人工知能(AI)を利用した曲でグラミー賞を獲得できるか――。この問いに挑戦したのが匿名のアーティスト、「Ghostwriter」だ。Ghostwriterは4月、AIを活用して制作した曲、「Heart on My Sleeve」を公開した。
この曲は、生成AIを使ってDrakeとThe Weekndの声を再現している。もちろん、どちらのスターも曲の制作には一切関わっていない。リリース時には、AIを使ったことが批判を浴びたが、制作チームはグラミー賞の最優秀ラップ楽曲賞と年間最優秀楽曲賞の2部門に同曲をエントリーした。
この曲は、2人の有名アーティストにオマージュを捧げてはいるが、基本的にはオリジナル作品だ。作曲も録音も人間が手がけているが、2人のアーティストの声をまねるためにAIボーカルフィルターを使用している。Ghostwriterの代理人は9月上旬、The New York Timesの取材に対し、「Ghostwriterは2人のスタイルや曲調、言葉遣いなどを研究した上で、AIの要素を取り入れた」と語った。
Ghostwriterチームはさらに、アーティストが自分の声をライセンスできる仕組み、声の使用を許可する代わりに、自分の声がどう使われるかをコントロールし、対価を得られるプラットフォームの構築を支援したいと語った。
本件についてDrakeとThe Weekndの代理人にコメントを求めたが、回答はなかった。
「ChatGPT」をはじめとするAIチャットボットの登場以来、AIの危険性と利点が盛んに議論されてきた。AIは面倒な作業から人間を解放してくれると称賛する人もいれば、AIが生み出す誤情報や盗用のリスク、テクノロジーが人間の仕事を奪う可能性を懸念する人もいる。
USA Todayの記事によれば、4月に「Heart on My Sleeve」がリリースされると、The WeekndとDrakeが所属するRepublic Recordsの親会社、Universal Music Groupは、「Spotify」や「Apple Music」、「Tidal」といった主要な音楽ストリーミングサービスに同曲の削除を要請したという。
これらのサービスは要請に応じたようだが、この曲はソーシャルメディアで拡散した。5月には、@officialghostwriter977というアカウントが自身のYouTubeチャンネルに同曲の動画を再投稿した。動画の概要欄には、こう書かれていた。「2万人の登録者がいたYouTubeアカウント、@officialghostwriterがつぶされた。私のために、この動画を再生してほしい」
動画に映っているのは、幽霊(ゴースト)の格好をし、白い大きなサングラスをかけた人物だ。曲はキャッチーで、歌詞には「Justin Bieber」や「ランボルギーニ」といった言葉がちりばめれている。
「Heart on My Sleeve」の制作チームはグラミー賞にエントリーしたというが、果たして、この曲はノミネートの条件を満たしているのだろうか。生成AIはまだ新しいテクノロジーであり、グラミー賞の主催者たちですら、このテクノジーを用いて作られた作品の扱い方を決めかねている。
グラミー賞を主催するRecording Academyは米CNETに対し、「グラミー賞の選考、ノミネート、受賞の対象となるのは人間のクリエイターのみだ」と断言した。「人間の創作物を含まない作品は、どの部門でも選考の対象とはならない」
しかし、AIの利用が限定的であり、基本的には人間が作った作品だと言えるのであれば、一部の部門には応募できる可能性がある。重要なのは、どの部門を選ぶかだ。例えば、Ghostwriterチームがエントリーしたのは作詞作曲に関する部門と年間最優秀楽曲部門だ。どちらも評価の対象となるのは楽曲の質であって、パフォーマンスではない。「Heart on My Sleeve」の場合、AIが関与したのはパフォーマンスの部分だけだ。
グラミー賞の声明によると、選考の対象となるためには、パフォーマンス、作詞作曲、あるいは他の何であれ、その部門が評価対象としている分野に人間のクリエイターが意味のある形で深く関わっていなければならない。また、楽曲の作者としてグラミー賞にノミネートされたり、受賞したりする資格は人間の作者にはあるが、AIにはない。
Recording Academyの最高経営責任者(CEO)、Harvey Mason Jr.氏はThe New York Timesに対し、「創造性の観点から言うと、この曲は人間が書いたものなので、選考対象となる資格は間違いなくある」と語った。しかし、この曲はグラミー賞の選考対象となるための条件の1つ――商業的な入手可能性の要件を満たしていない可能性がある。グラミー賞の選考対象となるためには、楽曲が「一般に入手可能」であること、つまり、ストリーミングサービスや実店舗などで簡単に入手できることが条件となる。
9月7日、Mason氏は「Instagram」に動画を投稿し、それまでの主張を一転させ、Ghostwriterの「Heart on My Sleeve」はグラミー賞の選考対象にはならないと述べた。Mason氏が挙げた理由の中には、AIの関与とは関係ないものも含まれている。「この曲は人間のクリエイターによって書かれたものだが、ボーカルは合法的に入手されたものではなく、レーベルやアーティストの許可も得ておらず、商業的に入手可能でもない」
Recording Academyは6月、グラミー賞のルールを見直し、「選考対象となるのは人間のクリエイターのみ」とする新ルールを追加した。その一方で、作品が有意義なものである限り、アーティストがAIツールを制作に活用することは認めるとした。
翌7月、Mason氏はVarietyのインタビューに応じ、「AIコンピューターやAIに指示を出しただけの人間をノミネートしたり、賞を与えたりすることはない」と語った。「これが私たちの目指している区別だ。グラミー賞は、人間の創造性が生み出した優れた作品を称える、人間のための賞だ」
DrakeとThe Weekndの代理人は、「Heart on My Sleeve」について公式にはコメントしていないようだが、Ghostwriterらは、AIがアーティストの声を模倣した作品を作った場合、模倣されたアーティストに金銭的な報酬が支払われるようにすべきだと考えている。
「現代のアーティストは、指一本動かすことなく、自分の声を自分のために働かせることができる」と、Ghostwriterはソーシャルメディア上で語った(現在は非公開)。「協力してくれるなら、制作した作品にはAIで作成されたことを明記し、かつアーティストには印税を支払う。どちらにせよ、敬意を表する」
音楽界のレジェンドであるビートルズのPaul McCartneyさんもAIを活用している。米CNETが6月に報じたように、同氏はAIを使って古いデモテープから故John Lennon氏の声を抽出し、「ビートルズの最後のレコード」を制作した。
AIが物議をかもしているのは音楽業界だけではない。米国では2月、あるコミックに使用されているイラストがAIで生成されたものだったという理由で、著作権局が作品の著作権を制限するという事態が起きた。この事例では、著作権局はテキスト部分と著者がAIに出した指示は著作権で保護されるが、AIが制作したイラスト自体は保護されないという判断を下した。
8月には米国の地方裁判所でも、AIが作成した作品は著作権で保護されないという判決が出た。裁判を担当したBeryl Howell判事は8月18日、「(著作権が認められるためには)著作者が人間であることが根本的な要件となる」と述べた。「著作権による保護は、人間以外の創作物には及ばない」
Ghostwriterの「Heart on My Sleeve」に対するYouTubeユーザーの反応はさまざまだったが、ほとんどのコメントは肯定的だった。また、グラミー賞に言及したコメントも多かった。
あるユーザーは、「この曲がグラミー賞にエントリーしたことをさっき知った」とコメントしている。「うれしいよ。すごくいい曲だし、AIミュージックの栄冠を得るにふさわしい」
しかし、別のユーザーは次のようなコメントを残している。「芸術の死へようこそ」
Ghostwriterは現在も制作活動を続けている。9月5日には新曲も出た。今度の曲は、Travis Scottとラッパーの21 Savageの声を真似たものだ。
新曲のリリースを告知するために、GhostwriterがX(旧Twitter)に投稿したメッセージには、次のように書かれていた。「音楽の未来はここにある。次は誰の番だ?」
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」