能動的な変化を求めるニチレイ、DXは必要条件に過ぎず--アイデミー石川の「DXの勘所」

 AIを中心とするDX人材育成のためのデジタル推進を加速するため、全社の組織変革を目指すオンラインコース「Aidemy Business」や、DX知識をゼロから学ぶプログラミングスクール「Aidemy Premium」などを提供する、アイデミーの代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏が、さまざまな業界のDX実践例を連載形式で紹介する。目標はデジタル活用のキーポイント、言わば「DXの勘所」を明らかにすることだ。

 これまでダイキン工業京セラなどを取材してきたが、続く今回はニチレイの変革に迫る。

 「食のフロンティアカンパニー」を掲げるニチレイは、加工食品事業をはじめ、水産・畜産事業、低温物流事業、バイオサイエンス事業を手掛けるグループ企業を束ねている。グループ戦略の重要施策を「新たな価値の創造」「ESG対応の強化」「事業ポートフォリオ管理」「主力事業の成長と低収益事業の改善」に定め、経営資源を割り当てる項目として「IT・DXの推進」を挙げている。

デジタル活用による業務改革を推進し、情報関連への投資は87億円。全社員を対象とするデジタル研修プログラムなども進行するなかで、今後の見通しをどのように捉えているのか。ニチレイ 代表取締役社長の大櫛顕也氏、社内でのDX推進を取り仕切る情報戦略部長の坂口譲司氏にニチレイで進むDXの勘所を聞いた。全体の概要や人材育成を紹介した前編に続き、後編では新規事業創出や展望を紹介する。

キャプション

イノベーションを属人的にさせない仕組み

石川氏:「売上高1兆円、海外売上比率30%、営業利益率8%」という2030年までの長期目標を達成するために、デジタル環境をベースにした新しい事業創出が必要というお考えがあると伺いました。すでに実際に走り始めている事例も生まれているそうですね。

大櫛氏:ニチレイでは2025年から2030年に起きるであろう社会変化の予測として「食のパーソナライズ化の加速」に着目しています。最大公約数ではなく、より個人に寄った食のニーズが高まると考え、献立自動生成アプリ「conomeal kitchen」を2020年11月にスタートしました。

 しかし、動き出すほどに「これほど足らないものがあるのか」と気付かされました。社内にデジタルの知見が少ないなかでは、技術面をアウトソーシングしても、やはりうまくはいきません。そこで、同様の献立自動生成アプリを手掛ける企業のミーニューの全株式を取得し、提供中のサービスである「me:new」へ2021年11月に統合することにしました。

石川氏:立ち上げ段階とは予想外のことも起きていったと。

大櫛氏:もともとconomeal kitchenは、経営企画部のメンバーが構想したサービスで、新規事業として始まったものでした。まずは1回トライしてみようとなったのですが、実際に動き出すと経営企画部はそれ以外にもさまざまなことを進めないとなりませんから、結局は人的リソースが枯渇してしまい、発起人も一生懸命ながら、やはり疲弊してしまって。

 ただ、これらの経験から次につながる学びもありました。「IMS」と呼ぶイノベーション・マネジメント・システムという仕組みを導入して、運用を始めたことです。ニチレイから画期的なものを生み出すべく奔走している、ニチレイ 取締役執行役員 川﨑順司の統括による仕組みです。彼らは社内の研究者や開発者に膨大なヒアリングを行い、どのような経験をして、いかに評価していったのかをレポーティングしてくれました。

 結果として、イノベーションの種は往々にして属人的であり、それゆえに組織長や部門のトップも代わることで、言葉は悪いですが「はしごを外される」ような事態もかなり多かったことが明らかになりました。新しいことは時間もお金もそれ相応にかかりますが、進捗状況が見えにくいのもあって、突然打ち切られることもあったわけです。

 IMSはそれらを属人的にさせず、仕組みとして解決するものです。たとえば、あるステージまで承認が得られた場合には予算が付き、開発期間が設けられるといったことを、全員で合意しながら進められるようになりました。conomeal kitchenは言わばスタートアップですから、ターゲットの見直しなどが必要なこともありえますが、そういうときにも進捗を見て、ステージごとに管理できるIMSのような仕組みは大切になってきます。

石川氏:実際、me:newを私も使わせていただきました。とても使いやすく、ユーザー視点が開発で生かされている設計だと感じます。ただ、現在の冷凍食品や冷凍配送のビジネスとは離れたアプリケーションの型ではあります。現業にこだわらない、ある種の「飛び地」の新規事業をこれから増やしていくのでしょうか?

大櫛氏:その答えは、どこまでを「飛び地」とみなすのかにも関わってきますね。私の中ではme:newは飛び地であるイメージはないです。私たちのビジョンやミッションでは食生活を通じて健康で豊かな暮らしを届けたいわけですから、食に関する課題解決という点では、とても近いものになってきます。

(左から)ニチレイ 代表取締役社長 大櫛顕也氏、情報戦略部長 坂口譲司氏
(左から)ニチレイ 代表取締役社長 大櫛顕也氏、情報戦略部長 坂口譲司氏

現状を見直すことで生まれる、次世代輸送システム

石川氏:すでに取り組まれているプロジェクトとしては、次世代輸送システムの「SULS(サルス)」もあります。これもデジタルを使った効率化などを図る仕組みの一環と考えてよいのでしょうか。

大櫛氏:そうです。荷台部分が切り離し可能なトレーラーを活用したシステムで、グループの拠点間輸送において、荷積み、荷下ろしなどの作業を乗務員ではなく拠点側が行えるようにしたものです。トータルの運行時間を大幅に短縮するとともに、ドライバーの時間外労働の上限規制が適用されることで発生する“トラックドライバー2024年問題”への対応、環境負荷の軽減を実現するものです。

 名前の由来も「S&U Logistics System」の頭文字です。まず「S」にはSpeedy(よりスピーディに)、Sustainable(持続可能な)、Solution(課題を解決する)という3つの意味。そして「U」にも、Utility(より効率よく)、Usability(より使いやすく)、User Experience(高い体験価値)、という3つの意味が込められています。「3つのS」を生み出し、社会や顧客に「3つのU」を提供していくシステムです。

 これはロジグループのメンバーがパートナー企業とディスカッションしながら生み出したアイデアだと捉えています。トラックドライバーの現場をよく知る人たちが、現状をあらためて観察し、より効率的に荷積み、荷下ろし作業ができるようにしたもの。効率でいえば4~5倍も違うと言います。やはり私たちは輸送なくしてお客さんへ商品を届けられませんから。

石川氏:こちらは新規事業であるme:newよりも、直接的に既存事業へ貢献するものですね。また、全国展開するニチレイだからこそのシステムであるとも見えます。

大櫛氏:そうですね。当社ロジグループは全国約80ヵ所の自社運営拠点を持っており、また95社の運送協力パートナーがいることや国内最大規模のベースカーゴがあることも強みです。「SULS」の仕組みの整備を、まずは東名阪の拠点間輸送から開始していますが、今後は全国へ順次拡大していく予定です。低温物流における課題を解消し、より持続可能なかたちへ進化させられると踏んでいます。

能動的に自分から環境を変えていけるようにする

石川氏:デジタル人材育成にも関連しますが、ぜひとも今後、デジタル知識がさらにインストールが進んだニチレイで、期待していく動きを教えてください。

坂口氏:現段階で考えていることとしては、データ活用を学んでいく研修を実施したいと思っています。私もやりがちですが、データが貯まっていると、ついついExcelを触って分析を始めたくなってしまうものです(笑)。

 しかし、分析の前には、まずは自分の課題から仮説を立て、必要となるデータはどういうものがあるのか、それらを整理していく作業も欠かせません。こういった観点を理解するプログラムをワークショップ形式で実践し、さらに自分の現業でも試してもらいながら、データ活用に関する勘所を磨いてもらいたいと考えています。それらが実現できると、もっと複雑な分析までできるようになり、仮説検証もさらに磨かれていくでしょう。

 また、従来のニチレイは、ITといえば会社が用意したものを使うものと受動的に捉えがちでしたが、今後は能動的に自ら必要なものを作っていけるようにしたい。

 「こんな仕組みがあったらいいな」と思っても、具体化できる基盤がありませんでしたが、最近はローコード、ノーコードツールも色々でてきているので、自ら便利にしていくような開発環境で実際に触り、スマホアプリのプロトタイプでも作れるようになれば、部署の業務効率化や部署間連携も促せると思っています。あるいは生活者との接点としてme:newのような新規サービスも生まれるでしょう。

 能動的に自分から変えていける、という観点を大切に、ローコード、ノーコード開発などに触れる研修プログラムを準備していき、徐々にデジタルリーダーまで結びつけていきたいと思っています。

アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏
アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏

DXは必要条件にしか過ぎない

石川氏:「ニチレイグループ DX戦略」として、「従業員一人ひとりがごく当たり前にデータ・テクノロジーを使いこなし、地球と人々に新たな価値を提供し続けます。」と掲げていらっしゃいます。こちらを制定した背景などを教えてください。

大櫛氏:「ごく当たり前にデータ・テクノロジーを使いこなす」という文言は坂口からの提案で入れ込みました。本当にそのとおりで、普段の業務の中でも当たり前にしたいことです。今でこそDXは勉強するものですが、当たり前というのは、それらをことさら意識しなくてもできるような状況です。

 今後、デジタルネイティブ世代の社員たちが加わり、その規模が何千人となれば、自然と当たり前になるのかもしれませんが、現在はそうなっていない。既存社員がそうなっていなければ、デジタルネイティブ世代との仕事が難しくなる。今後はそれら2つの世代が両軸となれる関係を作っていくのが目指すところになります。

石川氏:ありがとうございます。最後にぜひ「ニチレイにとってのDXとは?」をお聞かせください。

坂口氏:私の思いはDX戦略に込めています。これまでのニチレイグループでは「自分はITがわからないから」といった言葉が通ってしまっていた。でも、世の中は全くそういう状態ではなく、研修プログラムを受講して、世の中の変化を感じてくれた社員が増えたと思います。

 違う視点が得られ、発想が豊かになるのが、まさにDXの「トランスフォーム」に関わるところ。みんなで集ったり支え合ったりして、つながり合いながらニチレイ全体が変わっていくことが、私にとってのDXだと思っています。それを生活者へ価値として提供できるようになったら嬉しいですね。

大櫛氏:従業員みんなが意識して持つ、必要なスキルであることは疑いようがありません。一方で、企業の目線から見ても、DXやサステナビリティへの意識が、企業を存続させていく必要条件になりました。でも、十分条件ではありません。ここがいつも議論になるポイントです。それらの経済的価値も、ちゃんと追求しなければなりません。

 私自身は飽きっぽい性格です。新しいものが出ると興味が湧く。たとえば、「代替肉」や「植物肉」が海外で門外漢の方の参入によって事業化され、巨額の資金が投じられた事例がありましたが、食品業界にいる私にとってもインパクトのある出来事でした。なぜなら年に1度、5年、10年先を見て議論をする弊社の戦略会議でも、15年ほど前に植物肉の話題が出ていたからです。

 私はぜひ植物肉に取り組みたいという意思を表したけれど、社内からは賛同が得られなかった。当時あった植物性たんぱく質の味が満足いくものでなく、みんながそれを思い浮かべたからです。ただ、フードテックから出てきたものは、データなどを参照しながら全く違うアプローチで作り上げていました。

 こちら側の発想を変えれば、そういう新しいものが生まれる余地がまだまだある。既存ビジネスの観点だと「やらないほうがよい」と意識が向きがちですから、あまり大きくないサイズ感で考えたほうが、色々な制約も自分たちで取り去ることができる。スモールスタートで取り組んで、次の時代へのきっかけをつくっていきたいです。

大櫛 顕也(おおくし けんや)
株式会社ニチレイ 代表取締役社長
九州大学農学部卒。1988年入社、2011年に株式会社ニチレイフーズ事業統括部長。2013年に株式会社ニチレイ経営企画部長、2014年執行役員就任。2015年、株式会社ニチレイフーズ常務執行役員 経営企画部長、同年に取締役就任。2017年、同社代表取締役社長に就任し、2年後の2019年から現職。福岡県出身。

坂口 譲司(さかぐち じょうじ)
株式会社ニチレイ 情報戦略部長
ニチレイグループのIT・DX戦略立案及び、ERP・グループウェアなどの共通システム企画、情報セキュリティ施策を統括。2021年4月情報戦略部内にDX推進グループを新設。ニチレイグループのDX活動を推進・支援する。2021年4月より現職。

石川 聡彦(いしかわ あきひこ)

株式会社アイデミー
代表取締役執行役員 社長CEO

東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を活かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)、『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』(KADOKAWA/2020年)など。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」選出。

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