京セラのDXは「伝統と革新」を進めるトリガーだ--アイデミー石川の「DXの勘所」

 AIを中心とするDX人材育成のためのデジタル推進を加速するため、全社の組織変革を目指すオンラインコース「Aidemy Business」や、DX知識をゼロから学ぶプログラミングスクール「Aidemy Premium」などを提供する、アイデミーの代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏が、さまざまな業界のDX実践例を連載形式で紹介する。目標はデジタル活用のキーポイント、言わば「DXの勘所」を明らかにすることだ。

 前回は、空間データの協創プラットフォームの取り組みや、社内大学による人材育成の仕組みが特徴的なダイキン工業を取り上げた。

 続く今回は、京セラの変革に迫った。京セラの執行役員であり、デジタルビジネス推進本部長を務める土器手亘氏にインタビュー。

 経営戦略におけるDXの位置付けや狙いをはじめ、2020年4月の「デジタルビジネス推進本部」の発足による社内の変化、さらには全社で推進するデジタル人材の育成など、京セラで進むDXについて聞いた。

(左から)京セラ デジタルビジネス推進本部長 土器手亘氏、アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏
(左から)京セラ デジタルビジネス推進本部長 土器手亘氏、アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏

アメーバ経営に、横串のメリットを

石川氏:まずは、経営戦略におけるDXの位置づけと、いかなる課題の解決を目指しているのか、うかがえますでしょうか。

土器手氏:私たち京セラは、創業者の稲盛和夫が積み上げてきた京セラフィロソフィ(経営哲学)をベースに、「人間として何が正しいか」を判断の軸にして経営を進めてきました。

 また、独自の経営管理手法である「アメーバ経営」を採用しているのも特徴です。「会社経営とは一部のトップのみで行うものではなく、全社員が関わって行うものだ」という考えを貫き、組織をアメーバと呼ばれる独立採算で運営する小集団に分け、それぞれにリーダーを任命。言わば全員参加のような形で会社を経営する仕組みです。

 その一方で、現社長の谷本秀夫は、「アメーバ経営といえど個別最適に傾きすぎることのないよう、社内に横串を刺すような活動をしなければ」と全社的な情報共有などを通じて、新規ビジネスの創出を図る取り組みを進めています。

石川氏:なるほど、そこからDXへの舵切りが進んでいくわけですね。

土器手氏:「京セラをデジタル化していく」社長直轄の組織として、デジタルビジネス推進本部が立ち上がり、私はその立ち上げとともに2020年の4月から現職に就きました。それまでは京セラコミュニケーションシステム(KCCS)というIT系の子会社におりました。

石川氏:どういった課題が見えていたのでしょうか?

土器手氏:1つには、部門ごとにシステムが分割され、スモールデータが集合している状態だったことです。たとえば、情報の連携がないために、異なる営業部門が訪問先で鉢合わせてしまう。もっと総合的にサービス化し、「総力戦ビジネス」へ展開していくためにも、情報共有プラットフォームやデジタル化は欠かせないと考えました。

 データのプラットフォーム化、製造ラインの自動化、情報共有の仕組み、データサイエンティストによるデータ分析、新技術の活用…と、さまざまに取り組んでいます。もっともそれらは事業への直接的な貢献が望めるものですが、私個人としては社員の考え方や視点が変わることにも重きを置いています。

アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏
アイデミー 代表取締役執行役員 社長CEO 石川聡彦氏

デジタル化で「結果的に」会社が変わっていく

石川氏:ビジネスだけでなく人材育成の観点でも効果があるという考えですね。

土器手氏:大きく期待しています。社員の意識や視点が変わり、視野が広がれば、会社風土も変わっていきます。実はこれまで、京セラの風土に合う社員を中心に採用を進めてきた結果、全体として画一化していき、自前主義で進める傾向が見られていました。そうではなく、多様性を持ち、他者と協調してオープンに進めていくことにも、DXは貢献できると考えています。

 たとえば、ITに関わることについて、「上司に教える若手」が出てきます。最近は社内SNSも活発になってきましたが、仕事の成果だけでなく、組織への貢献で評価が高まる人も見受けられます。要は、能力が発揮され、貢献が目に見える「日の当たるところ」が増えている傾向にあり、それによって社員の変化が促されるのです。

 もう1つ、心理的安全性も重視しています。前述の効果によって、若手からベテランへ意見を出しても否定されない風土へと、少しずつ変わりつつあることを感じています。「こういうふうに風土を変えましょう」と言っても、やはり変わりにくいものです。デジタル化の施策を進めるなかで、結果的に会社が変わっていくので、ますます推進したいですね。

石川氏:京セラさんのデジタル化は、いわゆるツール活用などの議論だけではなく、会社風土の変化や心理的安全性の担保といった全社的なテーマが前提になっているところが、今伺っていても素晴らしいと思いました。

土器手氏:私自身、KCCSでIT系のカルチャーを経験できていたので、会社風土の変化などの必要性を感じていたのも大きいですね。とはいえ、ツール活用についても、クラウドや社内SNSを通じて、拠点や部門をまたがった情報の共有や発信が、かなりの勢いで進んでいます。

 また、ノーコード開発についてのeラーニングコンテンツを社内で作り、希望者全員に提供する取り組みも進行中です。各部門から「デジタル化推進メンバー」を選出してもらい、彼らを中心にDXの考え方などを社内外のITベンダーから協力をいただいて教える機会も設けています。私たちのようなDX推進部門も、AI、IoT、データサイエンティストに携わる人材を社内異動や外部採用で増やしているところです。

 製造現場では「データを見る、ものづくり」を重点的に進めています。勘と経験で補っていた現場のデータをPLCから取得し、因果関係も含めてデータサイエンティストが分析し、現場へ戻していく流れです。それも現場がデータ化に取り組む意義を認識しなければなりませんから、意識改革も併せて取り組まなければなりません。

実際に効果が見えれば、現場は変わっていく

石川氏:デジタルビジネス推進本部が発足されたことで起きた社内での変化や、感じられている部分をぜひ教えてください。

土器手氏:労働人口の減少もあり、今後の製造ラインで働く若い世代が減っていくことへの危機感から、製造現場における「生産性倍増」を掲げた活動を、5年ほど前から始めていました。私もKCCSの立場から携わっていました。ロボットやAIを活用したものづくりといった領域で成果が上がったため、それを全社的に横展開するのも、デジタルビジネス推進本部が発足した理由の一つです。

石川氏:社内デジタル化だけでなく、事業への具体的な貢献もトリガーだったのですね。

土器手氏:そうですね。トリガーは「生産性倍増」でしたが、実際に取り組んでみると先ほど話した企業風土の見直しや、営業部門間の情報共有、営業プロセスの改善など、付随してやるべきことがさまざまに明らかになってきた、というのが実情です。

石川氏:土器手さんのお話を伺うにつれ、DXという言葉に含まれる「トランスフォーメーション」に重きを置かれた考え方をされているのが、素晴らしいと感じます。アイデミーとしてもさまざまな企業のCDOの方とお話しする機会が多いのですが、みなさんも人材含めた「トランスフォーメーション」こそが肝要だと口を揃えておっしゃいます。

 一例を挙げれば、若手は変化しつつあり、社長にご理解があっても、中間管理職が“岩盤”になってしまうことがあるといった課題もよく聞かれます。京セラさんの場合は、いかがですか?

土器手氏:やはり実際の効果が出てくると変わりますね。デジタル化は何年か経たないと効果が出てきませんし、抜本的に変えようとすれば、なおさら時間はかかります。ただ、5年前から「生産性倍増」に取り組んでいたからこそ、最近になってコロナ禍による供給不足も相まって、京セラは半導体パッケージや、半導体製造装置に使われる部品等が非常に伸長しています。もし、5年前から取り掛かっていなかったとしたら、今日の好調は実現しなかったでしょう。

 取り組み始めたときは「ロボットやAIが本当につくれるのか」といった声も、たしかに聞かれたのです。それでも実際に効果が出てくると、「あのときにやっておいてよかった」と言われるようになります(笑)。つまりは、効果を正しく見えるようにするというのも大事なのだろうと思います。

京セラ デジタルビジネス推進本部長 土器手亘氏
京セラ デジタルビジネス推進本部長 土器手亘氏

DXは会社を変えるトリガーにすぎない

石川氏:デジタル人材育成に関して、もう少し伺わせてください。いわゆる「リスキリング」の取り組みは実践されているのでしょうか?

土器手氏:リスキリングについては、「既存業務の得意技+新しい得意技」を持たないと、今後生きていかれないと私は考えています。特にDXを推進するにあたっては、現業の本質的な課題を捉えて、それを改善できる能力を身につけ、現場との橋渡しをする役割が重要になります。

 たとえば、現場業務に加えてIT技術がある、プログラミングスキルとプレゼン能力を併せ持つ、といったことです。橋を架ける両方の心理が理解できれば、双方に良い影響を与えられるはず。野球でいう“二刀流”的な人材が、DXを進め、仕事の幅を広げていくと思うのです。

 人材育成での局所的なデジタル化は効果が乏しいので、基本的にはボトムアップを進めていくのが大事だと捉えています。全体が底上げされ、おのおのが自発的に取り組むサイクルが自動的にできてくるほうが、はるかに全社的なメリットが大きいはずです。

 デジタル推進はツールだけにこだわらず、ビジネスプロセスや業務内容そのものを変える意識を持つことに、重点的に取り組むべきだと思います。デジタル化の罠とは言いませんが、尖った技術を導入するよりも、実はアナログ的に業務を見直したほうがよほど効果が大きくなるということもあり得ます。「それ、そもそも必要なの?」の一言が効くこともありますね(笑)。そういった現場の社員をいかに増やしていけるのかも、私が持つ課題だと考えています。

石川氏:最後に、ぜひ「京セラさんにとってのDXとは?」をお聞かせください。

土器手氏:DXは会社を変えるトリガーです。目的でも手段でもなく、きっかけです。

 トリガーによって起きていく会社風土の見直し、社員の意識変革、リスキリングなどで、今よりもさらに自由闊達にものづくりができる会社になっていけると思っています。

石川氏:今日はお話を伺って、アメーバ経営という伝統的な経営手法を、目的も含めて捉え直し、さらに進化をさせていくという、まさに「伝統と革新」を体現されている企業だと感じました。

土器手 亘(どきて わたる)
京セラ株式会社 執行役員 デジタルビジネス推進本部長
1983年入社、本社経営管理部配属。1995年、京セラコミュニケーションシステム(KCCS)設立とともに出向・転籍。2020年より現職。全社のデジタル化を推進。営業・製造・間接業務のプラットフォーム化推進とインフラ・セキュリティ管理、AI活用等を統括する。

石川 聡彦(いしかわ あきひこ)

株式会社アイデミー
代表取締役執行役員 社長CEO

東京大学工学部卒。同大学院中退。在学中の専門は環境工学で、水処理分野での機械学習の応用研究に従事した経験を活かし、DX/GX人材へのリスキリングサービス「Aidemy」やシステムの内製化支援サービス「Modeloy」を開発・提供している。著書に『人工知能プログラミングのための数学がわかる本』(KADOKAWA/2018年)、『投資対効果を最大化する AI導入7つのルール』(KADOKAWA/2020年)など。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019」「Forbes 30 Under 30 Asia 2021」選出。

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