その価格は3000ドル(約42万円)だ。300ドル(約4万2000円)の間違いではない。3000ドルだ。これは、かなりの大金だ。
Appleは米国時間6月5日から開催する年次開発者会議「Worldwide Developers Conference」(WWDC)で、ちまたのうわさになっている拡張現実(AR)/仮想現実(VR)ヘッドセットを披露するとともに、3000ドルという価格を発表するとみられている。一方、Metaは同社の第3世代ヘッドセット「Quest 3」を499.99ドル(日本では税込7万4800円)で今秋に発売すると発表したばかりだ。
500ドル対3000ドル。もしもAppleが3000ドルという価格の製品を発表するのであれば、その金額に見合うだけの素晴らしい何かを備えている必要があるはずだ。
AR/VRヘッドセットを比較する際の観点はそう多くない。それらは以下の通りだ。
価格:Appleはこれまでも、価格面で競争したことはない。同社は常に、使用感や、エコシステムとの統合、品質、独自性、デザインで勝負してきている。発売時の価格は3000ドルと予想されている点からも、Appleは価格で勝負を挑もうとはしていない。
見た目:ほとんどのAR/VRゴーグルは、サングラスよりも、スキューバダイビング用のマスクにずっと近い形状をしている。Appleが、このような大きなゴーグルではなく、メガネに近い形状のヘッドセットを作れば、同社が成功する可能性は高まるだろう。
重量:ゴーグル型のヘッドセットは、見た目が悪いだけでなく重い。このため長時間使用すると首や背中に痛みを覚える場合もある。
装着感:約0.9kgもの重さがあるものを顔に装着する場合、それを固定するためのものが必要になる。AR/VRゴーグルのベンダーらは徐々に装着感を向上させてきているものの、これほど大きくて重く、扱いづらいものを固定する場合、堅さと構造が優先され、装着感が犠牲にされる傾向がある。Appleはこうした問題を解決するスイートスポットを見つける必要がある。
目への負担:ここで述べようとしているのは、瞳孔間距離の調整や、視力の補正が必要な人々への対応の話だ。こういったデバイスによる目への負担は、どの程度のものになるのだろうか。
接続性:ヘッドセットの電源は何か。コンピューターに接続するのか、それとも小型のスマートフォン用プロセッサーを内蔵しているのか。同製品にはAppleシリコン「M3」が搭載されるという臆測もあるが、電源にはベルトパックのようなものを使用するといううわさだ。それならば見苦しくなく不快でもないからだ。
駆動時間:これは接続性と大きく関係する。バッテリーを使うのか壁面ソケットから電源を取るのかによって違うからであり、バッテリーを使う場合は、バッテリーの効率とサイズによっても変わってくる。どういう場合であれ、電源がなくなるまでヘッドセットをどのくらい長く使用できるかだ。Appleはバッテリー技術に関して経験が深いため、比較的うまくやるだろう。
ここまで述べてきた価格以外の6要素について十分な価値を提供できれば、Appleが成功する可能性はある。そうなれば価格という1つの大きな難点は克服されるだろう。
しかし、これまでのうわさでは、このApple製品を「メガネ」と呼んでいるものはなく、やはり「ヘッドセット」としている。Appleがこの製品を受け入れられやすいものにできる可能性はあるが、大成功を収めることはなさそうだ。
筆者は今、ARヘッドセットを装着している。10代の頃から使っている。入っているアプリは1つだけで、それは視力矯正だが、私にとってはキラーアプリだ。はっきり言ってしまうと、私が話しているのは眼鏡のことだ。テレビを見るとき、車を運転するとき、PCを使うとき、そして時には職場でも使っている。
最近は眼鏡に20ドル(約2800円)ほどしか使っていないが、昔は、700ドル(約9万8000円)以上もかけて特別仕様のものを買っていた。残念ながら、その時代に購入した「Superfocus」メガネは結局壊れてしまい、これを作っていた会社も倒産してしまった。しかし、これを使っていた頃はとても助かっていた。
10年前は、さまざまなコンピューターの画面を見ながら作業できることは私にとって生産性に影響する大きな問題だったため、仕事をこなしながら目への負担も軽減できるなら、余分にお金を支払う価値があった。私の環境と目は時間とともに変化し、今では1つの矯正眼鏡を遠距離用と近くのコンピューター作業の両方に使えるようになった。
つまり、私が言いたいのは、キラーアプリがあれば人々は高くても購入するだろう、ということだ。私が仕事で使うメインのマシンを「Mac」に変えたのは、「Final Cut Pro」を使えるのがMacだけだったからだ。Final Cut Proを使うことで、Adobeの「Premiere Pro」を使うより週に1日分の時間を節約できた。生産性が大いに高まり、追加の出費をMacにかけるだけの価値はあった。
それでは新しいAppleのヘッドセットにはどのようなユースケースが考えられるだろうか。教育、現場作業のリモートサポート、不動産販売、医療など、分かりやすい業界はいくつかある。しかしこの10年間でMacや「iPhone」はビジネスの世界での採用がかなり増えており、同社はビジネス向けも対象とする企業だ。
今もパンデミックが続いていれば、ビデオ会議がそのキラーアプリだと言えたかもしれない。「その場」で「人と顔を合わせて」会議ができる機能を持つAppleのヘッドセットにお金を出す価値はあったかもしれない。しかし、もはやロックダウン状態ではなく、多くの企業がオフィス勤務を再開している。
VR酔いする人でなければ、最新のVRヘッドセットは間違いなくどれもゲームに最適だ。Appleには数えきれないほどの「iOS」版ゲームがあり、ヘッドセットはゲーム分野でヒットする可能性はある。しかし、ユーザーはゲーム用ヘッドセットに500ドル(約7万円)は出すかもしれないが、3000ドルは出さないだろう。VR分野でゲームが大きな要素となるのは間違いないが、それは価格とハードウェアがその目的に照らして現実的なものになった場合だ。
ある魅力的なユースケースを提示しているのがSightfulというイスラエルの企業だ。同社は画面のないノートPC「Spacetop」を開発しており、現在、先行アクセスを提供している。このノートPCでは、代わりにARメガネを使うことで、目の前にワイドモニターのような視界が広がる。携帯性とプライバシーの両面で、この技術は魅力的だ。興味深いことに、同社が採用しているメガネはお粗末なものではない。コンピューターに接続しても、かなり軽くて快適のようだ。ARメガネとノートPCのセットで、先行アクセスの価格は2000ドル(約28万円)だ。
こうした用途以外に、Appleのヘッドセットがビジネスで使われるとは思われない。そこで、最初の疑問に立ち返ることになる。Appleのヘッドセットに3000ドルを支払うだけの価値を見出すには、何が必要か。
米ZDNetのJason Hiner編集長は次のように述べている。「1つ確かなことがある。Appleがヘッドセットを発売するとしたら、同社はそれを、新境地を切り開く製品と考えているということだ」
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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