AtCoder社長兼トヨタのアルゴリズム担当部長が誕生--トヨタデジタル変革推進室の取り組み

 「競技プログラミング」と呼ばれるコンピュータプログラムのコンテストを手掛けるAtCoder(アットコーダー)で代表取締役を務める高橋直大氏が、トヨタ自動車のデジタル変革推進室のアルゴリズム開発を率いる担当部長として入社し、社内からの改革を進めている。

 トヨタ自動車が自動車メーカーからモビリティカンパニーへと変革する中、ソフトウェア開発を担う人材は必須だ。しかし各企業におけるソフトウェアエンジニア不足はトヨタ自動車にとっても例外ではなく、採用は難しい。この状況を打破するべく、トヨタ自動車では、DX推進を担う「デジタル変革推進室」を設置。採用の仕方自体も見直すなど、旧来の体制に大きくメスを入れている。

 ソフトウェアエンジニア不足という企業が抱える課題を、新たな手法を持って解決に挑むトヨタ自動車の取り組みについて、トヨタ自動車 デジタル変革推進室デジタル人財育成グループ長 DIG1グループ長 担当部長の軸丸晃年氏、人事部 事技系人事室主任の千々岩真志氏と、AtCoderの社長とトヨタ自動車の担当部長という二足のわらじを履く高橋直大氏に聞いた。

左から、トヨタ自動車 デジタル変革推進室デジタル人財育成グループ長 DIG1グループ長 担当部長の軸丸晃年氏、AtCoderの社長とトヨタ自動車の担当部長を兼務する高橋直大氏、トヨタ自動車人事部 事技系人事室主任の千々岩真志氏
左から、トヨタ自動車 デジタル変革推進室デジタル人財育成グループ長 DIG1グループ長 担当部長の軸丸晃年氏、AtCoderの社長とトヨタ自動車の担当部長を兼務する高橋直大氏、トヨタ自動車人事部 事技系人事室主任の千々岩真志氏

アルゴリズムを現場の最適化に活用

――まず、高橋さんのトヨタ自動車内における役割を教えて下さい。

高橋氏:デジタル変革推進室のアルゴリズムグループで担当部長として働いています。アルゴリズムの開発はもちろんですが、教育の支援なども担当していて、実際にコードを書くなど手も動かしています。元々トヨタの方とは面識があって、お話をしていく中でアルゴリズムを現場の最適化に活用できないかと提案したのが、入社のきっかけです。私自身、挑戦してみたい気持ちもありましたし、トヨタの方からもぜひ、という声をいただけたので、入社という形に至りました。

――トヨタ自動車で、高橋さんのように社外の方が入社してという採用方式はよくあることですか。

千々岩氏:高橋さんのような多様な知見を持った方にも入っていただきやすいように環境を整えていまして、少しずつですが事例が出てきています。

軸丸氏:トヨタとしては、自動車業界における100年に一度の変革期を乗り越えるために、ある程度、自前でソフトウェア開発ができるようになる必要があり、現在、キャリア採用や従業員のリスキリングに力を入れています。ソフトウェア開発者だけでなく、アルゴリズムを開発する人材も不足しており、特にアルゴリズム開発に関しては、自前よりは、まずは社外の有能な知見者に入社していただくのが良いだろうと考えました。

――入社という形を取られていかがでしたか。

高橋氏:お話してから、11月の入社までは意外と早かったなという印象でした。トヨタ社内は改善していくという風土が強いので、結構大胆に関わらせてもらっているなという感じです。社内の人間になると、手続きが格段に楽になりますね。例えば、工場の業務を改善する時に、社外の人間だと現場確認までのステップがかなりありますが、かなり短いステップで現場確認が可能になります。そのあたりはスピード感を持って取り組むためには大切だなと。

軸丸氏:心理的な距離がうんと近くなるのも良い効果の一つですね。世界トップレベルのプログラマーである高橋さんに身内になってもらい、同じ会社の社員として一緒に改善を進めることで、高度なアルゴリズムを開発する場の醸成に大きく貢献していただいています。

――現在の自動車業界における人材採用というのは。

千々岩氏:自動車会社はこれまでずっと自動車を作るというビジネスモデルでやってきましたが、今、「CASE」と呼ばれる技術革新によって車の概念が変わろうとしています。車の概念が変わるのであればビジネスモデルも当然変わらなくてはならない。モビリティカンパニーへと変革を遂げる今、よりオープンに社内外の知見を持った人と一緒に協調していく必要がある。これまで以上に多様な知見を取り入れていくために採用手法の改革に取り組みました。

 新卒採用であれば、大学推薦制度を廃止し、応募者の方の「人間力」や「情熱」を重視していますし、第二新卒やキャリア採用にも力を入れています。これにより、新卒採用と同程度のキャリア採用ができるようになってきました。

 キャリア採用は他業界から転職してくる方も多いので、今までのトヨタにはなかった考え方を持った人に入って来ていただいています。ここを積み重ねることによって風土も変わりつつある。よりフラットな組織へとともに変革する仲間を増やしているところです。

自動車業界でもソフトウェアエンジニアは欠かせないことを知ってほしい

――ソフトウェアエンジニア不足に対してはいかがですか。

千々岩氏:エンジニアの中でも特にソフトウェア開発領域は、競争が激しくなっているなという印象が強いですね。その中でも自動車業界は、ソフトウェアエンジニアの方の就職先として結びつきづらい。現状はコックピットや道路のインフラ、データ通信、セキュリティなど、ソフトウェアが担う領域は年々広がっています。自動車業界でもソフトウェアエンジニアは欠かせないことを知っていただきたいですね。

高橋氏:自動車業界でエンジニアというと、機械をいじる人というイメージがまだ強いですよね。

軸丸氏:そうした課題意識もあって、2022年7月に、トヨタの「デジタル人財」の定義を社内で統一しました。従来トヨタではエンジニアというと機械系エンジニアを指すことが一般的でしたが、現在、トヨタのデジタル人材は、4分類(推進、企画、データ活用、ソフトウェアなどをつくる)、22種のポジションとして規定しており、22のうち9つが、エンジニア (アジャイル開発、アルゴリズム、AI、データ、MBD、ウェブ系、インフラ、組込み、QAエンジニア)です。22の各ポジション名のうち19種はデジタル業界で一般的なものにしています。そうすることで採用もしやすくなりますし、社外の方々と協業する際も連携がしやすくなるはずです。

 トヨタは自動車メーカーとして、機械系スキルを持った人材を多く獲得してきました。しかし時代が変わり、モビリティカンパニーに変革する中でソフトウェアは社内の至るところで活用が拡大しているので、ソフトウェアを開発する人材の獲得を強化しています。

――高橋さんはデジタル変革推進室の中でお仕事されてみていかがですか。

高橋氏:アルゴリズムエンジニアは存在自体が結構レアなこともあり、トヨタ入社当時はデジタル変革推進室のアルゴリズムグループでコードを書くのは私だけでした。ただ、トヨタ社内やデジタル変革推進室にコードを書ける人がいないわけではないんです。そういう意味では通常のIT企業と社内の雰囲気はあまり変わらないです。

 入った直後は、アルゴリズムでどう課題解決をしていくのかというロジックがわからないこともあって、案件も少なかったのですが、いくつかこなすうちに増えてきて、今は人を増やさないといけない段階にあります。

軸丸氏:現場の課題を、高度なアルゴリズムで根本的に解決したり、長年のノウハウや重ねた改善によって既に高いレベルにある生産性をさらに劇的に高くするという狙いで高橋さんに入社していただいていますので、テーマは社内に沢山あります。ソフトウェア開発人材の育成や採用がある程度進んでからアルゴリズム開発に取り組むのではなく、ソフトウェア開発人材を増やすことと、高度なアルゴリズム開発ができるようにすること、それら2つの取り組みを同時並行で一気呵成でやっていこうと考えています。

高橋氏:人材を確保して、仕事を教えてと順番にやろうとすると時間がかかってしまうので、同時並行に進めることは大事ですね。私自身、今回とてもおもしろいと思っている動きがあって、現場の課題解決を外向けのコンテンツとして提供していることなんです。

 どういうことかというと、トヨタ社内で、コンテナの中に箱をつめる際、どうすれば効率よくできるのかという課題があり、それをプログラミングコンテストのテーマとして出しています。コンテストには学生から社会人、他業種の方が数多く参加してくれていますから、あらゆる背景の人がこのテーマに取り組むことで、思いもしなかった方法が見えてくる。これによって課題解決への回転も早くなりますし、実績も上げられる。採用につながる可能性もありますよね。

軸丸氏:現場の改善は、各部署が社内でその道のプロとして専門的に取り組んできていて、長年にわたる日々の改善の積み重ねでかなりのレベルにまできていると感じていましたが、高橋さんによる新しい視点が入ることによって、全く違う発想が生まれ、まだまだ改善の余地がある事例が出てきて、社内でも大きな驚きがありました。

アルゴリズムを活用した現場の改善を全社に広げる

――アルゴリズムグループに期待していることを教えて下さい。

軸丸氏:アルゴリズムの分野の中でも、高橋さんが得意なのは最適化の問題を解くこと。最適化は、業務を効率化するのにとても重要にもかかわらず、ある程度良いレベルでオペレーションができていると、ついつい後回しになりがちです。最適化の重要性を社内に広めるには、まず実績を作り、最適化に携わる人材が必要、ということを訴えていかなければいけません。業務の最適化が進めば、従業員の体験価値も生産性も両方とも上がる。それによって生まれた余力を、お客様の体験価値を上げる仕事につなげられます。

――画期的な取り組みですが、参考にしている会社や事例などはありますか。

軸丸氏:特定の企業や事例だけを参考にしているのではなく、世の中のさまざまな企業や事例を参考にしながら、トヨタの文化、風土に合うように取り組んでいます。

高橋氏:トヨタはやはり大きな企業なので、特定の1社だけではカバーしきれないんですよね。私自身、アルゴリズムグループとして参考にしている事例はありますが、ほかのグループは当然違いますし、必然的にいろいろな会社の良い部分を参考していると思います。

――今後の取り組みについて教えて下さい。

高橋氏:現在、アルゴリズムグループとして工程改善などに取り組んでいるのは、物流や生産ラインなので、今後はモビリティカンパニーへと変革を遂げる過程にもかかわっていきたいと考えています。将来的には、あらゆる現場の方に「これはアルゴリズムグループに頼めばいい」と自然に想起していただけるようになりたいですね。

軸丸氏:料理に例えると、今までは誰かのアルゴリズムで作ってもらったものを食べているでししたが、今は自分たちで高度なアルゴリズムを作って自ら食べてみようという感じです。個人的には、お客様向けにもアルゴリズムを使った新たなサービスや提案が考えられるかもしれませんし、さらに高度な提案であれば、外部の方と組むなど、ケースバイケースで取り組んでいきたいと思っています。

 そのためにも、アルゴリズムグループの取り組みを社内の隅々にまで伝えるべく、イントラネットに掲載するなどして、社内で積極的に売り込みをしています。

千々岩氏:人材面から言うと、今後モビリティカンパニーへと変わる中で、私たちの挑戦は続くので、アルゴリズムチームを含め、ソフトウェアエンジニアの方の活躍のフィールドはどんどん広がっていきます。多様な価値観を持った人に仲間に加わっていただき、自動車業界の変革を一緒に取り組んでいきたいですね。

軸丸氏:現在、高橋さんにデジタル変革推進室の担当部長という立場で社内に入っていただき、アルゴリズムグループを運営していますが、世の中のお客様からすれば、そうしたトヨタの社内か社外かという違いは関係ありません。ソフトウェアだけに限らず、私たちトヨタの様々な取り組みを通じて、お客様や地球環境や世の中に今まで以上に貢献したいです。そうするために、組織や人材育成に関して今後も柔軟な取り組みを続けていきます。

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