「密閉パウチに入っていて味気がない」といった印象が強い宇宙食。近年は種類が増え、実際の料理に近い形と味わいのものも増えてきているが、それができるのは今のところ国際宇宙ステーション(ISS)のように地球から食糧を届けられる距離だからこそ。将来的に月面や火星などより遠くに人が居住することになれば、現地にあるもので食糧を生産・調達する必要に迫られることは間違いない。
そんな未来の宇宙食は、一体どんな形になるのだろうかーー。それを具現化すべく、食の未来を作るというコンセプトのOPEN MEALSを主宰し、フードテックアーティストとしても活動している榊良祐氏が、「個人的な趣味の一環」としてクローズドな食事イベント「2100年火星の食卓」を開催した。フードテックベンチャー4社や、有名シェフらの協力を得て実現したそのイベントの中身について、同氏に話を聞いた。
ーー「2100年火星の食卓」というテーマで食事会が開かれた経緯を教えてください。
はじまりの食卓という会社の取締役をしている、僕の友人でもある飯塚智啓さんが、食イベントを始めていたのが発端です。ただ食を楽しむだけでなく、そこに使われている素材などのバックグラウンドも含めて理解したうえで食事を楽しむ、といったイベントです。たとえば第1回は京都の焼き物作家と京都のシェフがコラボし、イベント後に焼き物の土が取れる場所を見学するなど、食イベント単体で終わらず、人とのつながりや食のルーツといったストーリー・体験を通して食を楽しめるようにする活動をしています。
僕もそのイベントにゲスト参加したのですが、フードテック絡みでも何かやってみたいなと思い、第3回目に「2100年火星の食卓」というテーマで飯塚さんと一緒に開催しました。まだ実験的な内容でもあるので、まずは僕と飯塚さんの知り合いベースで、25人くらいの参加者を集めて開催しました。
ーーなぜ「火星」だったのでしょう。
地球の食に関わる産業においては、食糧危機、資源枯渇、フードロスなどの課題があります。食産業は二酸化炭素の排出も大きいとされていて、いずれも早急な解決が求められている問題です。そんななかで宇宙への移住も現実味を帯びつつあり、2040年には月面に1000人、2050年には火星に1000人居住すると予想されています。
月面や火星のように資源が乏しいとされている場所でそれだけの人間が生活していくには、現地で持続的な食産業を成立させる必要があります。そして、もしそれが可能になれば、今の地球における食の課題解決にもつながります。そういった視点から「2100年火星の食卓」というテーマに設定しました。
具体的には「食資源ゼロの火星でサステナブルな食産業が実現した2100年の食卓」をコンセプトとしました。東京・日本橋にあるフレンチレストラン「caveman」のヘッドシェフである熊取谷准(ひしやしゅん)さんにお願いし、宇宙食の文化がおそらく成熟期に入っているだろう2100年のフルコースをイメージして、一夜限りのスペシャルなフードを作ってもらいました。
ーー使用した食材は4社のフードテックベンチャーのものだそうですが、その4社を選定した理由を教えていただけますか。
資源のない火星でも食産業を実現可能にする技術をもっていると思われる、日本を代表するフードテックベンチャーのなかから選びました。
「リージョナル・フィッシュ」は、ゲノム編集で魚を品種改良する技術と、陸上養殖の技術を持つベンチャーです。ゲノム編集によって成長スピードを早めることができるので、通常の養殖期間でも身が大きくなり、可食部が最大1.6倍の鯛やフグなどをつくることができます。遺伝子組み換えと違って、自然で起きる変化を高速化する技術ですので安全なことも特徴です。
世の中の食物は家畜をはじめ、ほとんどが品種改良されていますが、魚だけは品種改良があまり進んでいません。それを最新のIoT技術などを駆使して実現し、海がない場所で、低コストで養殖できるということで、火星向きの食材だと思いました。
「プランテックス」は、AI技術と人工光による植物工場を開発しているベンチャーです。植物工場の会社は他にもありますが、同社は植物を栽培している棚を完全に密閉した室内に置き、その1つ1つの室内ごとに温湿度、CO2濃度、水分量や風速など、20のパラメーターを制御して、あらゆる環境を再現できるようにしているのがポイントです。
野菜が甘く育つような環境を再現することも、フランスのブルゴーニュ地方の気候を再現してブドウを育てることもできます。レタスは通常の露地栽培より5倍早く育つそうですし、完全無農薬で、収穫期も正確に計算・決定可能です。地下や砂漠、宇宙でも生産でき、火星でも毎日新鮮な野菜が食べられることになります。
「エリー」は、カイコを原料としたサステナブルな高機能食材とアパレル原料を生み出している企業です。カイコのさなぎは良質なタンパク源で栄養が豊富とされ、健康的で多用途な食品原料として利用できます。もちろんカイコが出す絹糸はアパレルに活用できますし、カイコ自体は逃げないので生産しやすく、世代交代も高速なので品種改良にも向いていますから、火星の食材としても最適です。
「グリーンエース」は、日本では年間200万トンとされる廃棄野菜の活用を目指している企業で、短時間で水分を一気に飛ばして野菜などを粉末化する技術をもっています。旨味が凝縮された粉末で、汎用的な使い方ができるうえ、約2年間もの長期保存ができます。重量を元々の野菜の10分の1に削減できるので輸送コストも低くなりますし、3Dプリンターと組み合わせて再び形のある食品に戻すようなことも可能です。
ーーそれらの食材・原料を使って、シェフはどんな料理に仕上げたのでしょうか。
メニューとしては、微粒子パウダーを使った各種ドリンクから始まり、ゲノム編集フグの昆布マリネ、ゲノム編集鯛のセイロ蒸、AI人工光栽培による野菜の炭火焼き、ニラ、トマト、ほうれん草の微粒子パウダーを使ったクスクス、カイコのジェノヴェーゼ(パスタ)などです。デザートはビーツの微粒子パウダーのアイスでした。
このなかでゲノム編集のフグや鯛、カイコのジェノヴェーゼは参加者からの評価が特に高かったですね。カイコは桑の葉で育っているからなのか、シェフによるとほうれん草の胡麻和えのような風味だったので、それにバジルをあわせてジェノヴェーゼソースにしてみよう、という発想になったそうです。
ーー参加者からは他にどのような声がありましたか。
メニューを提供していく際には、僕やベンチャー4社などがプレゼンテーションしたのですが、およそ2時間半という短い時間で現在のフードテックの潮流が理解でき、それと同時に料理も出てくるという構成が今までにない体験で良かった、という声が多かったですね。未来の食というと味は二の次になってしまいがちですが、「本格的な料理でおいしかった」「これなら火星に住めるかも」というコメントもいただけました。
ーーその一方で、料理を担当したシェフからはどのような感想がありましたか。
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