エンタメの老舗、松竹のCVCが「アクセラ」2期目始動--狙いを井上社長に聞いた

 オープンイノベーションへの取り組みを目的に、松竹が2022年に設立したコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の松竹ベンチャーズ。同社はスタートアップとの共創による新規事業開発を目指すアクセラレータープログラム「Shochiku Accelerator2022『Entertainment Festival』」を開催し、そのなかで複数社と事業化に向けたプロジェクトを進めてきた。

 そして2023年7月4日には、第2回目となるアクセラレータープログラム「Shochiku Accelerator2023『Entertainment Festival』」(以下、本プログラム)の募集も開始した。2022年の実績や成果の振り返りとともに、2023年の本プログラムに向けた意気込みなどを同社で代表取締役社長を務める井上貴弘氏に伺った。

2022年は8社を採択、役員の本気度も原動力に

松竹ベンチャーズ株式会社 代表取締役社長 井上貴弘氏
松竹ベンチャーズ株式会社 代表取締役社長 井上貴弘氏

 ――初めに2022年の振り返りをお願いできますか。

 2022年のプログラムには100社近い応募をいただき、そのなかから8社を採択しました。テーマはエンターテイメントでしたが、結果的には体験型エンターテイメントのコンテンツをはじめ、NFT、AIを用いた感情分析、街づくり、教育など、幅広い分野の企業様とご一緒させていただくことができました。

 ――8社との取り組みについて、それぞれ簡単に教えていただけますか。

 まずTypeBeeGroup は、ゲーム感覚でイラスト付きの小説が読める「TapNovel」というサービスを提供している会社で、プログラム内で「アニメノベルプロジェクト」を立ち上げ、コンテスト形式でその原案を募集する取り組みを行いました。中長期で映画や演劇等でも出せるような新しいIPコンテンツの創出、クリエイターの発掘につなげていこうとしています。

Shochiku Accelerator2022『Entertainment Festival』採択企業8社
Shochiku Accelerator2022『Entertainment Festival』採択企業8社

 次が、キャラクターとチャットなどの個通ができる、いわゆる推し活サービス「dear.」を提供するanystyleです。本プログラムでは、両社にとって新たな挑戦となるVTuber事業を立ち上げました。YouTubeのライブ配信でファンになったキャラクターと、「dear.」を通じてやり取りができる、というファンにはたまらない体験を提供しています。

 “わたしは”は、ChatGPTが話題になる前から対話型AIに取り組んでいた会社で、プログラムでは、映画宣伝に関わるSNS周りの運用をAIに置き換える取組みにトライしました。短期間でのチューニングは難しかったのですが、日々AI機能を進化させながら今も引き続き取り組みを進めています。

 プレイシンクはNFT関連の事業を行っている会社で、2023年春に松竹ベンチャーズから出資したうちの1社となります。松竹本体の新規事業チームが進めているアイドルと文通ができるプロジェクトで、そのライブの来場証明なるNFTを配布しました。また、グッズ購買体験におけるNFTの価値の検証も行い、新たなユーティリティを作るべく動いています。

 Oliveは生体データに基づく感情分析サービスを開発しています。本プログラムでは松竹芸能に所属する芸人と、来場したお客様にWebカメラを装着してもらい、その映像をもとに感情分析を行い、それをお笑いライブの企画に盛り込みました。

 RelyonTripは、Z世代向けに新感覚のお出かけアプリ「Sassy」の開発、運営をしている会社です。松竹グループでは、東銀座を中心に不動産を所有し、現在は街の再開発事業にも取り組んでいます。このオフィス街へ若い人たちに来てもらうために、若者向けのキャンペーンやマップを作りました。

 Sallyは、「UZU」というマーダーミステリーをデジタルで体験できるアプリの開発・運営、また、リアルの体験として、没入型コンテンツを提供している会社です。実証実験では、弊社が管理するビルに入居されている飲食店様をお借りし、謎解きイベントを共同で企画、実施をしました。参加者はあくまでも飲食することを目的として集まった人たちで、謎解きすることはお店に来て初めて知ったはずなんですが、謎解きのおかげで初対面の人たち同士でもすぐに仲良くなれる、という効果がありました。体験コンテンツを身構えることなく楽しんでもらうためのアイデアとして活用できそうだとわかったのは収穫でした。

 最後に、StudyValleyは教育領域の会社です。2022年から高校で必修となった探究学習という授業を軸に、教材や指導サポートのツールを提供しています。松竹が取り扱っている日本の伝統芸能は ”若い世代の人に日常的に触れてもらうこと” が大事だと考え、探究学習の教材を一緒に作り、都内の高校で実験的な授業をしました。学生自身が課題や改善策を考える「探究学習の授業」は、若い世代が伝統芸能に関心をもつ為の有効な機会になると分かりました。

 ――2022年の「Shochiku Accelerator」の総評としてはいかがでしょうか。

 1回目としては、大成功だったかなと思っています。松竹の事業部門にはモチベーションの高いメンバーが集まってくれましたし、応募していただいたスタートアップのみなさんからは、改善点のご指摘もありましたが、「プロの知見のある松竹の方とディスカッションできたのが良かった」ですとか、「プロジェクトを進めるなかで丁寧に寄り添ってくれた」など、ありがたいコメントをもらえました。募集ジャンルの領域とは異なる、我々が気付いていなかったところについてもアイデアをいただけて、すごくありがたかったですね。

 また、プログラムとして良かったのは、最終報告会に弊社グループの会長、社長をはじめ、役員全員が出席したことです。本プログラムをすごく楽しみにしていたようですし、「我々だけで新しい事業を作っていくのは難しいから、スタートアップのみなさんとぜひ一緒にやっていきたい」というコメントもあり、役員陣の本気度は非常に高かったです。本プログラムはしっかり動かし続けていかないといけない、と改めて思いました。

 松竹グループの経営方針のなかにも「社外とのパートナーシップを促進して」とあるように、他社との協業で事業を展開していこうという意識は強く出ています。実際、我々メンバーがスタートアップの人たちと触れ合うことで、技術の進化や仕事のスピードの速さ、スタートアップ的な仕事に対するスタンスなど、非常に多くのことを学べたのは大きな成果だと思います。2023年度のプログラムも大大大成功と言われるように頑張りたいですね。

出資先は絞り込んで2社、既存事業に生成AIも活用へ


 ――初年度の出資額予算は最大10億円に設定されていましたが、実績としてはいかがでしたか。

 出資先は2社となりました。アクセラレータープログラムの参加企業のなかではプレイシンク。もう1社はstuで、こちらはプログラムとは関係なく出資させていただきました。

 予算としては全然使い切っていません。どんどん出資していこうというよりも、タッグ組んでしっかり進めていけそうか、という点を重視して選んでいます。出資先の会社に対して我々自身も何を提供できるのか、というところをしっかり考えた結果です。その意味では件数こそ少ないものの、2022年度はいい投資活動ができたんじゃないかなと思います。

 ――stuという会社について教えていただけますか。

 世界のエンターテイメント業界では韓国や米国が進んでいます。それらのいいところを取り入れて、日本のいいところも掛け合わせて発信していこう、ということを目指しているのがstuです。

 例えば、複数のシナリオライターや脚本家を束ねて、より深い脚本を作っていくことを目指した「ライターズルーム」という仕組みがあります。韓国や米国ではすでにその仕組みを取り入れた制作が進んでいるので、日本でもそれを活用したドラマや映画作りをしていきたいと考えています。stuさんと一緒に、プロジェクトとして進めているところです。また、当社がもつ研究開発拠点の「代官山メタバーススタジオ」で、バーチャルプロダクションによる映像制作もご一緒させていただいています。

 ――出資先とのプロジェクトは、松竹が抱えているエンターテイメントにおける課題の解決にどう貢献しそうでしょうか。

 stuとの取り組みは、コンテンツを作る前段階と後段階の2つの場面それぞれに貢献すると考えています。前段階というのは企画のところ。「ライターズルーム」のように、従来と異なる新しい手法を用いることで、制作の進め方のアップデートができると感じています。後段階は撮影です。バーチャルプロダクションという最新技術を用いて撮影することで、より物語に深みを加えつつ、効率的にいい画を得られるようになります。

 プレイシンクに関してはブロックチェーン技術ですね。例えば、ブロックチェーン技術を用いたゲームコンテンツの配信等新しい事業開発につなげることで、当社の既存の会員のみなさんにより良いサービスを提供できると思っています。

 ――最近は生成AIの進化が著しいところですが、エンタメ業界における生成AIへの期待感は?

 まず我々の既存事業や業務自体に、生成AIをどんどん取り込んでいきたいと考えています。たとえば脚本づくり。AIが考えた粗い脚本をもとに人間が肉付けしていく、という作り方をすることで効率が向上すると考えられますし、映像、特にアニメーション制作のところでも、今後活用されていくだろうと思っています。

 映画も演劇もある意味労働集約的な仕事ですので、AIを取り入れることで、業務改善やコスト削減につながるはずです。そうした働き方改革を進めていくことで、職場全体の環境改善にも役立つのではないかと期待しています。親会社の松竹でも、ChatGPTなどを業務に活用し始めているところです。

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