京セラが進める新規事業開発の「意義分け」とは--アイデミー石川の「DXの勘所」

 AIを中心とするDX人材育成のためのデジタル推進を加速するため、全社の組織変革を目指すオンラインコース「Aidemy Business」や、DX知識をゼロから学ぶプログラミングスクール「Aidemy Premium」などを提供する、アイデミーの代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏が、さまざまな業界のDX実践例を連載形式で紹介する。目標はデジタル活用のキーポイント、言わば「DXの勘所」を明らかにすることだ。

 これまでにダイキン工業や、京セラのDXを取り上げたが、今回はさらに京セラの取り組みについて掘り下げていく。

 京セラは独自の経営管理手法「アメーバ経営」の下で、DXによって組織に“横串”を刺し、より柔軟な組織によって「何らかの社会課題の解決に資するテーマ」を要件に、事業開発活動を推進。また、「新規事業アイデアスタートアッププログラム」も実施されている。

 それらの舵取り役である、執行役員で経営推進本部長を務める濵野太洋氏にインタビューした。

(左から)京セラ 執行役員 経営推進本部長 濵野太洋氏、アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏
(左から)京セラ 執行役員 経営推進本部長 濵野太洋氏、アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏

高レベルかつ短期間で社会課題解決に資する事業を

石川氏:まずは、経営推進本部の役割についてお聞かせいただけますでしょうか?

濵野氏:さまざまです。経営トップをサポートする「経営戦略室」の位置づけに加え、4年前からはデータサイエンティストの育成や組織化、間接部門の仕事を見直す「業務革新プロジェクト」などに取り組み、2年ほど前にメンバーの3割を切り出す形でデジタルビジネス推進本部を作りました。

石川氏:先日お話を伺った、土器手さんが本部長を務められる専任組織ですね。先日はアメーバ経営における“横串”を刺す活動の推進について、お話を伺いました。DXの文脈では「攻め」や「守り」という言い方をよくしますが、経営推進本部は新しい売り上げを生む新規事業をつくる、まさに攻めの部署という理解でよいのでしょうか。

濵野氏:はい。各部門にて保有する技術アセットを再構成し、うまくR&Dを加えて形にしていけば、より高レベルかつ短期間で社会課題の解決に資する事業が起こせるのではないかという考えのもと、部門間連携を促すために、8つの事業開発組織が立ち上がっています。技術アセットや人材を結集させ、事業をインキュベートしていく世の中へ送り出すコンセプトです。

 インキュベートした独立事業の一例として、窒化ガリウム(GaN)の技術を使ったレーザー事業には500億円近い資金でM&Aを実行しました。その意味では、技術、人材、M&A、R&Dといった要素を組織横断で活用するトップダウン型のイノベーション組織といえます。

すべて「社会課題解決」から考え始める

石川氏:トップダウンで重点的に投資されていく上では、テーマ選定が鍵になるかと考えます。どういった分野に定められていますか?

濵野氏:対外的に「重点4分野」として公表しているのは、情報通信、自動車関連、環境とエネルギー、医療とヘルスケアです。まずこれらのテーマに対応する組織から作りました。

 加えて、現代の企業活動においては地球環境への配慮が求められますが、京セラが携わるものづくりは、CO2排出や人的リソースの専有といった意味でも関与が大きい分野です。そこで、我々の新規事業は「社会課題の解決に資する事業であるべき」という観点は強く意識しています。例えば、GaNは、省エネによる温暖化防止に資する技術です。

 ほかにもロボティクスであれば、AIを使った学習モデルを組み込み、柔らかいものなども掴める技術も搭載した「協働型ロボット」の事業化が進んでいます。これも「少子高齢化に対応するために京セラができることは何か」という問題意識から考え始めています。問題意識や発想からコンセプトを作り、そこに我々がもつ技術アセットなどを組み込んで事業化する、というのが典型的な流れです。

 現在、早期に事業化を目指しているのが、布などの生地にプリントをするデジタル捺染(なっせん)システムです。従来の染色作業は、大量の水使用や排水汚染という点で環境負荷が非常に高いという課題があり、このような社会課題の解決に寄与するべく、サーキュラーエコノミーやカーボンニュートラルに関わる事業を勘案しました。これまで作ってきたインクジェットプリントヘッドやドキュメント機器事業で培ってきた技術が組み込まれ、事業化の前から高い注目を集めています。

石川氏:シンボリックな製品ですね。協働ロボットをはじめ、AIやデータサイエンスの高度な技術が必要になってきますが、技術開発はどのような方が担っているのでしょうか。

濵野氏:核になるメンバーは自社の研究部門です。とはいえ、新しい事業開発組織の人材は充実まで時間がかかりますので、自前主義の考えは始めから持っておらず、複数のITベンチャーとも連携しています。かつて京セラは比較的、自前主義が強い傾向にありましたが、小さな組織で始めると外部協業も加速しやすい、という副次的な効果も実感しているところですね。

アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏
アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏

スタートアッププログラムの主眼は「社員育成」

石川氏:トップダウン型のイノベーションに加え、ボトムアップ型も志向されているのでしょうか。

濵野氏:まさに「新規事業アイデアスタートアッププログラム」がそうです。トップダウン型の仕組みが将来の屋台骨を育てていく上でも、一定の規模感を追求するようなプロジェクトですが、こちらのボトムアップ型は、社員育成に主眼を置いている仕組みです。全従業員を対象に公募をかけ、選考プロセスを経て、社長面接も行います。

 実は、これまで「職場の活力診断」調査で指摘されていた、社員が主体性を持って経営参画する意識を持ちにくくなっているということが、会社規模が大きくなるにつれて顕在化していました。アメーバ経営は多数のアメーバ(小集団)にリーダーを据える形ですが、近年は各事業の規模が大きくなっている部門もあり、一つのアメーバが50人を超えるケースも見受けられます。

 規模が小さければ1人ずつが担う領域も大きく、通常の業務でも各々の主体性を発揮しやすいのですが、大きな組織ではなかなか難しくなっているという課題があります。そこで、通常の業務以外でも主体性を持って自己実現をしていく、個人の考えに基づいた自己実現をしていけるような機会を考えていこう、というのが、スタートアッププラグラムの発端にあります。

石川氏:成果として第1回公募に800人以上から応募があったと拝見しました。社内からも関心高く迎えられたと感じますが、社内外含めて、どういった反響がありましたか?

濵野氏:「どうせやるなら」と従来の弊社らしくない(笑)、派手なオープニングイベントも打ちました。外部の方にも参画いただき、講演会なども積極的に開くといった、前例がないほどの仕掛けをしてきた自負はあります。ただ、まさか800件以上も応募が集まるとは正直思っていなかったのが本音です。意欲ある人の多さに勇気づけられました。

「京セラ」の看板は使わなくてもいい

石川氏:実際に第1弾として食物アレルギー対応サービスの「matoil(マトイル)」もスタートされています。大企業発のスタートアップですと、石橋を叩くプロセスになりがちで、結局はローンチにたどり着けないケースをよく見聞きします。新規事業を作るスピード感と、「京セラ」という看板への信頼性のバランスは、どのようにお考えでしたか?

濵野氏:matoilはよい例ですが、京セラの名前を出すか否かも含め、すべてを「事業を成功させるためにどうあるべきか」で決めてくれればよい、としました。過程の思考を、その結果も含めて、成長の糧にしてもらえれば構わないと思っています。既存の事業評価のように、相談されたら何か言いたくなるものです。だから、相談しないなら、しないでいいと(笑)。

石川氏:割り切り方がすばらしいですね。

濵野氏:語弊がありそうなので言い直すと、要は「一定の裁量内で、すべての選択肢は自分たちで決められる」という環境をつくっています。社内からの声をあえて届かせないようにするのも私たちインキュベーターの仕事です。

 会社としてのブランドバリューについても、自分たちから積極的に喧伝するのではなく、しかし外部へは何かしらの情報源から伝わっているようで、協業申込みは2桁を超えるほどあります。京セラがバックにいることが、協業ハードルを下げる部分は現実としてあるのでしょう。細かなことは横に置き、まずは純粋にやりたい事業を成立させてもらいたいですね。

京セラ 執行役員 経営推進本部長 濵野太洋氏
京セラ 執行役員 経営推進本部長 濵野太洋氏

特殊かつ限られた領域のデータで攻める

石川氏:DXの観点から伺うと、ボトムアップ型の取り組みにおいて、デジタル技術に期待されていることはありますでしょうか?

濵野氏:やはり事業を営む上で情報処理は不可欠です。われわれの事業開発組織の中に「IoT事業開発部」があり、言わば「ライトな事業プラットフォーム」としてIoTのプラットフォームを作っています。

 最終的にはデータドリブンビジネスとして、蓄積したデータから新しい価値を生み出していけるようにしていきたいところでスタートしました。ただ、すでに膨大なデータを各分野で蓄積されているメジャーな企業と真っ向から戦っても、京セラが大きな社会貢献をすることは不可能でしょう。

 「IoTイネーブル」と呼んでいますが、できるだけセグメントが効いたニッチなデータが良いと捉えています。特殊かつ限られた領域のデータを蓄積し、そこからデータドリブンに持っていく考えですね。この手の小ぶりな事業を、すべて我々のプラットフォーム上で処理できるように進めていけば、事業組織化も比較的スムーズにいくだろうと踏んでいます。

通年公募制へ、京セラの新たな文化になるか

石川氏:最後に、ぜひ新規事業アイデアスタートアッププログラムの展望と発展型について、お聞かせください。

濵野氏:スタートアップに意欲を示し、手を挙げる層が会社内に一定の割合でいることはわかりましたが、そのままではなかなか増えていきません。自ら熱意をもって取り組もうとする人たち、京セラフィロソフィの言葉にある「自燃性」の人をもっと増やしたい。そのためのアクティベート企画は常に考えていますし、今後も進めていきます。

 また、レギュラー公募の間に、ある程度テーマを絞った公募も実施しています。たとえば「コロナ対策に京セラの技術で何ができるか」を募ると300件ほどが寄せられました。スポットの企画テーマも続けていきますし、サーキュラーエコノミーやカーボンニュートラルといった領域を区切った公募も実施します。場合によっては、このプログラムを社外に向けて公開していくことも検討しています。

 大きく変わったところでは、第3期からは通年公募制にしました。2カ月に一度ほどで区切ってアイデアを精査し、良い案件があれば社長面接までエスカレーションする仕組みに変え始めています。認知度も上がってきましたが、とはいえ過度な期待はせずに、「常にウィンドウは開いているよ」と伝えていきたいですね。

 先ほど例に出したmatoilは、どこかで独立会社にしたいと考えています。創業メンバーの社員は、もともと京セラのUI/UXデザイナーでした。その社員をロールモデルにすることで、男女問わずに「自分もやってみたい」という人がきっと出てくるはず。そうすると、本当の意味での第2世代の人たちが活躍する踏み台となれるはず。それを私としては楽しみにしています。

石川氏:まさしく、これから京セラの文化としてスタートアッププログラムが定着するかどうかが、大事になってくるポイントだと受け取りました。今日はお時間いただき、ありがとうございました。

濵野 太洋(はまの たいよう)
京セラ株式会社 執行役員 経営推進本部長
1983年入社。半導体部品事業本部マーケティング部長、新事業統括部長、自動車部品事業本部長を経て、2016年執行役員に就任。 2018年より現職。経営企画、CSR、事業開発部門などを統括する。

石川 聡彦(いしかわ あきひこ)

株式会社アイデミー
代表取締役執行役員 社長CEO

東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を活かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)、『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』( KADOKAWA/ 2020年)など。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」選出。

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