20世紀からDXに取り組むマツダ、AIの教育研修プログラムは全社員に--アイデミー石川の「DXの勘所」

 AIを中心とするDX人材育成のためのデジタル推進を加速するため、全社の組織変革を目指すオンラインコース「Aidemy Business」や、DX知識をゼロから学ぶプログラミングスクール「Aidemy Premium」などを提供する、アイデミーの代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏が、さまざまな業界のDX実践例を連載形式で紹介する。目標はデジタル活用のキーポイント、言わば「DXの勘所」を明らかにすることだ。

 これまで京セラニチレイあいおいニッセイ同和損害保険を取材してきた。続く今回は「マツダ」の変革に迫った。

 マツダは、1990年代から続く全社デジタル革新プロジェクト「MDI(Mazda Digital Innovation)」を土台に、2040年を目途に自社の新車が原因となる「死亡事故ゼロ」を目指すための手段として、ITを活用していく施策などを進めている。

 また、従業員の能力開発支援を始め、AIを使いこなせる「デジタル人材」の全社的育成に積極投資を進めることで、企業としてのデジタルリテラシーを高める。IT人材採用としても2022年度の中途採用でデジタルやITに関する人材の獲得を掲げる他、2023年4月入社の新卒採用では専門コースを設け、コネクテッドカーのサービスや技術開発の強化を見込む。

 MDIの企画・推進を担当する常務執行役員の木谷昭博氏に、マツダで進むDXの要諦を聞いた。

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90年代からマツダのDXは始まっていた

石川氏:まずは、マツダではDXをどのように位置づけていらっしゃるのか、お聞かせいただけますでしょうか。

木谷氏:社内的にはMDIと呼んでいますが、これが経営としてスタートしたのは1996年です。当時、フォードのグループ企業だったこともあり、フォードから派遣された初代社長が意思決定したのがプロジェクトのスタートです。目的は徹底した商品開発の効率化と開発期間の短縮でした。

 フォードは、マツダのアジャイル開発力は評価していましたが、そこに三次元CADやCAM、CAEをフルに使って商品開発プロセスを革新できれば、自社にも転化できるという意図があったようです。それ以降も経営の重要な柱として、MDIは引き継いでいます。2022年11月に公表した2030年に向けた経営方針においても、さらに大幅な効率化を図り、余った時間をお客様の価値創造に充て、結果的に利益が上がっていく構図を狙っています。

石川氏:MDIが20世紀から始まっているのが革新的だと感じました。もともとアジャイル開発という考え方は社内にあったのでしょうか。

木谷氏:そうですね。1996年は「商品開発の期間短縮」が大きなテーマでした。かつて二次元図面が残っていた時代のプロセスは、設定を決め、図面を出し、試作からテストや不具合の改善などを行いながら図面を固め、金型の設計、製作やライン設計など、不具合を調整しながら各パートが「バトンタッチ」するように開発を進めていたのです。

 そうではなく、全てをフル三次元データの環境で図面を仕上げ、机上で試作車を組み立て、生産上の問題を潰していくという、実製作より前の段階で完成度を上げる方式に切り替えたのです。三次元データで衝突実験や金型の塑性加工といったシミュレーションの精度を上げていく。自動車業界では「モデルベース開発(MBD)」と呼ばれ、画期的な自動車開発手法として認識されています。

 車両やパワートレインの設計者だけでなく、生産技術や性能設計などの担当者も加わって、一緒になって図面を作るようになり、現在でいうアジャイル的な開発が実現したのです。

石川氏:つまり、DXで必要とされている考え方やDNAは、すでにマツダ社内で培われているものであると。

木谷氏:DXという言葉が世に出てきた頃には、共通する考え方もあると感じていましたね。2015年、世の中でIoTや「インダストリー4.0」が聞かれた頃からは、ものづくり領域以外でもやれることがあると、2016年に「MDIプロジェクト室」を始動しました。これは私が組織したもので、サプライチェーンの革新、CX(カスタマーエクスペリエンス)、販売マーケティング、コネクティッドサービスといったものに対応する目的がありました。

 ただ、やはりみなさん、なかなかピンと来るものがなかったようです。ものづくりの領域においては今すでに問題が起きているので、取り組む必要性が理解できます。でも、その他の領域においては、課題として挙がっていませんでしたし、デジタル時代の潮流を説明してもあまりに抽象的すぎて、「理解はできるが、なぜ今やるのか」がわかりにくいんです。私も、粘り強く説得して必要性を訴えかけていきました。

マツダ 常務執行役員 MDI&IT 担当 木谷昭博氏
マツダ 常務執行役員 MDI&IT 担当 木谷昭博氏

データを用いた見える化で、サプライチェーンを正す

石川氏:トップダウンでの意思決定も、小さな成功体験の積み重ねも大事だったのだと思いますが、さまざまに取り組まれて来た中でも、特に成果が上がった分野はありますか?

木谷氏:全てのテーマが継続中ではありますが、1つ挙げるならば2019年4月にMDIと実際にシステムを作るITソリューション本部を合体して、現在の「MDI&IT本部」を定常的な組織にしたことでしょう。加速するデジタルイノベーションに対応すべく、さまざまな課題に取り組んできていますが、その1つに、売れ筋車種に集中して生産し、在庫回転率を高めて売り上げを伸ばすオペレーションへの変更があります。

 その実現のためには、「どこに、どんなものが、どれだけ滞留しているのか」を全てデータで見える化してオペレーションすることが望ましい。たとえば、非常に売れていた車種の「CX-5」の部品が「欠品している」といわれても、不足しているディーラーもあれば、しっかり用意できているところもあった。つまり、全体としては部品が足りないのではなく、サプライチェーンが正しく見えていなかったのです。

AI時代は、システムを「作る」「使う」の関係性では無くなった

石川氏:現在はITやDX人材の育成や採用にも注力されているとお聞きしました。中でも2023年からはデジタル人材の育成を全間接社員(技術、事務系などの職種に従事する社員)対象に実施されましたが、その経緯を教えてください。

木谷氏:販売店で商談やサービスをするスタッフにとってもデジタルツールの理解や利用は、もう避けられません。デジタルを知らなくても良いという時代でもなくなっていますね。1つの大きな変化がAIだと考えています。従来のCADやCAMはソフトウェアにしても内容の精度を上げていく専門の作る人と、それを活用するエンジニアという使う人に限られていました。

 しかし、AIは自分たちの日常業務が置き換わることが多々あるがゆえに、AIを知り、どう使い、どんな効果が出て、データが利活用できるのか。そしてビジネスに活かせるのかを、全社員が意識しなければならないものです。自分の業務領域の課題に対してAIを適応してみて、非効率な部分の改善や、価値創造につながるような問題提起をしてもらうことが必要になってきます。私自身がそういった動きが出ることに期待していますし、マツダが全間接社員を対象にAIに関する教育研修プログラムなどを提供し始めた理由の1つです。

石川氏:実際に教育研修プログラムを提供してみて、社内の変化や反響はいかがですか?

木谷氏:進度を確認していますが、やる人はかなり進んでいるし、まだまだの人もたくさんいます。Aidemy BusinessでAIやITの課題感に対する理解を深めつつ、同時並行でそれ以外の課題にも取り組む環境を整えています。例えば、本部単位で「課題認識ワークショップ」を主要なメンバーに実施しています。目標は2030年を目処とした「人とITの効率化」や「生産性倍増」です。それを実現するための課題を、ワークショップを通じて見つけ出そうと。

 そこから全社でやるべき課題、部門固有の課題、その他の課題といったように分類をして、教育プログラムやシステム改修に対する解像度を上げています。「この領域は学習プログラムを提供してAIを学びながら手を付けるべきだ」「この領域はすでにある『Microsoft 365』の機能で十分にできることがある」と整理していこうと。それらができてくると、学習プログラムに対しての正しい位置づけ、より良い利活用が見えてくるはずです。

 非ものづくり領域は、まさに「やり方」が功を奏する部分があり、私は倍増以上のものが得られるのではないかと期待しています。この数年、国内販売会社のオペレーションシステムを見ていても、一定の時間はかかれど可能性はある、とポテンシャルを感じるからです。

メンテナンスなどのサービス工程にもデジタルを活用

石川氏:顧客やCXの立場からすると、予防保全といった考え方もDXで期待されることです。たとえば、車が故障してから直すのではなく、故障の予兆データをキャッチして、壊れる前に顧客へ修理をレコメンドする……といったことです。そうした顧客が関わるようなサービスやメンテナンスの改善など、計画されているものはあるんでしょうか。

木谷氏:2019年の「MAZDA3」という車種から「コネクテッドカー」を全車標準装備で入れました。その中のサービスとして、車の情報が全部上がってきて、深刻な故障コードを検知していた場合は、顧客と販売店に通知が飛び、双方にコミュニケーションを促すような仕組みがあります。

石川氏:まさしく、コネクティビティを活用した顧客体験の刷新とも言えますね。

木谷氏:そうです。コネクテッドカーに蓄積された車両データは、市場発売後に品質面で問題が起きたときも、その原因を特定するために活かされます。私たちはグローバルで自動車を展開していますから、道路やシーンについての情報も貯まる。それらを解析すると不具合の特定が早い段階でわかりやすくなります。

 例えば、先進安全装置の誤動作でエラーが発生するケースがあったときに、ある地域の特定のトンネルを出た瞬間に集中している。それがわかれば、原因の特定から修正までもスムーズです。圧倒的に品質改良のスピードが上がってきていますし、お客様に迷惑をかける比率を落とせる効果が出ていますね。

 また、販売店を助ける施策にもつながります。何か問題に至る前にあらかじめ手を打てれば、損失も対応も少なく済みます。もちろん販売時にパーフェクトなものを出すのが理想ですが、なかなか難しい。しかし、それもデータが貯まることで設計基準や設計モデルにも反映できるわけです。

アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏
アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏

DXは利益を上げ続け、会社を存続させるために欠かせないもの

石川氏:今後のDXによる展望についても伺わせてください。

木谷氏:EV自動車が増え、電動化になってくると、モーターやバッテリーの改善、それらの最適な制御、電池寿命の伸延など、さまざまな技術を高めていく必要があります。基礎研究も進めていますが、私たちとしてはモデルベース開発を用いたシミュレーション技術を高めていくこと、そしてAIをそこにも応用していくことを考えています。

 また、カーボンニュートラルについても、メーカーはCO2排出量の資料などを届け出る点では全てのサプライチェーンがシステムにつながります。これは2024年から順次適応されるEU電池規制案によるところが大きく、私たちが、バッテリーなどを部品メーカーから仕入れた場合は、それらの部品に関する資料もまとめて届け出る必要が出てきます。

 今後は、車ごとにQRコードのような読み取りシステムを付与して、情報の開示義務が課される予定です。

石川氏:デジタル技術の活用で、さらなる見える化を実現されるということですね。最後にぜひ「マツダにとってのDXとは?」をお聞かせください。

木谷氏:マツダにとってDXは、MDIとして1996年に始めた当時から、経営を革新する、もしくは経営課題を解決するものでした。もっと言えば、徹底的に効率化して、生まれた時間を使って、お客様のためになる新しい価値創造をするものです。

 マツダは自動車業界内ではスモールカンパニーではありますが、効率化で固定費を下げ、価値創造で売り上げをもっと伸ばすことで、利益を上げ続けられる存在であり続けたい。そのために重要なのがMDIであり、DXである、と考えています。

木谷 昭博(きだに あきひろ)
マツダ株式会社 常務執行役員 MDI&IT 担当
1982年東洋工業株式会社(現・マツダ株式会社)入社。MDIプロジェクト推進室長、パワートレイン企画部長、R&D技術管理本部長、MDI&IT本部長などを歴任し、2022年4月より現職。

石川 聡彦(いしかわ あきひこ)

株式会社アイデミー
代表取締役執行役員 社長CEO

東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を活かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)、『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』( KADOKAWA/ 2020年)など。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」選出。

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