経済産業省(以下経産省)は11月11日、「次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取組」として、日本政府が最新の半導体製造技術を開発する「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」という新しい研究開発組織を発足すると発表した。その実行部隊となる製造企業としてキオクシア、ソニー、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、NEC、NTTなどが出資して設立した「Rapidus株式会社」(以下Rapidus)を選定したことを明らかにした。
今後LSTCで次世代の半導体製造技術の開発を行ない、Rapidusが実際に製造を担当することで、日本に最先端の半導体製造の環境を再び実現しようというのが狙いだ。
経産省が発表した資料によれば、まず経産省が「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」という研究開発組織を立ち上げる。このLSTCでは、日本政府と米国政府が合意した「半導体協力基本原則」に基づいて、日米が共同で最先端半導体技術を開発していくことになる。LSTCには米国のNTSC(National Science and Technology Council)やIBMなどの米国の機関や企業、そして国内の学術研究機関や半導体産業関連の企業などが参加して、最先端プロセスノードを開発し、その成果を事業会社となるRapidusに渡すというのが基本的なスキームになっている。
このRapidusにはキオクシア、ソニー、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、NEC、NTTが10億円ずつ、そして三菱UFJ銀行が3億円出資しており、最終的にはファブレスの半導体メーカーから委託されて半導体の受託生産を行う、つまりTSMCやSamsung、Intelという現在世界に3社しかない最先端プロセスノードで製造を行なうファウンドリになるというのがRapidusの目指すところになる。
1980年代に世界を席巻した日本の半導体産業だが、1990年代~00年代にかけてじょじょに衰退し、10年代に入るとCPUやGPUといったロジック半導体の生産に利用される最先端のプロセスノード(製造技術の世代のこと、14nm、10nm、7nmのように数字で示される)の開発レースから脱落し、日本の国内で最先端のプロセスノードで製造する半導体工場はなくなっていった。たとえば、現状日本での最大の半導体メーカーは、ルネサス エレクトロニクスだが、ルネサスの自社工場での主力プロセスノードは28nmや40nmといった、ロジックの半導体の生産には10年以上前に使われていたプロセスノードになっている。
なぜルネサスのような企業が最先端のプロセスノードに移行しないのかと言えば、国内の半導体需要は、主に自動車のマイクロコントローラユニット(MCU)のような製品が主力であって、28nmや40nmで製造するのが経済的な合理性があるためだ。仮に最先端のプロセスルールを導入しようとすれば、巨額の開発費や工場の建設費がかかり、汎用品に近い製品であるMCUを最先端プロセスノードで製造してもペイしない、つまり価格に転嫁することができないので28nmや40nmで作り続けることが合理的なのだ。
しかし、そのルネサスも、ADASや自動運転向けのR-Carシリーズは16nmといったより進んだプロセスノードで生産している。ADASや自動運転向けの半導体になると、より高い性能が必要になり、スマートフォン、PC向けの半導体と同じように最先端プロセスノードが必要になるからだ。ルネサスの自社工場では16nmなどのプロセスノードでの生産はできないので、そうしたより進んだプロセスノードの製品は海外のファウンドリに委託して製造していると考えられる。
経済的に考えれば、マイクロコントローラのような汎用品をすでにある国内の枯れているプロセスノードで生産し、性能が重視される最先端の製品は海外のファンダリで製造するというルネサスの生産方針は、現時点での経済的な合理性を考えれば、まったく理にかなっている。ただ、問題は10年後にもそれが合理的のままであるかどうかは誰にもわからないということだ。
10年後、競合メーカーがマイクロコントローラをもっと進んだプロセスノードで生産するようになったときに、ルネサスのような日本の半導体メーカーが取れる策は一つしかない。ファウンダリのより微細化されたプロセスノードで生産するということだ。なぜなら、ルネサスを含む日本の半導体メーカーの工場は、22nm以下のような最先端のプロセスノードへの投資を行なっておらず、そうしたプロセスノードを利用しての生産ができていないからだ。
そのことは、経産省が公開した資料にもはっきりそう書いてある。22nmより微細化されたプロセスノードではFin-FETと呼ばれる3D形状のトランジスタ(半導体に内蔵されているスイッチのこと)が利用されるが、日本の半導体産業はFin-FETの開発はしていたが量産には至らず、その時点から先のプロセスノードの開発競争から脱落したというのが歴史になる。
28nmまでのプロセスノードでは、Planar-FETという2D型のトランジスタが利用されていた。それに対して22nmより微細化されたプロセスノードでは、Fin-FETが利用されている。このFin-FETを実現するには、ゲートの素材も含めて高度で、かつ高コストな開発が必要になっており、日本の半導体メーカーでは開発こそされていたが、結局量産には至らずPlanar-FETで製造できる28nmが最も微細化されたプロセスノードにとどまってしまっているというのが今の状況になるのだ。
今回経産省がやろうとしているのは、そのトランジスタの形状が、再び変わるタイミングで競争に再参入したい、そういうことだ。2nm以下のプロセスノードでは、Fin-FETからRibbon-FETやGAA(Gate-All-Around)FETと呼ばれる、3D形状のフィン自体を複数積み上げるさらに新しい形のトランジスタが導入される。
そのタイミングに合わせて2nmないしはその先のプロセスノードをLSTCが中心になって開発し、その開発した生産技術をRapidusに渡してファンダリとして生産を行い、ルネサスのような日本の半導体メーカーがそれを活用して生産する――それが経産省の描いているストーリーということになるだろう。
こうした経産省のストーリーに対して、その間(22nmから3nmまでのFin-FETでの経験)をすっ飛ばして、いきなりGAAFETの2nmへジャンプするというのが可能なのかという点をいぶかる声が強いのも事実だ。
確かに、22nmから3nmの間に、多くのブレイクスルーとなる技術があった。7nm世代で導入されたEUV(Extreme UltraViolet lithography)露光装置はその代表例で、TSMCとSamsungがいち早く量産にこぎ着けたものの、Intelはやや出遅れるなど技術開発に半導体メーカーで導入時期に差がつくほど導入に時間がかかった技術もある。
EUV露光装置に関しては、オランダのASMLの独占市場になっているため、すでに確立されたASMLの装置や技術を輸入すれば問題ないのかもしれないが、最先端半導体の生産はそうした技術を高度にすりあわせて実現する必要があり、その間の経験がないLSTCが実現可能なプロセスノードの開発が可能なのかと指摘する声は少なくない。
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