全社員デジタル研修受講のニチレイ、狙いは「共通言語」の獲得--アイデミー石川の「DXの勘所」

 AIを中心とするDX人材育成のためのデジタル推進を加速するため、全社の組織変革を目指すオンラインコース「Aidemy Business」や、DX知識をゼロから学ぶプログラミングスクール「Aidemy Premium」などを提供する、アイデミーの代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏が、さまざまな業界のDX実践例を連載形式で紹介する。目標はデジタル活用のキーポイント、言わば「DXの勘所」を明らかにすることだ。

 これまでダイキン工業京セラなどを取材してきたが、続く今回はニチレイの変革に迫る。

 「食のフロンティアカンパニー」を掲げるニチレイは、加工食品事業をはじめ、水産・畜産事業、低温物流事業、バイオサイエンス事業を手掛けるグループ企業を束ねている。グループ戦略の重要施策を「新たな価値の創造」「ESG対応の強化」「事業ポートフォリオ管理」「主力事業の成長と低収益事業の改善」に定め、経営資源を割り当てる項目として「IT・DXの推進」を挙げている。

 デジタル活用による業務改革を推進し、情報関連への投資は87億円。全社員を対象とするデジタル研修プログラムなども進行するなかで、今後の見通しをどのように捉えているのか。ニチレイ 代表取締役社長の大櫛顕也氏、社内でのDX推進を取り仕切る情報戦略部長の坂口譲司氏に、ニチレイで進むDXの勘所を聞いた。全体の概要や人材育成をお届けする前編と、新規事業創出や展望についてまとめた後編の前後編でお届けする。

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2030年の長期目標達成に欠かせないデジタルの観点

石川氏:ニチレイが全社員を対象にデジタル人材育成研修を実施する際の学習ツールとして、アイデミーのAidemy Businessを導入いただいています。やはりデジタル人材の育成は課題として顕在化していたのでしょうか?

大櫛氏:そうですね。社長に就任して4年目になりますが、デジタルやITに関する社内の認識や関心度を上げることを課題として感じていました。

 2003年に日立製作所とITアウトソーシング会社を共同で設立し、ニチレイ関連のシステム系業務をアウトソーシングすることで、確かに一定の成果は出てきました。ただ、ここ5年ほど、「デジタルを活用した事業創出」といった展開を考えるにあたって、どうも社内の雰囲気がよろしくない。アウトソーシングを進めたがゆえに、それらは「IT担当部門が専門的に担うところだ」といった空気が感じられたのです。要は、ITやデジタルについての勘所や知識が、社員から遠いものになっていたわけです。

 しかし、既存事業を推し進めるだけでは、私が定めた「売上高1兆円、海外売上比率30%、営業利益率8%」という数値を含めた2030年までの長期目標には届かない。この届かない部分を新規事業で担う必要があり、その点は他企業を見てもデジタル環境をベースにした展開が考えられる。そこで、2021年度に情報戦略部の中にDX推進グループを設け、社内からも人材を公募して組成し、まさにデジタル環境の構築を推し進めているところです。

坂口氏:DXは大櫛の熱い想いもあって、ニチレイの各事業会社の協力の下、情報戦略部に人材を集めて「ミニ・ニチレイ」といった状態で現場に則した議論ができるような組織を作りました。既存事業から集約できるデータの活用や、テクノロジーとの掛け合わせによる事業創出など、可能性を探っています。

石川氏:「大櫛社長の熱い想い」という言葉もありましたが、大櫛社長はデジタル関連には親しんでいらっしゃったのですか?

大櫛氏:新しいもの好きだからかもしれません(笑)。私が入社した1988年当時は、コンピューターも社内の特定の人だけが使えて、普段の仕事は電卓でした。大阪の生産工場で、日々使う大量の原料を調べ、不足分を発注する業務を担っていましたが、しばしば電卓だけでは計算間違いが起きて上司に怒られる。そんな時、上司からコンピューターと、今で言う「表計算ソフト」を与えてもらったときは、ほんとうに驚きました。

 入社して初めてのボーナスで、日本橋で買ったのが「Macintosh Classic II」でしたね。それを自分でも扱えるようになって、1990年代には従業員ごとにパソコンが導入されてきました。その時は社員でも「自分には必要ないよ」という声が出たものですが、昨今のスマホの登場は全く様相が違いました。この10年ほどで持たない人はいないほど、世界が変わりましたからね。

 しかし、それだけの変化がありながら、社員の「仕事のやり方」は変わっていない。プライベートではみんなスマホを使ってさまざまなことをしているのに、会社の内部は古いやり方で仕事を組み立ててしまっている。食品業界でもスタートアップが現れている今、このままでは駆逐されるという危機感もありました。ただ、従業員のやる気も含めて資産はいろいろとありますから、これからを担う若手社員だけでなく、全体としてDXを旗印に、まずはWillよりもMustを重視する形で、デジタル研修プログラムなども導入してきました。

アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏
アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏

社長自らが率先してデジタル研修を受講

石川氏:ありがとうございます。そういった課題感からアイデミーをお選びいただいたのは本当に嬉しいところです。

大櫛氏:いえいえ、素晴らしいサービスで感激しました。社員に受けてもらう以上、まずは自分自身で受講してみました。私も誤解していることがたくさんありましたし、気づきを多く得られました。

石川氏:大櫛社長が積極的に受講いただくと、デジタル技術のネイティブとして育ってきた若手のメンバーを中心に嬉しく感じるでしょうし、より彼らが活躍しやすい場になる期待が大きくなりますね。

大櫛氏:現状のままで新しいことを始めようとしても、企業でよく聞く「適する人材がいません」といった話になってしまうでしょう。その上で、今後は既存業務の生産性も高めて、「これまで50人でかかった仕事を20人でこなし、浮いた30人で新しい仕事に取り組む」といったやり方に変えていきたいのです。

 そもそもデジタル活用とは何か、ビジネスモデルに組み込めるか、といった観点を踏まえたうえで、次なる成長エンジンとして育てたいですね。

石川氏:これからの成長エンジンが、まさにデジタル技術との組み合わせによって生まれるものというお考えがあると。

大櫛氏:私自身も、まだまだ勉強不足です。それこそWeb3.0の議論から「経済価値をやり取りできる」といわれても、今はそこまでは考えられない。しかし、いずれそういう時代が来たときに全く何も太刀打ちできないようではいけません。外部の方も一緒になって、向かっていけるように社内外で取り組んでいきたいです。

ニチレイ 代表取締役社長 大櫛顕也氏
ニチレイ 代表取締役社長 大櫛顕也氏

全社員が同じ言葉を共通理解できているように

石川氏:デジタル人材の育成について、ニチレイでは全社員を対象とされているのも、とても画期的だと感じました。おそらくは懐疑的なメンバーもいらっしゃったはず。どのように働きかけていかれたのでしょうか?

大櫛氏:今後はデジタルマインドやリテラシーが評価されないと、マネジメント層に就けないというくらいの体制にしていきたいのです。なぜなら、そこが理解できなければ、スタッフや部下からの提案にも応えられず、良い芽を摘んでしまいかねない。個々人の向き不向きや適性も含めて人事データを一元管理できるタレントマネジメントシステムも導入しました。今後の登用や組織づくりには、研修プログラムの受講データも活用していくつもりです。

坂口氏:実はこれまでニチレイでは、IT系の全社規模の教育を実施するケースはありませんでした。そういう意味でも、理解度合いに差はあれど、みんなが同じ言葉を共通理解できている状況をつくることが大事ではないかと思いました。共通言語で話せるようになれば、何か新しいことに取り組むときでもスピード感が変わってくるはずです。

 たとえば、若手からの提案をミドルクラスのマネージャーがケアできなかったり、現業ベースでしか考えられなかったりすると、新規提案がしにくくなってしまうでしょうから。経営層から若手世代までが共通言語で話せるためにも、一定の研修プログラムを全員が受講することは、実施してみてなおさら感じた価値だったといえます。

大櫛氏:シームレスな組織にしたいですね。ニチレイには事業会社ごとの壁があり、さらに事業会社の中にも組織の壁があるものです。「Microsoft Teams」を導入したのも、それらを壊し、組織を超えた相互交流を促していくためです。いずれは直属の上司さえ飛び越えて、新しい提案やアイデアが生まれることも期待したいですし、実際に出始めています。

坂口氏:デジタル研修に関連してTeamsのチャネルを作ったのですが、受講者がメッセージを投稿したり、交流できたりする場所になってきて、そこへ地方の事業所の社員が連絡をくれました。実際にそこから新たな取り組みが始まっていて、従来では接点がなかった社員同士がデジタルを使って距離などの制約を乗り越えています。

 アイデミーの研修プログラムは「誰が、どのタイミングで受講したのか」というログが取れますよね。必須講座以上に多く受けている人がいれば、その分野へ関心が高いことを示すでしょうし、そういった人材はこれまでの評価制度では発掘できなかったところです。

大櫛氏:いずれは基本的に情報もフルアクセスにしたい。閲覧者がその情報から新しいことを発想し、うまれたものを全社へ発信していけば、良い循環ができていくはずです。

ニチレイ 情報戦略部長 坂口譲司氏
ニチレイ 情報戦略部長 坂口譲司氏

各部署のリーダーがデジタルを活用した変革者に

石川氏:デジタル研修の全体像を紹介する資料を拝見すると、デジタルリテラシーを高める第1段階から、業界のデジタルエバンジェリストを務められるような第5段階まで、DX人材に対する構想もしっかり階層分けされているのが印象的でした。

坂口氏:これらの段階分けは自分たちで色々と議論して決めました。第1段階は「DXはこういうものか!」と知ったり気づいたりする、という全ての前提になるものですね。上位レイヤーへ上がると、実際にツールに触れる、自部署内の変革プロジェクトを起こすところから、複数部署にまたがるようなもの、さらには業界にも影響を持つものといったように、段階分けしています。

石川氏:特に第2段階から第3段階では「デジタルリーダー」と呼ばれる職種があると思っています。リテラシーだけではなくて、実際にビジネスを組み立てて現業の課題をデジタルで解決していく存在なのだと思います。こういった人材に期待することは?

坂口氏:彼らはデジタル専門部署の人材ではなく、デジタルを活用できる各職場にいるリーダーというイメージです。今後は、業務効率化の視点や社外パートナーとの接点なども踏まえて、デジタルへの知見を持つリーダー自らが、ビジネス全体を把握し、新たに変えていくという体制にしていきたいと思っています。

 やはり「ビジネスを新たに変えていく」という目標に対してもデータやテクノロジーを使うことで、取り組み方が変わってくると思いますし、デジタルリーダーは部署のロールモデルとなって、部内の活性化にもつながるでしょう。この点は人事部と共にタレントマネジメントシステムで全社的に見える化していきます。そうすることで、大櫛の言うデジタルに対する社内のもやもやとした雰囲気も、きっと晴れていくのだと信じています。

大櫛 顕也(おおくし けんや)
株式会社ニチレイ 代表取締役社長
九州大学農学部卒。1988年入社、2011年に株式会社ニチレイフーズ事業統括部長。2013年に株式会社ニチレイ経営企画部長、2014年執行役員就任。2015年、株式会社ニチレイフーズ常務執行役員 経営企画部長、同年に取締役就任。2017年、同社代表取締役社長に就任し、2年後の2019年から現職。福岡県出身。

坂口 譲司(さかぐち じょうじ)
株式会社ニチレイ 情報戦略部長
ニチレイグループのIT・DX戦略立案及び、ERP・グループウェアなどの共通システム企画、情報セキュリティ施策を統括。2021年4月情報戦略部内にDX推進グループを新設。ニチレイグループのDX活動を推進・支援する。2021年4月より現職。

石川 聡彦(いしかわ あきひこ)

株式会社アイデミー
代表取締役執行役員 社長CEO

東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を活かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)、『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』(KADOKAWA/2020年)など。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」選出。

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