「どうしてフィリピンでワーケーションを?」
この夏、10人以上に聞かれた質問だ。これまで東南アジアではタイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、インドネシアに滞在してきた。しかし、フィリピンだけは航空機で素通りするばかりで、なかなか赴くきっかけがなかった。
コロナ禍で、現地で経営していたレストランが立ち行かなくなり、フィリピンから自己破産して帰国した男性を取材して、徐々に興味を持ち始めた。そしてK-POPのファンコミュニティでは、いつもフィリピンファンが熱い。歌好きなフィリピンの人々を、現地のどこかで体感できないかとも感じていた。
羽田からマニラへの飛行時間は、香港より20分ほど長い5時間弱。日本との時差は1時間。短期英語留学でおなじみのフィリピン・マニラで、この夏、短いワーケーションを行った。
8月27日、現地時間の13時半にマニラのニノイ・アキノ国際空港に到着した。現在、フィリピンは30日間までの短期滞在ならば、ビザの必要はない。為替レートも円安が進んでおり、8月27日は1フィリピンペソが2.59円。2万円以上の価値があった1050香港ドルと日本円2万円をフィリピンペソに替えた。
フィリピンのレストランは1皿で3人前分の盛り付けが多く、一人旅の筆者は料理2品とデザート、飲み物を頼んだだけで、1食5000円近く支払うことが複数回あった。二人以上で行動すれば、食事代はグッと抑えられる。なお、クレジットカードを使ったのはタクシー移動のみ。4万円以上を両替したことで、食費に戦々恐々とすることなく、マニラ滞在を満喫できた。
物価は、500ミリリットルの水が20フィリピンペソ(52円)、スタバの「カフェラテ トールサイズ」が160フィリピンペソ(416円)、卵12個入りパックが120フィリピンペソ(312円)といったところ。食品の価格は、全体的に東京より低めだった。最終的に空港の両替所で1万円分のフィリピンペソを日本円に替え、5日間で3万円の現金払いとなった。
メトロ・マニラと呼ばれるマニラ首都圏は、東京23区より広く、16市と1町によって構成されている。ハイブランドが入店する巨大ショッピングモールや高級ホテルが林立するマカティや、各国の大使館が立ち並び、フィリピンの経済発展を象徴するボニファシオ・グローバル・シティ(BGC)は、富裕層に好まれる地域だ。そのほか、マニラ大聖堂がある城壁都市・イントラムロス、大学の多いマラテ、古くから繁華街として栄えたエルミタなどの旧市街地がある。
今回泊まったのは、エルミタ地区にある地上46階建ての高層マンション。43階の1DKから眺めるマニラ湾は最高だ。お隣は、日本のららぽーとに相当する中間層の一大ショッピングセンター、ロビンソン・プレイス・マニラ。マニラ湾のビーチは徒歩10分圏内。独立運動の英雄、ホセ・リサールの記念碑が建つリサール公園は近所で、観光の中心となるイントラムロスにもほど近い。
立地は申し分なく、1泊5800円とお値打ちだった。しかも、オーストラリア人のオーナーが親切で、雨傘を常備し、タオルも日々交換できるようストックしてある。空港からマンションまでの効率のよいアクセス方法、付近のおすすめグルメなど、快適に過ごせる情報を惜しみなく教えてくれる。Airbnbオーナーの鑑のような人だった。
だが、階下の街はカオスだった。エルミタは“昔ながらのフィリピン”が感じられる下町で、マンションから30秒も歩けば物乞いの人がいる。セブン-イレブンの扉を開けてくれる人がいて親切だなと思ったら、「ドアマンをしたのでお金をください」という意味だった。マンションの2軒隣は大きな救急病院で、朝早くから信じられない数の人が診察待ちのために座りこんでいる。歩道を埋め尽くす食べ物屋台の売り子さんたちが強い。救急車が病院前に止まろうと、彼ら彼女らが場所を譲る気配は一切ない。脳裏に浮かんだ単語は「サバイバル」「弱肉強食」だった。
道を歩くだけで身が引き締まるエルミタも、街を散策していると面白い光景が目に入る。電柱・電線マニアにはたまらないフォトスポットが至るところにあるのだ。電線が地中に埋め込まれたマカティやBGCといった富裕層エリアでは、到底見かけない眺めだ。
Airbnbのオーナーが「タクシーはクーポンタクシー、白タクなどいろいろあるけど、マニラは『Grab』一択で。出国前にアプリをダウンロードしたほうがいいですよ」と、親切にアドバイスしてくれた。
Grabとは、シンガポールに拠点を置く東南アジア最大の配車アプリのこと。2018年にはUberが東南アジア事業をGrabに売却。現在では最初の事業拠点地だったマレーシアを皮切りに、シンガポール、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジアと、8カ国までサービスが広がっている。
実は、先日ワーケーションをしたインドネシアのジャカルタでも、現地在住の日本人の方は記事で紹介した「Bluebird Taxi」よりも安価なGrabを利用していた。実際に両方のアプリを使ってみると、Bluebird Taxiのアプリは位置情報が非常に正確だった。しかも配車台数が多く、ジャカルタの空港や主要ショッピングセンターには100%常駐していて便利だ。一方Grabのアプリは、位置情報が若干アバウトで、ほんの少しだが時差がある。
Grabには3つの車種がある。
アプリでオーダーをかけるのは、一般車のGrab Carだ。事前にアプリをダウンロードし、支払いをクレジットカードで登録してしまえば、お財布を出す手間が省ける。
言語を英語に設定して、上部のCarを押す。すると、「どこへ行きますか?(Where to?)」と問いかけられる。
「Where to?」をタップすると、「どこでピックアップしますか?(Pick up at?)」と「どこで降りますか?(Where to?)」が表示される。
現在地は画面下部の「Choose From Map」をタップして、地図から選んでもよい。ただし、巨大ショッピングモールなどで配車を待つ際は、地図上で今いる場所にピンを立てようとしても、「この場所では車を待てません(No Waiting)」が出てしまうことが多い。要はピンが刺せないのだ。
困っている筆者の目の前で、現地の人はオーダーしたGrabの車にどんどん乗り込む。業を煮やした筆者は「pick up at?」のところに「Current location(現在地)」と入力すると、自分がいる場所とは反対側のショッピングモール出口から乗り込むオーダーになってしまった。雨の中、ドライバーさんにせっかく来てもらったのに会えずじまいに。実際に運転手さんと会えなかった時の画面がこちらだ。
画面は、ドライバーが今から9分後にオーダーされた場所に到着する、と示している。広いショッピングセンター前で待ち合わせする場合は、「バーガーキング ロビンソン・プレイス・マニラ店」や「エルメス グリーンベルト3店」など、現在地に具体的な場所を入力しないと、運転手さんにオーダーをキャンセルさせることになるから要注意だ。
ピックアップ場所と下車地を決めてオーダーすると、候補の車が複数ある場合は、その中からタップして選ぶことになる。筆者はニノイ・アキノ国際空港に向かう際、スポーツカー風の2ドア車と、4ドアの車から選べた。荷物があったので4ドアの車にしたが、2ドアの車の方が割安だった。候補の車が画面に上がってきた際に、車種と一緒に確定料金が出る。アプリ上で決済まで完結するため、利用者は非常に安心なのだ。
移動中の多くは、簡単な英語を使った運転手さんとの会話になる。Grab Taxi、Grab Carの40代以上のドライバーさんは筆者が日本人だとわかると、太平洋戦争でフィリピンが日本に占領された話をした。いわゆる加害の歴史だ。
そして必ず聞かされたのが、スペイン→米国→日本→米国と、3カ国に4度も占領され、蹂躙された事実だった。加害者である日本人にわざわざ聞かせる風でもなく、例えるなら広島と長崎に原爆が落とされたと同じように、ごくごく当たり前に話す。Grab Taxiの運転手さんのこんな言葉が妙に耳に残った。「スペインもね、日本もね、米国もね、みーんな占領しては自分の国に帰って行っちゃうんだよ」
極めつけは、ゴルフカートのような車で、ガイドさんに歴史地区であるイントラムロス内を案内してもらった時だ。イントラムロスとはスペイン語で「壁の内側」の意味。外敵の侵入を阻止するため城壁で街を囲み、スペイン時代はイントラムロスこそがマニラと考えられていたそうだ。
プエルタ・リアル・ガーデンズに行けば、城門内にある牢屋でガイドさんにこのように語られる。「古くはスペイン人がフィリピン人の囚人をここに閉じ込め、日本が占領した後は日本軍がフィリピン人を幽閉したんですよ」
また、16世紀に造られた石造りの要塞、バルアルテ・デ・サンディエゴに行くと、「この旧日本軍の大砲はどこを向いていると思いますか? 敵国の米国大使館に向いているんですよ」と教えられる。
筆者一人なら、マニラ大聖堂やサン・アグスティン教会など、自分が見たいフィリピンの歴史遺産ばかり見ていただろう。でもガイドさんが見せたいコースに敢えて乗ってみることで、日本のフィリピン占領の歴史が次々と見えてきた。
一番驚いたのは、イントラムロスで誰もが一度は赴くサンチャゴ要塞だ。
要塞の地下に入ると、すぐに日本軍兵士とフィリピン人の蝋人形が目に入った。捕らえられたフィリピン人を日本軍兵士が拷問する様、日本軍兵士が地下壕に閉じ込めた市民を監視する様を人形で表している。
そのほか、10万人の市民が亡くなったとされる凄惨なマニラ市街戦で、男性はもちろん、女性も子どももなぶり殺された様が多くの写真で紹介される。「こんなひどいこと、誰がやったんですか?」と問う欧米人の観光客に対して、「あ、日本人です」とフィリピン人のガイドさんが答える度に、胸が傷んだ。
加害の歴史に打ちひしがれながらも、イントラムロス内のガイドさんとのカート旅は非常に楽しいものだった。移動中は好きな歌の話になり、突然こう聞かれた。「最近ものすごく好きな日本の歌があって。松原みきって知ってる? 『真夜中のドア』って曲なんだけど」
日本のシティ・ポップが海外で人気を博しているのは知っていたが、まさかピンポイントで松原みきの真夜中のドアを聴かされるとは。しかもフィリピンで。
ガイドさんは日本語がほとんどわからない。なのに、歌詞を音で覚えているせいか、日本語でスラスラと歌っていく。そのうち、ガイドさんと二人で真夜中のドアを熱唱しながら、イントラムロス内を移動していった。
フィリピンは、歌を愛する人の多い国だ。筆者が滞在したマニラのAirbnbでは、連日付近のパブやバーから、異様に上手い歌声が深夜1時を過ぎてもあちらこちらから聴こえてきた。
日本なら、有名オーディションの審査に残りそうな歌唱力の持ち主ばかり。素晴らしい歌声に観客は大歓声を上げ、シンガーも観客を煽る。このノセ上手な風土が、時々世界を凌駕するビックリするような才能を生み出すのだろう。
帰り際、Airbnb近くのリサール公園に寄った。フィリピンのポピュラーソングがかかっていたと思ったら、すぐにK-POPのNewJeans「OMG」が大音量でかかって、10代の子たちが踊りだした。K-POPや日本のシティ・ポップから、ホイットニー・ヒューストンやビヨンセなどの米国の歌姫のナンバーまで。色濃い格差社会の現状や日本の加害の歴史にナーバスになっていたところ、雑食的にいろいろな国の歌を楽しむフィリピンの人たちに触れて、少し気持ちが和らいだ。
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