政府が保有するNTTの株式を全て売却する案が急浮上している。そこで注目されているのが、いわゆる「NTT法」の行方だ。NTT法がNTTグループの事業を強化する上での障壁となる部分がある一方、競合他社からはなし崩し的にNTT法が廃止されることで、NTTグループに対する規制がなくなり競争阻害要因となる懸念の声が上がっている。NTT法は今後どうなっていくのだろうか。
そもそもなぜ、政府が突然NTT株を売却する案を出したのかというと、そこには防衛費が影響しているようだ。政府は防衛費を2023年度からの5年間で43兆円程度とすることを閣議決定しており、2027年度には2022年度と比べ3兆7000億円増額されることとなるが、その財源をどうするかが大きな課題となっている。
そこで浮上したのがNTT株の売却である。NTTの筆頭株主は「政府および地方公共団体」で、その保有割合は2023年6月末時点で32.29%となっている。これを売却することで増税による国民負担を減らしながらも、防衛費の財源を確保したいというのが政府側の狙いといえるだろう。
ただ実は、政府がNTTの株式をこれだけ保有しているのは、法律で定められているからでもある。それが「日本電信電話株式会社等に関する法律」、いわゆる「NTT法」と呼ばれるもので、NTTとNTT東日本、NTT西日本がその対象となっている。
このNTT法の第4条で「政府は、常時、会社の発行済株式の総数の三分の一以上に当たる株式を保有していなければならない」と規定されていることから、政府は3割以上のNTT株を保有している訳だ。つまり、政府がNTT株を売却するには、NTT法の改正が必要不可欠となるだろう。
だが、NTT法には他にも多くの規定が定められており、それがNTTの事業の制約になっているという見方も多い。NTT法は前身である日本電信電話公社が民営化された1985年に制定された「日本電信電話株式会社法」がベースとなっており、その後NTTグループの分離・分割などによって何度か改正されているが、40年近く前に定められたこともあって現状にそぐわない部分も出てきている。
その1つが、研究開発の開示義務だ。NTT法の第3条に「電気通信技術に関する研究の推進及びその成果の普及を通じて我が国の電気通信の創意ある向上発展に寄与し、もつて公共の福祉の増進に資するよう努めなければならない」とされていることから、NTTは自社の研究開発成果を、適正な対価を支払うことで技術開示することが義務とされている。
確かに、NTTが民営化されたばかりで市場を独占していた時代は、NTTグループと競合する新興の通信会社とで技術に大きな差があったことから、公正競争のためこうした開示義務が設けられたものと考えられる。だが、通信技術の国際競争が進み、経済安全保障が叫ばれるようになった現在、こうした開示義務があることでNTTの研究成果が海外に容易に流出してしまう懸念も出てきているのだ。
とりわけ現在、NTTはグループの総力を挙げて、強みを持つ光技術を活用した新しいネットワーク基盤「IOWN」の研究に取り組んでいるが、NTT法による開示義務があることからその研究成果も守ることができなくなってしまう。通信は軍事分野でも非常に重要な存在となるだけに、法規制が安全保障にも影響してくるのだ。
そしてもう1つがユニバーサルサービス、要は固定電話網の維持だ。やはりNTT法の第3条で「国民生活に不可欠な電話の役務のあまねく日本全国における適切、公平かつ安定的な提供の確保に寄与」することが求められていることから、NTT東西は電気通信事業法でユニバーサルサービスとして規定されている固定電話や公衆電話、緊急通報を全国で提供することが義務付けられている。
つまり、NTT東西は都市部だけでなく、人口が少ないなどの条件不利地域でも電話網を維持することが求められている。現在はユニバーサルサービス制度によって、他の通信事業者がその一部を負担する仕組みが整えられているが、古い固定電話網は設備が大きく維持にもコストがかかるだけにNTT東西にとっても負担が大きい。より高度な光回線や携帯電話網の普及が進んでいる現状にあって、何らかの見直しをしたいというのが本音であろう。
そうしたことから政府のNTT株売却の議論が急浮上したことを機として、NTT法の見直しにも注目が集まっている訳だ。だがそもそもNTT側は、株の売却を打ち出した政府の動きをどう見ているのだろうか。
8月9日に実施したNTTの決算で、代表取締役社長の島田明氏は、NTT株の売却に対しては「ニュートラル」と答えており、政府保有か完全民営化かという点にはあまりこだわる様子を示していない。その一方で島田氏は、NTT法に関して「今後のことを考えると、見直した方がいいと思う」と話しており、今回の出来事を機としてNTT法の見直しが進むことには前向きな姿勢を見せる。
中でも島田氏が関心を寄せているのは、先に挙げた研究開発の開示義務やユニバーサルサービスなどの見直しのようだ。とりわけ研究開発の開示義務に関しては、経済安全保障の観点に加え、他社と共同開発を進める上でも成果を開示する義務が生まれてしまうことから、パートナーシップを断られてしまうなどビジネス面で障壁になっている部分があるという。
また島田氏は、外国人の取締役就任就任規制に関しても言及している。NTT法の第10条で「日本の国籍を有しない人は、会社及び地域会社の取締役又は監査役となることができない」と定められていることから、現状NTTやNTT東西には外国人が取締役に就任できない。島田氏は「グローバルビジネスを考えれば当然、海外の人の知見が重要になる」と話し、NTT法が改正される場合はこの規制も見直しの検討が必要だとしている。
一方で経済安全保障を考慮すると、外国の企業がNTTの株式を購入することで、日本の通信に外国の影響が及んでしまう可能性が出てくることが懸念される。現在NTT法の第6条で、外国人が議決権を持つ株式の割合(外国人等議決権割合)が3分の1以上にならないようにすることが求められているが、NTT法の影響を受けなくなればそうした規制もなくなるからだ。
この点について島田氏は、外国為替及び外国貿易法(外為法)など他の法律で何らかの規制することを検討すべきとしており、「日本のインフラ事業をどう経済安保上の環境の中で見ていくのかという観点で、幅広く検討するのがよいのではないか」と話している。
そしてもう1つ、非常に大きな課題となってくるのが、競合他社に与える影響だ。NTTはここ最近、NTTドコモを完全子会社化するなどグループ企業の一体化を進めている。NTT法の縛りがなくなることでそれが加速し、競合に不利益を与える可能性があるからだ。
とりわけ他社が懸念しているのは、NTT東西が持つ光回線網だろう。NTT東西は公社時代に、ある意味国のお金で整備されたネットワークやロケーション、さまざまな設備を保有している。光ファイバー関連の設備ではNTT東西が75%以上の圧倒的なシェアを持ち、他社からすれば携帯電話の基地局などを設置する上でもNTT東西のネットワークに頼らざるを得ない状況にある。
そうした状況下でNTTやNTT東西が完全民営化され、なし崩し的にNTT法の制約がなくなれば、NTTグループがより一体化を進め光回線のグループ内優遇などが進んでしまう可能性も出てくる。その場合、競合他社は公正な競争ができない状況に追い込まれてしまうこともある。競合となるKDDI 代表取締役社長の高橋誠氏や、ソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOである宮川潤一氏は、いずれも現時点では政府の議論を見守るとしながらも、NTT法の見直しに非常に強い警戒心を示していた。
ただ島田氏も、NTT東西の光回線については、仮に民営化されてNTT法の影響を受けなくなったとしても、みな同等の条件で提供するとし、「(競合と)同じ環境を整備して国内のモバイル事業を成長させる方向で、等しく競争するような、高いレベルのサービスを提供する義務がNTT東西にはあると思っている」と話している。仮にNTT法が変わったとしても電気通信事業法によるNTT東西に対する規制は残るだけに、あくまで現行のルールを変えるつもりはないとの認識のようだ。
ただ、NTTグループの一体化による光回線の扱いには、競合他社もこれまで非常に多くの懸念を示し、総務省にも訴えを続けてきた経緯がある。それだけに、公正競争の観点から見ればNTT法の見直しにも慎重な議論が求められる所だろう。
もちろん政府によるNTT株の売却、そしてNTT法の見直しに関してはまだ議論が始まったばかりという段階で、現時点で決まったものは何もないことから先行きを見通すのは難しい。今後を見据える上でも、まずは政府による議論がどのような方向に進むかをチェックしておく必要がありそうだ。
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