2023年4月18日、松本剛明総務大臣は記者会見で、携帯電話向けの新たなプラチナバンドとなる狭帯域700MHz帯の免許割り当てに言及。情報通信審議会で割り当て可能との結論が出たら、今秋頃の割り当てを目指すとしたことが話題となったようだ。
プラチナバンドは主として1GHz以下の低い周波数を指し、障害物の裏側に回り込みやすく、少ない基地局で広いエリアをカバーできることから、携帯電話会社にとって最も重要な周波数とされている。現在NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社がその免許を保有しているが、新規参入の楽天モバイルは、参入時に割り当てる帯域がなかったこともあって免許を保有していない。
それゆえ、新たなプラチナバンドとなる狭帯域700MHz帯の割り当てがなされれば、楽天モバイルがプラチナバンドを獲得し、同社の課題となっているエリア整備の問題解消につながる可能性が高い。だが、この新たなプラチナバンドは、楽天モバイルだけでなく他の3社、ひいては業界の行方も大きく左右する存在でもあるのだ。
そもそもなぜ狭帯域700MHz帯の割り当てが浮上したのかといえば、そこにはプラチナバンドの再割り当てを巡る議論が非常に大きく影響している。これは楽天モバイルがプラチナバンドの免許を持たないことが競争上不利だと訴え、3社に割り当てられているプラチナバンドの一部の再割り当てをするよう要求したからだ。
だが、一部とはいえ貴重なプラチナバンドが奪われるとなれば、ネットワークに与える影響が大きいことから3社は猛反発。2022年に進められた総務省での議論でも、楽天モバイルと3社の意見はかみ合わず紛糾していたのだが、最終的に総務省は楽天モバイルに非常に有利な再割り当ての指針を打ち出した。楽天モバイルは工事費用を一切負担することなくプラチナバンドの再割り当てが受けられる可能性が出てきた。
だがそれは、奪われる側の3社が1000億円前後と見積もる工事費用を全て負担し、プラチナバンドを明け渡さなければならないことにもつながってくる。携帯3社は、ただでさえ政府による携帯料金引き下げ要請で経営に大きなダメージを受けているだけに、もし再割り当てが現実のものとなれば、世界的に遅れているとされる日本の5Gネットワーク整備が一層遅れるなど、業界全体に大きな影響が出てくる可能性が出てきたのだ。
そこで2022年末にNTTドコモが提案し、急浮上したのが狭帯域700MHz帯の割り当てだ。これは既に携帯電話向けに割り当てられている700MHz帯と、他の無線システムとの干渉を避けるために空けられている周波数のうち、3MHz幅を4G向けに割り当てるというものだ。
従来、日本で4G向けに割り当てられてきた周波数帯は狭くても5MHz幅なので、今回の周波数帯はそれより狭いことから“狭帯域”と呼ばれている。3MHz幅の周波数帯は米国やインドなどいくつかの国で割り当て実績があることから、NTTドコモもそこに目を付けて提案したようだ。
ただ、この帯域は電波干渉を防ぐために空けられていたものだ。それを携帯電話向けに割り当てると隣接する周波数を使う無線システムに影響が出る可能性がある。具体的には自動車向けのITS(高度道路交通システム)のほか、地上テレビ放送、そしてコンサートやテレビ中継などに用いられる「特定ラジオマイク」である。
中でも影響が懸念されたのが後者の2つで、狭帯域700MHz帯はアップロード用の帯域が地上テレビ放送と5MHz、特定ラジオマイクと1MHzしか間が空いていない。そこで、実際に狭帯域700MHz帯を4Gに割り当てた場合、それらシステムと共用できるのかどうかを、総務省の情報通信審議会 情報通信技術分科会 新世代モバイル通信システム委員会 技術検討作業班の下に「700MHz帯等移動通信システムアドホックグループ」が設けられ検証が進められてきたのである。
この検証では、過去に700MHz帯を割り当てた際に実施された試験の実績を踏まえながら、当時は存在しなかった実際の4G対応端末を用いて試験を実施した。地上波デジタル放送、特定ラジオマイクとともに、最も条件が悪くなる環境で、それぞれの機器にどの程度の影響が出るかを確認した。
その結果、端末によって他のシステムに与える影響が異なることが判明したという。地上テレビ放送の場合、端末によって周波数が近いチャンネルで一部影響が出る場合があるようだが、より大きな影響が出たのが特定ラジオマイクである。特定ラジオマイクとの共用検証結果を見ると、アナログラジオマイク、デジタルラジオマイク、イヤーモニターといずれの機器との試験においても、最も近い周波数を使った時に混信が発生するなど一定の影響が出ることが確認されている。
特定ラジオマイクは700MHz帯だけでなく1.2GHz帯も使われているが、1.2GHz帯は放送用のFPU(無線中継装置)と共用していることから、それらに配慮した運用が必要なのに加え、日本固有の周波数帯なので海外メーカー製機器の多くが対応しておらず、とりわけ遅延が少ないアナログ方式のイヤーモニターは700MHz帯に対応したものしか存在しないという。そうしたことから検証結果を受け、特定ラジオマイク関係者からは懸念の声が少なからず挙がっていた。
だが、この結果をもって共用できないという結果には至っていない。理由は大きく2つあり、1つは4G端末が常に狭帯域700MHz帯を用い、最大出力で通信するなど条件が最も悪い状況を想定しての検証がなされていること。端末は常に最大出力で通信をする訳ではないので、出力を一定以下に抑えれば影響は起きないのだ。携帯電話会社は700MHz帯以外の周波数帯も使用しているので、他の周波数帯を使っているエリアでも影響は出ない。
そしてもう1つは、運用でカバーできる部分が多いことだ。端末によって一定の条件が揃えば混信が起きることは確かなので、狭帯域700MHz帯を使用する側が、端末の出力が大きくならないよう最適な制御をしたり、基地局を密に設置したりするなど、運用に工夫をすることで影響は抑えられるとしている。
加えて地上テレビ放送に関しては、既に700MHz帯を使用している携帯3社らが設立した一般社団法人「700MHz利用推進協会」と連携した受信障害対策を求めている。特定ラジオマイクに対しては、関係者にあらかじめ基地局開設情報を提供したり、混信が生じた際の問い合わせ窓口を設けるなどの対策が必要になるとしている。
だが、それらの対策を取れば共用自体は可能との結論が出されているようだ。実際、総務大臣の会見後に実施された2023年4月18日に実施された700MHz帯等移動通信システムアドホックグループの第5回会合で提示された報告案を見ても、一連の議論と検証を踏まえ共用できるとの取りまとめがなされている。
ただ、他のシステムと共用可能だとしても、3MHz幅という非常に狭い幅を割り当てて十分な容量を確保できるのか? という疑問を抱く人も少なからずいることだろう。この点もNTTドコモが提案時に検証しており、同社の契約数と帯域幅から計算すると3MHz幅でも約1100万契約を収容できると見込んでいる。楽天モバイルの現在の契約数が500万を切るくらいであることを考慮すると、仮に同社が免許割り当てを受けても当面は容量に困らないと考えられる。
もっとも将来を見越すと、狭帯域700MHz帯の運用には標準化団体の「3GPP」の規定上、課題もいくつかあるようだ。1つは複数の周波数帯を束ねて高速化する「キャリアアグリゲーション」に対応していないこと、そしてもう1つは、5Gが3MHz幅での運用に対応していないことだ。
だが、前者に関しては、これまで700MHz帯を3MHz幅で運用する事業者が存在しないことから定義されていなかっただけであり、3GPPの規定に追加することは比較的容易だという。一方の5Gに関しても、2024年策定予定の標準化仕様「Release 18」で3MHz幅で5Gを運用することを規定する検討が進められているそうだが、あくまでPPDR(公共保安・災害救助通信)を想定したものなので、国内での本格利用を想定するならそれに応じた機能を追加するための標準化活動が必要になるようだ。
実際の割り当て後の運用などを考慮すると課題は少なからずあるだろう。しかし、一連の議論によって狭帯域700MHz帯の割り当てに大きく前進したことは間違いない。そうなると今後は、この周波数帯を楽天モバイルが獲得するのかどうか? という点に焦点が移ってくるだろう。
狭帯域700MHz帯の免許割り当てを楽天モバイルが申請し、実際に割り当てがなされたとなれば、少なくとも当面はプラチナバンドの再割り当てとそれによる混乱が避けられるので業界全体で“三方よし”の結果が得られるが、楽天モバイルが最終的にどのような動きを見せるかはまだ分からない。先の大臣の発言からは2023年秋頃の割り当てが見込まれているようだが、業界の今後を見据える上でもまだ目が離せない状況が続くことになりそうだ。
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