進化するAI画像生成--芸術はどう変わるのか - (page 3)

Sherin Shibu (Special to ZDNet.com) 翻訳校正: 川村インターナショナル2022年10月03日 07時30分

 筆者はCraiyonも試してみた。「幸福」という意図的に抽象的なプロンプトを入力してみたところ、以下の画像が出力された。

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提供:Craiyon

 真ん中の画像は、筆者が飼っている魚のベタが朝食を食べようとしているところに見える。その右側の顔は、メタリックイエローの滴を落としている。背景にピンクの滴が描かれた右下の画像は、少し不快なほど顔がアップで写っている。これらは、見る人からさまざまな反応を引き出す見事な画像の数々だ。少なくとも、芸術家がこの画像のどれか1枚の解釈から、自分の作品のインスピレーションを得る可能性はあるだろう。

革新的な芸術の定義

 おそらく最も興味深いのは、これらのツールがきっかけとなって、芸術とは何なのか、という問題が再び提起されるようになったことだ。芸術を芸術たらしめているのは、創作しようという意図なのだろうか。創作する行為なのだろうか。それとも、芸術作品の受け取り方なのだろうか。筆者がその定義を守ろうというつもりは毛頭ない。芸術表現には、多くの形が含まれる。しかし、AIアートの場合、複雑な側面があり、画像を選んで展示するという点において、AIアーティストの役割は、作品を最初から最後まで自分で完成させる標準的な芸術家よりも、デジタル美術館のキュレーターに近い。

 だが、それは芸術が進んでいる方向なのではないだろうか。現代は、インスピレーション、芸術の本質、芸術とは何か、芸術家の役割とは何か、といったことに関する従来の前提の多くを拒絶する、ポストモダンの現代美術の時代だ。そうした動きは1世紀以上前からあった。

 これらのツールを試してみて、筆者はその魅力を理解した。画像は素早く自分に合わせて作られ、楽しく使用できる。「人間の魂に蓄えられた蜜」としての芸術は、その甘さを引き出すために人間が作り出すことのできるすべてのものに拡大していくのかもしれない。MidjourneyやCraiyon、DALL·E 2などのAI画像生成ツールは間違いなく革新的であり、芸術家の能力を拡張するものだ。

 これは、筆者の肯定的な意見だ。その一方で、芸術家の意図、彼らが創作に使用する道具、作品に費やした労力は尊重され、報われるべきだとも感じる。「私は絵を夢に見て、夢を絵に描く」という言葉は、芸術の表現だけでなく、技巧にも没頭することを論じている。確かに、さまざまな色が調和している作品には誰もが驚嘆するが、筆者が応援したいのは、時間をかけて技巧を習得し、労力を惜しまずに作品を少しずつ作り上げていく芸術家だ。

 モダニズムとポストモダニズムが筆者の立場を裏付けていると思う。例えば、Andy Warholの象徴的なシルクスクリーン印刷のプロセスについて考えてみよう。競売会社のSotheby'sによると、「シルクスクリーンを使用するプロセスとその効果を発見した後、Warholの画家としての作品の内容は、創作プロセスと密接につながるようになった」という。内容とプロセスは、常に目に見えるわけではないが、決して切り離すことはできない。それでは、何がそのプロセスの価値を決めるのだろうか。AI生成ツールは次のシルクスクリーンになるのだろうか。

 これらの生成ツールが機能するところを見ていると、芸術家が創造力を引き出す、説明しがたい神秘的な雲のようなものが、60秒足らずで消散するのを目の当たりにしている感じがする。良くも悪くも、AI生成ツールによって、革新的な芸術を創造するプロセスは、言葉では説明できないものから、流れ作業へと移り変わるのだ。

この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

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