株式会社ディー・エヌ・エーでMobageのシステム開発、リアルタイムHTML5ゲームタイトル開発、Cocos2d-xやUnityによる新規ゲームタイトル開発、ゲーム実況動画配信アプリの開発などサーバーサイドからクライアントまで幅広くエンジニアとして経験。2017年、フィンテック関連の事業開発をきっかけにブロックチェーンによるシステム開発をスタート。現在は、同社の技術開発室で、ブロックチェーン技術に関する研究開発、個人として外部顧問などの活動を行いながら、エンジニア目線での、日本におけるWeb3やブロックチェーン技術の普及・促進活動を行っている。「エンジニアがみるブロックチェーンの分散化と自動化の未来」を定期的に執筆中。
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