AIを中心とするDX人材育成のためのeラーニングプラットフォーム「Aidemy Business」や、Python特化型オンラインプログラミングスクール「Aidemy Premium」などを提供するアイデミーの代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏が、「DXの勘所」を明らかにすべく、さまざまな業界のDX実践例を連載形式で紹介する。
前回に引き続き、空調機で知られるダイキン工業の執行役員 植田博昭氏と、専任役員の小林正博氏との鼎談の後編をお届けする。
石川氏:DXを推進する上で欠かせないのがDX人材です。ダイキンさんでは、「ダイキン情報技術大学(DICT)」による社員教育に注力していらっしゃいます。設立の背景や経緯を教えていただけますか。
小林氏:空調機器のコモディティ化を前提に、将来は顧客に合わせたカスタマイズを施す上でも、従来のハードウェア事業にソフトウェアを追加できる環境をつくり、よりエンドユーザーに向けた技術を提供しなければという考えがありました。ただ、「ものづくり」というライバル関係で見ますと、中国メーカーの参入だけでなく、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)やBAT(百度:バイドゥ、阿里巴巴:アリババ、騰訊:テンセント)といった異業種からの参入も懸念される。まさに挟み撃ちに遭っている状況をなんとか打破したい。
一方で、情報系の技術職はこれまで機械、化学、電気といった領域が多く、DXの時代に欠かせない情報系の技術者が、日本には全体の1%しか在籍していなかったのです。ところが情報系の学生は各社取り合いになっており、また新規で採用していくことも考えにくい。それであれば、AIの活用や技術開発、システム開発といったものを担える自社内の人材を育成するしかないと立ち上げたのが発端です。
石川氏:空調機から得られたデータを解析するための技術者も必要になり、そのビジネスプロセスを設計できるような人材も必須になるでしょうから、より教育は大切だと感じます。
小林氏:そうですね。教育としては段階的で、まずはAI関連の教育を4年前から始めてきましたが、データサイエンティストの教育も進めています。情報処理推進機構のデータサイエンティストの定義を応用しながら、「ビジネス力」「データの分析力」「データのエンジニアリング力」を兼ね備えた人間を、2021年末までに1000人育成しようという計画でスタートしました。
現在は2023年度末までに1500人を、レベル4から5に引き上げることも含めながら、まずは人数を増やし、そこから質を上げていくステージにあります。現時点で950人ほどが育成できており、2022年期末には1050人が見込まれるので計画通りといえます。
やはりダイキンが目指すAI人材像ということでいくと、いわゆる「π(パイ)型人材」として、自分の専門領域とAIを両方扱える形を前提としています。この取り組みは世間的には新入社員向けの教育として名前が売れていますが、役員向け、幹部向け、一般的に管理職にあたる“基幹職”向け、既存社員向け、新入社員向けと分かれて、全社員が対象になっています。もっとも情報系の即戦力人材は実務の技術グループに加わってもらいます。新入社員の場合は2年間の学習で情報系の修士卒業レベルを目指しています。
石川氏:習熟度の確認はどのようにされていますか?
小林氏:基本情報処理技術者、統計検定2級、データ分析やAWSに関わる資格の取得などです。各年度で全国平均を上回る優秀な成績を収めていますね。他にも、NECさんの内部で開かれていたAI技術者コンテストに、2021年から滋賀大学と共にダイキンも参加させていただきましたが、初年度はダイキンが2つの分野で1位を取ったのです。これは社内的にも非常に成果が上がっているプログラムだと経営陣からも評価されていますね。
石川氏:アイデミーも200法人以上のお客様のDX人材育成をeラーニングでお手伝いさせていただく中で、「人材育成をしたら、その後に辞めてしまうのではないか」という懸念を聞くことがあります。実際のところ、ダイキンさんの場合はいかがですか?
小林氏:具体的には申し上げられないのですが、1期生と2期生合わせても数人程度で、定着率は非常に高いといえると思います。1期生は事務局も本人たちも手探りで無我夢中、前例がないので、非常に横のつながりが強かったのでしょう。やはり2年間「同じ釜の飯を食った100人の仲間がいる」というのは大きく働いたと思います。ただ、3期生からはコロナ禍もあり、リモート授業も増えましたから、そのあたりのケアが必要だろうと個人的には思っています。
石川氏:DXのアンチパターンとして「社外の人に丸投げをするのは避けるべき」というのはよく言われていることですが、ダイキンさんの場合は、ここまで4年ほどお付き合いしていく中でも全く見えてこないところが本当に素晴らしいです。その前提として、ダイキンさんの中にデジタル人材がしっかり育っていることが効いているのですね。今後、人材育成の優先順位やプライオリティはどういった議論があるのですか?
植田氏:やはりデータサイエンティストは必要ですが、ビジネスイノベーターまで成長していくことも課題です。これだけアプリなどソリューションでコンテンツを提供するようになると、アプリ開発人材やそれをマネジメントできる人材も必要ですから。
石川氏:いわゆる企画系人材の方も必須になってきますね。
植田氏:そうですね。今は1500人を育て上げるというところで、個々人の特性を業務と併せて見極めていくフェーズだとは認識しています。企画好きな人、技術に特化したい人と、得手不得手がありますので。
ただ、データ分析も将来的には自動化できる可能性があるので、何に着目して分析すべきか、いかに新しいもの生み出せるかという観点では、最終的には技術職ながら企画もできる人材が最も重要になってくるでしょう。その人材を大きく、早く成長させていき、イノベーションを生み出し、実装できるのか。もっとも企画さえできてしまえば実装に関しては外部へ依頼も可能です。何よりも企画を打ち出せる人材が重要なのは変わりませんね。
石川氏:そういった部分は、やはり社内人材に期待する他ありませんね。この取り組みを進める上ではトップマネジメントの強い意思も感じられたのですが、過去に人材育成で成功されたようなご経験があるからなのでしょうか。
植田氏:おそらくは事業をグローバルにこれだけ伸ばしてきた中で、適材適所の人材配置が成功事例だとは思います。最初は日本人が開拓していき、その後は半数近くは現地企業と連携していく。そこでの人材の見極めと育成で成功してきた。事業拡大と人材の必要性を認識しているからこそでしょう。
石川氏:まさしく事業成長と人材の育成や抜擢は表裏一体の関係であるんですね。
植田氏:個々人の成長が会社の成長の総和だと、常にトップは意識しています。さらに、個々人がそれぞれで違いのあることを認識し、育っていくことも、変わらずに言い続けて実践してきていると感じます。
石川氏:少し具体的な中身に入ってくるんですけれども、DICTの2年目の取り組みが非常にユニークだと思っています。PBL(Project Based Learning)を通じた実務を行うところです。OJT的な研修かなと思うのですけれども、実際に生まれた製品やプロダクトを実務で使われているのか、あるいは研修として割り切っているのでしょうか。
小林氏:取り組みとしては2022年で4年目になりますが、ようやく実用化できるものが出てきました。実は私は特許の早期褒章の委員も担っていますが、特許の早期褒章で3件、DICTからのテーマが受賞したのです。とても嬉しいことでした。
たとえば、スマホの画像認識で6種類のカビを見分け、その進行具合を検知できるシステムがあります。従来は検査機関に出し、1週間後に分析結果が出るようなことを、その場でお客さまに「カビがこれほど進んでいるのでフィルター交換しましょう」と提案できるようになりました。半年ごとに生徒が引き継ぎながら実用化までもっていったケースで、これは素晴らしいパワーだと私自身も思います。今後はもっと成果を出せるように促したいですね。
石川氏:まさしくπ型人材でないと見えてこない課題感だと思いました。うまくいくPBLは何が優れていると感じますか? 企画なのか、アサインされた技術力か、あるいは熱意なのか。うまくいくプロジェクトの共通点はあるのでしょうか。
小林氏:PBLの発表会は、計画発表、中間発表、最終発表とあるのですけれども、部門ごとのメンターである管理職と、実際に面倒を見る若手社員、そして生徒という3人がうまくコラボレーションできたら相乗効果が出ていますね。
やはり生徒はドメイン知識がありませんから、そこを管理職や先輩が問題設定をして、必要な情報やデータを与え、優秀な生徒が解くと。その三拍子がそろって初めてうまくいく気がします。その意味では、化学事業部は部門を挙げてフォローするプロジェクトを進めているのもあって、テーマの完成度からして平均レベルは非常に高いですね。
つまり、成功は管理職の力量によるところもある。管理職や幹部も含めて風土を醸成する取り組みが大きく働くのでしょう。
石川氏:ありがとうございます。最後に、やや主語の大きい質問となって恐縮ですが、「ダイキンにとってDXとは?」をお聞かせいただけますか。
植田氏:新規事業にも取り組んではいきたいのですけれども、やはり既存の空調機器に関する主業務を変革していくことが命題。DXは「生き残りをかけた戦い」です。今までは良い商品を作ってライバルとだけ競争をしてきましたが、今後はさまざまな業種との競争の中で豊かな社会を作っていく。それを使命にしていくことではないかと思います。
小林氏:DXとは「脅威でもありチャンスでもある」といえます。従来にはないライバルが出てくる非常にリスキーな面もありますけれども、自社でこれだけ力を入れていくと、いろんなチャンスも広がります。そのチャンスは、釈迦に説法になりますけれども、従来事業のプロセスイノベーションもあれば、商品やプロダクトのイノベーションもあるでしょう。
ただ、今はプロセスのイノベーションだけに留まっていますし、それにしても現場が喜ぶAIしか提供できていません。やはり「現場の人が困るようなイノベーション」を生んでいかなければならないのです。つまり、現場がAIに取って替わられる危機感を抱くようなイノベーションでなければ。そこまでいってDICTは初めて投資回収が可能になり、次のステップに進めたといえるのだと考えます。
植田 博昭(うえだ ひろあき)
ダイキン工業株式会社 執行役員 DX戦略推進担当、経営企画室長
大阪大学大学院工学研究科 機械工学専攻卒。1997年ダイキン工業株式会社入社(住宅空調生産本部 設計部)、空調生産本部 小型RA商品グループを経て、2012年経営企画室 技術企画担当課長。2017年経営企画室 技術企画担当部長、2020年執行役員 経営企画室長。今日まで商品企画や戦略企画など、主に企画系の業務に従事。現在は、DX戦略推進も担う。
小林 正博(こばやし まさひろ)
ダイキン工業株式会社 専任役員
京都大学工学部 原子核工学科卒。1981年ダイキン工業株式会社(研究所)入社、2002年経営企画室 技術企画担当部長を経て、2004年専任役員就任。2007年環境技術研究所所長、2012年ダイキンエアテクノ株式会社 取締役副社長、2016年空調営業本部、アプライド・ソリューション事業本部 ビルエネルギーマネジメント・計装事業推進担当。2018年よりテクノロジー・イノベーションセンター技師長。
石川 聡彦(いしかわ あきひこ)
株式会社アイデミー
代表取締役執行役員 社長CEO
東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を活かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)、『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』( KADOKAWA/ 2020年)など。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」選出。
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