NFTと紐づいたデジタルコンテンツの電子取引市場「マーケットプレイス」が日本で続々と登場しています。DeNAも1999年に、ビッダーズというインターネットオークションのECからスタートしていますが、昨今の動きは、当時のECサイトブームを追体験しているような気持ちになります。デジタルコンテンツを自由にマーケットで売買できることは、NFTが持つ重要な体験の一つでもあります。
今回は、DeNAの中でデジタルコンテンツの二次流通の先行事例となった横浜DeNAベイスターズの「PLAYBACK9」を参考にしながら、期待されるメリットや市場における価格形成をテーマにしてお話ししてみたいと思います。
ここ数年で私が契約しているサブスクリプションサービスは、Disney+、AmazonPrime、DAZN、AppleMusic、XboxGamePass、と増え続け、つい先日、私の子供もAmazon Kids+というサービスでサブスクデビューを果たしました。
デジタルコンテンツは無体物で、かつコピーが容易であることから、データを誰かのユーザーにだけ所有させるモデルは難しいと言われてきました。デジタルコンテンツの多くは、利用権を付与する手法で拡大してきており、サブスクリプションもその付与の手法の1つで、米ニューヨーク・タイムズが、サブスクリプションで成功をおさめたことも注目を集めました。ただ、このようなモデルは良い点ばかりではありません。
サブスクリプションの多くは、視聴や再生された回数によって全体の収益を分配することから、パイの取り合いともなるため、クリエイターによってはマネタイズが難しくなってしまう状況があります。
また、プラットフォームへの依存度が高くなり、「デジタル小作人(Digital Sharecropping)」とも揶揄されるほど、プラットフォームの強大化が進むことへ繋がったとも言われるなど課題も多くあります。
Kindleの蔵書が消えた問題についてのブログも話題になりましたが、デジタル書籍についても、ライセンス契約によって販売しており、書店で書籍を買うことで本が自分の所有物になる性質とは異なっています。
このようななか、NFTはデジタルコンテンツ自体を購入者が所有するという世界観を取り戻し、関わるクリエイターを復権させる可能性があると期待されている面があります。NFTはブロックチェーン、分散台帳といわれる台帳で管理されることで、いわゆる「所有者」の記録が行われます。所有しているということは、同時に、売買にも繋がります。NFTの売買は、フリマサイトでの売買に似ていますが、NFTが期待されていることの一つにロイヤリティの観点があります。
フリマサイトの場合、仮に高額で商品の売買が成立したとしても、利益はメーカーやブランドなどの利益になることはありません。それどころか、買い占めなどが横行することで、高額転売などが社会問題となっている状況があります。
ブロックチェーンの仕組みを活用することで、NFTの一次発行者に対して利益を返し続けることが可能となり、アーティストや、クリエイターは、自身の作品がマーケットで売買が行われる度に、収益を得ることができるようになります。さまざまなマーケットプレイスを跨いで、横断的にロイヤリティを受け取ることができる規格、EIP-2981も登場したことで、NFTエコシステム全体の相互運用性が、より高まるとの期待もあります。
ロイヤリティの存在はクリエイターにはメリットがある一方、エンドユーザーにとっては負担が強いられるため、X2Y2というマーケットプレイスでは、ロイヤリティをすべて任意とし、チップ制のようなものにすると発表しました。OpenSeaも、NFT NYCでEIP-2981に対応すると発表しましたが、最近のアナウンスでは、ロイヤリティについて、クリエイターに委ねるとも書かれており、どうあるべきかについては、さまざまな考えや議論があるのが現状です。
また、民法において所有権の対象となり得るのは有体物のみであり、無体物たるデータは所有権の対象にならないとの見解が示されており(※天羽健介、増田雅史編著『NFTの教科書 ビジネス・ブロックチェーン・法律・会計まで デジタルデータが資産になる未来』(朝日新聞社、2021年)より)、NFTにおいては、法整備が追いついていない状況もあります。
今後、法律が明確化されることや、権限管理などと組み合わせることで、「True digital ownership(デジタルの真の所有)」とも言われますが、デジタルにおいても、リアル世界と同様な本質的なオーナーシップが実現される日がくるかもしれません。
DeNAのアプリケーションでは、横浜DeNAベイスターズのPLAYBACK9が2022年4月にLINEのマーケットに出品が許可され、DeNAにおけるデジタルコンテンツの二次流通の先行事例となりました。
PLAYBACK9は、試合で見る選手たちの活躍した場面をショートムービーという形でファンの方に楽しんでいただき、また当該ムービーについて有する権限をNFTにより表章するというコンセプトのコレクションサービスになっています。もともと、Youtubeの切り抜き動画、TickTokやFacebookなどをはじめ、短い動画コンテンツは、AIなどのデータ分析によって、短い時間で、視聴者の好みのコンテンツを網羅的に提供できることなどから、IT技術と非常に親和性の高いコンテンツともいわれてきました。お菓子についてくる野球カードをきっかけとして裾野を広げたように、SNSのタイムラインやNFTマーケットをきっかけに球場に足を運んでもらいたいと考えています。
特定の期間に限定枚数だけ販売されるデジタルコンテンツは、発行枚数を超えて応募された場合は抽選となるため、無制限に発行されるものではありません。通常、デジタルコンテンツにおいてレアと表記されていても、その発行数に制限は特になく、実際に世の中に何枚あるかを把握することはできません。PLAYBACK9はブロックチェーン上で、NFTとデジタルカードの紐付けが行われているため、Explorerというツールを用いて、各カードごとに何枚発行されているのかなどの情報を得ることが可能となっています。人気がなく、応募枚数が予定枚数に満たないNFTについては、応募数が発行数の上限となるため、発行側が想定しなかったNFTコンテンツがレアになる可能性がある点も面白い側面です。
株式市場などは、決算などの世の中の動きによって流動性が保たれていますが、多くのNFTは変動する要素が少なく、同じウォレットに長期的に留まり、流動性がありません。一方で、PLAYBACK9では、デジタルコンテンツがスポーツというリアルなニュース性コンテンツに紐づけられており、これらの流通をコミュニケーションの手段としてみたとき、各デジタルコンテンツの人気が、世の中の動きと連動する可能性があります。スポーツは、日々の試合の勝敗などニュース性と紐づくものであって、国内外をみても、スポーツをテーマとしたNFTの施策は非常に多く存在しており、スポーツとNFTとは相性が良いかもしれません。
PLAYBACK9の価格と供給量の決定については、社内でも多くの議論がありました。価格を上げたり、供給量を絞りすぎると、スポーツファンに届けることが難しくなる一方、価格を下げ、供給量が増え過ぎると、既存のデジタルコンテンツの体験と変わらなくなるのではないかという議論です。
そもそもNFTのような取り組みは始まったばかりで、何らかの基準が存在していない状況もあり、まずはスタートした後に、他社のNFTサービスの状況や、二次流通の状況も見ながら少しずつ調整を行っていく方針となりました。
経済学において需要と供給、および完全競争によって市場を考えた人の一人、哲学者アダムスミスの提唱した、いわゆる「神の見えざる手」によって、市場は自然と最適な状態へと収束していくとされています。ジェームズ・スロウィッキー著書の『「みんなの意見」は案外正しい』のなかで、集団的な価格決定のメカニズムについて、鳥の群れが空中を移動する様子になぞらえて、断片的な情報しか持たない個々の人が、自身のベストを尽くすことで、最終的には調整が行われ全体として経済活動が行われていることについて書かれていますが、よくよく考えてみるとこのような価値の決定は不思議なバランスで成り立っているものだと非常に関心します。
OpenSeaなどでは、デジタルコンテンツの二次流通にオークション形式が採用されています。もともとオークションの仕組み自体は日本でも珍しくなく、DeNAでもモバオクというオークションの仕組みがあります。以前、モバオクに在籍していた同僚に、オークションの仕組みについて教えてもらったことがあります。
テレビドラマなどでよく目にする価格が上がっていくオークションを、イングリッシュオークション、時間経過によって価格が下がっていく方式をダッチオークションとよぶそうです。
一方で、これらの方式は、入札の締め切り間際に起こる「駆け込み」によって、不適切な結果が生じうるため、それを防ぐために、入札価格1位の入札者が入札価格2位の価格を支払って落札するヴィックリー・オークションなどの仕組みがあります。ローソクが消えた瞬間に価格が決定するキャンドルオークションも、また、駆け込みを防ぐものであるそうですが、Web3を提唱したギャビン・ウッド博士が創設者でもあるPolkadotというブロックチェーンのパラチェーンオークションという仕組みの中でも活用されている仕組みでもあるそうです。16世紀頃から使われていたオークションの仕組みが、今、Web3という最新のテーマの中にも応用されているのをみるのは非常に面白いものです。
うまく設計されたオークションなどの仕組みによって、デジタルコンテンツの価値が市場の中で適切な評価を得られることを期待しておりますが、価格が不当に高騰することを完全に防ぐことは難しいものです。PLYABACK 9のプロデューサーも、PLAYBACK9のデジタルコンテンツ展開は投機的な側面を煽るのではなく、ファングッズとしての展開にフォーカスすることを語っていますが、私自身もこのような意見に大賛成です。
スポーツ業界では、チーム、選手、スポンサーなど多くのステークホルダーが存在し、それぞれが保有する権利の問題が複雑に絡み合っています。NFTなどブロックチェーンに期待されている役割として、このような複雑な権利の処理を簡素化することへの期待があります。
私は2012年のDeNAへの入社から数年間、モバゲーにおいて決済システム開発に関わっていました。クレジットカードのオーソリエラーコードの多さをみると、決済の仕組みがいかに複雑かが理解できます。多くの状態遷移をする数多のシステムが24時間、1円の誤差を生むことなく動きさせ続けることは想像を絶する労力を伴います。
ビットコインが登場する前から、スマートコントラクトについてのアイデアについて考案しているニックサボ氏はスマートコントラクトを自動販売機に例えています。代金を取り込み、ボタンが押されることで、商品を排出する自動販売機の仕組みは契約環境でもあり、いわば原始的なスマートコントラクトといえますが、このようなコントラクトは複雑な仕組みをシンプルに置き換えることができます。
また、スポーツのライセンスには、肖像権、放映権など複雑な権利関係があり、細かな支払いを管理することは手間がかかるため、通常は複数の契約がなされますが、使用されたクリエイティブ作品の情報をブロックチェーンに記録させ、クリエイティブ コンテンツの消費可能な最小単位を定義することができれば、小さな仕組みでも権利を円滑に処理できる可能性があります。
英語では、孤児や親のない子になぞらえて、権利の所在が不明で、著作権所持者の特定ができない著作物を「orphan works」(孤児著作物)ということがあります。スポーツコンテンツでは、選手の引退や、スポンサーの変更などによって、過去の映像や画像が孤児著作物になり、使えなくなる可能性がありますが、業界にとって大きな損失です。ヨーロッパ連合(EU)では孤児著作物指令案が2012年9月に可決され、孤児著作物を非営利利用に限り、自由に利用できるようになったそうです。スポーツ庁では,東京2020オリンピック・パラリンピックのデジタルアーカイブに取り組んでいるそうで、二次利用などについても明記されている点は非常に面白い取り組みだと思います。ブロックチェーンのトレーサビリティによって権利者を追跡し、利用した分だけ支払うことができれば、さまざまな課題が解決するかもしれません。NFTは発行数などにいたるまですべての取引が台帳に記録されていることは前述のとおりで、将来的には、コントラクトによって小さなユースケースでも手軽に利用され、コンテンツに多くの活躍の機会が与えられることは、スポーツ業界にとっても、選手にとっても良いことだと思います。
私自身、趣味で公園や町内のフリーマーケットに出店することがたまにあります。古いゲームや、ミニカーを並べていると、声をかけてくるのは、同じ趣味の人も多く、売った分だけまた買って帰るという悪循環もまたフリマの楽しみでもあります。フリマアプリの利用で感じる“社会とのつながり”などについての研究がされているそうですが、売買にはコミュニケーションとしての側面もあると思います。フリマで手に入れた商品がこれまで、どのような人の手を渡ってきたのかを想像すると、以前ネットで話題になった「one red paperclip」というブログを思い出します。これは、カナダのブロガーであるKyle MacDonald氏が、自分の履歴書を留めるのに使ったペーパークリップを交換して、最終的には家を手にいれることになるというネット版わらしべ長者ともいわれる実際の物語です。
この試みで彼が手に入れたものは、「一緒になにかをつくる」ことを目的とした、人との出会いであったことはTEDのなかでも語られており、ものが繋ぐ人と人のコミュニケーションの素晴らしさを感じさせます。NFTはすべての売買履歴が記録されるため、同様の仕掛けを作れば、金銭的な価値以上のものを得られるかもしれません。
NFTは「100%、Greater fool theoryに基づいている」とゲイツ氏が発言したことも話題になりましたが、NFTはこれまで行き過ぎた価格の高騰などが、批判的に受け取られる要因ともなってきました。しかしながら技術としてみたときに、高額な取引がすべてではなく、トレーサビリティや、マイクロトランザクションなど面白いアプローチがたくさんあります。最近では、SBT(SoulBoundToken)といわれる金銭的価値を持たず、譲渡不可能なトークンの話題も出てきましたが、さまざまな試みに繋げていくことができれば、NFTの可能性をもっと広げていくのではないかと思います。
緒方文俊
株式会社ディー・エヌ・エー 技術統括部技術開発室
2012年から株式会社ディー・エヌ・エーでMobageのシステム開発、リアルタイムHTML5ゲームタイトル開発、Cocos2d-xやUnityによる新規ゲームタイトル開発、ゲーム実況動画配信アプリの開発などサーバーサイドからクライアントまで幅広くエンジニアとして経験。2017年、フィンテック関連の事業開発をきっかけにブロックチェーンによるシステム開発をスタート。現在は、同社の技術開発室で、ブロックチェーン技術に関する研究開発、個人として外部顧問などの活動を行いながら、エンジニア目線での、日本におけるWeb3やブロックチェーン技術の普及・促進活動を行っている。「エンジニアがみるブロックチェーンの分散化と自動化の未来」を定期的に執筆中。
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