市場の飽和に政府の値引き規制、半導体の高騰に円安と、何重もの苦難が訪れている2023年の国内スマートフォン市場。その厳しい環境に耐えきれず、FCNTが民事再生法を申請し経営破綻するなど国内メーカーの撤退が相次ぎ話題となったが、その一方で逆に、これから日本市場に本格参入しようという企業も現れている。
それが米国のスマートフォンメーカー、オルビック(Orbic)だ。同社の日本法人であるJapan Orbicは6月1日に記者発表会を実施し、スマートフォン「Fun+ 4G」と、タブレットの「TAB 8 4G」「TAB 10R 4G」などを日本市場に投入することを発表している。
だが、日本でオルビックを知る人はほとんどいないというのが正直な所だろう。そもそもオルビックとはどのような会社で、なぜ日本に上陸するに至ったのか、そして非常に厳しい市場環境の中、どのような戦略をもって日本市場を攻略しようとしているのかを確認しておこう。
米国のスマートフォンメーカーと言えばアップルが非常によく知られており、他にもレノボ傘下のモトローラ・モビリティや、最近であれば「Pixel」シリーズのグーグルが知られる所だが、実は他にもスマートフォンメーカーがいくつか存在している。
というのも米国は日本と同様、ベライゾンやAT&Tなど携帯電話会社の影響力が非常に大きい上に、国土が広く、移民が多く、所得格差も大きい。市場が細分化されている、昨今の米中摩擦によって世界シェアの大きい中国企業が入り込みにくいなど、世界的に見れば規模は大きいが特殊な市場の1つとなっている。
そうした市場の中でアップルや韓国のサムスン電子などは主として高価格帯の領域を担っているのだが、一方で低価格の領域で存在感を示している米国の新興メーカーがいくつかある。
その1つがオルビックである。オルビックは2006年に創業し、2019年にベライゾン向けにスマートフォンを供給。これを機として米国の他の事業者にも端末供給を本格化しただけでなく、2022年にはオーストラリアの大手通信事業者、テルストラに端末供給を開始して以降海外進出を本格化。2023年に日本進出へと至った訳だ。
だが、先にも触れた通り、日本でオルビックの名前はほとんど知られていない。にもかかわらずなぜ、早い段階から日本へ進出するに至ったのかといえば、オルビックの上級副社長であり、Japan Orbicの社長でもあるダニー・アダモポウロス氏の存在が大きく影響している。
アダモポウロス氏はオーストラリアの出身だが、実はオルビックに参画する前はモトローラ・モビリティに在籍しており、長きにわたって日本法人のモトローラ・モビリティ・ジャパンの社長を務めていた経験がある。
その後、アダモポウロス氏はモトローラ・モビリティを離れ引退を考えたというが、オルビックからの誘いを受け同社に参画するに至ったとのことだ。
そうしたことから同社の海外展開に当たっては、アダモポウロス氏が何らかの経験を持つ人物が選ばれていることが分かる。Japan Orbicのビジネス・ディベロップメント・マネージャーを務める島田日登美氏も、アダモポウロス氏と同じ時期にモトローラ・モビリティ・ジャパンに在籍していた人物であり、モトローラ時代の人脈と経験を生かせることが日本市場参入に至った大きな要因といえそうだ。
ただ、冒頭で触れた通り、いま日本のスマートフォン市場は全てのメーカーにとって非常に厳しい環境にある。そのような状況下でオルビックは、日本市場のどこに商機を見出しているのかというと、投入したデバイスから見えてくる。
同社が日本で最初に販売するのが4G対応のスマートフォン1機種とタブレット2機種というのは先にも触れた通りだが、先の記者発表会で説明に重点が置かれていたのは、実はスマートフォンではなくタブレットの方だった。
しかも、TAB 8 4Gはコンシューマー向けのスタンダードな内容である一方、TAB 10R 4Gは米国国防総省が定める「MIL-810-STD」に対応する堅牢性やIP65の防水性能を備えており、どちらかといえば産業用タブレットというべき内容だ。
タブレットに力を入れた理由としてアダモポウロス氏は、日本で通信機能を搭載したタブレットがあまり出ていないことを挙げている。確かにタブレットは、かつて力を入れていた中国メーカーなどが撤退、規模縮小している。端末自体が減少傾向にあるし、アップルの「iPad」シリーズなど一部の高価格帯のものを除けばWi-Fiのみに対応したモデルが大半を占めている。
それゆえ、オルビックは、市場の隙間ができていた通信機能付きタブレットを、個人向けだけでなく企業向けにも提供することで、日本市場での足がかりを作ろうとしている訳だ。
そして、オルビックは、アダモポウロス氏が「フルラインアップ」と話す通り、非常に幅広い製品群を持っている。日本に投入されたスマートフォンやタブレットはもちろんのこと、フィーチャーフォンやウェアラブルデバイス、Wi-FiルーターやPCもラインアップとして揃えており、中でもフィーチャーフォンは米国で高いシェアを持っているという。
それらラインアップから市場に合わせた製品を投入できることが同社の強みとなるが、もう1つの強みはインドに製造拠点を持っていること。同社は米国に拠点を置くが、世界的な開発体系を取っている。端末は一部中国で生産しているものもあるというが、大半はインドで生産しているという。
多くのスマートフォンメーカーはサプライチェーンが整った中国で端末を生産することが多いのだが、同社はベライゾン向けに供給しているミリ波対応の5Gスマートフォン「Myra 5G UW」などをインドで製造した実績を持っている。インドに高い比重を置く同社の体制は、昨今の米中摩擦を考慮すると米国企業として大きなメリットとなるだろうし、それは米国の同盟国である日本の市場でもメリットに働く可能性が高い。
国内企業の相次ぐ撤退や米中摩擦の影響などで、今後国内スマートフォン市場はニッチ向け端末を主体として、多くの隙間が生まれる可能性がある。そこで豊富なラインアップを活用してその隙間を埋めることにより、日本市場での存在感を高めるというのが同社の戦略といえるだろう。同社はハイエンドのスマートフォンなどは手掛けておらず派手さはないだけに、長い時間をかけて地道に定着していくことを重視している印象だ。
ただ、日本市場で事業規模を拡大していく上で避けられないのは、携帯電話会社からの端末販売である。米国などでは携帯電話会社への端末供給から事業を強化してきたオルビックだが、日本では当初、家電量販店やMVNO等に向けたオープン市場(いわゆる“SIMフリー”)や、法人向けの販売が主となるようだ。
では、同社は日本の携帯各社からの端末供給についてどう考えているのか。アダモポウロス氏は、「既に日本の携帯電話会社と今後の製品について話を進めている」と話すなど、携帯各社と一定のコミュニケーションを持っている様子をうかがわせている。
また、アダモポウロス氏は、オルビックは非上場企業で企業規模が小さく、組織もフラットなことから、プロジェクトへの意思決定を迅速にできることがメリットだと話している。スピーディーで小回りが利くことが、今後の携帯各社との交渉を進める上でもメリットとなってくる可能性は高い。
一方で、気になるのが、国内メーカーとのカスタマイズに対する考え方の違いだ。市場から撤退した京セラやFCNTなどの国内企業は、携帯各社の要求に沿うカスタマイズを徹底することに力を注いできたが、海外企業はコストを重視し、徹底したカスタマイズには消極的な傾向を示すことが多い。
実際にアダモポウロス氏が社長を務めていた時代のモトローラ・モビリティ・ジャパンは、価格が重視されるオープン市場に重点を置いていたこともあり、FeliCaやIP68の防水性能といったいわゆる“日本仕様”への対応には消極的だった。同社がFeliCaなどに対応した端末を投入するのは、アダモポウロス氏が離れて以降のことである。
アダモポウロス氏は携帯各社のニーズに応えるカスタマイズに対して、「必要な対応ができる能力は兼ね備えている」と自信を見せたが、一方で「常にチャレンジとバランスを考えないといけない。(議論の中で)さまざまな要件が出てくるが、本当に消費者が求めているのか、お金を払って求めているのかを含め、バランスの観点から考えていきたい」と話していた。それゆえ国内メーカーのように、携帯各社の要求に徹底して応えるかどうかは未知数な印象も受ける。
日本市場をよく知る人物が参画し、派手さは求めずスポットを埋めていくことで着実に市場での存在感を高めようとしているオルビックの戦略は、現在の市場環境を考慮すれば理にかなっていることは確かだろう。
だが、国内メーカーが相次いで撤退したように、ニッチだけで生き残るのが難しいのもまた確か。着実な実績を積み重ねて知名度を高めながらも、どこかのタイミングで勝負に出る必要に迫られる日が来るかもしれない。
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