AIを中心とするDX人材育成のためのデジタル推進を加速するため、全社の組織変革を目指すオンラインコース「Aidemy Business」や、DX知識をゼロから学ぶプログラミングスクール「Aidemy Premium」などを提供する、アイデミーの代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏が、さまざまな業界のDX実践例を連載形式で紹介する。目標はデジタル活用のキーポイント、言わば「DXの勘所」を明らかにすることだ。
これまではニチレイ、京セラ、ダイキン工業などを取材してきたが、続く今回はあいおいニッセイ同和損害保険の変革に迫った。
同社は、2022~2025年度にかけて策定された中期経営計画の戦略の柱に「CSV×DX(シーエスブイ バイ ディーエックス)」を掲げている。従来の保険や関連サービスに加えてDXを活用して社会や地域、お客さまの課題解決に貢献することで、新たな価値を生み出す、つまり「社会との共通価値の創造(Creating Shared Value)」をさらに加速させる意志を込めたという。未知のリスクや社会、地域の課題解決に貢献する保険商品や新たなサービスで、安全、安心かつ快適な社会を新たに創り出していくことが目標だ。
また、「人材」を「人財」と表し、2025年度までに「デジタル人財」を3000人規模までに拡大する方針も掲げている。2017年から滋賀大学データサイエンス学部との産学連携、2019年からデータサイエンティストの育成、採用強化のために全社員向けの教育プログラムを展開。採用ではデータサイエンスに興味のある大学生、大学院生を対象にインターンシップを実施し、数日のプログラムを通じて業務を体験してもらう試みも始まった。
それらを通して見えてきた、あいおいニッセイ同和損保で進むDXの勘所とは、いかなるものだろうか。取締役常務執行役員で、「データビジネスプロジェクト」や「未来戦略創造プロジェクト」などを担当する白井祐介氏に、その要諦を聞いた。
石川氏:2022年度からスタートした中期経営計画において、DXをどのように位置づけていらっしゃるのか、まずはお聞かせいただけますでしょうか。
白井氏:今回の中期経営計画では「Creating Shared Value」の頭文字を取った「CSV」に「DX」を掛け合わせた「CSV×DX」を戦略の柱に掲げ、取り組んでいます。損害保険事業を通じて、お客さま、地域、社会、ひいては地球の課題解決に貢献することで、共通価値を生み出し、私たちも持続的に成長する企業になることを目指しています。
損害保険事業は、お客さまに「万が一」の事態が起こってしまった場合に、経済的な補償をすることが本質ですが、昨今の台風など自然災害が激甚化、頻発化している中、損害保険は従来どおりのままでよいのか、という課題意識がCSVの原点にもなっています。
そこで、保険にデジタル活用、DXを活用した、「CSV×DX」の取り組みによって、補償の前後、つまり事故が起きる前には事故の未然防止につながるサービスを、事故が起きた後には保険金の早期支払いにつながるサービスの開発を推進してきました。その代表例が「テレマティクス自動車保険」です。
この自動車保険は、当社オリジナルのドライブレコーダーや専用車載器の通信機能とスマートフォンを連動させ、急発進や急ハンドル、スピード超過があった際にお客さまに安全運転を促すアドバイスを行うと同時に、運転状況をスコア化して、スコアに応じて次契約の保険料を割り引くものです。実際に、この保険に加入いただいているお客さまについては、事故発生頻度が約15%低減したという結果も出ています。
石川氏:なるほど、まさにデジタル系サービスでは当然となったパーソナライズにも通じており、事故を起こさないお客さまにも損害保険契約のメリットを享受いただけるよう、保険料にも反映しているんですね。
白井氏:また当社のテレマティクス自動車保険では、テレマティクス技術を活用した事故対応サービス「テレマティクス損害サービス」を提供しています。このサービスでは、AIがドライブレコーダーから取得した加速度データの波形から事故の特徴があるものだけを抽出し、直後の安否確認などを専任オペレータからお客さまにご連絡させていただくことで、事故発生時のお客さまの心身のケアや事故報告の負担の軽減につなげています。また、記録映像をAIが解析、判定し、事故状況と判例情報を照らし合わせて、過失割合の判定もサポートすることで、事故の早期解決も実現しています。
石川氏:御社の中で「運転挙動データまで取る必要があるのか」「正しく挙動を判定できるのか」といった懐疑的な声もあったのではと推測しますが、いかがでしたか?
白井氏:最初からエラーゼロというわけにはいきませんでしたが、トライアンドエラーを繰り返しながら改良していきました。
石川氏:私たちも身を置くソフトウェア業界では、フィードバックに応じてアップデートしていく「アジャイル開発」が数年前から日本でも注目され、スタートアップ系のサービスはそういった考え方で作られているものだと理解しています。保険業界のデータ活用もアジリティ(機敏性)を持って機動力高く改善されているんですね。保険会社は保守的なイメージがありましたので、御社がそういったカルチャーを持たれているのは驚きでした。
白井氏:ありがとうございます。このほか当社では、ご説明しましたテレマティクス自動車保険や付帯している損害サービスだけでなく、テレマティクス自動車保険から得られる走行データを活用し、地域の交通安全に貢献する新たなサービスとして「交通安全EBPM支援サービス」に現在取り組んでいます。
サービスの具体的な内容としては、テレマティクス自動車保険の走行データから「急ブレーキが踏まれやすい」といった危険箇所を可視化した「交通安全マップ」を開発し、それをベースに危険箇所の原因分析、対策立案支援、対策の効果検証までをワンストップで提供するもので、自治体などに提案しています。この取り組みは2022年10月にデジタル庁が主催した「good digital award」のモビリティ部門でも「部門最優秀賞」をいただくことができました。
石川氏:持続性があり、安全、安心な地域社会の実現にも寄与できる、素晴らしいサービスですね。データドリブンな新規ビジネスだと感じましたが、ほかにも創出されているビジネスモデルがあるのか、あるいは課題があれば、ぜひ教えてください。
白井氏:取得した走行データを私たちだけで見ていても、良いアイデアはなかなか出てきません。やはり、ほかの企業が持つ強みやノウハウと、私たちの強みを掛け合わせてみることが大切だと考えています。いわゆるオープンイノベーションの取り組みを進めないと新しいアイデアはなかなか出てこないと思います。その意味では、いかにさまざまなパートナーとオープンイノベーションを進めるかということが、私たちの課題といってもよいと思います。
オープンイノベーションの取り組みとしてさまざまなチャレンジをしているところですが、その具体例として「路面状況把握システム」があります。道路の補修箇所をタイムリーに特定することは、地域の課題ですが、業務委託をして地域全体を常に見回りして発見するのも費用面などから現実的ではありません。そこで、私たちが持つ走行データを解析し、路面異常箇所候補を検出して補修要否を推定する。これも大学、道路のメンテナンスを行う会社や建設会社といったパートナーと議論しているなかで生まれたアイデアです。
石川氏:オープンイノベーションを生み出せるような人財に必要な能力は、保険を提案、販売する能力とは異なるものだと考えます。それらを成す人財をどのように育成されているのか、お聞かせください。
白井氏:保険販売でも必要なスキルである、お客さまとの会話を通じて困りごとを見つけていく「コミュニケーション能力」は、オープンイノベーションを生み出す上でも必要不可欠であると考えます。また、自分の経験や既存の枠に捉われない発想がとても大事で、自分の会社が持つデータやノウハウを活かして、社会や地域課題の解決に貢献するためには、どういった知見のあるビジネスパートナーと組むと良いかを考える想像力も非常に大切だと思います。
私たちのMS&ADグループでは、能力開発の1つとして、デジタルイノベーションチャレンジプログラムにて、毎年アイデアを募集しています。そこで採用されたアイデアは、その内容に応じて事業化の検討を行っています。
石川氏:従来のような保険販売だけではなく、お客さまから聞いた課題を「将来的にビジネスになり得る、オープンイノベーションになり得るテーマだ」と組織的に吸い上げられれば、ビジネスを拡大していくことができそうですね。
白井氏:そうですね。私の担当業務の1つに「データビジネスプロジェクト」があります。若手から中堅社員が中心となり、スタートアップなどの企業が持つノウハウを見つけ出し、自分たちが持つデータと掛け合わせ、新たなデータビジネスを創出するものです。また、データ解析を行うチームとも連携して、ビジネス創出に必要なデータは何かを見極めていきます。
このプロジェクトでは、所属するメンバーが新規パートナーを探すことが多いですが、営業第一線から紹介を受けた企業とコラボレーションする場合もあり、さまざまな協業スタイルから、新しいアイデアが生まれています。
石川氏:データビジネスを展開していくうえで、やはり社内にもデータに強い方が多いのではないかと推測します。データサイエンティスト育成や強化に関して、どのような取り組みをされていらっしゃるのでしょうか?
白井氏:新卒社員でデータサイエンティスト志望者の採用は数年前から続けています。その一環として、データサイエンス学部がある滋賀大学と人財派遣を通じて交流を続けているほかに、群馬大学とも自動運転技術の開発で協力しています。
「保険会社とデータビジネス」というと、あまり想像できない方も多いと思いますので、私たちの取り組みを積極的に発信し、当社の目指す姿を広く理解していただくこことで、新卒社員や経験者社員の採用につなげています。「CSV×DX」の具体的な取り組みを発信していくことで、おもしろいことをやっている会社だと知ってもらい、関心を持ってもらえることが大事だと思っています。
もっとも、ITスキルを含めたデータハンドリングスキルの全体的な底上げは当社の重要な課題です。そこで、社内講座を通じて幅広い層にリスキリングに向けた無料講座を提供し、スキル向上に向けた取り組みを推進しています。こうしたスキルがあるかないかは、今後は課題発見力の観点からより重要になるでしょうから、社内外の講座の提供も積極的に実施しているところです。
石川氏:基本的には職種が大きく変わるというよりも、御社のあらゆる職種がデータビジネス領域に関する知識やスキルが基礎教養として必要である、とお考えであり、全社的に着手されていらっしゃるのですね。
石川氏:今後のDXによる展望についても伺わせてください。人財育成、お客さまへの価値提供、どちらの観点でも構いません。
白井氏:例えば、私たちの取り組みをカーボンニュートラルにもっとつなげていけないか考えています。テレマティクス自動車保険は安全運転を促進するものですから、燃費が向上します。事故が起こらなければ自動車部品の修理や交換も不要になりますので、産業廃棄物も減っていく。大きな話ですが、この保険に加入し安全運転に取り組んでいただくことはCO2排出量削減につながり、お客さまが脱炭素の取り組みに貢献することになると考えています。将来的にはそれらの削減量を数値化し、お客さまのCO2削減効果を私たちが買い取り、排出権取引などのビジネスにつなげていくことも検討したいと思っています。
石川氏:なるほど、カーボンプライシングに近いものですね。
白井氏:また、テレマティクス自動車保険に加入するお客さまが増えれば増えるほど、走行データが蓄積され、地域の交通安全に活用できるデータの精度が上がっていきます。そうなればさらに交通安全に対する企画提案ができることになります。また、走行データが集まれば集まるほど、道路の路面補修のためのデータの高度化にもつなげることができ、地域の安全により貢献できるようになります。こういった活動を私たちは「CSVの連鎖」と呼んでいます。1つのCSVを起点にさまざまなCSVを生み出し、それを通じてもっと良い社会、地域づくりに貢献していきたいと考えています。
こうした取り組みをさらに進めるためにも、多くのスタートアップ企業のみなさんのチャレンジを応援していきます。地域、社会の課題解決に貢献するような、技術開発にチャレンジする企業にこれからも積極的に投資していきたいと考えています。
石川氏:ありがとうございます。最後にぜひ「あいおいニッセイ同和損保にとってのDXとは?」をお聞かせください。
白井氏:DXは、「事故のあとの保険」から、私たちが変革するきっかけを与えてくれたものでした。事故の未然防止や、事故が起きたあとの早期復旧、早期解決に至るまで、デジタル技術がなければ実現はありえませんでした。
私たちの保険ビジネスがさらに世の中の役に立ち、社会や地域のさまざまな課題解決に貢献していくためには、DXは不可欠です。そしてDXを活用して、スタートアップ企業やほかのパートナー企業のみなさんと一緒になって社会との共通価値を新たに生み出し、社会や地域とWin-Winになれる関係を構築することが、当社が目指す姿です。その基盤となるのがDXだと考えています。
白井 祐介(しらい ゆうすけ)
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社 取締役常務執行役員
慶應義塾大学法学部卒。1988年大東京火災海上保険株式会社入社(現あいおいニッセイ同和損害保険)。MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス総合企画部長などを歴任し、2022年4月より現職であるあいおいニッセイ同和損保 取締役常務執行役員。経営企画部や広報部などを担当している。
石川 聡彦(いしかわ あきひこ)
株式会社アイデミー
代表取締役執行役員 社長CEO
東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を活かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)、『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』(KADOKAWA/2020年)など。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」選出。
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