5月の改正宅建業法施行を受け、解禁される不動産の電子契約。紙での交付や署名、押印が必須だった契約手続きの規制が緩和され、オンラインでの手続きが可能になる。いよいよ始まる不動産業界の大変革は、ビジネスをどんな風に変え、人々の働き方をどう変化させるのか。
4月19日に開催されたオンラインイベント「政府デジタル推進によりネット不動産時代が到来、オンライン完結型の不動産取引の現状と未来とは」では、東京大学大学院経済学研究科特任教授 不動産イノベーション研究センター(CREI)の武藤祥郎氏とGAテクノロジーズ 代表取締役社長執行役員CEOの樋口龍氏が登壇。改正宅建業法の施行により始まる、オンライン完結型の不動産取引、これによる顧客体験の変化や、未来の不動産取引などをテーマに、パネルディスカッションを実施した。モデレーターは、デジタルベースキャピタル 代表パートナーの桜井駿氏が務めた。
桜井氏 改正宅地建物取引業法の施行により、書面交付、宅地建物取引士の押印などが不要となり、部屋探しがオンラインで完結することにおいて、GAテクノロジーズでは『ネット不動産』と表現している。これには正直やられたなと。ネット銀行やネット証券は登場していたが、ネット不動産は今までなかった。これを具現化するのがGAテクノロジーズと考えていいのでしょうか。
樋口氏 そう言われるように私たちも売買や賃貸に取り組んでいるという段階ですね。
桜井氏 改正宅建業法は実務上どんな影響を及ぼしますか。
樋口氏 多分ネット証券も銀行も、デジタル化されてきた仕事は、顧客にとって利便性を追求した結果今があると思います。今は、家にアマゾンやウーバーや日用品や食べ物を届けてくれるのが当たり前ですよね。個人が動かなくても取引が完結してしまう。
不動産も、顧客が物件に足を運び、店頭を訪れるというプロセスが必要でしたが、顧客ベースで考えると、自宅にいながら不動産の売買契約ができたり、賃貸契約が完結できたほうがいい。投資用や賃貸物件から、オンラインで完結できることが可能になると思っています。
桜井氏 ネット○○はたくさんでてきましたが、ネット銀行のようにすごく普及したものもある一方、それほど大きくならなかったものもある。この差は、取引頻度や顧客の興味関心度合いによると思います。不動産の観点からみるとどうでしょうか。
樋口氏 トランザクションが少ないとはよく言われることですが、家賃の引き落としは毎月ありますし、不動産管理という面では顧客と数年単位で長くつながれる。そういう意味では非常に相性はいいと思います。
桜井氏 一見すると取引頻度は低く思えるかもしれませんが、実はオンライン化に向いているということですね。武藤先生は、国土交通省で不動産を研究されていました。しかも不動産のイノベーションを経験している立場として、不動産における電子化のニーズをどうみていますか。
武藤氏 今まで紙で行っていたやりとりがデジタルでよくなったというのは大きなステップですね。10年前は「紙で打ち出さないと読めない」とかそんな感じもあったのですが、賃貸と投資用不動産の世界からネット不動産への動きが入ってくるかなと思っています。
桜井氏 法改正にいたるまでには、実証実験を経るなど少なくない時間を費やしています。武藤先生からみてこのスピード感はいかがですか。
武藤氏 先に賃貸から重要事項説明の実証実験がはじまり、売買については慎重な声が多かったですね。その流れが変わったのがコロナ。そこで多くの人が売買でも、重要事項説明などがオンラインでもいいという感じになってきた。
個人的にはオンライン、対面のどちらがいいかと聞かれれば微妙です。重要事項説明はオンラインのほうがむしろ聞きたいことが聞きやすくていいかもれない。あと、不動産は大きな買い物なので、フルでオンライン取引をする人がそこまでいないのではという感覚があります。
桜井氏 店頭に行く人は存在しますよね。店頭に行くか、オンラインですべてを完結するか、選択できるようになったことが大きいと思います。非対面のニーズが高まったコロナを経て、お客様の変化はありましたか。
樋口氏 高額な商品のオンライン化は難しいという声もありましたが、現場ではそんなことはなくて、数千万の物件をオンライン上で決定するお客様もいらっしゃいますね。自分自身で物件に直接足は運ばず、契約はオンライン、物件確認もウェブサイト上でというような。今は物件の情報もオープンになっていますので、賃貸や投資用物件はオンライン上だけ決めるという人もいます。
武藤氏 売買もですか。
樋口氏 売買もオンラインで完結する方多いですよ。
桜井氏 オンラインで難しそうだなと思うのは、お客様の声を聞き取り、それらをプロダクトに反映する部分。お客様からのフィードバックを受け入れて、オペレーションに反映するのはすんなりいけたのでしょうか。
樋口氏 GAテクノロジーズでは、リアルの実業を担っている部隊とテクノロジーを手掛けているチームは、やっていることは違えども、長くこの仕事に取り組んでいますので、テクノロジー側も業務を理解しています。私たちは2013年からテクノロジーの組織を作ってきましたが、当然ファーストプロダクトは実業に使うのが難しく、それを乗り越えるため、エンジニアが業務を体験し、理解してもらうことで、お客様の利便性を上げていったという経緯があります。それが現在においてもいきているという感じですね。
桜井氏 一方で大手不動産会社のオンライン対応はどういう感じなんでしょうか。
武藤氏 大手不動産会社もVR内覧などに取り組んでいますので、障壁はおそらくないかなと思っています。今回のネット不動産は、先程おっしゃった通り選択肢が広がったということで、賃貸でも実際に物件を見に行く人はもちろんいますよね。
樋口氏 交通系ICカードもあるけど、きっぷを買う人もいるみたいな感じですね。
桜井氏 私自身は賃貸でも実際に内見したい派なんですが。そのあたり状況はいかがですか。
樋口氏 そういう意味では、オンラインでやらざるを得ない方には喜んで頂いていますね。春は不動産業界の繁忙期ですが、3月に退去した部屋を4月に入居する人はそもそも見られませんよね。また地方に住んでいる人が上京して部屋を探すのに、内見のためだけにこちらにやってくるのは大変。そういう選択肢ができたことはいいことかなと思っています。
武藤氏 そういうところから広がっていくんでしょうね。
桜井氏 ユーザー目線もそうですが、今回のオンライン化は不動産仲介会社にも大きなインパクトがあると思っています。基本的に集客して来店を誘致するのが大事とされていましたが、そのKPIが変わってくる。オペレーションが大きく変わるのではないでしょうか。
樋口氏 オンライン化の導入はお客様にとって利便性が高いことなのに、なかなか進んで来なかったのは、事業者側のリテラシーが足らなかったという部分があると思います。ただ、コロナでその状況が一変した。オンラインでの申込みやウェブを使った業務フローに変わらざるを得なかった。そのため、今までオンライン化にそれほど積極的でなかった会社も電子でやり取りができる形にシフトしていっているのが現状です。
桜井氏 どうしてもお客様に来店してほしいという不動産仲介会社側の思いもあるのではないでしょうか。
樋口氏 来店いただいたほうが成約率が高く、オンラインは低いという以前の体験に紐付いているような気がしますね。以前はそうだったかもしれませんが、今はそれほど差がないと思います。オンラインのほうが商談数や増えるので逆にいいという声もあります。
桜井氏 成約率はオンライン、オフラインというより、営業担当者の情報収集能力や地域の状況把握などが影響している感じがしますね。
樋口氏 デジタル化によって、もう一つ出てくると考えられるメリットがそこで、トップセールスの営業を録画で確認できるんですよね。そうすることでスケールメリットが出てくるかなと。これは顧客保護というか不正がしづらい状況にもなると思うので、安全性も担保されてくると思っています。
桜井氏 業界の健全化にもつながりますよね。正直、不動産業界って良いイメージを持っている人が少なくて、人材獲得しづらいという状況が長年続いている。不動産業界は大きな市場がありますが、API連携してクラウドを使ってとほかの業界が進めていたデジタル化がごっそりと抜けていた。これから2〜3年注力していくことで、業界全体が進んでいくと思います。その先にはどんな顧客体験や事業があると思いますか。
樋口氏 マーケットプレイスとしてトランザクションをしっかりいかしていきたいと思います。不動産の成約データは登録義務がなく、登録しているのは1割程度。米国ではこの部分が進んでいます。
桜井氏 データを集めただけでしょという方もまだいらっしゃいますが、このデータはユーザーにとっても価値があるものですよね。
武藤氏 そういう意味ではレインズを育てていく動きが必要かもしれないですね。
桜井氏 今進んでいる不動産ID化もネット不動産に関わる部分だと思います。ID化されれば、もっと業界のデジタル化が進むと思います。
武藤氏 大切なのはルールができただけではなく、きちんと関係各社に使ってもらうことですね。
樋口氏 GAテクノロジーズでは、売買、賃貸ともにネット不動産化を進めている。ネット不動産のパラダイムシフトが業界全体で盛り上がることで消費者に伝わり、その結果不動産会社全体の流通額が上がればいい。そんな形を目指していきたいと思っています。
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