世界を股にかけて活躍するビジネスパーソンは珍しくないが、特定の国・地域に偏ることなく、あちこち飛び回りながら1年の大半を海外で仕事する人はそう多くはないだろう。コロナ禍をきっかけにオンライン会議が当たり前になった今、時間をかけて移動してでも対面にこだわる必然性が薄れてきていることも事実だ。
ところが、コロナ前は1年の3分の2、コロナ禍にあっても1年の約半分は海外を飛び回って仕事をしている人物がいる。モンスターラボホールディングスCEO/代表取締役社長の鮄川(いながわ)宏樹氏だ。日本本社に軸を置いて業務遂行が求められがちな社長業でありながら、それでも世界20の国と地域、32都市にある拠点を中心に世界各国を文字通り渡り歩いて仕事をこなしている。なぜ、同氏はそのようなワークスタイルに行き着いたのか、日本に帰国していたわずかな間に単独インタビューを実施した。
——まず初めに、モンスターラボがどのような事業を展開しているのか、教えていただけますか。
当社には大きく分けて2つの事業があります。1つがデジタルコンサルティング事業で、DX推進のコンサルティングをさまざまな業界の企業に対して提供するものです。もう1つはプロダクト事業で、当社独自のプロダクトをいくつかスピンオフして事業化させています。たとえば、日本の中小企業、自治体向けにRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)のプロダクトを提供したり、飲食チェーンなどでセルフオーダーやモバイルオーダーを可能にする「Koala」というプロダクトを米国で展開しているモンスターラボオムニバスという会社や店舗BGMアプリ「モンスター・チャンネル」の提供など音楽事業を行うモンスターラボミュージックという会社もあります。
いずれも世界中のコンサルタント、エンジニアを活用する形で事業展開しており、現在は20の国と地域に拠点を置き、グローバルの従業員数は1300人を超えます。アジアは日本の他にシンガポールや中国、欧州は2017年にデンマークの会社を買収した後、イギリス、ドイツ、オランダに進出し、その後は中東のサウジアラビアとUAEにも拠点を置きました。2019年にはニューヨークの会社を買収して、最近はカナダのバンクーバーにも拠点を作っています。
——なぜ、そこまでの多拠点展開をされているのでしょう。
日本が人口減少でエンジニア不足が深刻になる一方で、アジア諸国を見渡すとベトナムやフィリピン、バングラデシュなどには若いタレントがたくさんいます。それでいてそうした新興国ではエンジニアの仕事がまだ少ない状況でした。日本とそれらアジアの国をつなぐことで、日本が抱えている人材の問題を解消しながらアジアの人たちに雇用の機会を創出でき、エコシステムとして回せるようになるのではないか、と考えたのが出発点でした。
われわれは音楽配信サービスから事業をスタートしたこともあって、BtoCやフロントエンドのプロダクト開発、モバイル開発に強みがあります。近年、企業がビジネスモデルを再構築してデジタル化していくなかで、モバイルを含めたUXなど顧客体験のトランスフォーメーションの重要性が高まっていますが、顧客体験のDXの部分は世界的なコンサルティングファームやシステムインテグレーターの手がけていない分野だったりします。
モバイルやウェブのような新しい領域の開発を世界規模で展開しているテクノロジー企業が意外と少ないので、その分野なら世界でもトップレベルの会社を作れるんじゃないかと考えたのもあります。そのためにはまず北米・欧州市場に進出することが必要と考え、一度は米国拠点を自力で立ち上げましたが、簡単にはうまくいかず、その後はM&Aに戦略を切り替えて拠点を増やしてきた、という感じです。
——新たな拠点を置く際の選定基準はあるのでしょうか。
顧客を獲得することを主眼とした営業拠点と、エンジニアを主に置く開発拠点の2つに分けて考えています。営業拠点といっても、セールス担当だけでなく、コンサルタントやプロジェクトマネージャー、デザイナー、アーキテクトなどのエンジニアもいますが、マーケットの選定にあたっては、その市場規模と1人当たりGDPが高いところ、DXの成長性という3つがポイントになります。
エンジニア獲得がメインとなる開発拠点については、エンジニアの数と質が高く、コストが低いという3つが選定基準になります。M&Aする企業については、いい会社、いいマネジメントチーム、いい人材が揃っているかどうか、もしくはいいオポチュニティがあるかどうかを見ますね。
——最近ではパレスチナのガザ地区でエンジニアチームを立ち上げたというリリースもされていました。そういったエリアにもフォーカスしているのはなぜでしょう。
モンスターラボがあることでポジティブな変化が世の中に起きる、というのがわれわれの会社の存在意義だと思っています。インターネットとPCがあれば世界中どこからでも仕事ができる今の時代、ガザ地区のように人の移動が制限されているなど大きな制約があるところでも仕事の機会を提供できるのは、すごく意義のあることかもしれませんし、デジタルワークというのはそういう場所の人こそ必要としているものかもしれないと考えました。
そういう仮説を持って実際に現地を訪問してみると、その仮説は正しかった。ちょうどJICA(独立行政法人国際協力機構)のSDGsに関する取り組みがあり、その採択を受けてガザ地区で雇用創出するスキームを考える調査プロジェクトをやることになり、調査の結果、2022年の春に雇用スキームを実現することができました。やるからには世界の人たちをエンパワーして、少しでも仕事の機会を提供し、世の中にポジティブな変化をもたらしたいですし、一時的な支援ではなく、中長期的に継続できる仕組みを創りたいと思っています。
もちろんそれが会社として合理的な戦略であることをきちんと示していく必要もあります。そういう意味では、パレスチナはアラビア語圏なので、中東のサウジアラビアやUAEなどの国の仕事を受ける開発拠点としては、他の言語圏の拠点よりもカルチャーや言語の面で利点が多いですから、中東における1つの開発センターとして成長できるのではないかと思っています。
——多拠点展開によって地域ごとのメリットを活かせる一方で、今のウクライナのようにリスクが増す場合もあると思います。そのあたりはどのように考えていますか。
まず拠点が分散していることで、リスクを分散できるとも言えるんですよね。どこか1箇所にしか拠点がないということになると、それはそれでリスクが高まります。たとえば2021年にはわれわれの拠点もあるフィリピンが台風で大きな被害を受けました。会社としてできる限りのサポートはしていますが、そういうカントリーリスクはあるにしても、他の国に拠点があることで、リスクヘッジできているという考え方はあると思っています。
もう1つ、どこかで何らかのアクシデントが発生したときに備えて、リスクマネジメント、社員のサポートなど、各拠点で会社としてのアジリティみたいなところをしっかり整えておくことで、万が一のときにモンスターラボだったからこそ助かったとか、リスク回避ができたとか、そういう会社になると組織としても強くなります。それによって良い人材を集めたり、留めたりすることがよりできやすくもなります。
特にこれからは人材が本当に重要です。人材不足が世界中で起きているなかで、いかにいい人材を採用し、長期で働いてもらえるかが会社にとってものすごく大きな競争上のポイントになってきます。その意味でも、分散環境で、リスクマネジメントを含めて人材をきちんとケアできる組織になっていくことは、グローバルファームとしてものすごく大きな意味があることだと思います。
——ちなみに、つい先日までポーランドにいたという話も伺っています。ウクライナと国境を接している国ですが、そこではどんなことをされてきたのでしょうか。
ポーランドにはポーランドの社員もいれば、ウクライナから避難してきている社員もいたりしますので、そういったメンバーに直接会って、会社として引き続きサポートしていきますというメッセージを伝えてきました。それと、週末は1日だけ時間が空いたので、物資を買ってウクライナとの国境付近まで行き、ウクライナから来ている人たちに配ったり、彼らと対話したりしました。現地の様子などを直接知ることで、今後われわれとして何ができるかを考えることにつながったのが良かったですね。
——コロナ禍でオンライン会議が当たり前になりましたが、多拠点を運営していくうえではやりやすくなったところもありそうです。
そうですね。もともとグローバルでのコラボレーションはずっとオンラインでやってきたので、オンライン会議などにはもともと抵抗のない会社ですが、全社会議などの大きなミーティングがより一層やりやすくなったところはあります。フェイストゥフェイスで実施するより参加率は上がりますし、匿名で質問できるようにすると議論も活発になります。
ただ、各拠点で身近に仕事をする人たちとの関係づくりや相互理解を促進するという意味では、やはりオフラインの必要性も強く感じているところです。ですので、ローカルオフィスではオフラインで集まる機会を作りつつも、グループとしては多拠点間でやり取りするときなどにオンラインの恩恵も享受している、ということになります。
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