子どもの夏休みが始まったばかりの7月21日、新潟県糸魚川(いといがわ)市に関東と関西から3組の家族が集まった。目的は、糸魚川市が企画した「企業向け親子ワーケーション」のモニターツアーへの参加だ。
同市は、ワーク(仕事)とバケーション(休暇)を組み合わせたワーケーション誘致に早くから取り組んできた先進地だ。これまで、日本海を望みながらテレワークする「日本海シーサイドテレワーク」、自然災害のリスクを学ぶ研修型の「防災ワーケーション」、親が旅先で仕事をしている間に子どもが地方の体験を楽しむ「親子ワーケーション」などを手掛けている。
そんな糸魚川市が2023年夏に取り組んだのが、企業をターゲットにして家族ごと受け入れる「企業向け親子ワーケーション」だ。きっかけは、ワーケーションで同市に来訪した企業の参加者からの「次は子どもを連れて来たい」との声だったという。
糸魚川市では以前から、「親子ワーケーション」を手掛けている。始めた当初の参加者は、個人の裁量で柔軟に働けるフリーランスなどが大半。親が会社員の場合、子どもを連れて行くことの理解を上司から得づらいという事情もあり、参加者は限定的だったという。
逆に言うと、企業側の理解を得られれば、親子ワーケーションの参加者はもっと増える可能性があるということ。だからこそ企業をターゲットにして、家族単位で受け入れるワーケーションを実践してみよう――という試みだ。
今回の企画には、東京でデジタルマーケティング支援などを行うシンクロの社員3人と、その家族の合計8人が参加。企画への参加を会社に提案したという女性社員には4歳の息子がおり、「親子ワーケーションにトライしてみたい気持ちはあったけれど、きっかけがなかった」と振り返る。
今回はモニター企画ということもあり、7月21〜23日という、金曜日から週末の期間を設定。金曜日の午前に集合し、午後から親はコワーキングスペース「クラブハウス美山」でワーケーション、子どもは近隣の公園内で縄文時代の生活を追体感できるプログラムに参加した。
クラブハウス美山は、子どもが屋外のプログラムに参加していない時間帯でも飽きずに過ごせる環境を備えている。共用スペースでは玩具で遊べるほか、地元有志の方が糸魚川市に寄贈したという絵本も読み放題だ。大人も楽しめる画集、アート本なども揃っていた。
親は、その共用スペースでワーケーションが可能。集中したい場合は、ドロップイン料金を支払えば専用のコワーキングスペースも利用できる。
Wi-Fi環境や個室ブースも備えており、「見晴らしがよく解放感のある場所で、13~17時まで快適に過ごせた」「3人同時にオンラインミーティングに入っても問題なく、個室の音漏れもなかった」など、大人には好評だ。雑音が多い都内のオフィスと異なり、窓外の山の景色を望むだけでリフレッシュになるという声もあった。
大人が仕事している間、子どもと一部の付き添いの親は、近隣の公園内にある長者ヶ原考古館へ足を運んだ。縄文時代の出土品が展示されており、当時の生活を学ぶことができる。
屋外には縄文時代の遺跡があり、竪穴住居を再現。子どもたちは住居内を探検したあと、土器作りをしたり、火起こしをしたりして、縄文人の生活を追体験した。土器は乾燥・焼成するまで時間がかかるため、完成後に自宅へ配送してくれるとのことだ。
今回はモニターツアーということもあり、2日目と3日目の週末は、親も糸魚川の自然体験に同行した。
糸魚川は、3000m級の山々からマイナス1000mの深海が織りなし、高低差を体感できるのが魅力。夏に残る「万年雪」は、そんな地球の不思議を実感できる場所だ。そのほか、ユネスコ世界ジオパークに認定された特徴的な地形も魅力の1つ。日本列島がアジア大陸から離れる時にできた大地の裂け目であるフォッサマグナの断層見学や、縄文時代に勾玉として親しまれたヒスイ探しなどを通して、教科書にも出てくる「学び」に実際に触れることができる。
今回滞在した宿は、古民家を移築した「長者温泉ゆとり館」という素泊まり専用の宿。共有スペースも広く、キッチンもあり、親子で長期滞在しやすい。
宿の前には、スイカ割りや花火もできるスペースがある。夏限定で設置するというオーナー手作りの竹製流しそうめん台は風情があった。
2泊3日で実施した「企業向け親子ワーケーション」のモニターツアー。冒頭で「親子ワーケーションにトライしてみたかった」と語っていた参加者の女性社員は、今回、子どもに自然体験をさせたことで、「夏休みなどの長期休暇中に普段できない体験を子どもにもっとさせてあげたい」と思ったという。
彼女が働くシンクロは、フルリモートで働ける環境で、子どもの長期休暇中に親子で地方滞在することはできる一方、子どもの時間の過ごし方が課題だったという。自治体が窓口となって、地方での子どもの過ごし方をコーディネートしてくれる「企業向け親子ワーケーション」には魅力を感じたとのこと。「親が仕事をしながら、家族の思い出も増える。そんな欲張りをかなえられる1つの形が親子ワーケーションだと思った」と語る。
これまでワーケーションを単身で実践してきたという男性社員は、「子どもが楽しめるプログラムがあれば、家族も連れて行けることが分かった」と声を弾ませた。
今回は、糸魚川市が民間事業者と連携して企画を立ち上げたが、企業が単独で企画する際にも、利用できる現地のプログラムがある。糸魚川市では、旅行・まちづくり会社のイールーが、子どもの長期休暇中にサマースクール、ウィンタースクール、スプリングスクールを開校している。
2023年のサマースクールでは、子どもがドローンを操縦して、街の観光PR動画を作ったり、月のかけらを持ち帰るマシンを作って、ロボットコンテストに参加したり、はたまた現地の学芸員と地質学を学んだりするプログラムを提供。プログラムは子ども1人につき1日2500円で9〜17時までで、子どもがプログラムに参加している間、親は仕事に取り組むことができる。
イールーで代表を務める伊藤薫氏によると、2023年のサマースクールで一番人気だったのは、現地の学芸員と地質学を学ぶ「石から探る 地球の過去と未来 ロックスター週間」というプログラムとのこと。糸魚川は多様な石が集まる「石のまち」。糸魚川ならではの学びコンテンツだけあって、即満員になるほど人気だったという。
現状、長期休暇中に提供しているスクールは小学生が対象だが、伊藤氏は、今後は地元の保育園やNPO団体等と連携し、「未就学児にも対象を広げたい」と話す。
会社員の「子どもを連れて行きたい」との声から生まれた、今回の企業向け親子ワーケーション。参加者からは、「子どもに限らず、配偶者やパートナーなど多様な家族が参加しやすい形の方がいいのでは」「親子ワーケーションを家族ワーケーションと言い換えるだけで、企業内の対象者が広がり、周りの理解が得やすくなるのではないか」と言う声も挙がった。
企業向けのワーケーションは、「企業が費用負担するのか」「個人が費用負担するのか」という議論が行われがちだが、家族を帯同するワーケーションの場合は、個人負担が一般的になりつつある。
一方、企業が費用負担して実施する、チームビルディングに寄与するオフサイトミーティングや研修型ワーケーションの場合、「子どもの預け先がなく参加できない」「出かける時に、子どもに泣かれるのがツライ」などの理由で、特に女性社員が参加を見送るケースがあると聞く。
こうした性別役割分担を減らし、本当の意味で“共働き社会”になっていくためにも、受け入れ先の自治体が住民以外の人たちにも子どもの預かりサービス等の門戸を開いていくなどして、社会全体で子育てできる環境を整備することが不可欠になるだろう。
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