宿泊施設の「おもてなし」とDX化の深い関係--「お客様に見えない部分」こそ効率化が重要

 コロナ禍により長く苦戦を強いられてきた宿泊業界。しかし、ITを活用することで、この難局を乗り切っている宿泊施設もある。ここでは、ホテルや旅館向けの予約エンジンなどを提供するtripla(トリプラ)の高橋和久が、宿泊×DXを実践している企業などの事例から、これからの宿泊業界のあり方を解き明かす。

左から、野口観光 取締役営業本部長の野口晶弘氏とtripla 代表取締役
CEOの高橋和久氏
左から、野口観光 取締役営業本部長の野口晶弘氏とtripla 代表取締役 CEOの高橋和久氏

 宿泊業界における重要なキーワードの一つともいえるのが“おもてなし”だろう。ひとくちにおもてなしといってもさまざまな種類があり、業態や規模、客層などによって大きく変化する。

 例えば、一部のビジネスホテルなどでは効率を重視し、非対面でのお客様対応を可能にするDX化が進められている例もある。メインの客層がビジネスパーソンであれば、こうした手続きの時短こそが、ニーズに合ったおもてなしと言えるはずだ。

 北海道や神奈川で複数のホテルや旅館を運営している野口観光 取締役営業本部長の野口晶弘氏は、おもてなしと宿泊業界のDX化には深い関連があると話している。

 「我々がメインで運営する旅館の場合、温泉や食事を楽しみにしているだけでなく、思い出となるようなおもてなしを受けたいという期待を持って来館されるお客様も少なくない。それにしっかりと応えられるかどうかが、旅館とビジネスホテル、シティホテルの差別化にもつながると考えている。そのためには、お客様に見えない部分をDX化し、その分従業員とお客様が接する時間をもっと増やせるようにすることが重要だろう」(野口氏)

 宿泊業界に限った話ではないが、「お客様に見えない部分」の仕事は実に多い。例えば旅館の場合、宿泊予約を受け付けるにしても、電話やメール、公式サイト、複数のOTAなど、さまざまなツールや媒体からの予約があり、それを取りまとめる必要がある。当然、来館前には部屋の清掃や食事の準備なども必要だ。

 野口観光グループでは、その日の客層に合わせて売店の配置を変えるといった細かな工夫も欠かさない。過去の売り上げデータなどを参考にしつつ、韓国人の団体客の予約が入っている日には、韓国で人気がある日本のお土産を目立つ場所に置くといった臨機応変な対応は、おもてなしの精神あってこそだ。

 その上で、おもてなしが旅館側の一方通行にならないよう、「お客様の声」にもしっかり耳を傾けている。「アンケートなどでいただいたお客様の声は、毎日従業員の間で共有。うれしいお声をいただけたときは非常にありがたいし、何らかのご指摘を受けた場合はスピード感を持って改善できるよう努めている。お客様に支えられて、2022年度で開業58周年を迎えられたのはこうした部分を大切にしてきたからだと思っているし、これからもそうでなければならないと考えている」(野口氏)

野口観光 取締役営業本部長の野口晶弘氏
野口観光 取締役営業本部長の野口晶弘氏

 ただ、近年のコロナ禍では野口観光グループも厳しい状況に直面。一時期、余暇を楽しむことをマイナスと捉える流れが強まったことで、従業員の中でも宿泊業界で働いていることをネガティブに感じる傾向がみられたそうだ。それはまだ完全に払拭できていないものの、経営陣を中心に日本の観光産業の楽しさやポテンシャルをゼロから作り直すという意気込みで日々、臨んでいるという。

宿泊施設でいい思い出ができた=リピーターになるとは限らない

 一方で、すべてのホテルや旅館が重要視しているであろう「リピート率」についても模索している。

 以前、野口観光グループのある宿泊施設に、コロナ前の時期に新婚旅行で訪れた韓国人夫婦がいた。夫婦にとって、同施設で過ごした時間はとてもいい思い出となったようで、コロナが落ち着いたタイミングで再訪。「海外旅行に行けるようになったら、最初にここに来ようと思っていた」と伝えてくれ、従業員一同があたたかい気持ちになったという。

 同施設を気に入ってくれたこともあり、このようなお客様には継続して3度目、4度目とリピートしてもらいたいところだろう。宿泊施設側は顧客データとして「新婚旅行で訪れた後、再訪」という記録を残し、3度目の来館時に会話などで活かそうとするのではないだろうか。

 とはいえ、「人間は忘れる生き物」だ。時間が経つにつれて、お客様の記憶にまつわる思い出や記憶が薄れてしまうことも十分あり得る。ホテル側に何の落ち度もなく、むしろお客様にとっていい思い出になっていたとしても、「忘れられて」しまえばリピート獲得にはなかなかつながらない。

 「リピーターを増やすための施策として、以前はテキスト形式だったメールマガジンを画像付きに変更したところ、メールの開封率が20%以上アップした。お客様にビジュアル面でのインパクトを与えることはすごく大切だと気づいたため、今後は季節感のある画像や目にも楽しい食事写真などを通して、お客様に『忘れられないための工夫』にも力を入れたい」(野口氏)

どんなお客様にもおすすめできる宿があるという強みを活かすためのDX化計画

 野口観光グループの大きな強みは、エコノミー、アッパーミドル、ハイエンドなどさまざまなクラスの宿泊施設があること。お客様が求めるシチュエーションに合った宿泊施設を選んでもらうことができる。

 「それぞれの宿泊施設のブランディングを行なってファンを獲得するとともに、『野口観光グループのファン』も作っていきたい。複数の宿泊施設の中から、どんなお客様にもおすすめできる宿、ホテルがあることの認知度を高めて、『北海道や神奈川に行くなら、野口観光グループの宿に泊まろう』と思ってもらえるような存在を目指したい」(野口氏)

 こうした展望を実現すべく、仮にお客様が宿泊施設に求めるロケーションや宿泊のタイミングをある程度予測した上で、何らかの形で予約を促すアプローチができればリピート率アップにつながるだろう。

 しかし、いくら過去の宿泊データがあるとはいえ、それをもとに従業員が予測を立て、お客様にアプローチするというのは膨大な時間が必要となり、精度自体も不安定である。

 そこでAIツールなどを使って、お客様の宿泊データを学習して希望に近い宿泊施設をレコメンドする仕組みを構築という方法が考えられる。リピート回数が増えるほど、お客様のデータがどんどん蓄積され、さらに精度の高いアプローチが可能になるかもしれない。

 これが形になれば、従業員はお客様へのおもてなしにより時間を割くこともできるのではないだろうか。自動チェックイン機の導入をはじめとした目に見える部分のDX化だけでなく、見えない部分もまだまだDX化できることがありそうだ。

 「コロナが落ち着いたと思ったら、今度は物価高騰があり、そんな中で宿泊施設を運営していかなければならないのは正直厳しい。できる限り企業努力をしていくつもりではあるが、それでは耐えきれず、宿泊価格を見直す必要もあるかもしれない。ただ、そうなったときに、単純に物価高騰の影響で値上げに踏み切ったと済ませるのではなく、値段を見直した上でさらにお客様に満足していただけるために進化しているという部分をお客様に見せたい。そうしてお客様の満足度を上げるためには、働く従業員のモチベーション維持は必須であり、それを実現するための時間を増やす目的でのDX化に取り組んでいきたいと考えている」(野口氏)

 効率化を謳っていることが多いDX化だが、それだけにとどまらない大きな意味があるに違いない。

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