ネズミはVRにどう反応するのか--VRが人類に与える新しい「問い」

 VRへの関心は年々増しているが、動物はVRにどのような反応を見せるのだろうか。

 科学の発展においてもVRの研究は大きな意味を持つと期待されている。医療、教育、製造、観光、娯楽など、さまざまな分野における仮想体験を可能にするVRは、人工知能(AI)やブロックチェーン、量子コンピューターなどと並び、今後の文明の発展に大きく影響するだろう。

 VRは脳科学の研究でも従来から用いられてきた。そして、霊長類以外のマウスやラットなどの小動物でもVRを認識できることが、近年明らかになってきている。たとえば、アメリカ・コーネル大学の研究所Schaffer-Nishimura Labは、実験用マウスが装着することを想定したVRヘッドセット「mouseVRheadset」を制作した。VRを小動物に体験させ行動を研究することで、人の意思決定や社会交流に関する脳のメカニズムを明らかにするヒントが得られるかもしれない。

マウス用の小型VR「mouseVRheadset」

 Schaffer-Nishimura Labが制作した「mouseVRheadset」は、Raspberry Pi 4によって動作するマウス用の小型VR装置である。バーチャル環境はゲームエンジン「Godot」で構築されているとのことで、「mouseVRheadset」の仕様書は開発プラットフォーム「GitHub」で公開されている。

 また、体験をよりインタラクティブにするために、研究者はマウスがあらゆる方向に動くことができるように、球形の発泡スチロールのトレッドミルをセットアップした。マウスがこのトレッドミル上を移動すると、球体の動きが光学センサーと Arduino Due によってキャプチャされる。そして、得られたマウスの動きを仮想空間でのカメラの動きに変換する。その結果、現実世界での動きに合わせて、マウスは仮想空間を移動することが可能になる。

 このRaspberry Piのオペレーティングシステム(OS)や「Godot」など、「mouseVRheadset」に必要なソフトウェアのリンクもされているため、同じマウス用VRヘッドセットは自分でも再現することが可能だ。

小動物もVRを認識できる

 VRを使用する際、「VR酔い」のような独特の感覚を与えることがある。VRを体験した人であれば、一度は経験したことがあるのではないだろうか。近年では、マウスやラットなどの小動物でもVRを認識できることが明らかになってきている。

 VRが動物を対象とした科学研究に用いられるようになったのは2000年代初めのことである。これまで動物の脳の活動や状態を調べるためには、脳に電極を繋げる必要があったため、動物の脳のメカニズムの解明は困難だった。しかし、VRの技術を動物に応用し「実際に動いている」と勘違いさせることができれば、脳のメカニズム解明に役立つのではないかと考えられるようになってきている。

 前述した研究のように、VRの研究に実験動物を用いることで、現実感のような複合的な感覚や脳によるVRの認識メカニズムを解明することにつながると考えられている。これまでの多くのVRの研究では、研究対象の動物を器具で押さえ込み、モニターを見せ、眼球や脳波のみを観察し、その反応を測ることが多いようだ。その場合、それは自然な相互作用とは言いずらいだろう。研究対象の動物の脳もVR装置をつけてランニングマシンの上を走るとき、それを実際の道を走っているとは理解しない可能性が高い。VR装置での体験は現実とは異なる「感覚的経験」だからである。

 たとえば、人間がゲームセンターなどにあるアーケード版のレーシングゲームで車を運転しているとき、それが本物の世界ではないという認識をしていながらも、脳では現実世界でレースしているような視覚処理が行われる。

 VR映像をマウスに見せると、マウスの動きは映像に同調するが、匂いや音、触覚を通した情報が、マウスの脳でどう処理されるのかにも疑問が残る。また、マウスにVR映像を見せるために、マウスの頭を固定する場合は実験では多いが、その場合、現実世界で発生するような頭の動きやバランスの信号が発生しないといった点が、現実での挙動と異なるポイントとなる。

VRに「匂い」で高い没入感--多感覚メタバースで新たな体験が生み出される可能性(2022年8月17日掲載)

 2015年に、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経科学者であるMayank Mehta氏は、「2DのVRシステム上で探索を行ったラットと、現実世界を歩いたラットでは、同じ環境であっても海馬のニューロンの発火が異なる」という研究結果を発表している。そのため、VRを使った動物の研究では、その対象の動物がVR環境を本物であると認識するかどうかがまず重要である。

FreemoVR」と命名されたVR装置は、ネズミ、ゼブラフィッシュ、ハエ用に作られたVR装置だ。この装置では、小動物の行動が画面上で起こることに合わせて変化するかどうかを観察する。カメラが対象の動物の位置を追跡し、コンピュータがその動物の反応に応じて投影画をアップデートすることで、より没入感が高まるような仕組みになっている。

 ハエに関する調査では、部屋の壁に投影された仮想の柱を、対象のハエが避けるかどうかが観察された。ネズミの場合は、ネズミは高いところを嫌うという傾向を利用したもの。装置を円形で可動式の道の上にセットし、床に画像を投影。道の半分は床から上がっているように見え、もう半分はそれより低く見えるように設定することで、ネズミが低い場所にとどまるかどうかを観察。ゼブラフィッシュの場合は、通常グループで泳ぐ傾向があるため、ホログラムの魚をデザインし、本物の動物がそれと交流するかなどを観察した。

 この実験の結果として、ハエは投影された仮想の柱を避け、ほとんどのネズミは低く見える場所に留まり、ゼブラフィッシュは仮想のリーダー後をついていくように泳いだ。それぞれの動物にデザインされたVR装置を用いると、動物もVR空間を現実のように錯覚する可能性が高いということがわかる。

VRは人類に新しい「問い」と「発見」を与えてくれる

 ニューヨーク大学の神経科学者であるDavid Schneider氏によると、科学者たちにとって、感覚刺激を伝達するニューロンが、視界・音・匂い・テクスチャにどのように反応して発火するのかは長年の謎だったようだ。しかし、VRの技術の発展によって、それらの研究が進んでいることは間違いない。マウスなどのそれぞれの動物にデザインされたVRヘッドマウントディスプレイを用いることで、より詳細な観察が可能になる。

 もちろん、マウスに対するVRの実験で明らかになったことが人間や他の動物に対しても当てはまるのか、という点についての研究も進められている。ワシントン大学のElizabeth Buffalo氏は、マウスと同様に霊長類の海馬もVRの刺激によって特定の場所のニューロンが発火するのか、ということを研究している。今後の技術発展によっては、将来的にVR以外の技術を利用して、動物の脳の活動を観察することが可能になるかもしれない。それでも現時点では、VRは人類に新しい発見に、大きな貢献をしていると言えるだろう。

 現在VRやメタバースといった技術やサービスは、それがどうお金を産むか、どのように人々の生活を変えるか、といった側面から議論されることが多い。しかし、現在のVRの醍醐味はその特性ゆえ、人類に新たな「問い」と「発見」を与えてくれることにあるのではないかと、筆者は考えている。

齊藤大将

Steins Inc. 代表取締役 【http://steins.works/

エストニアの国立大学タリン工科大学物理学修士修了。大学院では文学の数値解析の研究。バーチャル教育の研究開発やVR美術館をはじめとするアートを用いた広報に関する事業を行う。

Twitter @T_I_SHOW

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