宇宙ビジネスメディア「UchuBiz」はこのたび、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在中の若田光一宇宙飛行士と交信し、単独インタビューを実施。その様子が、12月6日に開催されたオンラインカンファレンス「CNET Japan × UchuBiz Space Forum 業界の垣根を超えて広がる宇宙ビジネスの可能性」において配信された。
本稿では、スペシャルインタビュー「ISS滞在中の若田光一宇宙飛行士に聞く『宇宙ビジネス』への期待」の内容をレポートする。
若田氏は、日本時間の2022年10月7日にクルードラゴン宇宙船(Crew-5)でISSに到着し、取材時点の12月も地球軌道上に滞在している。ISS内では、日本が開発を担当した「きぼう」日本実験棟での実験・観測といったステーション内の活動を行いつつ、Twitterなどで現地からの情報発信も行っている。
若田氏が宇宙飛行士として初めて宇宙に旅立ったのは、1992年のこと。そして今回で宇宙滞在が5回目となる同氏は、宇宙開発やビジネスの現状をどのように捉えているだろうか。その問いに対して若田氏は、まず日本の宇宙進出の現状から語り始めた。
「この30年間を振り返ると、日本はロケットの技術、人工衛星の技術、有人宇宙技術の分野など、まず毛利衛さんのスペースシャトルを利用した宇宙環境の利用から始まって、宇宙探査を含めて様々な分野でミッションをこなし、数々の業績を上げてきました。有人宇宙の分野でも、スペースシャトルを使った宇宙利用のミッションから始まり、ISSの『きぼう』日本実験棟、宇宙ステーション輸送機『こうのとり』の開発・運用を通して着実に有人宇宙技術の水準を上げ、この国際宇宙ステーション計画を含めて世界に信頼されるパートナーになったと思っています」(若田氏)
日本は現在、NASAが実施する「アルテミス計画」や「ゲートウェイ計画」に参加し、今後は月や火星を探査していく計画である。それにあたり、国は先般ISSの運用延長を表明。有人宇宙技術のさらなる発展においてISSを重要なアセットとして、月・火星探査に向けた「技術実証」「科学利用」「商業利用」という3つの柱で、ISS設計上の限界とされる2030年まで「きぼう」を使っていく方針だ。
一方で昨今では、イーロン・マスク氏や前沢友作氏など、民間人の宇宙旅行が話題となり、ビジネスやマーケットとしても盛り上がりを見せつつある。そのような民間の動きに対して若田氏は、「地球低軌道の活動を経済活動の場にしていく起爆剤になる」と期待を寄せる。
「適切な競争が輸送コストの低下を促進し、宇宙利用というものが身近になっていくでしょう。さらに、地球低軌道以遠の宇宙探査を効率的に進めていくことにも繋がります。そういう意味も含め、2030年まで我々はISSの価値と役割をしっかり認識して、地球低軌道での活動を推進していく必要があると感じています」(若田氏)
民間の参入が活発化している中で、JAXAでは、宇宙飛行士がISSに滞在した際の困りごとや悩みごとをまとめた「Space Life Story Book」を公開している。実際にその中から民間企業が着想を得て、様々な日用品や食品を開発しているが、それらを今回若田氏はISSへ持ち込んでいる。5回の滞在を経験する若田氏は、肌感覚としての宇宙生活における質(QOL)の進化について、「どれも使い勝手が良く、素晴らしい製品になっている」と謝意を示した上で、特に制約が大きい水に関連する製品に有難さを感じていると話す。
「ISSの中では水は貴重な資源です。1日に人が使える水の量は飲み水も含めて3リットル以下なので、エタノールフリーのシャワーペーパーや頭皮の汚れを簡単に落とせる洗髪シートは、体をきれいにするだけでなく、精神・心理的な支援という観点からも非常にありがたい。ISSのような閉鎖環境では、とても重宝します。今後の製品開発に際しても、爽快感を与えてくれるような小さな工夫や、朝起きて顔を拭くだけでまた今日も頑張っていこうという気持ちになれるような、ちょっとした工夫を考えていただけることを期待しています」(若田氏)
人のQOLに大きな影響を与えるのが、食である。今回、食事に関しても初めてきんぴらごぼうや魚肉ソーセージ、ゼリー状の栄養ドリンク、アジの干物や高校生が作った鯖缶などを新たに持ち込んだが、「どれもおいしい」と話す。特に評価が高いのが和食であり、栄養摂取面や若田氏自身の好みに加えて、仲間の宇宙飛行士と分け合って楽しみながら食べられる利点があるのだという。またその際には、クオリティもさることながら、品数が増えることが重要と語る。
「どんなに自分が好きな食べ物であっても、繰り返して食べているとおいしさに気付かなくなってしまうので、バラエティをもって食事ができることはとても重要だと思います。世界各国の宇宙食をみんなで相互に分け合って食べていますが、日本食は宇宙に限らず世界で好まれている素晴らしい日本の文化ですし、日本食の宇宙食がさらにバラエティを広げ、宇宙で食される時代が来てほしいですね。そういう部分は、将来宇宙観光旅行が増えた時にも、とても重要になってくるでしょう」(若田氏)
今回のカンファレンスでは、端緒についたばかりである宇宙領域のビジネスに参入した民間企業の取り組みや、ビジネス化のヒントとなる貴重な意見が紹介されている。その中で、5回もの宇宙滞在を経験している若田氏の“エンドユーザー”としての声は、他に代えがたい重みがある。
「今回の滞在では、これまで宇宙産業に携わってこなかった、非宇宙分野の企業の優れた技術、製品技術で私たち宇宙飛行士の生活のQOLが著しく向上していると感じています。ISSの運用は、日本の国として2030年まで延長することが決定しましたが、そうなると宇宙ステーションでの生活に必要な日用品はもっと多くの種類が必要になるし、民間宇宙旅行が拡大していく中でも、日用品のニーズは更に高くなってくるでしょう。より多くの企業の皆様に、宇宙市場への参入を期待しています」(若田氏)
その際のキーワードとして若田氏は、「宇宙と地球の相互連携」を挙げる。「宇宙で活用する技術を開発する際には、すでに地上にある技術を使って宇宙での活動をより豊かにしていくための『スピンイン』と、実際に宇宙で使うために獲得した技術を地上での様々な産業に適用する『スピンアウト』の双方向の技術展開がうまく機能することによって、産業的にも成り立つ循環になっていきます。多くの企業に宇宙を知ってもらい、技術開発にチャレンジしていただく事によって、それらが地上での製品開発にも繋がっていくでしょう。我々宇宙飛行士もそういった企業の皆様を応援できるように、様々なフィードバックを提供していきたいと思っています」(若田氏)
実際に現在「きぼう」では、民間利用に向けた様々な実験が行われており、若田氏のミッションにも複数の「きぼう」の商業利用に関するものが含まれているという。
最後に同氏は、宇宙ビジネスへの参入を検討する日本の企業やカンファレンスの視聴者に対し、“現地”からメッセージを送った。
「2030年以降のポストISSの時代を見据えると、近い将来に地球低軌道の利用は、民間主体の体制へと移行していくでしょう。ISSや『きぼう』の民間利用は、地球低軌道の活動を経済活動の場にしていくための推進剤、起爆剤になると思います。多くの企業が参加することによって適切な競争が生まれ、宇宙で製品を利用する際のコスト低減に繋がりますし、宇宙に挑戦することによって、そこで得られた技術開発が地上の産業の成長にも繋がっていきます。そしてそれが国際宇宙探査をより効率的に進めていくエンジンとなり、日本の企業が持っている技術が様々なところで利用されることで、日本がより有人宇宙活動の推進に貢献できるようにもなるのです。個人的にも、そういった双方向のベネフィットがある形で、民間技術の活用が進んでいくことを期待しています」(若田氏)
(この記事はUchuBizからの転載です)
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