「出島0.5方式」で進める東京海上のデジタル戦略--中核を担う東京海上ディーアール・嶋倉社長に聞く

 いま東京海上グループは、保険会社や保険商品の「再定義」に挑んでいる。データ活用によるデジタル戦略を加速させる同グループは、2021年7月に「データ戦略中核会社」として東京海上ディーアールを設立した。

 今回は、東京海上グループのデジタル戦略を率いるグループCDOの生田目雅史氏のインタビューに続き、東京海上ディーアールの代表取締役社長をつとめる嶋倉泰造氏に、設立の背景や現在の進捗、今後の方針などを聞いた。

東京海上ディーアール代表取締役社長の嶋倉泰造氏
東京海上ディーアール代表取締役社長の嶋倉泰造氏

「出島0.5方式」の東京海上ディーアールとは

 東京海上ディーアール(以下、TdR)は、東京海上グループが進めるデジタル戦略においてデータ戦略的な利活用を担う中核会社だ。前身は、1996年に設立された東京海上リスクコンサルティング(2004年に東京海上日動リスクコンサルティングに社名変更)で、2021年7月にグループからの増資を受けて、その役割を拡大する形で設立された。

 「TdRは、完全なる新組織ではないが、保険会社の本体の事業でもない。かつ、グループ各社とのコラボレーションに向けたアジリティ確保を重要視しているということで、社内ではよく“出島0.5方式”と言われている」と、嶋倉氏は話す。

 一般的に保険会社は、事故時や災害時の経済的補填を行うという機能を持つが、もともとTdRは前身時代より、事故や災害への遭遇自体を回避する「防災」、被害を最小限に抑える「減災」や、同様の事故の発生を防ぐ「再発防止」などを、主眼に置いてサービス提供してきた会社だという。

 TdRとして“衣替え”してからは、これまでのリスクコンサルティングや、エンジニアリングで蓄積した膨大なリスクデータ、工学、理学、環境学、社会学といった学術的な知見をベースに、デジタルやデータ分析といったテクノロジーを掛け合わせることで、社会課題の解決に向けた新たな付加価値提供を目指している。

 このような中、グループ最大の強みは、「リスクデータが分析可能な状態で多数保存されていること」だという。たとえば、膨大な保険契約のデータ。あるいは、実際に起きた事故や災害のデータ。査定をする人が実地検分や調査を行って、蓄積してきたリアルなデータ。最近ではさらに、自動車保険であれば事故時の動画データや挙動データなども、損害査定のために取得している。

 「東京海上グループには、東京海上日動火災やイーデザイン損保といった、さまざまな保険を開発して販売するメーカーがあるが、TdRの役割は各社と連携しながら、データドリブンな保険商品の開発などを支援したり、保険の前後のソリューションも販売できるよう、データの面から貢献していくこと。従来の事故や災害といった領域のみならず、サイバー攻撃、自動運転による事故など、新たな技術領域におけるデータの蓄積と分析も、手がけていく予定」(嶋倉氏)

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DXを加速させるTdRの「3つの機能」

 東京海上グループがDXを加速するなかで、TdRは3つの機能を担うという。1つめは、リスクコンサルティング領域の、量的質的拡大だ。従来は、大企業向けの提案型コンサルを提供してきたが、今後はデータやデジタルを活用して「事前予知」「リアルタイム性」「サプライチェーン全体」などの広がりを持たせる。また、高度なコンサルタントの知見をAIなどに置き換えて、ソフトウェアを開発してサブスク型ビジネスモデルで、中小企業や個人に向けても提供することを目指す。

 2つめは、データドリブン保険商品の開発支援だ。従来は、いざというときの経済的補填機能だった保険を、「保険に入るから健康になる」「事故がなくなる」「経営状態が好転する」などのように、「いつでも支える機能」へと再定義していきたいという。TdRの「R」には、「Redefine(再定義)」との意味も込められている。

 3つめは、そのようなソリューションや保険商品を開発するために必要となる、リアルデータを取得するためのデバイスの展開だ。グループ内でデバイスを統一化し、情報の一本化を図るという。「集まったさまざまなリスクデータを掛け合わせて、どのような付加価値を提供していくか」という本来のデータ戦略は、まさにこれから取り組むところだという。

スクラップアンドビルドを素早く--2つの事例を紹介

 嶋倉氏は「保険業界では成功例がないことなので、大きなチャレンジになる」と前置きし、TdR設立から1年弱が経過するいま “クイックローンチ”された2つの事例を挙げた。「運行管理支援AIロボット」と「災害体験AR」だ。

 運行管理支援AIロボットは、ナブアシストという社外の企業との協業で生まれた。TdRが正式に設立される前より取り組み、貨物トラックをはじめバスなどの運送事業者における業務効率化や輸送安全性向上に活用される。

「運行管理支援AIロボット」
「運行管理支援AIロボット」

 ドライバー不足が叫ばれる運送事業者だが、直面する課題はそれだけではない。乗務前と乗務後にドライバーを点呼し、体温を測る、免許証を確認する、アルコールチェックをするなどの作業を、運行管理者を1人必ず設置してその人が自ら対応しなければならず、この運行管理者不足も深刻なのだという。そこでロボットが、こうした作業を代替して、運行管理者のサポートを行う。現状は法律上、運行管理業務の全てを人間以外が代替することはできないが、「サポートという観点でも非常に助かる」と利用開始する顧客が増えてきているという。

 災害体験ARは、グループ内でのコラボレーションから生まれたウェブアプリケーションだ。自らがいまいる場所がハザードマップ上、どのようなリスクがあるかをARで可視化できる。サービスを提供するのは東京海上日動だが、アプリに搭載したハザードデータにはTdRが国管理河川の想定浸水深のデータを全国から収集して独自に整備したハザードマップ情報を連携している。

「災害体験AR」
「災害体験AR」

 TdRへのグループ各社からの期待は大きく、TdRはリスクデータを保有するという強みを生かし、その期待に応えている。それを後押しするのが、前身時代から在籍していた、工学、理学、環境学、社会学といった専門知見者200名以上の人材だ。一級建築士、気象予報士、防災士などの有資格者や、各領域での博士号取得者も数多くいるという。さらに、TdR設立にあたっては、データサイエンティスト、システムアーキテクト、保険商品の開発経験者などのスペシャリストを、中途採用やグループ内人事異動で増強した。

 そのうえで、「スクラップアンドビルドを素早く繰り返す」という探索型の開発を進めているという。嶋倉氏は、「従来、保険商品というものは、壮大な装置産業であり、典型的なウォーターフォール開発だったが、TdRではとにかくPoCを回しながら“当たり”を探すことにこだわっている。野球に例えるならば、とにかく打席に立って思いっきりバットを振ること。気づきの蓄積を意識しながら、活動している」と話す。

新たなリスク領域での「有望大型案件」に挑む

 新たな挑戦を早くも形にして、顧客に届けることができたという点において、「初年度の立ち上がりとしては、手応えがある」という嶋倉氏。今後の展開は、どのように見据えているのだろうか。

 「初年度は、TdRやグループ全体のデジタル戦略の活動に勢いをつけたい、という意識も強かったため、クイックローンチを重視した。分かりやすく早くリリースできそうなプロジェクトを中心に進めたが、次年度以降はいよいよ、社会課題性の高い、インパクトの大きい、マネタイズ規模としても大型の案件にも、どんどん取り組んでいかなければと考えている」(嶋倉氏)

 そのためには、注力領域を広く捉えながら、社会課題に向き合う方針だ。世の中の流れや、環境の変化にも機敏に対応し、「既存の顧客の安心安全を守る」ことと「新たなリスク領域への深化と探索」を両輪で回していくことが肝になるという。

 すでに“有望な大型案件”も見えているとのことで、具体例を聞くと1つには「サプライチェーン」が挙げられた。「直接の取引先のことは分かるけれども、その先のことはなかなか分からない。SDGsという観点でも、サプライチェーン全体を通してのリスク管理が、いま非常に関心の高いテーマであり、われわれの力で解決をご支援できるものがないかと模索している」と嶋倉氏。

 新たなリスク領域におけるスクラップアンドビルドを、注力領域を狭めることなく進めるためには、データの加速度的な蓄積と並行して、そのベースになる事業をどんどん立ち上げていく必要がある。嶋倉氏は、それを実現するために2つのことを留意していると話す。1つは「フェイルファースト」、もう1つは「辞めるスキル」だ。その思いを以下のように語り締めくくった。

 「新しい挑戦について考える人と、既存の顧客と向き合う人を、分けられないと個人的には思っている。皆が両方をやっていくことと、機敏に対応できるアジャイルな体制を、トップはもちろん会社全体まで広げながら社会課題解決に貢献していきたい。成功するかどうか分からないからこそ挑戦なのだ、失敗してもいいからどんどん試していこう、という“フェイルファースト”で物事を進めることが重要。ただ一方で、失敗は失敗と認めて日々色々なことを判断していく、スクラップアンドビルドのスクラップのほう、“辞めるスキル”も磨いていかなければと感じている。案件に情が移ったりもするし、これまでかけたコストのことを考えると、新規の取り組みを辞めるという判断は難しいものだが、辞めるというスキルと覚悟を持って判断していくことで、本質的なアジャイル開発を達成していきたいと考えている」(嶋倉氏)

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