赤坂水産は、植物性タンパクを使用した無魚粉飼料による真鯛の海面養殖に取り組んでおり、無魚粉飼料で育てた「白寿真鯛0」といったブランドも展開している。その理由について赤坂水産 取締役の赤坂竜太郎氏は次のように語る。
「世界中で養殖業が水産資源を増やすサステナブルな試みとして注目されているが、真鯛だけに限らず、ほとんどの海面養殖で魚を基にした餌で育てている。真鯛の場合は1kgにつきイワシ4kgも使う現状があり、ほかの海面養殖ではもっとたくさんのイワシが必要になる。これでは養殖業が持続可能と言えるのかと疑問に思っていた。そこで植物性タンパクだけの無魚粉飼料の活用に取り組んできた」(赤坂氏)
真鯛は雑食で何でも食べるとはいえ、植物性タンパクだけの餌で魚粉と同じように成長させることはすごく難しいと赤坂氏は語る。
「子供にハンバーグやお寿司を食べさせるのは簡単だが、サラダなど野菜だけの料理をあげるのは根気よく見守りながらじゃないと難しい。それは真鯛も同じだ。魚を使った餌は匂いも強くて魚の食欲をそそるため、一度にあげても全部食べてくれる。しかし植物性の餌は食いつきが悪いため、根気強く魚1匹1匹を見ながらやることが重要になる。普通の餌やりなら20~30分ぐらいで済むが、無魚粉飼料だと丸々18時間、魚を見ながら餌をあげなければならず、とても現実的ではなかった」(赤坂氏)
そこで取り組み始めたのが、AI技術を活用したスマートAI自動給餌機だ。
「カメラの画像判定によって魚が食べているかどうかを判定する『UMITRON CELL』や、ソナーで検知した魚の進路に基づいてAIが学習して給餌する『餌ロボ』などを活用している。魚はお腹がすいたら海面の方に上がり、お腹がいっぱいになると底に潜る習性があるため、それを利用して餌を食べたかどうかを判断する機能が付いている給餌器だ。これら2つの給餌機を導入することで、餌やりが難しい無魚粉飼料を無駄なくあげられるようになった」(赤坂氏)
赤坂氏は、大学院で統計や確率などを研究し、赤坂水産入社前には保険会社で金融資産の定量分析などを手がけていた。真鯛養殖のコストの約6割を餌代が占めていることから、「定性的ではなく数値やデータを使って定量的に魚を評価したいと考えていろいろな実験を繰り返してきた」という。
その中で着目したのが「低魚粉飼料」と「無魚粉飼料」だった。
「魚粉量を落とした餌は成長が悪いという評判があったが、実際は組成がきちんと組み合わされていない低魚粉飼料は成長が悪く、きちんと成長する餌もあることが分かった。それを見いだすためにいろいろな実験をして、悪い成績が出たこともあったが、低魚粉の方が魚粉高騰時にも値段が上がらないこともあり、収益構造を多少変えることができた」(赤坂氏)
赤坂水産のスマートAI自動給餌機の取り組みに加えて2022年9月にスタートしたのが、ディープラーニングを用いて水中にいる魚の尾数を自動でカウントする、ソフトバンクが開発を進めている「FOIDS」の仕組みだ。
ソフトバンク コーポレートIT本部 アドバンスドテクノロジー推進室 室長の須田和人氏はFOIDSを開発している背景について「いけすの中にいる魚の尾数をカウントできることと、魚の個体を識別・トラッキングできる技術があれば養殖業者の経営効率化につながると考えた」と語る。
同社ではもともと実験場のいけすをCGで再現する取り組みをしており、水温や魚の大きさによって変わる魚の動きもCGで再現していた。これによって加速したのが、水中の魚の動きの機械学習だった。
「データ収集が困難な業界や分野ではAI化が進まないという現状があった。このような分野でもCGを生成することで、通常はとれないデータを精巧につくれる。たとえば天候や太陽の高さや位置で変わる水中の照度や水温の違いをあらゆる場所でデータ化するのは難しいが、CGならつくれる。いけすの底から上方向を映した映像によって、そこで見える範囲の魚をカウントできるようになった。通常は人が網ですくって1匹ずつカウントしているが、272匹を数えるのに10分ほどかかった。AIを使うと、それが10秒程度でカウントできる」(須田氏)
この機械学習で作り上げたAIを使い、9月から赤坂水産のいけすでデータ収集を開始した。
「赤坂水産のいけすと、そこに泳ぐ真鯛をCGで再現し、それをAIで学習させた。さらに実際に撮影した映像からAIによって魚をマーキングするといったことも行っている。もともとAI化に使ったサーモンと真鯛とでは泳法や行動などが違うので、そのあたりも魚種に合わせて変えている。台風前後で水の透明度が低かったが、見える範囲の真鯛はトラッキングできた。今は見える魚を認識できているだけだが、今後は高密度で群行動している魚群や見えない部分の尾数も推定できるようになると、実際のいけすの中での尾数をカウントができるよう研究開発を進めている」(須田氏)
赤坂氏は、魚の尾数カウントに大きな期待を寄せているという。
「尾数カウントができるようになれば、養殖費用の7割を占める飼料の効率や、稚魚の納入尾数やポテンシャルなどを正確に評価できるようになる。尾数がはっきり分からないと、どれだけ魚全体を大きくできたのかが分からないため、期間中に与えた飼料の評価もできない。第1段階として尾数がカウントできることによって、応用範囲がすごく広がるのではないかと思う」(赤坂氏)
現在できているのは水中カメラから見える範囲の尾数カウントや個体の識別・トラッキングだが、「経営の効率化という意味では魚群が見えるようにしなければならない」と須田氏は語る。
「魚群の尾数をカウントするためのアルゴリズムの目処は立ってきたので、高密度の魚群を認識できるように取り組んでいきたい。それができれば餌の食いつきも判定できるはずなので、給餌量も調整できるようになる。食べられずに底に沈んでしまう餌を減らせるので、餌の無駄を省くだけでなく、地球にも優しくなる。餌を食べ終わるまで次の餌を出さないといった制御もできるようにしていきたい」(須田氏)
魚の尾数や個体識別、トラッキングが行えるようになれば、「体長や体重の推定なども行えて、成長の個体差も分かるようになり、病気の有無を観察してまん延する前に早めに処置するといったこともできるようになる」と須田氏は続ける。
「体長や体重が推定できれば、漁獲量をより正しく予測することが可能となり、最も高く売れる水揚げ時期を推定するといったこともできるようになると思う。これによってより経営が安定化されて、より儲かる業界になるのではないかと思っている。われわれは生産していないため分からないので、赤坂さんと連携しながら生産者にとって最もいい形になるように共同で進めていきたい」(須田氏)
赤坂氏は水産業の現状について、「水産分野や農業分野でのAI活用はいろいろと提案されているが、今ひとつ収益化できていない現状がある」と語る。
たとえばスマートAI自動給餌機の場合、タイマー設定ができる通常の自動給餌機の価格が20万円ぐらいのところ、120万円前後するという。月間のランニングコストも1台あたり3万円程度するため、「利益率が高くはない真鯛養殖ではコストがかなり重くのしかかってくる」と赤坂氏は語る。
「スマート化というのは真鯛などの一般的な養殖について言えばいいことずくめとも言い切れないため、そこがスマート農業やスマート漁業がまだ足踏みしている要因の一つなのかと思っている。ただ、われわれは無魚粉飼料やAI技術などの先進技術を学んで活用する術を見つけていくことで、養殖分野を進化させる可能性があると期待している。どうしてもかかってしまう費用をどうやって付加価値にできるか、利益につなげられるかを自分たちで考えていけば、スマート漁業ももっと進むのではないかと思う。今すごくワクワクしながら一緒に取り組んでいる状況だ」(赤坂氏)
須田氏は、今後の目標について「3年以内には自動的に効率の良い給餌ができるよう、研究を進めたい」と語る。
愛媛県から見た今後の目標はなにか。田窪氏は、「全体の展望としては2つあり、1つ目は食に関する社会課題の解決を愛媛発で貢献したい。具体的には愛媛の持つ養殖や裸麦、柑橘など、日本一と呼ばれるような農林水産物と加工技術などを最新のバイオ・デジタル技術とかけ合わせて解決していきたい。2つ目は、世界基準の考え方ができる人たちと成功体験を蓄積していき、県内企業が一緒にやったということを情報発信していく。これによって県内企業を盛り上げるとともに、愛媛で創業してみよう、愛媛に支店を作ってみようという企業や人を呼び込んで、愛媛が“フードテックバレー”みたいに呼ばれるような形になり、地域経済の活性化にも貢献できたらいいなと思っている」(田窪氏)
CNET Japanでは10月24日からオンラインカンファレンス「CNET Japan FoodTech Festival 2022 〜日本の食産業に新風をおこすフードテックの先駆者たち 」を8日間(10月24日〜11月2日)にわたり開催中だ。11月2日のセッション「フードテック先進県としての県庁と民間企業の取り組み」では、愛媛県とミヤモトオレンジガーデンに、フードテックの文化を育て、どうやってビジネス化いるかなどについて語ってもらう予定だ。後半では質疑応答の時間も設けるので、ぜひ参加してほしい。
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