法人用のドライブレコーダーは近年、通信機能とAIによって飛躍的に性能が向上しています。「第3世代」と呼ばれる最新のドラレコを活用して、トラックやバスといった大型車両を扱う運送業の会社も交通事故の削減に取り組んでいます。前編ではタクシー事業者のノウハウをお伝えしましたが、後半ではトラックやバス事業者の創意工夫をお伝えします。
大型の事業用トラックについては、走行状態を記録するデジタルタコグラフという車載装置の設置が法律で義務づけられていて、事故防止のための対策が取られています。さらに先進的な運送会社では、AIドラレコを設置することで事故のリスクを減らそうとしています。
トラックやバスは、タクシーと違って固定のルートを走行する場合が多い傾向があります。そのため、ドライバーの運転に「慣れ」が生じて、物流拠点の近くや高速道路に乗る直前の下道の入口などで、危険な運転が発生しやすいといえます。そのようなトラックやバスに特有のリスクも考慮しながら、第3世代のAIドラレコ「DRIVE CHART」を活用して事故削減に取り組んでいる事例を紹介します。
奈良県を中心に冷凍、冷蔵食品の配送を手がける物流会社の低温は、40台のトラックと自社の冷蔵、冷凍設備を生かして、食品を安全に届ける事業を営んでいます。
同社はもともとデジタルタコグラフでトラックの走行状態を記録して、事故防止を図っていましたが、なかなか事故が減らないという悩みがありました。「なんとかせなあかん」。代表取締役を務める川村信幸氏がそんな危機感を抱いていたときに出会ったのが、第3世代ドラレコです。
「豊富なデータをシンプルに見せてくれること」と「ドライバーが危険運転の動画をスマホで確認できること」という2つの利点が決め手となり、第3世代ドラレコを導入しました。その結果、それまで年間約35件だった事故件数が11件に減少。それにより、車両の修理代が減ったほか、自動車保険の保険料が年間600万円も少なくなるという成果を出すことができました。
効果はコスト面だけではありません。大きな事故が減ったので、事故を起こした結果新聞記事になり、得意先に説明して回らなければならないようなリスクも避けられるようになりました。
大きな改善を達成できたのは、AIドラレコを導入しただけでなく、それをきっかけに事故削減のための取り組みを徹底したからです。まず、事故が起きた場合に、ドライバーと責任者が立ち会って、写真つきの詳しい報告書を提出させるようにしました。そして、その報告書を社員全員で確認するようにしたのです。
また、「リスク運転」と判定されたドライバーに、その動画を見てもらうだけでなく、リスク運転によって発生する可能性がある事故の動画も見せて、危機意識を持ってもらうようにしました。「たとえば、急ハンドルをしたらこんな事故が起きるよという動画をYouTubeから探してきて、ドライバーに見てもらうようにしたんですよね」(川村氏)
このようなAIドラレコを活用した改善の努力が実って、事故件数を大幅に減らすことに成功したのです。川村氏は事故削減に向けた運用の重要性について、こう述べています。
「かつて事故が多かったとき、ある程度の事故が起きるのは仕方がないと諦めていました。しかし事故の前に危険な運転が見える化できたことで対策を考えられて、いろいろな取り組みをコツコツ進めていった結果、事故の少ない会社にすることができました。AIドラレコという最新のテクノロジーと効果的な運用を組み合わせれば、どんな会社でも必ず事故を減らすことができると、私は思います」
第3世代ドラレコは、トラックだけでなくバスの運行を担う企業でも活用されています。幼稚園や病院の送迎バス、地域のコミュニティバスなどの運行と管理を請け負っているみつばコミュニティはその1つです。
顧客が所有するバスの運行管理を行うという事業の特性上、ドライバーは基本的に直行直帰の勤務になります。そのため、道路交通安全インストラクターが遠隔で各ドライバーの運転の様子をチェックし、指導しなければならない点が課題でした。
そこで、同社では管理している車両約700台に第3世代ドラレコを導入。ドライバー向けに研修を実施して、事故の削減に取り組みました。その結果、リスク運転が約7割減り、事故も約2割削減することに成功しました。事故を起こしたドライバーが自信を失い退職してしまうケースも減り、退職率も下がったということです。
さらに、映像と運転情報のモニタリングによって、仮に事故が起きた場合でもそれが外部要因によるものか内部要因によるものかが、簡単に判別できるようになりました。
ただ、最新のテクノロジーを使いこなしてもらうためには壁もありました。年齢が高いドライバーの中にはツールをうまく使えない人もいたのです。
課題を解消するため、SMS(ショートメッセージサービス)をドライバーの携帯電話に送信して、リスク運転に関するレポートをまとめたメールを読んでもらうようにしました。ドライバーへのフォローも丁寧に行って、リスク運転に目を向けてもらうように努めました。
さきほど述べたように、みつばコミュニティの課題は、道路交通安全インストラクターがドライバーの運転状況を遠隔でチェックしなければいけない点にあります。特に、事故が起きた場合の緊急対応が難しいという問題がありました。
しかし、通信型のドラレコの導入で、運転車両の動画をすぐに確認することができるようになり、緊急時にスムーズに対応できるようになりました。また、運転情報の管理画面では周遊ルートが自動的にマップ化されます。そのため、新しい担当者が配属された場合に指導を効率的に行える点も、導入のメリットといえます。
「通信+AI」というテクノロジーを搭載した第3世代ドラレコ。その導入によって、トラックでもバスでも事故につながりやすい危険な運転を個人レベルで把握できるようになりました。その結果、会社は「リスク運転数をここまで減らそう」という目標の設定が可能になりました。その点はこれまでとの大きな違いです。
また、AIによる学習効果で、利用すればするほど危険な運転の検知精度が高くなっていきます。そのため、最初は疑心暗鬼だったドライバーも自らの課題を的確に指摘されて、納得しながら運転を改善できるようになりました。
ただ、各社の取り組みを見ればわかるように、最新のAIドラレコを導入するだけで、事故が減るわけではありません。AIドラレコを活用するために、それぞれの会社の特性に合わせた工夫が必要です。
重要なのは、AIドラレコが示す解析データをもとに、自社の安全運転の基準値を作り、それを達成するための施策を実行していくことです。また、ドライバーのモチベーションを高めるために、優良なドライバーを評価する仕組みも求められます。
さらに、現場だけでなく役職者がコミットし、グッドプラクティスを共有することも大切です。事故の削減はそれ自体が非常に重要なことですが、安全運転管理者の工数削減やコスト削減、退職率の減少といった副次的効果にもつながります。
今回紹介した低温とみつばコミュニティのケースは、いずれも企業が最新のドラレコを効果的に活用するために、適切な施策を実施した事例だと言えるでしょう。
川上 裕幸
Mobility Technologies 執行役員 スマートドライビング事業部 事業部長
2003年より外資系半導体メーカーのエンジニアとしてキャリアをスタートし、2007年には携帯電話メーカーで携帯電話の開発に従事。
2011年より株式会社ディー・エヌ・エーへ入社し、ゲームプラットフォームのシステム部長などを歴任。
2017年よりスマートドライビング事業を立ち上げ、2020年4月よりMoTにスマートドライビング事業部 事業部長として転籍。2021年10月より現任。
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