企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は特別編として、森ビルが東京・虎ノ門で展開するインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる大手企業の担当者さんを紹介しています。
今回は、テレビ東京 ビジネス開発局 コミュニティ事業部 部長の吉澤有さんにご登場いただきました。吉澤さんは、テレビ東京が新規事業として展開中の東京・池袋を舞台としたメタバース空間「池袋ミラーワールド」の事業責任者です。前編では、変革の必要性が叫ばれながらもなかなか変わることができなかったテレビ業界の中で、新規事業開発に挑戦されてきたお話を伺います。
角氏:実は僕、テレビ東京(以下、テレ東)さんの番組が大好きなんです。テレ東さんではいつも、ほかの人が考えないようなことをしていますよね。『家、ついて行ってイイですか?』が大好きで、あの番組は終電を逃した人との出会いを切り口として、その人たちの人生を掘り下げていくような企画ですが、実のところ当連載はその体裁を参考にしている部分もあります。ですので、今日は1テレ東ファンとしても楽しみにしています。
吉澤氏:ありがとうございます(笑)
角氏:ちなみに吉澤さんがいらっしゃるビジネス開発局ってどんな部署なんですか?
吉澤氏:ビジネス開発局は、リアルなイベントを企画・運営する「イベント事業部」と、デジタル系の新しいビジネスを作っていくために発足した「コミュニティ事業部」が一緒になった局です。
3年前にできたテレビ東京の中で一番新しい組織なのですが、デジタル系の部署が1つの局になっているというのは、民法のキー局では初めてのことだと思います。デジタルとリアルを1つの局で仕掛けられるとかなりのスピード感が備わり、フットワークが軽い局になります。さらに当社は社内全体でフットワークが軽いので、そこにどんどん番組の作り手たちが入っていけば、なかなか進んでいなかったクロスメディアで新しいことができるだろうと。そんな狙いがあって発足したと聞いています。
角氏:テレビ局で、デジタルと旧来のメディアとしてやっている部分が同じセクションにならなかったことに理由はあるんですか?
吉澤氏:以前はネットやスマホなどのデジタルはテレビにとっては対立軸という見方だったため、棲み分けるという考え方が主流だったんですね。ただテレ東の中では、比較的早い段階からクロスして仕掛けていこうという姿勢があって、私はその草創期の頃からその仕掛けに携わってきました。今はだいぶ変わったと感じていますが。
角氏:確かに。以前はテレビがNetflixのCMを流すなんて考えられませんでしたからね。
吉澤氏:そうですね。僕は2000年に入社したのですが、当時はITバブル最盛期だったので、これからデジタルの時代になるとか、放送と通信の融合というような“テレビ2.0”的な雰囲気があったのですが、実際は先日やっとTVerでテレビの同時配信が可能になったくらいで、自分が想定していた、または世の中の期待よりもテレビの歩みは凄くゆっくりしたものになっています。それはたぶん様々な理由によってそうなっているんですけど。
角氏:ちょっと聞きたいですね(笑)
吉澤氏:色々とあるのでしょうが(笑)、表向きにはやはり権利処理の部分が大きいですね。日本のテレビ業界テレビは色々なコンテンツが権利の塊なので、それを1つひとつほぐしていかねばならず、AmazonやNetflixとは元々のつくりが違うんです。そういった理由があるなかで、ようやく2022年に放送と通信、つまり伝送波によらず同じものが同時に見られる時代が来たと。僕としてはテレビのデジタル化に夢を持ってこの業界に入ってきているので、そこには様々な思いがありましたけど。
角氏:入社されてからはどんなお仕事を?
吉澤氏:僕は入社してすぐにインターネット系の関連会社に出向して、モバイルのコンテンツ配信事業、テレビ東京のアニメなどの番組の携帯向けコンテンツ配信を担当し、その後2008年くらいからB2C事業をやっていました。
角氏:放送局では珍しいキャリアですよね。B2Cは何をしていたのですか?
吉澤氏:他のテレビ局がやっていない通販をやりたくて、地域の食材を販売する専門のサービスを始めました。そういう専門のものを扱うテレビ番組やECはなかったんです。
角氏:地方創生やふるさと納税の先駆け的な雰囲気がありますね。
吉澤氏:そういう部分もありますね。テレビ通販というと深夜早朝のあのゆるい感じを想像されると思いますが(笑)、そうではなく、生産者のストーリーに共感してもらって取り寄せてもらうようなコンテンツを作ったのです。それが東日本大震災を契機として、生産者の顔が見えるブームに乗って大きくなりました。そしてもうひとつの事業が、旅行の通販です。
角氏:旅行の通販って何ですか?
吉澤氏:今までのテレビ通販は物販です。その中で僕は日用品を経て食品に辿り着いたのですが、旅・グルメというのはテレ東のステーションカラーの一つだったので、次にモノではなくサービス、旅行やツアーパッケージを売る番組を始めたんです。名刺にも入れているのですが、実は旅行業取扱管理者という国家資格を持っていまして。
角氏:おお、本当だ!
吉澤氏:これは旅行会社の営業所に必ず1人いなければならない国家資格なのですが、合格率が10%位で、2年ほど勉強して取得しました。旅番組のプロデューサーでこの資格を持っているのは僕くらいだと思います。思い付きで取ったのではなくて、放送局が営む旅行事業をしっかりと作りたかったんです。資格を取ることによって自分が旅行のプロではない部分を剥がしたくて。
角氏:これはすごい。熱量が伝わってくる。
吉澤氏:基本的には、22年務めている中で12年くらいは色々な関係会社で新規事業を作ってきています。そういう意味では、異色な経歴を持っていると思いますね。
角氏:その流れの中で、なぜビジネス開発局に異動になったのですか?
吉澤氏:端的に言いますと、ビジネス開発局で上司にあたる今井(豪氏:局次長)に引き抜かれました。今井は編成局という既存の枠組みの中で色々な挑戦をしてきた人間で、10年くらい前から経済バラエティという新しいジャンルの番組を作ってきたんです。われわれも入居しているARCHを題材とした『巨大企業の日本改革 3.0「生きづらいです 2022」〜大きな会社と大きな会社とテレ東と〜』もそのひとつですね。
その過程において今井が東日本大震災以降に地域創生というテーマに携わる中で、僕の食や旅のECで地方を盛り上げる活動とリンクしていた部分があったと言いますか、新規事業に取り組んでいる様を見てくれていたらしいんですね。それで彼がオープンイノベーションで新規事業の仕掛けを打って、スタートアップの皆様と新しいビジネスを生み出そうとしたときに、僕のところに声がかかったというわけです。
角氏:地方創生事業という部分に関して、お二人は理解されていらっしゃいますが、会社はどうですか?地方に関する価値を認めていると思われますか?
吉澤氏:われわれの取り組みに対しては、寛容だと思います。これまでに放送局が手掛けてきた新規事業は多々ありますが、まだ大きく成功したものは聞いたことがありません。そうなってしまっている現状を踏まえて考えますと、やはり10年以上続くような事業には業績としてのインパクトは大いに必要でしょうが、社業としておこなっていくためのドメインであり得るかを考えることも重要なんです。
その点で、テレ東の特色のひとつに、「地域とともにある放送局」というコンセプトがあります。僕が創ってきたグルメや旅行の事業もそのラインに乗っているものであり、現在われわれが挑戦している事業もその延長線上にあるものです。会社の業績全体で見るとそんなに大きくないですが、会社のブランディングやテレ東を大切にしてくれているお客様に寄り添った事業であると考えていくと、凄く全うなのだと思います。
角氏:テレ東さんの番組作りにおいて、ストーリーに一本筋が通っている感は、僕から見ても凄いと思えます。BSも使って地方のいいところをピックアップして伝えたりしていて、なかなかスポットが当たらないところにスポットを当てて良さを引き出していらっしゃる。その軸で考えると今の吉澤さんの説明はわかりやすいんですよね。『家、ついて行ってイイですか?』もそうだし、『Youは何しに日本へ?』もそれだと思いますから。そう考えると、今井さんも含めたお二人が取り組まれている新規事業には、とても“テレ東らしさ”を感じます。
後編では、吉澤さんが現在取り組まれているメタバース事業について詳しくお話を伺います。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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