KDDIの通信障害による補償が、音声通話サービスのみ利用者には契約約款に基づき基本料の2日分、スマートフォンなどデータ通信も利用している人には“お詫び”として200円の返金となることが発表された。その金額を巡ってはさまざまな声があるが、今回の補償が妥当なものなのか、今後の補償がどうあるべきかを考えてみたい。
7月2日に発生したKDDIの通信障害は、その後61時間にわたって継続。主として音声通話に影響が出たため緊急通報ができなくなるなど社会的にも深刻な影響をもたらすこととなった。
7月29日にKDDIが実施した説明会で、その原因はメンテナンス時の設定ミスと、ネットワーク内部で発生する輻輳(ふくそう)への対処に弱さがあったことが明らかにされている。だが通信障害が落ち着いた後、注目されていたのは利用者への補償である。今回の通信障害はとりわけ影響範囲が広く、時間も長かっただけに、どれだけの人に、いくら支払われるのかが関心を呼んだ訳だ。
そして先の説明会では、代表取締役社長の高橋誠氏が具体的な補償額についても明らかにしているが、その対象は大きく分けて2つに分かれている。1つは約款に基づいて返金される「約款返金」である。
KDDIの約款を確認すると、契約者の責任によらない理由で全ての通信サービスを利用できない状態が生じ、それが24時間以上連続して続いた時に、24時間を1日として日数分の通信サービス基本料が支払われるとされている。そして今回の通信障害の場合、24時間以上利用できなかったのは音声通話のみで、データ通信には大きな影響が出ていなかったことから、約款上返金の対象となったのは音声サービスのみの契約者である271万人とされている。
その返金額も約款に基づき、契約者の基本料を日割りして24時間利用できなかった2日分をかけあわせた額になるとのこと。高橋氏によるとKDDIによると日割り額の平均額は52円になるとのことなので、1人あたりおおむね100円程度が返金されるものと考えられる。
そしてもう1つは「お詫び返金」、つまり約款上返金の対象にならない人に対しても、影響の大きさを考慮してKDDIが独自に返金するというものだ。その対象者はスマートフォンや携帯電話、固定電話の代替サービス「ホームプラス電話」の全契約者となり、その中には約款返金の対象者も含まれる。つまり約款返金の対象者はお詫びによる返金もプラスされる訳だ。
そしてその返金額は、約款返金における基本料の日割り額平均に通信障害の影響が続いた3日間をかけ、そこにKDDIからのお詫びをプラスして200円という額に設定された。いずれも請求額から減算する形での返金となるが、「povo 2.0」の契約者は基本料が0円で減算ができないことから、その代替として3日間利用できる1GBのデータトッピングをプレゼントするとのことだ。
そしてこの発表後、話題となったのはやはり200円という返金額の是非である。影響の大きさもあって実質的にほぼ全てのユーザーに返金するという措置が取られたものの、その金額にはやはり「少ない」との声が少なからずあったようだ。
だが先にも触れた通り、約款上24時間全ての通信ができなかったのは音声通話サービスのみの利用者で、データ通信もできるサービスの契約者は24時間全く通信ができないという条件には当てはまらない。そのため200円の返金も、あくまでKDDIが影響の大きさを考慮した“お詫び”、つまりあくまで自主的に実施した措置なのである。
実際過去を振り返ってみても、24時間以上という約款上の条件を満たさなければ、約款に従い返金をしないという判断をするケースの方が多い。実際2021年にNTTドコモが、2018年にソフトバンクが起こした通信障害などは、いずれも社会的に大きな影響を与えた一方で、通信が全くできない時間が24時間に達しなかったことから返金措置はされていない。
一方で、返金措置がなされているのが同じKDDIが2013年に発生させた通信障害のケースである。KDDIは同年の4月から5月にかけて3度の通信障害を立て続けに発生させており、いずれも約款上の24時間に満たない時間ではあったものの、やはり影響範囲が大きいと判断。影響を受けたユーザーに対して700円を返金する“お詫び”の措置を実施している。
700円の基準となるのは契約者の当時の料金プランにおける基本使用料とISP利用料、パケット定額料の3日分相当とされており、当時の内容を確認すると対象はおよそ60〜80万人とされている。今回の通信障害より返金額が高額である理由について、高橋氏はこの時の通信障害の影響はデータ通信が主体であったこと、そして当時データ通信利用者が契約している定額のプランが今より高額だったためと答えている。
そのためもし今回の通信障害がデータ通信主体で発生していたならば、KDDIは200円より多くの金額を返金する必要に迫られていたかもしれない。KDDI今回の返金措置、ならびに法人への補償措置によって73億円を返金するとしており、子会社の沖縄セルラーの返金額も合わせるとその額は75億円に上るが、通信障害がデータ通信主体であれば100億円を超える規模の返金となった可能性もある。
75億円もの額を返金するとなればKDDIグループの経営に決して小さくない影響を与えることは確かだが、それでもお詫び返金の200円という返金額に「納得がいかない」と感じている人は少なくないことだろう。だが誰にどれだけ補償すれば満足した結果が得られるのか? というのは、事業者側が補償をする上で非常に悩ましい部分だともいえる。
今回の返金措置では、約款返金を除けばKDDIのほぼ全ユーザーに同額の返金がなされるが、通信障害で受けた影響は人によってまちまちでもある。例えば自宅にいて固定回線のWi-Fiを使っていたため通信障害の影響をあまり受けなかったという人と、緊急通報ができず命の危機に遭遇するなど深刻な影響を受けた人とでは、金額に対する感じ方は大きく違ってくるだろう。
しかもKDDは3000万以上のユーザーを抱えていることから、それら個別の事例を追って返金額を決めるには相当の時間がかかり返金が大幅に遅れてしまうし、約款返金ではないとなれば、そもそもそこまでする必然性がない。そうしたことからKDDIとしても早く、多くの人に返金することを重視して、お詫び返金についても約款返金に基づいた金額で返金するという措置に至ったのではないかと考えられる。
なのであればそもそも、より多くの金額が保証されるよう約款そのものを見直すべきでは、という意見もある。各社の約款は長年見直しがされていない一方で、モバイル通信が社会に与える影響は年々重要性を増している。今回のKDDIの事例を見ても分かる通り、一度の通信障害が与える影響も非常に大きなものとなってきているからだ。
高橋氏は約款の見直しの可能性についてコメントを控えていたが、補償に関して個別の企業が単独で見直しを図るのが難しい状況にあるのも確かだろう。返金の条件が低く、金額も高額になることはユーザーにとって確かにメリットだが、企業側にとっては一度通信障害を発生させると返金による大きな損失が発生し、経営上の大きなリスクとなってしまうからだ。
また、仮に1社だけが返金条件を引き下げ、他社が追随しなければその企業だけが大きなリスクを負ってしまうことにもなりかねない。そうした返金リスクを低減するため通信料を上げる可能性もあり、それは結果的にユーザーの負担を増やすことにもつながってくるだろう。
そのためもし補償の見直しをしていく必要があるというのであれば、公平な立場である総務省が主導し、業界全体で方針を決めていく必要がある。ただ通信障害の影響と返金額に対する受け止め方が人によって違ってくることを考えると、基準作りが非常に難しいというのも正直な所で、通信障害時に他社回線を融通するローミングのように具体的な議論へと広がるかどうかは未知数、というのが筆者の見方である。
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